――新年あけましておめでとうございます。昨年は自衛隊では歴史に記憶される年だったと思います、人道復興活動に伴うイラクへの自衛隊出動や異常気象とも言われるわが国未曾有の自然災害への出動、インド洋大津波への対応、自衛隊支持率の大幅アップなどなど。来年度予算もマイナスとはいえBMD(弾道ミサイル防衛)や新たな統合運用体制の整備で内容充実を図ることになりました。また、地方連絡部の活用なども大きな課題となると思います。その中で今日の対談は、大野功統防衛長官と俳優の藤岡弘さんという、おもしろい取り合わせになりました。お互いに防衛問題や日頃お考えになっていることなどを、語り合っていただければと思います。
大野 藤岡さんは今、どういうところで主に活躍されているんですか。
藤岡 自分でプロダクションを経営したり、映画俳優としても活動しています。
大野 防衛問題も随分とお詳しいそうですね。
藤岡 防衛大学校、防衛医科大学校、防衛研究所などで講演をさせていただいたこともあります。
大野 大分もてるんじゃないですか。顔もいいし、声もいいし…。レスリングとか、スポーツは何かやっているんですか。
藤岡 幼少の頃は、父から武士道精神と柔道を教わりまして、以後武道を中心に現在は本物の日本刀を使う古武道に励んでいます。
大野 武道家として自衛隊で講演してみて、どのように感じましたか。
藤岡 そうですね。隊員の方々が真剣に前向きに聴いてくれるので、非常にいい雰囲気です。凛とした波動を感じます。波動がいいので、講演がしやすいです。
大野 隊員は一所懸命聴いてくれますね。他の所へ行くと眠ってる人もいますが、自衛隊で話をすると眠ってる人はいません。
――ところで、大臣もご就任早々から、いろいろなことがあったので大変だったと思いますが…
大野 ええ、この2カ月半で随分ありましたね。
――新潟県中越地震の視察の際、山古志村の住民が避難している体育館に大臣が激励に訪れました。その時、どよめきとともに自然に大きな拍手が沸き起こったそうですね。
大野 自衛隊員の一所懸命、真摯な災害派遣活動のお蔭ですよ。被災者の「自衛隊の皆さん、ありがとう」との声を、防衛庁長官の私が代表して受けたわけです。
――平成17年度防衛予算では大臣の大蔵省ご出身の経歴を活かしたご努力で大幅に復活したとお聞きしました。
大野 この17年度予算は非常に難しい問題だった。財務省は官邸に持ち込もうとするし、官邸は私に来てもらって防衛庁案を説明して欲しいと言ってくるし。最終的には、谷垣禎一財務相と私と2人で話し合って決めました。
――財務省から帰った時、下のロビーに待ちかまえていた制服・内局の人たちから拍手があがっていましたね。
大野 あの時は感激しました。自分で言うのも、おかしいのですが、やっぱり市長さんも町長さんも町の有力者の皆さんも全てが、自衛隊の部隊が撤退したら困ると思っている。それで、随分陳情に来ましてね。この部隊は残して欲しい、心配だと。
藤岡 自衛隊の人がいると、何かこうピーンと張りつめた姿勢を感じますね。非常にキビキビとした気持ちのいい行動をしていますよね。こういう人達が町にあふれていると、回りが感化を受けるんじゃないですか。安心して頼りたくなるような。
大野 それと、お年寄りの多い町からは、地震や火事などの災害が起きた場合、自衛隊員がすぐに助けに来てくれるんだという信頼を頂いている。だから少子高齢化には二つの問題がありましてね。一つは、お年寄りが自衛隊が駐屯することによって安心する。二つ目は、少子化によって自衛隊に入隊する者の数が少なくなる。この二つ意味があります。少子化時代には女性自衛官を増やしていくことが必要です。
藤岡 いいですね。女性自衛官というのは非常にすがすがしいというか…
大野 日本は4.7%しかいない。米国は14%。
――イスラエルは多いですね。女性兵士が町の中やデパートでデートしているんですよ。2人とも銃をかついで。
大野 確かに銃を持ってデートしている(笑)。それと今本当に実感するのは、外交官と自衛官の境が失くなったということ。つまり、防衛と外交が一緒になってきている。そして、警察と自衛隊も一緒になってきた。もちろん、社会的なメインの仕事は違いますよ。しかし、その境目が失くなってきた。そもそも、一方において警察を増やしてね、自衛隊を減らすとは何事かと。だからまあ、財務省もようやく折れてくれたんですね。
――本当にご苦労様でした。陸自4万人削減といわれていたのに予備自衛官は減ったものの常備自衛官は増えています。
大野 小泉純一郎首相が国会で防衛予算を減らしますと言ってしまったから、我々は本当に辛かったですよ。
藤岡 今こういう時代に防衛費を減らすというのは私自身も不安を感じます。
――先程、イスラエルの話が出ましたが、藤岡さんは海外で任務に励んでいる自衛隊PKO部隊を激励に訪れたことがありますね。
藤岡 1993年にカンボジアのタケオ宿営地、1996年にはゴラン高原の部隊を訪れ、日の丸の下で武士道精神を伝えるべく、巻きワラを真剣で一刀両断にする古武道を披露しました。5本切ったのですが、隊員たちは非常に喜んでくれて感動とともに隊員の士気を鼓舞できたと思っています。
大野 私は、ゴラン高原に自衛隊を派遣すべきかどうかを調査するため、1995年にゴラン高原に行きました。当時のUNDOF隊長は、オランダのコスティス大佐で、私が日本の自衛隊をゴラン高原に派遣することを考えていると伝えたら、コスティス大佐は「日本は海外へ自衛隊を出さない国だと思っていた。言葉も違うし、ここに来てもたいして役に立たないだろう」というような発言があり、非常に腹立たしい思いをして一所懸命説明した記憶があります。で、それから実際に自衛隊がゴラン高原に派遣されて2、3カ月もしたら、コスティス大佐の考えが「日本の自衛隊が、こんなに素晴らしいとは思わなかった」という風にガラッと変わってきました。やはり、海外に自衛隊が出て行って、評価が高まったわけですね。
藤岡 カンボジアやゴラン高原に派遣されている隊員に実際お会いした時、全員生き生きとして使命感に燃えているという印象を受けました。
――大臣もこういう立場にいて色々お感じになった事があると思いますが。
大野 生き甲斐と一言いますとね。私が防衛庁長官に就任して2カ月半の間に、2回そういう場面を体験しました。1回目は新潟県中越地震の時です。あの時は、1日に最大4,500人位の自衛官が災害救援のために派遣されていましたが、私がその現場に行くと被災地の皆さんが異口同音に「自衛隊の皆さん、ありがとう」とおっしゃる。若い自衛官に会って「どうですか?」と聞くと、「皆さんに感謝され、それがまた一所懸命任務に励もうという原動力になります」と答える。社会に貢献する、あるいは人の為に働いて感謝される喜び、このことを若い隊員が実際に人生勉強してくれているんだなと思いました。それからもう一つは、イラクのサマーワ視察の時です。私と派遣隊員とが一緒の車両に乗って街中に行くと、子供たちが皆手を振ってくれるんですよ。自衛隊とサマーワの人々との間に心の触れ合いが出来ているんだなあと感じました。今、日本で一番失なわれつつある心と心の触れ合い、あるいは人に尽くして人の為に働いて感謝される喜びを派遣隊員が再現、具現してくれている。感動を覚えましたね。
藤岡 カンボジアのタケオの時も同じように感じました。道路を補修したり、水を浄化する派遣隊員の回りに、自然に子供たちや住民が集まってきていました。汗をかきながら真剣に任務に励む隊員を心から歓迎している非常にいいムードでした。
――ところで、先日決まった防衛計画の大綱にしても、大臣は以前、自民党国防部会長の時にも旧大綱を担当されていましたね。
大野 ええ、自社さ政権の村山内閣の時で、当時の国防部会長の立場は、みじめなものでしたよ。元気溌剌とやろうと思っても相手と調整するというのは大変な仕事でした。社会党の皆さんと話をしているとたたかれる、持ち帰って自民党国防3部会で議論すると、また、たたかれるという状況でした。それから約9年、今回の大綱で一番感じますのは、国防あるいは安全保障は銃を撃つことだけではなく国際貢献の比重が高まってきたということです。防衛と外交の境目が失くなってきている。だから、自衛隊が外国へ行って紛争の予防措置を講じたり、紛争後の民主国家再建のために国際協力する。これは、刮目すべき現象です。
――先日、森勉陸幕長と話していましたら、サリン事件はまさしくテロそのもので、日本はテロ先進国だとおっしゃっていました。確かに最近は、国境のない戦争になっていると言われますね。
藤岡 私は、日本人は危機感が希薄だと思います。危機センサーが働いていない。中国の原子力潜水艦の領海侵犯など。国家の安全保障とともに大事なのは、食料や資源の確保の安全保障だと思います。資源一つ自給できない中で、10年後の食料危機などをどう乗り越えていくのか。国民に危機感がないですね。
大野 国民に危機意識を持たせるというのは、政治家の責務だと思います。政治家が先を見通して考えていかないといけない。イラクの問題もそうです。中東に石油エネルギーの9割を依存している我が国は、その中東の真中にあるイラクが安定することによって生存できるわけです。その問題を国民の皆様とともに考えていかなければなりません。また、テレビで例えばファルージャ掃討の場面が流れると「イラクは危ないね自衛隊引き返せ」という議論になってしまう。ところが、イラクの南部は比較的安定しているわけです。私も実際に、この目で見て来ましたが、そういう安定している所も平等にマスメディアは報道してくれるといいのですが、一方的になってしまっている。例えば、自衛隊が活動しているサマーワで「自衛隊の皆様、ありがとう。頑張って!!」という支持デモがあったと私もマスメディアに言うのですが、ほとんど報道してくれないですね。ところが、パレスチナ問題などのデモで、その中の20分の1か30分の1の人が「自衛隊は帰ったらどうか」と言うと、そこだけが取り上げられて報道される訳です。だから、我々政治家にも「実際は、こういうことですよ」という説明責任があるわけで、今、藤岡さんがおっしゃったようなことも我々が考えて、一所懸命説明していくということが要請される時代になっているのでしょうね。
――そういう意味で、イラク1次隊で派遣されて帰国した番匠陸幕広報室長、佐藤福知山駐屯地司令、清田統幕広報班長の3人が、いろんな所で講演しているのも非常に有意義なことですね。
大野 ええ、そのことは大変評判がいいようです。ああいう風にやらなきゃいけないですよね。今からの世の中を考えていく場合には、三つ大事なことがあります。一つは情報。二つは統合性。防衛と外交、自衛隊と海上保安庁、自衛隊と警察など、だんだんとその境目が失くなってきているんです。縦割り行政から各省庁などの横のつながりを広げていかなければなりません。このことが統合性です。三つ目に大事なのは技術力。この三つを大切にしていかないと政治も行政も上手くいかないのではという気がします。なかなか、言うは易くして難しい問題ですが…
藤岡 今の日本という国は、丸腰の女性のような気がします。それも非常に賢くて教育や技術水準も高く、しかもすばらしい子供を産める力を持っている女性。というのは、日本は技術力が高いので、すばらしい製品を作り経済力もあります。しかしながら無防備ですね。防御するという意識が国民に希薄なんです。女性に譬えれば、男はいい女性を手に入れたいですね。で、この女性(日本)を手に入れれば、日本人の技術、能力や経済力をも使えますよね。私は狙われると思います。中国の軍備増強、北朝鮮の問題などを考えていくと、アジアの中で日本が一番魅力的な美人に見えるわけです。その賢くて、いい生産性を持っていて…、これを襲ったらいいですね。そういうことを考えると恐しいなと思います。では、そのような危機から日本を守るには、第一に食料、資源を確保した上で、安全保障を構築していくべきだと思います。自給自足も出来ない日本の財産は国民(人間力)なんです。技術力を持ち、教育水準が高く、才能ある日本人が奪われると、管理され、奴隷化され、隷属化されてしまいます。私は俳優ですから何か非常にドラスチックに考えてしまいますが(笑)、恐しい危機感を覚えますね。
大野 そういう面で、これからは幅広い考え方をしていかなければなりません。世界の平和は日本の平和である。お釈迦様が自利利他とおっしゃっていますよね。自分の利益は他人の利益、他人に尽くすことが自分の利益になる。やたらに自分のことばかり考えているという時代は、もう終わりました。そのことを、新潟県中越地震やイラクの派遣隊員の皆さんが身に付けて人生勉強してくれているのじゃないかと思っています。やがてそういう人が日本を本当に支えてくれると信じています。
藤岡 今の教育は、子供自身が持っている感性と可能性をどう引き出し、それを伸ばし、どう社会に還元していこうかという方法も、人間としての価値ある存在としての目的も、謳っていないのではないかと感じています。人格教育がなされていないため、自己中心的で個人主義になっている。大義や信義、道徳もなく、自分の欲望を満たすためだけに知識や能力を使えばいいんだという間違った方向で捉えているように思われます。
大野 そうです。日本の教育は詰め込み主義ですよ。モノをいかに知っているかによって学校のテストの採点が変わってくる。入学試験に受かる受からないも知識だけが尊重される。そうじゃないんですね。知識なんて今はコンピュータがありますし、字引きでも電子辞書がありますね。もう簡単です。知識も大事ですが、「なぜ?」という心がもっと大事です。その「なぜ?」という気持があればこそ、例えばニュートンの万有引力の法則で「ああ、リンゴが木から落ちちゃった、なぜだろう?」と。こういう知識というか気持は世の中の発展の原動力になります。それからもう一つは、宗教あるいは精神上の問題につながってくるものです。例えば、なぜ私は大野家に生まれたか、なぜ春に種をまけば秋に収穫できるのか…考えても分かりませんよね。また、大野功統はもうちょっと藤岡さんみたいに男前に生まれてこなかったのか。ね、考えても分からないでしょ(笑)。そうして、なぜ俺は日本に生まれたんだろうと考えているうちに、やっぱり故郷のことを考えるようになってくる。なぜ大野家…と考えているうちに家族愛や人間愛みたいなものが生まれてくると思います。知識も大事ですが、このように「なぜ?」ということを考えることも重要です。
――最後に大臣、隊員のご家族に一言お願いします。
大野 昔、三船敏郎主演の「七人の侍」という映画がありました。この映画のエッセンスは自分たちの村を守ること。そのために七人の侍に来てもらって守ってもらっているわけです。自分たちは食べなくても食事を出して、いろんなお世話もする。このことは、国民の安全を確保してくれている自衛隊の役割にも通じると思います。
藤岡 結局、食料を奪われ、技術を奪われ、そして全てを奪われ、管理されたら終わりですからね。
大野 ですから、今、行政改革でどんなにムダを削っても、どんなに合理化していっても、この国を守るという仕事は根本の問題で中心に置いとかないといけない。それくらい国を守る、あるいは国民の皆様に安心してもらう仕事は国の要諦なんです。その仕事に自衛官の諸君は携わっているわけです。その家族の皆さんにぜひとも申し上げたいのは、こういう崇高な使命に携わっている御主人や御子息を誇りに思って大切にしてあげてもらいたいということです。防衛庁長官の仕事の一つは、隊員の安全確保ですから、隊員の活動の安全性は我々が一所懸命努めていきますので、どうか安心して下さい。
――藤岡さんも何かメッセージを。
藤岡 人間には愛国心、郷土愛、師弟愛、そして大臣がおっしゃった家族愛が大事だと思います。また、自由と平和と幸福を願わない民族はいません。これは、どの国の民族も同じ共通の考えだと思います。こういった考えを家庭や学校教育を通じて、特に影響力のある人達が責任を持って善なる発信を続けてもらいたいですね。自衛なき民族は滅びる、感謝なき民族は滅びる、愛なき民族は滅びる、使命感なき民族は滅びる、そういう道徳なき民族は滅びると先人が言ってました。しかし、それが今、欠如してきたわけです。ただ利益追求、損得利害だけの競争に明け暮れて、傲慢なる自己中心的な人格ではない部分だけが増えてきました。そのバランスをとる作業が必要だと思います。
大野 愛とかね、そういう気持ちがイラク人道復興支援や新潟県中越地震に派遣され活動してくれた若い自衛官に芽生えてきている。これには、私は本当に感動しました。そういう隊員の気持や活動を国民の皆さんはだんだんと理解してきています。そして支援し、支持してくれるようになってきています。ここで私は、防衛庁・自衛隊が50周年の節目を迎えたのを期に、これから先も今の防衛庁というあり方でいいのか、広く議論してもらいたいですね。庁というと英語でエージェンシー。広告代理店、旅行代理店みたいな…。やはり防衛庁・自衛隊は国の根本的な安全・安心を守るところですから、一行政機関というよりも国全体の国家機関みたいなイメージを持って、そして自衛隊の諸君には誇りを持ってもらいたい。今から議論して、その結論を出してもらいたいと思います。
――省への移行をお考えだと思いますが先陣を切って下さい。
大野 もう先陣でも何でも切りますよ(笑)。
――今日は長い時間ありがとうございました。日本のため世界のため人類のためにお二人にはますますご活躍していただきたいと思います。
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