7月13日トランプ前大統領が、ペンシルベニア州で開かれていた共和党の選挙集会で狙撃された。弾丸は右耳の上部を突き破り、右耳から出血。もし数センチずれていたら頭部に命中して落命していた。複数回発砲があり、集会参加者の1人が死亡し、2人が負傷した。狙撃犯は同州に住む若者で、その場で警護官に射殺されたため、動機は不明であるが、次期大統領になる可能性の高いトランプの暗殺未遂事件であった。
近年のアメリカは、政治的暴力を容認する傾向が増していると見られる。カルフォルニア大学デービス校の調査によると、回答者の80%が「政治的暴力は一般的に良くない」と答えているが、20%の回答者は「時々、あるいは常に正当化される」と答えている。また、アメリカの公共ネットワークによる最近の調査でも、20%の回答者が「国を正常な軌道に戻すためなら暴力に訴えても良い」と答えている。
カルフォルニア大学サンディエゴ校のバーバラ・ウォルター教授は、過去の政治的暴力や内戦について調べた結果、近年のアメリカが政治的暴力の生じるリスクの高い国になっているという。教授は、内戦や政治的暴力に見舞われた国の状況を分析し、2つの重要要因を挙げた。一つは、「アノクラシー」。世界には民主主義国家と独裁的専制国家の中間に、「アノクラシー」と呼ばれる政体の国がある。内乱の起きるのは民主国家でも専制国家でもない、部分的民主主義のアノクラシーの国である。専制国家から民主国家への移行過程、民主国家における民主主義の退行過程を含むアノクラシーの国家は、政情不安や内戦に至る危険性が専制国家の2倍、民主主義国家の3倍あるという。
重要要因の二つ目は、「民族、宗教、人種的アイデンティティによる政治的分断の激化」である。内戦に至る国には「民族、宗教、人種的なアイデンティティ」に基礎づけられた政党が存在する。アイデンティティに訴える政党は政治信条に基づく政党よりも柔軟性を欠き、妥協を一切拒否する。過去世界において、内戦は二つの特徴ーーーアノクラシーとアイデンティティによる政治的分断ーーーを持つ国において発生している。アメリカでも二つの特徴が顕著になりつつあり、政治的暴力の生じるリスクの高い国になっているという。
アメリカの歴史を振り返ると、政治的暴力と政治テロが多発していることがわかる。暗殺された現職の大統領に、リンカーン大統領、ガーフィールド大統領、マッキンリー大統領、ケネディ大統領の4人がいる。暗殺未遂に遭った大統領にセオドア・ルーズベルト大統領とレーガン大統領がいる。ロバート・ケネディ上院議員は大統領選遊説中に暗殺された。最近ではスカリス下院議員が親善野球中にテロに合い、重症を負った。また、カバノー最高裁判事の暗殺未遂事件があり、ペロシ元下院議長の自宅が暴徒に襲われ、夫が負傷した。
スウェーデンの民主主義・選挙支援国際研究所(IDEA)は、世界の民主主義の現状を分析した報告書の中で、2021年初めてアメリカを「民主主義が後退している国」に分類した。アメリカは日本にとって最も重要な国であるが、はたして実際、アメリカは政治暴力の頻発する、民主主義の劣化した国になっていくのだろうか。
私はアメリカをなお、信頼している。国としてロシアや中国よりずっと良い。日本はアメリカの同盟国である。日本はよほどしっかりしなければならないと思う。
(令和6年8月1日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |