埼玉県久喜市在住の長谷川容子さんは、全国自衛隊父兄会埼玉県支部連合会さいたま地区支部協議会会長。平成6年に長男が自衛隊に入隊した当初、「自衛隊をもっとよく知りたい」という気持ちを強く持ちながら、思うように情報を得ることが出来ず悩んでいた。現在、県連の副会長も務める長谷川さんは、自身が10数年前に抱いた気持ちを忘れていない。モットーは、「会員さんひとり一人に、自衛隊の活動をきめ細かく理解していただけるように努める」ことだ。
—父兄会で熱心に応援活動などを始められたきっかけ、経緯を教えて下さい。
長谷川 私の長男が平成6年に自衛隊に入隊した当時、自衛隊の存在は知っていましたが、詳しい事は分りませんでした。息子が望んで入った自衛隊ですから、「自衛隊の事をもっと知りたい」と思いながらも、一個人で知ることが出来る情報は想像以上に少なく、悩みました。当時は栗橋に父兄会は無かったのですが、平成13年に支部が発足し、誘われて入会しました。ちょうどその頃に息子がPKOゴラン高原第11次隊として派遣されましたが、現地の詳しい状況が分からず胸を痛めておりました。
その後、平成16年に栗橋支部の支部長をお引き受けしたことが本格的に応援するようになったきっかけです。今年度からさいたま地区支部の協議会会長・県連副会長となりましたが、「自衛隊をもっと知りたい、でも分からないことが多い」と以前から自分が感じていた不安や悩みを少しでも解消できるよう、各支部の一会員さんにまで自衛隊の活動をきめ細かく理解していただけるように歩みを進めたいと考えています。
—自衛隊にまつわる出来事で一番の思い出は何ですか。
長谷川 東日本大震災が起こった瞬間、広報官の方と一緒にいたのですが、私を守るように、頭から抱きかかえるように安全な場所を探して導いて下さいました。私は2人の息子を母子家庭で育てました。一家の柱として息子を守って生きてきたので、「誰かに守られること」に戸惑いを覚えましたが、自衛隊の募集メッセージにも使われている「守りたい人がいる」という言葉を思い出して非常に感動しました。震災については、南東北三県の父兄会に全国自衛隊父兄会で義援金を集めてお送りしましたが、皆さんのご苦労を思うと、とても胸が痛みます。
—今後の抱負や自衛隊への激励をお願いします。
長谷川 自衛官の皆さんはとても素晴らしく、誇らしく感じています。応援しているこの身にも張り合いがあります。自分の子どもだけでなく、皆さんを大切な息子、娘たちと思っています。知れば知るほど、益々自衛隊が好きになります。これからも、もっともっと、出来る限りの応援をさせていただきたいと思います。 |