渥美清さん(1928年〜1996年)演じるフーテンの寅さんがテンポよくしゃべるテキ屋の口上。
「ものの始まりが一なら、国の始まりは大和の国…憎まれ小僧、世にはばかる。日光、ケッコウ東照宮。三で死んだか三島のお千…四谷、赤坂、麹町、チャラチャラ流れるお茶の水…後藤又兵衛が槍一本で六万石、ロクな子供が出来ちゃいけないんで教育資料の一端として買っていただきましょう、この英語の本。ネッ、英語はABCからメンソレータムからDDT、NHKにマッカーサー、古いところは全部出ているよ。続いた数字が七つ、七つ長野の善光寺、八つ谷中の奥寺で竹の柱にカヤの屋根、手鍋さげてもわしゃいとやせぬ…これで買い手がなかったら、右に行って御徒町、左に行って上野。右と左に泣き別れ、さあ、どうだ!!ただでくれてやらあ…」
渥美清さんは、1968年にフジテレビで26回にわたって放映された連続ドラマ「男はつらいよ」をはじめ、翌年の山田洋次監督の映画第1作から28年間、49作にわたって人々に慕われる寅さんを一途に演じて来られました。
テレビでは、寅さんは毒ヘビにかまれて死んでしまう衝撃の結末。渥美清さんの「新装版渥美清 わがフーテン人生」(渥美清著2019年7月毎日新聞出版刊)には、そのときテレビ局にジャンジャンかかってきた抗議電話の一例が紹介されています。
「あ、もしもし、もしもし、言ってんだよッ!!お前がプロジューサーか?なにィ、そうだ?じゃあ、聞くけどよォ、どうして、お前、テメエの一存で寅を殺すんだよォ。お前も人間だろう。だったらお前、あんなかわいそうなことをしちゃァいけねえよ。ナニ?ドラマだから仕方がない?テメエー、ナニ言ってんだ、いくらドラマでもなァ、寅をあんな目に遭わすんだったらな、お前、これからさき、いいことないよ。お前、わかってんのかよォー。月夜の晩ばかりあるんじゃねえぞ、それがわかってんのか、このヤローオッ…」
映画では、このような「身勝手」?なことは起きませんでした。
第1作から50年となる昨年末、シリーズ第50作「男はつらいよ お帰り寅さん」が公開されました。僕は、朝8時30分からの第1回上映時間に駆け付けました。「四角四面の顔にたくわえたチッコイ目」の渥美清さん=寅さんに久しぶりに会ってきました!
渥美清さんは、前掲の著書の中で述べています。「たとえば、わたくし、仕事なんかでフトうまくいかないときに、お勝手の窓をあけると、二、三軒向こうに寅のヤツが立っています。その寅を見て、わたくし、あいつ、またうまくいってないんだなァ、それにひきかえ、オレは、仕事がうまくいかなくても、あいつより、まだましだ、と自分を慰めることができると思います。それだけに、わたくし、寅のヤツがかわいそうになるんで…ですからとても愛せます。かわいそうにということは、惚れたっていうことではないでしょうか?」
第50作公開に先立っての山田洋次監督の言。
「寅というのは自分の幸せは最後にする人間でしょう。まず俺が幸せになるということをまったく考えない。俺は最後でいい。目の前に不幸な人がいたらその人を助けるのが第一だというふうにして、生きてきた。…寅さんは時空を超越している」(2019年12月14日付け日本経済新聞「文化」欄)
「防衛ホーム」の読者の皆さんの心の中にいるそんな寅さん、今日はどこを旅しどなたに出会っているのでしょうか?
北原 巖男
(きたはらいわお)
元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現(一社)日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事 |