自転車で都内を走っていると色々の発見がある。この前の日曜日には湯島聖堂にぶつかった、ここには孔子の遺徳を後世に伝える孔子廟がある。毎年4月の第4日曜日には「釈奠」という孔子祭もおこなわれているそうだ。聖堂・大成堂の中に「宥座の器」があった。湯呑みくらいの器を鎖で高さ32センチの取っ手から吊り下げている、空の時は傾いているが5、6分目の水を入れるとキチッと立つ、満杯にするとひっくり返ってしまう。「嘘なれば傾き、中なれば正しく、満ちれば覆る」。人生におけるすべてのことにおいて、無理をすることや満ち足りることを戒め、中庸の徳や謙譲の徳が大切であることを孔子は「宥座の器」を前にして弟子たちに話したという。水を入れた時、器に付ける鎖の位置により立ったりひっくり返ったりすることは簡単なカラクリだが孔子様が説いたと聞けば、うんうんと頷いてしまう。またここには「楷の木」が大きく枝を張っている。中国山東省の孔子の墓地がある孔林から持ってきた種子がおおきくなり樹齢90年という。見上げた「楷の木」は枝や幹、葉っぱまでが凡帳面に整然と並んでいる。書道の「行書」や「草書」に対して、くずさないで正確に書く書体である「楷書」の語源になっていることを発見した。湯島の白梅で知られ受験生が絵馬をかける菅原道真公の湯島天神はここから5分の所、この日も修学旅行の高校生でいっぱいだったが同じ学問の神様とはいえ湯島聖堂とは別のものであることを今回発見した。(所谷) |