日本の約1・6倍、ロシアを除けばヨーロッパ最大の国土を持つ人口約4,159万人の国ウクライナ。(人口は、2014年にロシアに一方的に併合されたクリミアは含みません)
日本とウクライナは、今年1月26日に外交関係樹立30周年を迎えました。当日、松田邦紀駐ウクライナ大使は「我が国は、ウクライナとの国交樹立以降、ウクライナの主権、独立及び領土の一体性を支持して来ました。その姿勢は、今後とも変わりません。また我が国は、引き続きG7をはじめとする国際社会と緊密に連携して、ウクライナの平和と安定と繁栄の実現に向けた、ウクライナの改革努力を積極的に支援して行きます」との挨拶を寄せています。(在ウクライナ日本大使館HP)
そんなウクライナに対し、あろうことか2月24日、プーチン大統領はロシア軍に「特別な軍事作戦」の開始を命じました。
岸田首相は、直ちにこれを厳しく非難し、日本の立場を鮮明にしています。
「今回のロシア軍によるウクライナへの侵攻は、力による一方的な現状変更の試みであり、ウクライナの主権と領土の一体性を侵害する明白な国際法違反です。国際秩序の根幹を揺るがす行為として、断じて許容できず、厳しく非難します。我が国の安全保障の観点からも決して看過できません。G7を始めとする国際社会と緊密に連携し、ロシアに対して軍の即時撤収、国際法の順守を強く求めます」(2月25日 記者会見)
また、バイデン大統領は、「Putin is aggressor.Putin chose this war.(プーチンは侵略者だ。プーチンはこの戦争を選択した)」と激しく指弾しています。(2月24日 記者会見)
日本は欧米と連携し、強い意志を以て、ウクライナを支援し、ロシアに対しては断固とした厳しい制裁を科し、プーチン大統領をして、この「特別な軍事作戦」との名の下の「侵略」が、とてつもなく高い代償を払うことになることを思い知らせ、打撃を与えなければなりません。
台湾統一や我が国固有の領土である尖閣諸島、南シナ海での力による一方的な現状変更に向けて軍事力増強を加速している中国や核ミサイル開発を推進する北朝鮮は、日本・欧米の対応をしっかりと見ています。その対応如何は、明日の日本の安全保障に直結すると言っても決して過言ではないと思います。
2月27日、プーチン大統領は、ロシア軍で核戦力を運用する部隊に、任務遂行のための高度な警戒態勢に入るよう命じています。核大国による恫喝です。
多方面からウクライナに侵攻しているロシア軍によって、軍事目標のみならず民間インフラや学校・幼稚園、病院、住宅なども容赦なく破壊され、崩れ落ち、火を噴いています。戦術核兵器の次に殺傷力が高いと言われる燃料気化爆弾やオスロ条約が禁じたクラスター爆弾も使用したのではないかとの疑いも指摘されています。
原子力発電関連施設にさえ砲弾を撃ち込み、ウクライナの首都キエフの北方約110kmにあるチェルノブイリ原発を制圧。続いて欧州最大級のザポロジエ原発等も制圧しています。
全世界の皆さん、とりわけ福島第一原発事故を体験し、災害派遣活動に従事した自衛隊員の皆さん、ご家族、本紙読者をはじめ私たち日本人は、思わず1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原発の爆発事故を想起し、震撼したのではないでしょうか。「192トンの核燃料のうち4%、広島型原爆約400発分の放射性物資(セシウム137は福島第一原発事故の約6倍)が大気中に放出された。これにより、ウクライナでは肥沃な農地、森林を含む5万平方キロの国土(全国土の8%)が放射性物質によって汚染され、原発から30km圏内は立ち入り禁止区域とされた」「チェルノブイリ原発周辺30kmは30年以上が経過した現在も立ち入り禁止区域となっている」「ウクライナ社会政策省によれば、2021年1月1日現在、ウクライナ国内で約171・8万人が事故被災者として登録されている」(在ウクライナ日本大使館HP)
ロシア軍の一部約3万人の兵士は、ベラルーシとウクライナとの国境近くでロシア軍との合同軍事演習目的を理由に展開した後、ウクライナに進攻しています。
ベラルーシ国境は、チェルノブイリから僅か16km。原発事故当時、風が南から北に向けて吹いていたことから、「最大の被害国とされ、現在も国土の17〜18%が汚染、国民の約12%が汚染地域に居住している。」(在ベラルーシ日本大使館HP)
ロシア兵のなかで、汚染について予め承知していた兵は、どのくらいいたでしょうか。予め何らかの防護・汚染対策を講じていたでしょうか。ふと最高指揮官の命により派兵されるロシア兵の皆さんのことも頭をよぎります。
砲撃や空爆に恐れおののくウクライナの皆さん。負傷した皆さんや幼い子供の蘇生に懸命に取り組む医師や看護師の皆さん。我が子を失った若い夫婦の悲惨な姿。連日、次から次へと目を覆いたくなるニュース映像が続いています。報道されているのは、実際に起きていることの、ごく一部に過ぎないことは言うまでもありません。
祖国を守るためウクライナに留まりゼレンスキー大統領と共にロシアと戦い続ける父や夫、息子や兄弟等、或いは病気等で動くことが出来ない家族に断腸の思いで別れを告げ、凍てつく寒さの中、着の身着のままポーランドをはじめ隣国へ避難する多くの母親と子供そして老人たち。ロシア軍の侵略から10日余りで既に200万人を超え、その数は留まるところを知りません。一刻も早い停戦、ロシア軍の撤退あるのみです。
しかし、これまでのところプーチン大統領は、ウクライナに対し、まるでウクライナという主権国家・民主国家の消滅を図るような停戦条件を突き付けています。
「完全非武装化」・「中立化」・「2014年に併合したクリミア半島をロシア領として承認」・「プーチン大統領が2月21日に独立を承認した親ロシア勢力が支配するウクライナ東部の2地域、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の独立承認」
そんなプーチン大統領について、こんな指摘があります。
「彼がくだす決定、彼が推進する基本的な政策方針に逆らう勇気や実力をもつ側近などは、ただの一人もいない」(木村 汎著「プーチンとロシア人」平成30年1月 産経新聞出版刊)
「プーチンの行動原理は、負けること、侮辱されることは許さないことにある」「プーチンは今やロシアの足を引っ張る存在なのだ。ロシアと話をつけようとするとき、彼を相手にするしかない。なぜなら、すべてを彼一人が決めてしまっているからだ。しかし、彼と話をつけることがどんなに重要でも、それは非常に困難なことになってしまった」(いずれもジャーナリスト ナタリヤ・ゲボルクヤンの言葉 朝日新聞国際報道部著「プーチンの実像 証言で暴く皇帝の素顔」2015年10月 朝日新聞出版刊)
それでも、ウクライナは、日本は、欧米は、やらなければならないのです。負けてはならないのです。絶対に。
北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事 |