世界で民主主義に対する懐疑が広がっている。近代の欧米で発展し、成立した民主主義は世界的に最も進んだ政治体制と見なされてきた。しかし、民主主義国のリーダーたるアメリカ前大統領トランプが、選挙に不正があったとして大統領選の結果を認めず、支持者たちが議事堂に乱入する事件を起こした。民主主義を信奉する先進諸国はこれに眉をひそめた。
中国は胡錦濤時代までは、将来的に直接選挙や言論の自由の導入を含め、欧米的な民主化を目指すとしていた。しかし、習近平体制に移行して以来、欧米流の民主主義を完全に否定した。重要なのは国の秩序の維持と国民生活の向上であり、これを達成した共産党による一党独裁をよしとする。中国モデルに魅力を感じる途上国の指導者も少なくない。
コロナウィルス・パンデミックが民主主義の優越性に対する疑念を深めた。中国は初期対応に失敗したものの、その後、都市封鎖による隔離の徹底、PCR検査の徹底、健康コードによる個人行動情報の管理などを行い、感染拡大の押さえ込みに成功した。昨年2月時点で9万人に達した累計感染者数はその後全く増加していない。一方アメリカは今年4月には感染者数の累計3千万人に達し、1日の新規感染者数が最大30万人にもなった(現在1万人程度まで減少)。民主主義の大国インドでも累計3千万人に達し、1日の新規感染者数は減少して5万人となったが、まだ終息していない。これを見ると、民主主義国の方が劣っているのではないかと。
民主主義の歴史を振り返ると、民主主義は歴史の大半において、どちらかというと否定的な意味合いで使われてきた言葉であることがわかる。プラトンはアテネの民主政を衆愚政として否定したし、アリストテレスは政治形態を君主政、貴族政、民主政に区分したが、特に民主政が良いとは言っていない。
現代につながる民主主義が発展したのは近代の欧米に於いてである。近代における民主主義の成立にはまず、イギリスで名誉革命による議会主権の確立があった。次にイギリスより独立したアメリカで進展した。独立宣言とリンカーンの「人民の、人民による、人民のための政治」は民主主義の不滅の理念を示すと言われる。そして、革命で旧体制を倒したフランスにおいて進展した。人権宣言は人民主権と自由平等の基本的人権をうたい、西欧が民主主義による市民社会へと進むきっかけとなった。
欧米の民主主義は議会制を中心に発展した。選挙が実施され、普通選挙への歩みも進んだ。イギリスのジョン=スチュアート・ミルは、代議制民主主義が最善の政治形態であると言った。こうして英米仏で発展した民主主義制度と理念の優越性は、英米仏の富裕化と強国化と相まって、19世紀には世界的に広く認められるようになった。
冒頭述べたように、昨今民主主義に対する世界的な疑念が広がっているが、私はなお欧米で発展した民主主義を良しとする。それは、民主主義が日本の伝統にあると思うからでもある。古くは十七条憲法の「衆とともに論ずべし」があり、明治は「広く会議を興し、万機公論に決すべし」で始まった。戦前近代憲法を定め、民選議員による議会を実現した実績と、戦後新憲法のもと、民主主義国家の建設に励んだ歴史は軽いものではない。
私は長期的な視野に立つ国策決定能力に、民主主義の弱点を感じている。これを克服する賢明さと能力を持ちたいと思う。
(令和3年7月15日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |