ロシアの起こしたウクライナ戦争は、政治体制と価値観をめぐる戦争でもある。EUは価値の共同体と言われ、自由、民主主義、基本的人権、法の支配などの「普遍的価値」を自ら実現すべき理念として掲げてきた。ウクライナ戦争で、西欧の普遍的価値の強靭さが問われている。
世界に先駆けて近代市民社会を成立させた欧米は、自由、平等、民主主義、基本的人権、法の支配を人類の普遍的価値とみなし、世界の他の国々も、社会の発展とともにこうした価値観を自然に受け入れるようになると思われていた。しかし、近年これが疑問視されている。
まず、普遍的価値を主導する国とみなされてきたアメリカが変化している。トランプ大統領の就任演説(2017年)には歴代大統領の常套句だった自由、平等、民主主義などの言葉は一切なかった。アメリカには普遍的価値のもとに自国の利益と世界の利益とを調和させようと苦闘した歴史があるが、トランプはその苦闘の歴史を否定した。価値認識が希薄で、アメリカファーストを唱えるトランプが再び大統領になるかもしれない。
普遍的価値を共有する最先進国とみなされるG7のサミットは一致してロシアのウクライナ侵略を非難し、ウクライナを支援する声明を出しているが、世界でのG7の影響力は急速に低下している。G7に中国、インド、ブラジル、ロシア、メキシコ、インドネシアなどを加えたG20の影響力が大きくなっているが、G20には自由、民主主義、人権などを人類普遍の価値とは見なさない国も多い。
そして中国。中国は習近平の時代になって普遍的価値を西側世界の価値であると否定し、富強、民主、和諧、自由、平等、公平、法治、愛国などの「社会主義の革新的価値」や平和、発展、公平、正義、民主、自由などの「全人類共通の価値」を唱えるようになった。自由や民主が含まれているが、中国には政府を批判する言論の自由はなく、民主は一党独裁の人民民主なので、西欧の普遍的価値と同じとは言えない。
〓小平による改革開放以来驚異的な経済成長を達成し、自信を深めた中国が欧米の普遍的価値に対抗する価値として、中国独自の価値を主張するようになった。中国が欧米の普遍的価値を拒否するもう一つの理由として、欧米による自由、民主、人権といった価値の主張を内政干渉ととらえる意識がある。
そして日本。日本が普遍的価値を口にし始めたのは安倍内閣からである。安倍首相が唱えた「自由で開かれたインド太平洋」構想は、価値観を共有する米国、英国、EU、オーストラリア、インドから基本的に支持されたが、中国はこれを対中国包囲網の構築とみなし、警戒している。現岸田内閣は安倍内閣の価値観外交を踏襲している。
「普遍的価値」に対して日本はどのような態度でいくべきだろうか。自由、民主主義、法の支配、基本的人権などを日本も普遍的価値と認め、国の運営、外交の方針として堅持するのがよいと私は思う。こうした価値は欧米で発展したが、日本の伝統になかったものでもなく、開国後170年の経験を経て日本に定着した。特に敗戦を経験して、日本は文明的に成熟したと考えてよいのではなかろうか。中国をはじめとする普遍的価値を共有しない国との交際は、相手国の価値批判は控えながらも、自国の奉じる価値は謙虚な自信をもって堅持し、戦略的に付き合う。
価値には良し悪しが伴う。自由、民主主義などを普遍的価値とする国の方が、そうでない国よりも良い国だと私は思う。
(令和6年3月15日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |