皆さんは防衛省職員生活協同組合(以下「防衛省生協」と呼ぶ)のことご存じですか? 東京オリンピック前年の昭和38年、日本は高度経済成長の真っ只中、自衛隊にも(木造)官舎が増えました。隊員を火災保険に加入させる必要があるが値段が高い。それなら自分達で安い掛金の共済を創ろうと1口200円で10万円保障(最大10口100万円保障)の火災共済を創った。これが防衛省生協の始まりです。昭和62年に隊員本人と配偶者・子供が利用出来る生命共済、平成5年に退職隊員と配偶者が利用出来る長期生命共済をスタートさせました。来年、創立60周年を迎えます。現在30万人を超える隊員・家族、退職隊員とその配偶者の皆様にご利用頂いています。隊員が創り、隊員が育てた、それが防衛省生協です。
防衛省生協の職員と組織運営の特色ですが、防衛省生協は東京都千代田区に事務局、埼玉県所沢市に昨年7月からテスト運用を開始したコールセンター、全国の主要な駐屯地・基地に地域担当者とこれを支援する地区責任者や主任地域担当者を軍種・方面隊等別に配置しています。事務局は、理事長、専務理事兼ねて事務局長、4人の次長の他、自衛隊出身者を中心に防衛省共済組合、民間の保険会社証券会社等の出身者を加えた約80名のスタッフで、皆さんの加入や共済金支払い、預かった資産の運用、電算機システムの運営と開発、広報新規共済事業の開発等の業務を実施しています。この規模の組合で業務の全てを自己完結的に実施している組合は少ないようです。その分苦労が多いものの、隊員の皆さんの要望を受け新規事業を立ち上げ、多くの皆さんにご利用頂けた時の喜びは格別です。隊員が創った防衛省生協なので、年度の事業・予算・人事等も現職隊員などの代表者で構成される「総代会」で議決されます。これも特色の一つでしょう。
私は防衛省生協で専務理事兼ねて事務局長として働いています。陸自の師団に例えれば副師団長と幕僚長を兼ねるようなものです。勤務に際しては、防衛省生協の「地位」と「役割」を忘れないようにと心がけています。当生協へ就職した頃は、安い掛金で共済事業を提供し、火災、死亡、病気・ケガに遭われた組合員(隊員)の皆さんに迅速に共済金を支払う。これが唯一の役割だと思っていました。しかし、保険共済の視点から隊員の皆さんに接するうちに、特に病気・ケガになった場合、あたかもその大半を自己負担しなければならないと思っている隊員さんが余りにも多いことに気づきました。実際はどうか。実のところ日本の健康保険制度は大変良く出来ています。病院窓口での3割負担や高額療養費制度は医療費増額を抑える切り札だし、その上隊員の皆さんは「一部負担金払戻金=附加給付」という制度で更に手厚く守られています。ですが残念ながらこの制度を知る隊員は本当にごく僅かです。外国の侵略に対し、自衛隊単独で守ろうとすれば膨大な予算が必要でも、自衛隊と米軍が共同で阻止すれば、その分予算は軽減出来ます。米軍のことを知れば日本自身の防衛努力(自己負担)の尺度が分かるように、国(防衛省共済組合)の公的保障を知れば自分の保険加入の尺度が分かります。そもそも保険や共済は家の購入にも匹敵するほど多額のお金を支払うので、加入尺度を知れば家計節約にもつながります。これこそ防衛省生協の存立目的である「組合員(隊員)の皆さんの文化的経済的改善向上」を具現することになるので、公的保障の実態を啓蒙することこそ真の「役割」だと思うようになりました。
日々の業務で心がけていることが2つあります。一つは現場確認です。毎日少なくとも二度は職員の顔を見に行きます。どんな組織も人間の集団ですからそこには問題や課題が存在します。自衛隊のような階級社会ではなく指揮系統が穏やかな職場ですので職員の声もストレートです。話を聞きながら、時々心を制御出来ない自分を未熟に思うこともありますが、出来るだけ「話す」より「聞く」ことを重視し、職場・職員の抱える問題の発見に努めています。もう一つは、組合員(隊員)の視点を忘れないことです。法律(生協法)では組合員(隊員)ファーストの目線と生活協同組合の健全経営の二つの視点が同時に求められます。健全経営だけを考えると隊員目線は疎かになるしその逆もありえます。基本は健全経営ですが、両者のバランスを取ることがとても大事です。これまでの経験から健全経営と隊員目線の比重をバランスさせるか、或いは少し隊員目線に軸足を置けば、そこに正解があるような気がしています。
今後、防衛省生協は、これまで自衛官に対する説明が中心でしたが、事務官・技官の方々にも理解を深めて頂けるように努力していきたいと考えています。最後にこれまでの勤務を通じて皆さんに強調したいことはただ一つ。先程述べたように、隊員の皆さんは既に防衛省共済組合の短期給付など法定給付を受けることが出来る立派な公的保険に加入し、そのための掛金も毎月払っています。まずはこの共済組合の法定給付が病気ケガで入院時、どの程度皆さんを守ってくれるのかを理解し、その上でそれぞれの特性に応じ共済や保険で補えば良いのではないでしょうか。特に病気ケガの入院などでの国の公的保障は充実しており、過剰な医療保険への加入は余り勧めません。
(著者略歴)
防衛大学校24期生。第12普通科連隊第3中隊長、第10師団司令部第3部長、第43普通科連隊長、情報本部計画部長、第9師団副師団長、富士教導団長、北部方面総監部幕僚副長、九州補給処長、第6師団長などを歴任。 |