国の安全保障にエネルギーが致命的な役割を果たすことは、過去の歴史より明らかであるが、ウクライナ戦争においてもネルギー問題が露出している。
欧米諸国はロシアに経済制裁を課しているが、ドイツは米英ほどの強い対ロシア制裁を取れないでいる。ドイツがエネルギーを多くロシアに依存しているからである。欧州諸国はパイプラインでロシア産天然ガスを輸入しているが、ドイツのロシア依存率は高く、戦争前、国内天然ガス消費の55%をロシアから輸入していた。これが途絶えると、ドイツの国民生活と経済に壊滅的な影響が出る。
ドイツは再生可能エネルギーの最大限の導入、2022年までに脱原発、2030年までに石炭火力のフェーズアウトというエネルギー政策を進めてきた。太陽光、風力発電といった出力不安定な変動性再エネのバックアップと、原子力・石炭の代替に期待されていたのが、ロシア産の天然ガスである。そのための切り札が、ロシアからドイツに直接ガスを供給するノルドストリーム1(2011年開通)と完成したばかりのノルドストリーム2であった。ノルドストリーム2が稼働すれば、ドイツのロシア天然ガスへの依存度は70%にも達するが、ドイツのショルツ政権はアメリカの圧力等もあって、ノルドストリーム2の承認を停止した。ドイツはウクライナ戦争勃発後エネルギー政策を見直し、天然ガスだけでなく石油のロシア依存度も減らしている。5月8日G7はロシア産石油の禁輸に踏み切ったが、段階的禁輸とはいえドイツにとって大きな痛みを伴う決定である。
人類の歴史は戦争に満ちているが、エネルギーがしばしば戦争の原因となってきた。日本が太平洋戦争に突入したのも、石油に追いつめられての決断だった。日本と敵対するアメリカは、1941年日本向けの石油輸出を全面的に禁止した。石油の90%以上をアメリカからの輸入に頼っていた日本は追いつめられて窮鼠となり、対米戦争を決断した。そして戦争は石油資源を求めて南進する戦争となった。
エネルギーは人の生存の基礎である。エネルギーがなければ人間の生活は成り立たない。エネルギーがなければ市民生活も経済活動も止まってしまい、生存が脅かされる。エネルギーが安定的に、低廉な価格で供給されることは、国民にとって決定的に重要なことである。こうしたエネルギー安全保障は国民の生存に直結するため、国の安全保障に直結する。
私は今の日本のエネルギー政策を、安定・低廉供給という本来の政策方向に軌道修正する必要があると考えている。まず、原発の運転再開をどんどん進めるべきである。2011年の大震災前、日本には原発54基が存在し、電力需要の3割弱を供給していたが、現在10基が稼働し、電力需要の6%を供給しているに過ぎない。日本の原発の安全性は震災後十分向上しているが、原子力規制委員会が慎重に過ぎ、運転再開が進まない。運転できる多くの原発が止まっているために、日本経済の衰退が止まらない。新規原発の建設を含め、すぐれたエネルギーである原子力の活用が、国民生活を豊かにし、安全保障をもたらすエネルギー政策である。
次に、無理な地球温暖化対策の修正である。日本は2030年までにCO2を46%削減するエネルギー基本計画を決めたが、この削減計画には無理がある。この計画は電気料金の高騰をもたらし(すでに相当高騰しているが)、安定供給を損なう可能性が高い。日本経済を弱め、国民生活を貧困化させるだろう。地球温暖化対策といえども、現実的で技術的に可能な、国民生活を守るエネルギー政策でなければならない。
(令和4年5月15日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |