2月24日ドナルド・キーンが亡くなった。96歳だった。
ドナルド・キーン(1922-2019)は米国出身の著名な日本文学・日本文化研究者。コロンビア大学在学中アーサー・ウェイリー訳『源氏物語』に感動して日本研究を始めた。1953年京都大学に留学し、1960年コロンビア大学教授(日本文学)。古典から現代文学にいたるまで広く日本文学を研究して海外に紹介し、日本文学の国際的評価を高めるのに貢献した。2008年文化勲章を受章。91歳のとき東日本大震災を見て日本永住を決意し、日本に帰化した。
日本文学と文化に関するキーンの研究業績は厖大であるが、主な英文著作に、『日本文学史』、『明治天皇』、『日本との出会い』、『百代の過客 日記にみる日本人』、『能・文楽・歌舞伎』などのほか、近松門左衛門、吉田兼好、松尾芭蕉、三島由紀夫、川端康成、安部公房らの作品の翻訳がある。また、『日本文学を読む』、『二つの母国に生きて』、『日本文学は世界のかけ橋』といった日本語の著作を残している。
キーンの最大の業績は、日本文学と日本文化が決して特殊なものではなく、世界の誰もが理解できる普遍性をもつとのメッセージを発信し続け、日本文学と文化に関する世界の評価を変えたことにあるだろう。
キーンが日本の研究を始めた頃、日本文学に対する偏見はなお強かった。キーンがケンブリッジ大学で初めて教鞭をとった時、英国人から職業を聞かれ、「日本文学を教えています」と言うと、一様に「どうしてサルまねの国の文学を教えるのですか」と、聞き返されたという。
こうした偏見と無理解は、日本を自分たちの尺度でしか理解できなかった欧米人がーー『菊と刀』の作者ルース・ベネディクトもその一人だと私は思うーー、日本を神秘の国とか、不可解な国だと紹介したことに原因があるが、日本人自身が日本文化は特別で、外国人には理解できないと思いこむようになったことにも原因があるとキーンは言う。
キーンは日本人をはるかに上まわる日本の古典の読解力をもって厖大な日本文学を読み、日本文化を研究。そこに見られる著しい美的趣向、豊かな感受性、比類のない多様性のすばらしさを発見した。そしてこれが決して特殊ではなく、外国人が十分理解でき、世界の文学、文化の一部となる普遍性をもつとの信念を数多くの著作で発信し続けた。現在、日本文化が世界文化の一部となっていると感じる人が増えているとしたら、それはキーンの半世紀以上にわたる世界への発信がもたらした成果だと言っては言い過ぎだろうか。
キーンの日本文学と文化への驚嘆すべき造詣の深さは、ほんの二、三の著作を読めばわかるが、例えば「一休頂相」というエッセイからは、一休(あの頓智で親しまれた一休さん)の人間に共感するキーンの深い理解が伝わってくる。これほど卓抜した一休論を私は知らない。
キーンは第二次世界大戦中、米海軍に情報士官として勤務、沖縄で日本人捕虜の尋問等に当たった。遺品となった多くの日記や手紙を読み、「日本人は何と内面を繊細に語るのか」と日本人に対する敬意が増したという。こうしたキーンの人間性が、日本文学と文化への深い理解をもたらした。
キーンが日本文学と文化に関して世界を啓蒙した功績ははかり知れない。われわれ日本人は限りなく多くをキーンさんに負っている。
(2019年3月11日)
神田 淳(かんだすなお)
高知工科大学客員教授
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』など。 |