<プロフィール>
鈴木 信哉 1等海佐医学博士
鈴木信哉1海佐は防衛医大5期生、51歳。
〈主な職歴〉
平成元年 医官専門研修(呼吸器内科学)
平成6年 海自潜水医学実験隊実験第2部長
平成13年 ノルウェー・ベルゲン大学客員研究員
平成16年 自衛隊舞鶴病院長
平成17年 防衛医大防衛医学研究センター異常環境衛生研究部門教授
防衛省は4月30日から6月1日の間、新型インフルエンザ(H1N1型)の水際対策として、検疫支援を行う医師や看護師らを成田空港に派遣した。活動に従事した医師・看護師らは、航空機内や空港ターミナルブースでの検疫業務に全力をあげたが、その活動の内容や意義は必ずしも周知されているとは言えない。現場の状況はどのようなものだったのか、そして今回の検疫業務支援は今後どのように活かされていくのか、第1次要員として防衛医大から派遣された鈴木信哉1海佐に話を聞いた。
機内検疫の流れ
― 派遣期間と編成
厚生労働省との省庁間協力で防衛省から応援を出すということが4月28日に決まり、厚生労働技官として併任出向という形で、4月30日から5月13日まで派遣されました。防衛医大から医師4名、陸上自衛隊から医師7名、看護師21名の計32名が派遣されました。その後、陸上自衛隊から准看護師20名が5月4日から10日までゴールデンウィークの一番混雑するときに派遣されています。
― 機内での仕事内容
機内検疫では約10個班を作って対応しました。各班の人数は班長、質問票を集める係が4から6名、サーモグラフィー係、医師、看護師がそれぞれ1名で、大体8人か10名でチームを組んでいます。
まずサーモグラフィーで発熱者がいないか乗員・乗客全員をスクリーニングしたあと、質問票を回収します。検疫班毎の事前ミーティングで、誰が機内のどの部分を担当するかを決めておきますが、班長、医師、看護師も所用の仕事が出てくるまでは質問票の回収をします。
集めている中で、この人は症状があり有症者になりそうだという時に医師がその座席まで行き、問診して該当者になるかどうかを検討します。班長は、班全体をコントロールして、検疫所中央事務室と検疫ブースの所にある各司令塔と連絡を取り、報告して指示を受けます。
― 質問票について
質問票では、最初に記載漏れがないか確認した後、座っている座席が記載されている座席かを照合します。その後、現在症状があるかどうか、解熱剤を含む感冒薬を飲んでいないか、汚染国で咳や発熱のある人と接触があったかどうかをチェックします。38℃の発熱があった場合など有症者の定義に当てはまったときには、迅速診断キットを使って機内で簡易検査をします。
― 迅速診断キットを使った簡易検査の内容
綿棒を鼻の奥に入れてこすり、表面についているウィルスを取り出します。それと咽頭後壁という喉の奥にも綿棒を差し込んで検体をとります。この2検体をそれぞれ迅速診断キットで簡易検査にかけると、15分で結果が出てきます。
この診断キットでは、新型及び季節性のインフルエンザも含めた、全てのA型とB型インフルエンザを検出する事ができます。ただ、この簡易検査には限界があり、診断キットそのものの感度や発症早期には検出率が悪くなるという問題があります。
この簡易検査でA型インフルエンザ陽性であれば、今度は、新型なのか季節性なのか遺伝子配列をみるPCR検査をする事になります。有症者からは更に4検体採取して成田検疫所検査課と国立感染症研究所にそれぞれ2検体ずつPCR検査のために送り、そこで確定診断がなされます。
派遣医官らの奮闘
― 1日あたりの検疫数は?
機内検疫は、汚染国であるメキシコ・アメリカ本土・カナダからの直行便が対象となり、1日あたり35から40便弱になります。搭乗者数は約8000人前後で、これを約10個の検疫班で見ることになります。
検疫にかかる時間は乗客数によって違いますが、質問票自体の回収では、777型では20分から30分くらい。ジャンボ型だとそれに15分プラスされるぐらいです。有症者があって簡易検査をした場合はプラス20分ぐらいで、結局最短で50分くらいかかります。 ところが、場合によっては検疫時間が長くなってしまうことがありました。質問票は、日本に到着する前に乗員乗客全員に配布されて記入することになっていますが、質問票自体を飛行機に積んでいなかったり、指定された質問票でなかったり、配布漏れがあった場合には、改めてその場で記入してもらうことになり、時間が大幅に掛かります。
また、到着便のチーフパーサーから提示された乗員乗客数が実際に乗っている数とあわない場合があり、確認作業に手間取ることが度々ありました。
― 大変だったことは?
この機内検疫業務は、非常に体力のいる仕事です。機内検疫を終えるまで約7時間は、防護具(防護服、N95マスク、キャップ、手袋(二重)、ゴーグル、ゴム長靴)を身につけたままになります。防護具をフル装備すると暑くて額に汗が滲んできます。更にN95マスクはとても目が細かいので呼吸がしづらくて、きちっと装着したままだとほとんど走れません。検疫をする飛行機に着く頃には全身汗びっしょりとなり、ゴーグル内には汗が常に滴っている状態です。そういった暑くて息苦しい状態が7時間連続します。到着便を待たせるわけにはいかないのでほとんど休憩は取れず、水分補給もできません。非常に体力がいる仕事です。私も若くないので、こういう仕事をするのはかなり負担でした。30代までのバリバリの方がやるぐらいの仕事量かなと思います。
― 工夫したことは?
私たちが派遣された4月30日の機内検疫態勢というのは、班長、質問票を集める係、サーモグラフィー係のみの班編成でそれぞれ到着便を回り、そこで有症者らしいという情報があったら、医師が防護服に着替えて機内検疫をしている飛行機まで出向く形でした。そのため、1機の検疫を終えるまで大分時間がかかっていました。そのため到着が立て込む時間帯では機内検疫が始まるまでにかなり待たされた飛行機があったようです。
派遣初日に予想を遥かに超えた混乱があったため、如何に対処したらいいか、初日が終了した夜遅くに宿泊先で防衛省の医師全員と看護師が集まり、意見を出し合って問題の抽出と対策を練りました。それで医師・看護師を検疫班に固定して投入するのがベストではないかということになりました。
翌日の検疫前に検疫所の方々と効率的な検疫要領について調整をさせていただきました。医師が機内検疫に向かうまでの時間をなくすことと有症者の検討を効率的にできるように、機内検疫班に医師を固定して一緒に回らせていただきたいと提案し、了解を得ることができました。
更に派遣されている防衛省の看護師に迅速診断キットでの検査要領を含めた機内検疫について防衛省の医師が事前教育して、機内検疫班に投入して簡易検査の介助を担当してもらうようにしました。
有症者がでるまでは、医師、看護師も質問票の回収をしましたので、とても検疫時間が短縮されたと思います。この検疫班態勢を連休で到着便が混み合う前に確立できましたので、帰国者がピークとなった連休終盤も問題なく乗り切ることができました。
― 2次要員への引継ぎ
空港はとても広い場所ですが、建物の中は迷路のようになっていて、いま何処にいるのかさえわからなくなります。そういう所で検疫班と空港中を歩き回り、様々なケースに対応しなければなりませんので、現場での教育訓練が必須となります。
防衛医大から派遣されている医師については、1次から2次への引き継ぎとして、5月13日に丸一日をかけて現場で機内検疫を一緒にしながら申し送りをしました。OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)です。これで我々1次派遣隊が経験したような混乱を避けることができました。
水際対策の意義は
― 今回の経験は今後どのように活かされるでしょうか?
今回、豚の新型インフルエンザでしたが、比較的季節性のものと似たようなタイプであり、それほどの毒性はなく、感染が若年層に偏っていて高年層の方にはあまり感染がみられていないようです。感染の第一波は終息に向かいつつあるのかもしれません。第二波にどのように対処するかということに活かされると思いますが、更には、強毒の鳥新型インフルエンザに対しても今回の方法が検証されて、適切な対応が検討されていくと思います。
日本は島国であり、外国から入ってくる病気に対しては限られた空港や港において、いわゆる水際で止めることができるという特性を持っています。今回5月8日に国内で初の感染者がでましたが、その時の方々がそのまま国内に入られた場合は、もっと感染が拡大していたと思います。
もちろん水際対策だけが全てではありません。そこには限界がありますし、様々な問題がありますので、それを補完する対策が必要です。
5月19日の機内検疫における簡易検査でA型陰性者の高校生2名が、国内に入った翌日に、受診先の医療機関で新型インフルエンザ感染が確認されています。簡易検査は、PCRによる遺伝子検査と比較して感度が劣り、発症早期はウィルス量が少ないために擬陰性となってしまうことは避けられません。
当時、機内検疫で簡易検査をした担当医師は、簡易検査陰性でも新型インフルエンザ感染の可能性を考慮し、陰性結果が出たその高校生に対し、入国後の適切な指導と助言を行っています。それに従った高校生は、帰国後外出せずに適切な医療機関を受診して診断を受けており、周囲への感染が成立していません。
この例は、検疫の意義を考える上で大変参考になるものです。検疫とその限界を考慮した適切な事後処置により感染伝播を防ぐことができるのです。
一方、防衛省における活動としては、例えば新型インフルエンザで汚染されている国から邦人を救出する際、航空機や船舶で輸送するというミッションが考えられると思います。その場合、現地でどのように検疫して日本に送るかということに、今回の経験が参考になると思います。
― 想像していたものとの違い
厚労省と防衛省のそれぞれの職員が一緒になって一つのミッションを遂行するということが今までなく、お互いの組織やバックグラウンドが違うということからくる行き違いが予想以上でした。
しかし、医師、看護師そして検疫業務に携わっている検疫官の方々にとって、目的は病気を防ぐことであり、目的を達成するためにどうすればよいかという意識でみんな同じ方向に向かっていましたので、そういう意味では、現場で様々な困難があるにしても、何とかそれを解決していこうという結束力が出てきて結構うまくできたのではないかと思います。
― 防衛医大からみた検疫 検疫の人的資源確保へ
今回私たちは、出向して検疫業務をしたわけですが、今後、防衛省が新型インフルエンザ対策で省庁間協力に力を入れていくとなれば、防衛医大としては、検疫業務を遂行できる人的資源を作っていかなければなりません。
例えば、私案であり検討前の段階ですが、初任実務研修という、医師免許取得後の2年間の臨床研修の中で、或いは2年間の研修が終わった時点で検疫業務についての研修をしてはどうかと考えています。検疫で即戦力となる人的資源を確保するという意味では防衛医大が貢献できるのではと思います。
このことは陸・海・空の各自衛隊病院についても言うことができます。各病院では看護師・准看護師の教育訓練をしていますので、即戦力として検疫業務が遂行できるような人的資源を作るようにしていくべきと思います。
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