稲盛さんが8月24日亡くなった。90歳だった。稲盛和夫という現代の偉人の逝去の報に接して、日本の国力低下の流れを感じるのは私だけだろうか。昭和の終わり土光敏夫が亡くなったとき、中曽根康弘が土光さんを、戦後日本の最高の人だったと評した。私は稲盛さんを、平成日本の最高の人だったと評したい。
稲盛和夫(1932-2022)は鹿児島県生まれ。1959年27歳のとき、京都セラミック株式会社(現・京セラ)を創業。グループ従業員数8万3千人、連結売上高1兆8千億円の世界的企業に育てた。1984年第二電電(現・KDDI)を設立して会長に就任。日本の通信事業の健全な発展に寄与した。また、2010年78歳のとき、当時の民主党政権から、経営破綻した日本航空の再建を強く請われて会長に就任。社員の意識改革を進め、3年経たずして見事に日航の再建を果たした。
稲盛さんは昭和の松下幸之助のように「経営の神様」と評されたが、その経営哲学は「人間として何が正しいか」の判断基準を根本におき、人として当然の根源的な倫理観・道徳観に従って、誰にも恥じることのない公明正大な経営や組織運営を行うものだった。稲盛さんは後年、自分の成功に理由を求めるならば、ただ一つ、「人間として正しいことを追及する」という単純な、強い指針があったことですと述懐する。
稲盛さんは利他の心による経営を説いた。利他の心とは、仏教でいう「他に善かれかし」という慈悲の心、「世のため、人のために尽くすこと」で、ここにビジネスの原点があるという。事業活動においては当然利益を求めなければならないが、その利は正しい方法で得られる利益でなければならず、事業の最終目的は社会に役立つことにある。会社の経営は利他行であり、利他行がめぐりめぐって自社の利益も広げることにもなる。稲盛さんが偉大だったのは、弱肉強食のビジネス界で利他などきれい事に過ぎないとの批判がある中、利他による経営を追及し、実践して大きな成功をおさめたことにある。
稲盛さんは自分がなすべき仕事に没頭し、工夫をこらし、努力を重ね、一日一日を「ど真剣」にーーー「ど」がつくほど真剣にーーー生きなくてはならないと人に説き、自分もそのように生きた。稲盛さんの仕事、事業、経営は常に真剣そのものだった。
稲盛さんはまた、「思うこと」の重要性を説いた。本気で物事を成し遂げようとするならば、それを強烈な願望として、寝ても覚めても強烈に思い続けるが不可欠という。願望の大きさ、高さ、深さ、熱量が成否を決める。企業経営、新規事業、新製品開発の成就の原動力は強烈な「思い」である。
稲盛さんの経営哲学は、経営の神様松下幸之助と共通点があると言われる。私は二人の宇宙観に共通点を見いだす。
松下は、宇宙に存在するいっさいのものは、絶えず生成発展しており、これが宇宙の本質で、自然の理法なので、ものごとはこの理法に則っているならば、成功するようになっていると言う。稲盛は、宇宙には森羅万象あらゆるものを進化発展する方向に導こうとする流れ、すべてのものを慈しみ育てていく意志のようなものが存在しており、我々の思いと行動がこの宇宙の意志に沿ったとき、成長発展の方向に導かれ、成功するという。
利他行を実践し、魂の品格を高めるのが人生の目的だと言う稲盛さんは、まさに大乗仏教の菩薩だったと私は思う。
(令和4年9月15日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。
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