ロシアがウクライナを一方的に軍事攻撃し、世界から強く非難されている。ロシアの強引な軍事力行使に正当性はあるのか。何がロシアをここまでの行動に駆り立てるのか。独裁者が晩年よく陥る痴呆化現象がプーチンにも起きているのではないか、と疑いたくなるほど今回のロシアの行動は異常に感じられる。
「ロシア(当時はソ連)は大国だが、ロシアには歴史的に弱者意識がある」と、私の知る外交官(故人)が、かつて語っていたのを思い出す。ロシアは弱者意識の強い、実は怯える大国であり、ウクライナというロシアの兄弟のようなスラブ人の国がNATO加盟を望み、加盟手続きを進めようとするなど、ロシアにとって恐怖以外の何物でもない。これを認めると自国の存立があぶなくなるゆえ、武力を行使してでも阻止する行動に出たのであろう。
弱者意識とともに、ロシアが西欧諸国に対して強い被害者意識をもつ国であることは、よく言われることである。ロシアには強大な西欧諸国に常に圧迫されてきたとの歴史意識がある。ロシアは何度も西側から攻め込まれた。19世紀にはフランスナポレオンの大軍がロシアに攻め入り、モスクワを占領。ロシアは奥地に逃げ、モスクワを焦土としてナポレオン軍を追い払うことができた。第一次世界大戦ではドイツがロシアに侵攻。主力のロシア軍はドイツ軍に壊滅させられた。そしてロシア革命が起き、帝政ロシアは滅んだ。第二次世界大戦では、ナチスドイツの大軍が独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻。ソ連は独ソ戦を戦い抜き、3千万人という膨大な犠牲者を出してかろうじて大戦の勝者となることができた。
1985年ゴルバチョフがソ連の最高指導者となり、ペレストロイカ(改革)を進めた。東欧諸国に民主革命が起き、社会主義国は次々に消滅。東ドイツは西ドイツに吸収され、統一ドイツとなった。そして1991年ついにソ連も崩壊してしまった。共産主義イデオロギーを捨てたロシアで、「人類普遍の価値」、「民主主義」などが強調されたが、これらの価値で国民を統合することはできなかった。出現したのは、「屈辱の1990年代」ともいうべき混乱と無秩序、無政府状態、経済凋落、そして民主主義へのアレルギーだった。
この時期のロシアの苦しみも、欧米のせいだとの被害者意識がロシアには存在している。東欧の民主革命、ソ連の崩壊を西側諸国の陰謀と見る見方さえある。ソ連が崩壊したとき、NATOとワルシャワ条約機構は同時解消するはずだったが、NATOだけ存続し、旧東欧諸国とバルト3国まで拡大している。プーチンはNATOに騙されたと思っている。
被害者意識は人の深層意識に沈潜し、しばしば非理性的行動の温床となる。それは過剰な自己防衛や加害者意識なき加害者となって現れる。
世界のもう一つの大国中国には、アヘン戦争以来150年、世界(特に欧米と日本)から屈辱を受けたとの意識がある。それは中国が弱かったせいであり、今中国は強くなったので、150年の屈辱をそそぎ、中華民族が世界にそびえ立つ本来あるべき世界秩序に変えるというビジョンを習近平はもっている。中国の屈辱意識とロシアの被害者意識は同じではないが、共通する面がある。
ウクライナに対するロシアの軍事力行使に対し、非難するだけで軍事力を行使できない欧米諸国をみて、中国はどう考えるか。台湾と尖閣への軍事侵攻を決断するか。
日本はよほどしっかりしなければならないと思う。
(令和4年3月15日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』(https://utsukushii-nihon.themedia.jp/)などがある。 |