岸田首相が次期総裁選に出馬せず退陣することを表明した。新総裁の選出は9月12日に告示され、27日に国会議員による投票が行われる。岸田内閣は支持率が20%台まで低下し、自民党派閥の政治資金問題での批判も強く、再選は難しいと判断したのだろう。岸田首相を良い首相だと評価する私は、退陣を惜しんでいる。
岸田首相は「日本も世界も歴史的に大きな転換期にある」と認識し、大きく変化する世界情勢の中で、日本の国の舵取りを過らなかった。ウクライナ戦争の勃発に際し、「国際秩序の根幹を揺るがす行為として、断じて許容できず、厳しく非難します」と表明し、価値と国際秩序を共有する西側の国として日本の立ち位置を明確に示したのは適切。ブレることなくロシアへの経済制裁にも加わり、グローバルサウス諸国との連携強化を進めたのも正しい外交判断だった。
中国の経済・軍事大国化、台湾統一の意思、海洋進出等現状を変更しようとする意思、北朝鮮の核保有、及びウクライナ戦争で見られたロシアの変わらぬ侵略体質は、日本の安全に対する脅威であり、近年脅威は増している。岸田首相はバイデン大統領と良好な関係を構築、日米同盟の深化と、日本の防衛力の強化に積極的に取り組んだが、日本に必要な安全保障政策である。岸田内閣は国家安全保障戦略等、安全保障3文書を定め、防衛予算の増額に道筋をつけた。
岸田内閣が昨年8月から福島原発処理水の海洋放出を迷わず始めたことも私は評価したい。原発からトリチウムを含む処理水が排出される。トリチウムは普通の水で適度に希釈すれば環境に放出しても、安全上全く問題ないが、海洋放出には国内にも国際的にも根強い反対があった。岸田内閣は、海洋放出計画が安全基準を十分満たしているとのIAEAの報告書と、安全上問題ないという科学の知見をもって海洋放出を実行した。放出の国際的理解を得、放出を始めて1年になるが、問題は何も発生していない。中国は処理水を核汚染水と呼んで非難し、日本の水産物の輸入を禁止し続けているが、これには科学的根拠はない。余談だが、トリチウムは通常運転中の原発からも発生し、世界の原発からトリチウムを海洋や河川に放出しているが、安全上全く問題ない。中国からも、例えば秦山第三原発は福島原発からの放出量の6倍のトリチウムを海洋放出している。
ところで世界が歴史的な転換点にあるとの認識は良いが、どの方向に変化するのか、見通すのが難しい。中国が経済的・軍事的に大国化し、覇権国化して、国際レジーム、さらに世界秩序を変えようとしており、自由主義世界の覇権国アメリカと対立。そのアメリカは政治と社会の分断化が進み、自由と民主主義に価値をおくリーダーシップが減退している。これはトランプに特有な現象であって、アメリカの伝統的な自由と民主主義による統治能力とリーダーシップはなお健在と思いたいが、そうでないアメリカに変わりつつあるのかもしれない。
ウクライナ戦争と、イスラエル・パレスチナ戦争も終息していない。世界はまた戦争の時代になりつつあるのだろうか。世界は分断と対立が進んでいるように見える。第三次世界大戦は事実上始まっていると言う歴史家もいる(そう思いたくないが)。
首相となる人は、先の見通せない世界で、日本の安全と独立を維持する、過たない国の舵取りをしなければならない。私たちはこれができるリーダーを選ばなければならない。
(令和6年9月15日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |