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987号 (2018年9月15日発行) |
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読史随感
<第13回> 神田淳
竹内均先生の『「修身」のすすめ』 |
竹内均(1920-2014)は地球物理学の世界的権威。東京大学理学部教授を退官後、科学雑誌『ニュートン』を創刊し、初代編集長を務めた。竹内均はライフワークとして地球物理学のみならず、広く科学一般から人間の生き方まで、極めて多岐にわたる啓蒙活動を行った。
竹内均の450冊にも及ぶ膨大な著作の一つに『「修身」のすすめ』がある。竹内均の「修身」は、自然科学者らしく、いわゆる「善」とされる徳目を、古今東西の聖人・賢人の言葉の中から、その最大公約数として選び出した。それは、勤倹・貯蓄、正直・中庸、感謝・報恩、修身・斉家、および外柔・内剛である。そして、実行すべき徳目の順序としてまず、勤勉、正直、感謝をあげ、これを修身の根本においた。
竹内均は言う。自分はまだ、勤勉、正直、感謝を息せききって実行している凡人である。しかし長い人生を通じ、自然科学者として理解できたことがただ一つある。それは、勤勉、正直、感謝を実行すれば必ずよい結果が得られ、この実行に欠ける場合には、それなりに悪い結果が得られたことである。それは、科学における自然法則のように狂いのない原因と結果であった。人として生まれ、自分自身や一家や国の平和や幸福を望まないものはないはずであるが、それを得る方法はただ一つしかない。それは勤勉、正直、感謝から始まる修身の実行である、と。
また感謝に関して、我々は日本が感謝に値する国であることを知るべきだと言い、日本(竹内均がこの書を著した昭和50年代半ばの日本)が豊かであることを事実で示している。
まず、国民一人当たりの実質収入は、米、西ドイツ、仏と並び、英を越えている。税金はこれらの先進国に比較して安い。平均寿命はスウェーデンを抜いて世界一位となった。医療制度、社会保障、及び年金制度も充実している。教育レベル(大学進学率、高校進学率)は世界一高い。犯罪は世界一少なく、安全な国である。
私は顧みると、この時期の日本が国力の最も充実していた時期ではなかったかと思う。しかしその後バブルとなり、バブル崩壊後日本経済はほとんど成長せず、平成5年(1993)に世界第3位だった国民一人当たりのGDP順位は、2017年には25位まで凋落している。
竹内均は本書でギリシャ、ローマ他世界の文明と国の没落の原因を探り、文明や国の没落には、共通の特徴、経過あるいは法則が見られると言っている。
まず大衆の側に、義務や責任を実行しないで、権利と福祉だけを要求する傾向がみられる。大衆は批判と反対だけをくり返す。次に政治家、指揮者の側に、コスト的観点を無視した機嫌取りつまり大衆迎合の特徴がある。彼らは大衆の気に入ることを並べたて、その基礎となる経済的な制約条件を人々に話さない。ここからインフレーションやスタッグフレーションが生じる。これと同様の責任者の機嫌取りが、いたるところで見られるようになる。先生が生徒の、年長世代が若年世代の、専門家がアマチュアの機嫌取りを始める。こういう傾向の基礎には、エリートや専門家を否定する、画一的で全体主義的な、誤った多数決原理がある。
今から約40年前に竹内均が、世界の没落する文明や国家に共通して見られるとして描き出した特徴が、平成の日本にかなり見られる。
(2018年9月12日)
神田 淳(かんだすなお)
高知工科大学客員教授
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』など。 |
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