入隊からの約35年間、元号は昭和から平成、そして令和となった時代の中で、防衛省・自衛隊が変貌を遂げ、取り巻く様々な環境の変化を実感しつつ、昨年末に自衛官生活を終えました。退職時に見た防衛省・自衛隊の姿は、入隊当時に思い抱いていたイメージとは全く異なっていたと正直感じています。
入隊当時、防衛省・自衛隊が多くの国民から関心を持たれ、任務や活動に関する理解を得るにはかなりの時間を要すると思っていました。第一線の任務に従事する部隊や隊員を取り上げ、北の脅威に直面する現状を伝えようとする報道番組は一部あったものの、事故や不祥事といったネガティブな報道が多くを占め、違う意味での関心や注目を引き付けるしかないのが現実でした。私は防空指令所の一員として対領空侵犯措置に明け暮れる日々を過ごしていましたが、日々の活動が国民からの関心や理解を得られている実感を抱くことはありませんでした。防大卒業式において吉田首相が一期生に諭された訓示を知り、先輩諸兄を見習って、任務に邁進することに矜持を見出していたと記憶しています。
しかし、30年後、全く違う風景を目の当たりにしました。我が国周辺の安全保障環境の実情が多くの国民に認識され、領海・領空保全のための不断の警戒監視活動、頻発する自然災害に際して無比の能力を示した災害派遣活動、さらに活動地域と内容を拡大した国際平和協力活動等と、自衛隊の活動に対する幅広い理解と高い評価を獲得するまでになりました。同時に、ネット等のメディアの多様化とともに、安全保障政策に関して本質的な議論が展開される報道番組、大きな反響を呼ぶ映画やテレビドラマ化、さらにゴールデンタイムにテレビの特集番組が頻繁に放映される状況は今や当たり前であり、隔世の感を禁じ得ません。
ここに至るまでには、厳しい時代にあっても黙々と任務遂行に邁進された先達の存在なしには語れず、敬服の念に堪えせん。また、偏向的な取材や記事への対応に腐心しながらも、真の姿を伝えようと努力し続けた広報部門に従事した隊員の功績は大きく、さらに、長きに渡りともに情報発信を担って頂いてきた貴誌を始めとする防衛関連出版社や関係団体関係者の皆様にも感謝申し上げたいと存じます。
今後、防衛省・自衛隊の対外発信が担う役割はさらに重要となるでしょう。既に、静かなる有事と言われる少子化、人口減少に直面しつつある隊員募集では、その効果の大きさが認識されています。さらに、従来領域から新たな領域へと作戦が拡大する中で、情報戦・認知戦としての情報発信の良否が、緒戦あるいはその後の作戦の成否に直結する時代を迎えています。平時からグレーゾーン、有事の全ての段階で、適切な情報発信は安定や抑止に繋がり、抑止が奏功せず紛争に至った場合でも、的確な情報発信が、国際社会はもとより、国内からの理解や賛同を獲得する上で極めて重要であることは、ウクライナ侵攻でも広く認知されたと思います。
目的の明確化、対象の分析、メッセージの発信、効果の確認というプロセスを伴う戦略的コミュニケーションへの取り組みは、社会状況の変化とともに、様々なステークホルダーに対する的確な情報発信が求められた企業が先行していました。しかし、ここに来て防衛省及び各自衛隊の情報発信が、既成の媒体に加えてHPやSNSを活用し、かつ視覚効果の高い映像や外国語を併用したコンテンツによって、タイムリーでメッセージ性の高い情報を積極的に発信して、自国に有利な環境を創出する意図を感じるものへとなりつつあり、防衛省全体として戦略的コミュニケーションの実践に本格的に乗り出していることが理解できます。
このような流れは安全保障を主管する省庁として当然と言えますが、企業の一員となって、情報発信に関しては企業サイドからさらに取り入れるべき点があると感じています。CMは企業イメージの形成にとっては極めて重要なツールですが、入社直後、新しいテレビCMに関する社員へのアンケートが実施され、一見した感想は何ら問題なく、少し戸惑いを感じたものの、受け手側の効果を社員全員で追究する姿勢は学ぶべきと感じました。
また、部内に対する発信には相当な力が注がれており、対外発信した内容が、社内HPやメールを駆使して社員にも同時発信されています。弊社では本社社長を先頭とする全ての経営陣が社員への発信に積極的に取り組んでおり、社員一人一人との間で、企業理念、将来ビジョン、長期及び短期的な目標を共有し、コンプライアンス及び経営ガバナンスといった認識を一致させた上で、チーム一丸となって前進を目指すリーダー達の姿勢が新米の私にも明確に伝わっています。企業向けのSNSも採用されており、経営陣のメディアでの発信内容や工場視察、社員との対話等の活動がスレッドでフォローでき、社員からの書き込みに社長がレスポンスされる等、双方向でのコミュニケーションが可能となっています。
営利企業で用いられる手法が、軍事組織で全て奏功するとは言えません。しかし、自省の念を込めて言えば、今後、時代に則したリーダー・フォロアーシップのあり方、あるいは分散・自立型の作戦指揮の適用、さらに偽情報に対処するためのリテラシー等を考えると、対外発信とともに、フォロアー、すなわち部内への情報発信の重要を認識し、既成の形に拘らない、積極的取組がリーダーには求められていると思います。
(著者略歴)
統一86期(防大30)、南西防空管制群司令、空幕装備体系課長、第2航空団司令、防衛大学校防衛学教育学群長、中部航空方面隊副司令官、空幕総務部長、中部航空方面隊司令官、航空総隊副司令官、航空支援集団司令官を歴任 |