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スペーサー
自衛隊ニュース   1080号 (2022年8月1日発行)
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知恩報恩<10>
日油株式会社 顧問
前 西部方面総監(元陸将) 本松敬史
自衛官OBの付加価値とは

1.「バイオから宇宙まで」

 私が顧問として奉職し2年目となる日油株式会社は、恵比寿ガーデンプレイスタワーに本社を置き、『バイオから宇宙まで』のコーポレートスローガンが示す、油化、化薬、化成、食品、ライフサイエンス、DDS、防錆等の幅広い事業をカバーする多角化企業(B to B)であり、皆さんの日常生活の至る所に見られる製品の素材や構成品を製造・提供しています。特に、1919年(大正8年)創業の「帝国火薬工業」をその前身とする化薬事業(部)は、時代を超え、長きにわたり自衛隊向けの「防衛事業(弾火薬)」を展開するとともに、H-2A/イプシロンロケット打ち上げ用固体推進薬(ブースター)等の「宇宙事業」にも携わっております。
 また当社には、私以外の退職自衛官(以下、「自衛官OB」という)2名(陸・空)も参与として勤務しており、当社と自衛隊との「架け橋」役として日々頑張っております。

2.自衛官から一般社会人へ

 (1)私は、昭和61年3月陸上自衛隊に普通科幹部として任官以来、約35年間にわたり陸上自衛隊に奉職し、約2年前に「西部方面総監」を最後に退官しました。顧みれば、在職間、部隊長や幕僚等の職務では、「任務完遂」の御旗の下に、上司や同僚、部下と真剣に相まみえ、寝食を忘れ、共に喜びを分かち合い、時に理不尽さに苛まれる、そんな在職間の経験全ては幹部自衛官としての「職務遂行能力の向上」に直結し、また日頃から部隊を支えて頂いている地域の皆様との出会いは「絆」となり、退官した今も続く「人生の宝」となりました。
 まさに、先人の言う「職は人を育てた」のだと実感しています。
 (2)防衛大学校出身者であり、社会経験「ゼロ」で自衛隊に入隊した私の退職時の不安は、これまでの自衛官としての発想や知見経験等が一般社会人として果たして「通用するのか」ということでした。地本長当時、雇用企業の経営者の皆様に対し「自衛隊は、 "平和創造企業"であり、国民という株主(納税者)に対し、常時「平和」や「安心安全」といった "配当" を提供する安定した組織です」と、したり顔で嘯(うそぶ)いていた自分を恥ずかしく思いました。以前聞いたことのある「笑い話」ですが、退職前数年間、身の周りのことを全て副官等がやってくれたことで、 "切符すらまともに買えない元将官が居た" という、まさに「笑えない」話。その様なOBだけにはなりたくないとの気持ちから、退官後現職務に奉職するまでの数ヶ月間、年代的には厳しいとされる「取説」を見ながらのパソコンやWi-Fiの接続、SNSの設定、はたまた転職ビジネスマン1年生を描いた「韓流ドラマ」を視聴する等、やや興奮気味でその日を迎えました。そんな勝手な心配をよそに、会社は私を温かく迎え入れてくれました。

3.顧問とは、 "顧みて問う相手" なり

 (1)私で4人目となる顧問に着任し、当社の沿革や概要、前任顧問の申し送り等を確認後、かつては部下に口煩く指導していたあの「職務分析」に自ら着手しました。その際、頭を過ったのは、
  "顧問とは一体何なのか" ということでした。広辞苑によれば、顧問とは「意志決定を行う権限を持たないが、業界や特定の企業で培った高度な専門性や経験をもとに、企業経営や事業成長に向けて的確なアドバイスや指導、特定任務を行う、日本独自の役職」とあり、換言すれば、社長等職務上の上司が何か困った際に「顧みて何かを問う相手」。問われた側は、所期の対応が出来なければならない、ある意味「厳しい役職」でもあります。
 (2)では、社長等が自衛官OBの私に一体「何を問う」のか?そんな事すら分からぬまま至った結論は、社長以下の主要幹部に「安全保障」を身近に感じて頂くため、「防衛関連情報」を提供することでした。
 我が国を取り巻く安全保障環境に関するニュース等をコメント付・週一ペースで配信するうちに、個別に質問を受けるようになり、昨年夏には、社長から全取締役、執行役員が出席する会議における「防衛講話」を仰せつかり、昨今の国内外情勢(中国、ロシア等)やリーダーシップ等について説示、これが私の「社内デビュー」となりました。
 (3)その後も、私の在職間における災害派遣経験(人吉豪雨や東日本大震災等)に関するメディア取材記事を何度か目にされた社長から、当社「業務継続計画(BCP)部会」への関与を要請され、昨年11月に実施した「令和3年度BCP検証訓練」の統裁に参画しました。検証訓練は、「首都直下型地震」を想定したストーリーの中で、被災した工場等の製造再開に資する "レジリエンスを強化" することを目的とし、対応マニュアルに基づく一連のプロセスを検証するものでした。本訓練では、約 "13日間"にも及ぶ想定を僅か "3時間弱" で走破・統裁するため、各種状況をリアルに再現した8本の「フェイクニュース」を活用し、訓練参加者を "仮想現実に誘う" という手法を初めて採り入れるとともに、被災後製造再開に向け努力するB to B企業、当社の顧客に対する「使命感」や、製造に携わる社員一人一人が保持すべき「矜持」についても再認識して頂けたものと自負しています。本訓練は、自衛官OBである私の「付加価値」を発揮する恰好の場でした。

4.自衛官OBの付加価値とは

 (1)自衛官OBの付加価値は、陸海空、職種・職域、勤務期間や退職時の階級、職責等により様々ですが、重要なことは、官と民との差異を認識した上で、「在職間の勤務を通じ培われた物の見方、考え方、或いは価値観というものを退官後の職務に如何に生かしていくのか」ということでしょう。
 (前出の)地本長当時、企業の経営者等から「雇用している自衛官OBに対する評価」を聴取したことがあります。企業経営者等による「退職自衛官」は、概して「肯定的評価(素晴らしい)」を頂戴する一方で、「否定的評価」を敢えて挙げて頂き、ここに民間企業の視点による考察を加えることにより、以下の「2つ」に収斂(しゅうれん)したと記憶しています。
 その1つは「任務至上主義」。自衛官は、万事「任務を基本」とするが故、ややもすれば、与えられた任務(職務)を遂行すること自体が目的化し、「任務は与えられるもので、それ以上のものを自らに課すべきではない」との認識により、結局は「言われたことしかやらない」のではないか?
 もう1つは、「コスト意識が希薄」であること。公務員にありがちな「税金で担保された事業を漫然と実施すること」が長年習い性となり、自衛官として、平素の隊務運営におけるムリ・ムラ・ムダを洗い出し、業務の「効率化」、「合理化」、或いは「省人化」に繋げるといった「自らが創造し、改善しようという気概」を生み出しにくくしているのではないか?
 (2)こうした認識も手伝って、在職間に涵養(かんよう)されてきた規律心、礼節、協調性といった所謂(いわゆる)「自衛官らしさ」や、警戒・警備等の戦闘行動を通じた経験則の総体が "現在の自衛官OBの「付加価値」" となっているのでしょう。その一方で、自衛官OBには、在職間に「防災(災害派遣)」を始め、「組織管理」や「人材育成(教育)」、或いは「情勢分析」や「戦略立案」等の広範な分野で豊富な実務経験と問題解決技法を身に付けた者も多数存在しています。新型コロナやウクライナ侵攻などを契機とし、国内外情勢がこれ程までに"激変する時代" だからこそ、民間企業の方々には、是非注目して頂きたい"新たな「付加価値」" であると思われます。

5.退官後の人生、「小さな花」を咲かせるために

 (1)ここで、普通科職種一筋に約35年間勤務し、数年前に陸上自衛隊練馬駐屯地を "准陸尉" で退官、現在は大手銀行の子会社で勤務している自衛官OBの例を紹介したいと思います。
 准曹で退官した自衛官OBが銀行等に採用される場合、その職域は通常「警備全般」と言われていますが、彼の場合は、なんと「銀行庶務」。第一線小隊陸曹の経験は豊富だが、事務方の勤務は、若い頃に中隊本部で担当陸曹を経験したくらいの、そんな "戦闘職種" からの初めての採用。勿論、聞く先輩すらいない、まさに「未知の世界」。しかし、元々反骨精神旺盛な彼は、その日から職場の上司や同僚等の温かいバックアップを得て、「銀行庶務」として、当然知っておかなければならない規則類やパソコン(ソフト)操作等を懸命に自学研鑽し、マスターしたとのこと。また、数年後に「チーム」として臨んだ銀行庶務業務における「デジタル(見える)化」や効率化による「コスト削減」等の全社コンテストにおいて、自衛隊在職間に培われた持ち前の「スピード感」や「調整力」も相俟って、2年連続(2020,2021年度)で "本部長表彰" を受けたその原動力となったのです。
 (2)こうした業績を以前から聞いていた私は、先日彼と話す機会があり、「退官後の職場で頑張れる秘訣は何か?」と尋ねたところ、彼は、私にこう言いました。「これまで自分を育ててくれた自衛隊に感謝、数多くの人との出会いに感謝、そして退官後に奉職したこの職場で、自衛官OBとして、先輩方や自分に続く現職の後輩達に恥じぬよう、少しでも "輝きたい" んです」と。そう目を輝かせて話す彼を尻目に、自戒反省する私には、只々「頭の下がる思い」でした。
 最後に、現職の皆さんに言えることがあるとすれば、それは、ただ一つ、「与えられた今の職務の一つ一つを大切に、これを懸命に遂行」すること。その苦労の積み重ねは、取りも直さず在職間の「付加価値」となり、それは、退官後の人生において "小さくても、自分だけの「花」を咲かせる" ことに繋がるものと信じます。

(著者略歴)
 防大29期生、第1普通科連隊中隊長(練馬)、第3次ゴラン高原派遣輸送隊長(シリア・イスラエル)、第39普通科連隊長(弘前)、陸幕人事計画課長、北方幕僚副長(札幌)、自衛隊沖縄地方協力本部長(那覇)、陸幕教育訓練部長、第8師団長(北熊本)、統合幕僚副長、西部方面総監(健軍)等を歴任


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