「うちの先生は、出来るだけ抜かない方針なんですが、抜かれてしまいましたね。残念ですねぇ・・・」
ベテラン看護師さんの言葉がうつろに響きます。言外に「お気のどくに」と同情されている悲劇の主人公なんだなあと思いつつも、身体を硬直させ、途方もなく長く感じた時間ズット口を大きく開け続けていた疲れからの解放感でしょうか、快い軽い眠気に襲われます。
しかし、先生から我が口を離れ無機質の物体と化した見事な奥歯を見せられた時は、そんな眠気もすっ飛びました。本当に後悔先に立たず、取り返しのつかない喪失感を実感した瞬間でもあります。
そして、これまで当たり前であった食事で物を噛むことが、こんなにも大変なことなのかを思い知らされました。更に片方の歯だけを使うようにしていると、どういうわけかその歯の上のほっぺたの内側を何度もかじってしまう痛さも避けることが出来ません。しゃべるのにも違和感があります。食事の時間が来るのが苦痛にさえ感じるのです。
自衛隊員の皆さん・ご家族の皆さんそして「防衛ホーム」の読者の皆さん、皆さんの歯は大丈夫でしょうか?
「歯は、今より悪くなることはあっても、良くなることは絶対に無いからね」僕も、そう言われ続けて来ていたのです・・・。
皆さんには、令和初の新年度を機に、とかく軽視し、後回しにしがちな歯の健康・虫歯の治療等に、意識して時間を割く決意と実行を強く勧めたいと思います。甘く見ていると、当然が当然でなくなる後悔の日が必ずやって来ます。
新年度を迎え、全国各地でフレッシュマン・フレッシュウーマンが誕生しています。元気溌剌、気持ちの良い爽やかな姿です。
防衛省・自衛隊でもそんな皆さんが仲間に加わりました。ただ今年は新型コロナウイルスの感染防止のため、入省式・入隊式あるいは入校式等は、例年とは全く違った形で執り行われたことと思います。皆さんには、少し寂しかったかもしれません。
でも、防衛省・自衛隊の先輩はもちろん、OBそして沢山の国民の皆さんは、皆さんを心から歓迎されています。常に国民とともにある自衛隊の将来を担って行くのは、皆さん一人ひとりです。良識ある社会人として、そしてどんなときにも国民の負託に応えることが出来る自衛隊員として成長して行ってください。
かつて作家の山口瞳さんが、 "新入社員諸君。「悠揚迫らず」でいけ!" と入社の日に呼びかけたサントリーウイスキーの新聞広告を思い出します。(各紙‥平成5年4月1日付け)
曰く「・・・心の奥底に「見た目に美しくないことは悪である」という信念があれば大きな過ちを犯すことはない。新人でも焦っては駄目だ。悠揚迫らずでいけ。・・・見た目に美しいかそうでないかは、新入社員諸君、きみたちの判断にまかせよう」
僕が3年間暮らしたアジアで一番新しいフレッシュカントリーの東ティモールには、こんな言葉があります。皆さんに贈ります。
「ゆっくり、でも着実に!」
「君ならできる、だって君なんだから!」
そして、そんな新隊員の皆さんに、新年度早々心からお願いしたいことがあります。4月7日に緊急事態宣言が発令された留まるところを知らない見えない敵、新型コロナウイルスの感染拡大防止のための行動です。感染しても症状が比較的軽微で済むことが多いと言われている若い皆さん自身が、率先垂範して「3密」(密閉・密室・密接)状態を回避すること。この行動こそ、あなたがあなたの周りの皆さんの命を救う行動でもあるのです。
北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現(一社)日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事
【お詫び】前号の当コラムで誤りがありました。正しくは「大会名称の東京2020オリンピック・パラリンピックの名称は維持とのこと。」です。著者の北原氏および関係者の方に深くお詫び申し上げます。(編集部)
入隊式特集は5面に続きます |