エリザベス女王が逝去し、国葬が行われた。イギリスは立派な国だとの思いを新たにする。
イギリスは近代世界で大を成した国である。近代、世界でヨーロッパが興隆した。イギリスは興隆したヨーロッパを代表するような国であった。イギリスは歴史の早い時期に市民革命を経験し、17世紀末の名誉革命を経て、国王は君臨すれど統治せぬ、議会主権の立憲君主制を確立した。イギリスの議会制度は近代的国家統治のモデルとなった。
19世紀後半日本が開国したとき、イギリスはビクトリア女王時代で、「太陽の没することのない」大英帝国の最盛期にあった。日本は近代国家のモデルを欧米に求め、イギリスを最も進んだ国と認識したが、日本のモデルとしては議会よりも王権の強いプロイセンが良き参考になると考え、憲法はプロイセン(ドイツ)に習った。
近代的な政治、経済、文化がイギリスで創造され、世界に広がった。その最大のものが、イギリスが議会制度によって確立した、流血のない平和な政権交代のシステムである。それは18世紀前半ウォルポールが首相をしていた時代に、イギリスの慣習となり、伝統となった。その根底にあるのは、政権を離れた人の生命と私有財産の保証である。現在なお世界には、生命と私有財産が保証されないゆえ、死ぬまで政権につく独裁者が少なくない。
近代の資本主義経済もイギリスで確立した。18世紀後半産業革命の進行とともに、自由主義的国家、自由市場、自由貿易、国際金本位制度に象徴される古典的資本主義が19世紀に成立した。資本主義はマルクスに批判され、共産主義が生まれたが、自由な経済活動を否定する共産主義は失敗し、世界は修正資本主義が主流になっている。
イギリスの政治的成熟を象徴するのが、保守党の存在である。保守とは人間の理性の力には限界があると考え、それよりも歴史の中で積み重ねられてきた文化、慣習、経験を重視する。理性で思い描いた革新的、進歩的理想が正しいとは限らない。保守主義者はむしろ伝統、慣習、経験の中に政治的叡智が存在すると考える。
イギリスの保守主義はコモンセンス(常識、良識)と重なる。イギリスがコモンセンスの国ということはよく言われることである。また、イギリスの哲学である「経験論」とも重なる。人間の判断に関し、経験を重視することと、理性を金科玉条としないことが共通している。
そしてイギリスはジェントルマン(紳士)の国である。ジェントルマンはもともと貴族およびジェントリーとよばれる地主階級の人々を指したが、次第に中産階級にまで拡大し、ビクトリア時代には究極の人間の理想像となった。ジェントルマンの特色として、自制心、正直、策略を用いない、約束を守る、穏健、礼儀正しい、ユーモア、スポーツ愛好、自慢しないが強い自尊心、社会奉仕する、弱者を保護する、生まれが良い、などが挙げられる。イギリスに信頼感をもつ私には、イギリスはこうしたジェントルマンの国だとの思いがある。
20世紀に世界の覇権国はイギリスからアメリカに移行した。英米は同じアングロサクソンの国家であるが、アメリカが非常に理想主義的で、時として極端な政治決定を行うことがあるのに対し、イギリスはより常識的で安定した政治判断をする傾向があると感じている。
(令和4年10月1日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |