思えば、沖縄の那覇防衛施設局(現 沖縄防衛局)に勤務していた今から24年前の2000年7月21日〜23日、沖縄県名護市の万国津梁館にてロシアを含むG8沖縄サミットが開催されました。僕たち局員も、沖縄で初めて行われるサミットの安全な成功に向けて全力で取り組みました。
その沖縄サミットに出席した各国首脳の一人が、2か月前の2000年5月にロシア大統領に初めて就任したばかりのプーチン大統領でした。47歳。彼は沖縄に向かう途次、ソ連・ロシア史上初めて元首として北朝鮮を訪問し、金正恩総書記のお父さんである金正日総書記と首脳会談。金正日総書記から条件付きながらもミサイル開発を断念する旨の譲歩発言を得て、G8サミットに参加しました。
クリントン米大統領やブレア英首相、シラク仏大統領等の各国首脳から歓迎・祝福されていたテレビ映像が思い出されます。
また、柔道家としても知られる彼は、サミットの終わりに具志川市を訪問して中学生と模擬試合を行い、派手に背負い投げで投げられるシーンも披露するなど、人々に親しみを感じさせ、人気もありました。
しかし、あろうことか、そのプーチン大統領率いるロシアが、2014年3月、ウクライナの主権とその領土であるクリミアを侵害。ロシアのサミット参加は停止され、2014年以降G8はG7になっています。
更に、プーチン大統領は、2022年2月24日、突如、特別軍事作戦の名のもとにウクライナに対する軍事侵略を開始しました。ウクライナ各地でのロシア軍による激しい空爆や戦闘は、既に2年4か月に及んでいます。この間、米欧諸国は、一体となってウクライナに軍事支援を継続。戦車・ミサイル・戦闘機・ドローン等の武器や弾薬などの提供等に尽力して来ています。しかし、戦闘収束の見通しは全く立たず、むしろ、長期化の様相を呈しています。
こうした中、プーチン大統領は、本年3月の大統領選挙で87%あまりの非常に高い得票率で圧勝し、大統領として通算5期目に入りました。
大統領就任直後の5月16日、彼が最初の外国訪問先として選んだのは中国。北京で習近平国家主席と会談しています。
そして今回、6月19日に北朝鮮を訪問し、続いてベトナムを訪問しました。習近平国家主席には、これら両国訪問についても事前に話していたことでしょう。
注目された北朝鮮では、金正恩総書記はじめ国民から大歓迎を受けました。前述の2000年5月に初めて大統領に就任し同年7月の沖縄サミットに参加したとき以来、実に24年振りの北朝鮮訪問です。歴史上、北朝鮮の指導者がソ連やロシアを訪問することは何度もありました。しかし前述のように、ソ連やロシアの元首が北朝鮮に出向いて時の指導者と会談するといった例は、前述のプーチン大統領のただ1回のみ。正に、ロシアの威信にも関わるのではないか、と思える今回の2回目の訪問が、同じくプーチン大統領によって行われました。四半世紀の空間を埋める急速な接近です。
そこには、何としてもウクライナでの特別軍事作戦を遂行し続け、勝利しなければならない、そのためには、ロシアの特別軍事作戦を全面的に支持する北朝鮮から既に500万発が供与されたとみられる大量の弾薬やミサイル等の一層の提供が不可欠である、とのプーチン大統領のなりふり構わない焦りのようなものを感じることが出来ます。
今回の北朝鮮訪問では、その見返りと言っても過言ではない軍事や経済、科学技術など様々な分野での協力について、無期限に効力を有する「包括的戦略パートナーシップ条約」が締結されました。
金正恩総書記は、6月19日の共同記者会見で「両国は、同盟関係という新たな高いレベルに達した」と述べています。
6月20日付け各マスコミも、一様に「冷戦時代の軍事同盟の復活を意味する」(読売新聞) 「ロ朝、公然の軍事協力」(朝日新聞) 「ロ朝「同盟」新局面」(毎日新聞) 「露朝「準同盟」に格上げ」(産経新聞) 「ロ朝、軍事色強める」(日本経済新聞) 「ロシア・北 有事相互支援」(東京新聞) 「今回の条約で、両国は軍事的な協力関係を一段と高めた形となります」(NHK) 等、報じています。
木原防衛大臣:「今般の露朝首脳会談の結果を重大な関心を持って注視しているところです。・・・当該条約には、いずれか一方が武力侵攻を受けて戦争状態におかれることになった場合、保有する全ての手段により、軍事的及びその他援助を提供する旨などが規定されているとの北朝鮮メディアの報道は承知しており、今後の動向を注視して行く必要があると考えております。また、プーチン大統領が、関連安保理決議への直接的な違反となり得る北朝鮮との軍事技術協力を排除しなかった点は、我が国を取り巻く地域の安全保障環境に与え得る影響の観点からも、深刻に憂慮しています。・・・防衛省としては、引き続き、関連情報の収集・分析を行うとともに、関連の安保理決議の完全な履行を含め、米国、韓国をはじめとする国際社会と緊密に連携していく考えです。」(6月21日閣議後記者会見より抜粋。北朝鮮メディアは、6月20日付け「朝鮮中央通信」を指す。)
上川外務大臣も、6月21日の閣議後記者会見にて、「北朝鮮側が、露朝関係を「同盟」と表現し、軍事面での極めて密接な連携を示唆していること、また、ロシア側が、関連安保理決議への直接的な違反となり得る、こうした北朝鮮との軍事技術協力を排除しないとしていること、等を踏まえますと、我が国を取り巻く地域の安全保障環境を大きく損ないかねないものでございまして、政府として、深刻に憂慮しているところであります。・・・我が国の安全保障上の能力と役割、これを強化するとともに、日米同盟の抑止力・対処力を一層強化し、また韓国を始めとする同志国等との連携につきましても、密にして対応して参りたいと考えております。」と、発言しています。
大変厳しい事態が我が国の目前で生起しています。しかし、いたずらに危機感を煽り、国民を不安に陥れることは避けなければなりません。
両大臣が言われるように、米国や韓国等と緊密に連携して行くことは不可欠です。
更に、今回の露朝の動きに距離を置いているとも伝えられている中国の、本件に係る役割や影響力が甚大であることは申すまでもありません。覇権主義的行動を強めている中国ですが、同国との不断のパイプやチャンネルを一層太く多岐にし、したたかに我が国の外交・防衛外交を展開して行くことは、不測の事態を未然に抑止して行く上でも益々重要になって来ています。
北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事 |