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自衛隊ニュース   1083号 (2022年9月15日発行)
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富国生命職員 駐屯地研修
<松山駐屯地>
 富国生命松山支社のアドバイザーらが7月11日、駐屯地活動広報支援を一環とした陸上自衛隊松山駐屯地(司令・服部真之介1陸佐)研修を行った。参加者は、富国生命本社より総合営業推進部の青木法人部長ほか1名、富国生命松山支社より豊永支社長らアドバイザー13名、富国生命業務部より防衛省OBの上野参与など16名。
 これは営業職員(アドバイザー)を通じて、松山駐屯地をはじめとした自衛隊の具体的な活動を広く周知し、広報のみならず隊員募集にもつながるという考えの下に行われたもの。また、アドバイザーらも隊員に親近感を持てる上、県内外の地域の方々との話題作りの一翼を担うという側面もある。
 研修はまず概要説明。その後、体験喫食・施設見学、展示室(解説)見学へと続いた。待ち時間には、展示してある74式戦車内に搭乗するという体験もした。
 研修に参加したアドバイザーは「社に戻ったら、同僚のアドバイザーにぜひ同様の研修を受けるように勧めたいです」、「松山駐屯地や自衛隊さんがとても身近に感じられました」、「息子を自衛隊に入隊させたいですね」、「地域や自分の担当する職場の方々に、今回の研修で見聞きしたことを早く伝えたいです」などと感想を述べ、手応えを感じたようだ。
 富国生命は数年前から那覇駐屯地、善通寺駐屯地、青森駐屯地、松本駐屯地などを研修しており、「これからも自衛隊をもっと理解し、隊員へのライフスタイルを考えてもらうきっかけにしたい」としている。

うちの子は自衛官

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入間ランウェイウォーク
入間家族会理事 小澤和仁
 コロナ禍で中断されていた入間基地恒例行事の「ランウェイウォーク」がこのほど、快晴の清々しい天気の中、3年ぶりに開催されました。
 これは入間基地のエプロン地区を出発点に、長さ2千メートルの滑走路(=ランウェイ)や誘導路を、ぐるりと1周5キロほど徒歩で歩く爽快なイベントです。
 入間基地初の女性基地司令、小野打泰子空将補から開始のあいさつがあり、消防車の放水を合図に参加者は次々に歩き始めました。エプロン地区ではC-2やCH-47などの航空機、PAC3や消防車などが展示され、警備犬の訓練展示や音楽隊の演奏もあり、見応えがありました。
 例年、イベント会場では埼玉地方協力本部がブースを設置して自衛隊の募集広報を行っていますが、今回、「入間市自衛隊家族会」が埼玉地本の広報活動をお手伝いすることになりました。令和元年創設したばかりの新生地区会の本格的な初仕事です=写真。
 地本のご厚意で確保頂いた広報ブースの一角に、埼玉県自衛隊家族会の真新しいのぼり旗を立て、自衛隊家族会のこれも真新しい赤いビブスと帽子を付けた4名の本会の会員有志がブースを次々と訪れる来場者に手際よく応対し、広報グッズや募集資料などを手渡しました。
 また、今回は自衛隊家族会本部のご厚意により「自衛隊家族会パンフレット」を急きょ確保でき、自衛隊家族会のPR活動も行うことができました。
 ご夫妻で参加の新井会員は、長年岐阜県自衛隊家族会で役員として活躍、入間市への転居を機に本会に再入会され、「家族会活動はできることから一歩ずつが大事、地本の隊員たちとイベントで一緒に活動するのは有意義なこと」と語ってくれました。また女性会員の野田会員は、「参加者と接するのは本当に楽しい。自衛隊家族会でも女性がより活躍できる方向に向かって行けばうれしい」と感想を話されました。
 「できることから一歩ずつ」ーー。入間市自衛隊家族会はこれからも着実に活動していきます。

木更津トライアスロン
空補処隊員2位に入賞
 海上自衛隊航空補給処(処長・森真規1海佐)は6月19日、総距離51・5キロの鉄人レース「2022木更津トライアスロン大会」(木更津トライアスロン大会実行委員会主催)に参加した。
 大会は陸上自衛隊木更津駐屯地内の滑走路をバイクとランで駆け抜ける人気の大会。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、3年ぶりに開催された。
 航空補給処からは隊員3名(うち女性1名)がリレーの部(スイム、バイク、ラン)に「海上自衛隊」チームとして出場。30度を超える暑さの中、それぞれの選手が日頃の鍛錬の成果とチームワークを発揮し、第2位(21チーム中)の好成績を収めた。
 引き続き地域の主催する行事に積極的に参加し、住民との交流を通じて地域社会との緊密な連携につなげたい。

近藤隊長 予備1陸佐へ
FTC3年間指揮し退官 「今こそ "連隊長" できる」
将補返上し

 有事の際は後方支援の任務等に就く予備自衛官。令和元年から採用が開始された1佐予備自衛官に、8月1日付けで陸自部隊訓練評価隊(富士トレーニングセンター=FTC、北富士)隊長を最後に定年退官した近藤力也元1陸佐が任用された(東京地本所属)。志願した動機などを聞いた。
◇ ◇
 ーー志願した動機は。
 予備戦力がいかに重要であるかは東日本大震災以来の大災害が証明しているが、防衛事態となれば重要どころではなく、必要不可欠の戦力となる。昨年の「陸演」で改めて認識されたが、さらにクローズアップされたのは問題点。言わずもがな、数が足りない。
 だから各部隊の指揮官は、と言うより陸上自衛隊を挙げて、退職する隊員に「予備自衛官になれ」と指導する。自分もそうだった。「隊友会に入れ。予備自衛官になれ」と繰り返し指導して(頼み込んで?)、有事戦力の確保に努めたが、任期制隊員も定年退職隊員も予備自志願率は高いとは言えない。そこに自分の番が回ってきた。これまで偉そうに指導してきた手前、「自分が予備自をやらない訳にはいかない」と思った。

 ーー採用に至るまでに感じた課題は。
 予備自衛官を志したものの特別昇任の制度との整合を図る必要があった。現職時の功績を認められ、退職時に1階級昇任させてもらえる。昇任したその瞬間に退職だが、軍人・自衛官は昔から名誉を重んずる。最後の瞬間であれ、昇任させてもらえることは名誉。
 自分の場合も、退職時は陸将補に昇任する可能性があった。「なので、そうなれば予備自衛官にはなれないそうです」と担当から告げられた。予備1等陸佐はあるが、予備陸将補はないからだ。
 特別昇任の資格があるからとすべての1佐が昇任した場合、経験豊富な予備1佐が少なくなってしまうため制度面の改善が必要と感じる。
 自分は上級部隊である富士学校長と予備自衛官になるために1佐のままで退官したいという希望を相談し、最終的に自分の意向を踏まえ上申しないということで処置してもらった。他に、そのような先輩もいると聞いている。

 ーー抱負や現役隊員への提言などを。
 部隊訓練評価隊長を3年間も勤めさせてもらい、諸職種協同部隊の良いところ悪いところを毎週のように目の当たりにし、評価・分析・指導してきた経験から、「今こそ!連隊長ができる(現役時代より少しはマシな戦闘指揮ができる)」と確信するに至り、この知識・経験を「組織に還元しないのは罪だ」とすら感じた。もっと言うと、自らの天職と感じていた自衛官を「辞めたくなかった」のが本音かもしれない。
 予備自衛官で編成される普通科連隊の長には、退職時に特別昇任して1佐になった人も就いている。もちろん階級に関係なく素晴らしい人物も多いが、それよりも現行の1佐を経験した者が長に就く方が、なお良いのではないかと思う。
自らの天職
 現役勢力の確保と併せて、予備戦力の確保は喫緊の課題。さまざまなレベルの処遇改善や制度の柔軟な運用で解決できる課題もある。そしてこれから退職を迎える現役1佐には、ぜひとも仲間に加わってほしい。「現場」からも、改めて提言させてもらいたいと思う。


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