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   2007年2月15日号
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平成19年度訓練始め
《111空》
MH5機編隊で年明けを飾る
 海上自衛隊唯一の航空掃海部隊である第111航空隊(司令・浅野武司1海佐)は平成19年の幕開けを飾る初訓練飛行を1月5日に実施した。
 午前11時、当日の飛行メンバーをはじめとする隊員総員が庁舎に隣接するエプロンに整列、航空隊司令に対し飛行隊長から訓練開始の報告が行われたあと、司令の「かかれ」の合図にMH―53E5機による初訓練飛行が開始された。
 当日は風が弱く平穏な天候で、午後11時58分に第1編隊、第2編隊の順でMH―53E5機が大きな機体と轟音を響かせながら岩国航空基地を離陸した。訓練飛行では途中、上空で今年一年の飛行の安全を祈念し、司令機を先頭に5機の傘型編隊を形成して、岩国航空基地上空で大型機ならではの迫力ある勇壮な姿を披露。その後、順次着陸し初訓練飛行を終了した。

徳島海曹会旗を制作
《徳教空群》
 徳島教育航空群(司令・角田伸吾1海佐)では1月22日、徳島海曹会がその活動のシンボルとなる旗を制作し、群庁舎1階フロアに展示した。
 徳島海曹会は昨年12月1日に上曹会を発展的に解散し、3曹から曹長までの会員で組織して発足した。そのシンボルとなる旗を作ろうと会員からデザインを募り、多数の応募の中から司令部の久米運久3曹の図案が選ばれた。
 徳島海曹会旗は、中央に3曹から曹長までの階級章を黄色のエンブレムの中に配置し、左右には地元徳島を彩る阿波踊り「エネルギッシュな男踊り」と「しなやかな女踊り」のイラストを配している。また、背景色には徳教空群各隊のスコードロンキャップの色、202整備隊「紫」、202教空「青」、基地隊・司令部「緑」の3色を配色している。
 徳島海曹会会長の浜宏通曹長は、「今後とも会員一同が団結し、躍動感のある阿波踊りのように活発的に活動し、ぞめき(阿波踊りの早いテンポの2拍子伴奏)のリズムで徳島海曹会を盛り上げていきたい」と語っている。

陸士任期満了除隊式
《都城駐屯地》
 第43普通科連隊(連隊長・普家俊哉1佐)は1月29日、本部管理中隊(海老原士長、相良士長)の陸士除隊式を実施した。
 この除隊式は、陸士も除隊する際に何か記念に残ることは出来ないかとの提案を受けて実施しているもの。
 除隊者は午前8時、連隊全隊員が見守る中、緊張の面持ちで整列した。式は普家連隊長から辞令書交付、任期満了証書を授与され、除隊者の今後の就職先を紹介した。その後、各人任期中に苦労したことや楽しかったこと、お世話になった上司・先輩・同僚に感謝の言葉を述べて除隊の挨拶をした。
 式終了後は、連隊本部前で連隊長、副連隊長、中隊長と一緒に記念撮影、引き続き連隊本部前から正門まで連隊全隊員がメインロードに並び駐屯地音楽部の演奏が流れる中、握手や胴上げをされ、盛大に新生活を激励した。

雪月花
 本紙創刊以来35年間月に2回、1度も休まずに「論陣」を書いていた香原(こうはら)勝文さんが1月20日、喉頭がんで亡くなられた。78歳だった。東京新聞で防衛庁や宮内庁を舞台に活躍、防衛庁では香原さんが庁内を回った翌日には必ずスクープが載るといわれたものだった。晩年は日大の教授をされていた。本紙では1月15日号が最後になった。病院のベッドで2月1日号の原稿も書きかけたが1枚半書いたところでこの続きは君が書いてくれと渡され、1〜2回休みたいと言われた。それから五日後の訃報で、死ぬまで物書き(香原さんがよく使った言葉)だった。香原さんと言えばマスコミ界で語り草になっているのが、皇太子妃(いまの皇后陛下)のスクープである。昭和33年、宮内庁詰め記者だった香原さんは皇太子殿下(いまの天皇陛下)と美智子様が結婚される確証をつかんだ。しかし東京新聞には書けないということで、大学時代の友人、佐渡拓平氏にこの情報を渡し「週刊明星」の世紀のスクープとなった。この事は佐渡さんが公にして初めてみんなが知った、香原さんから話したことではなかった。香原さんが皇室のことを筆者に話してくれた中で強く印象に残っていることは「名もない雑草」と書いた記事をご覧になられた昭和天皇が「草には全部名前がありますよ」とお話しされたということだ。いつも「君とは長いね」と笑っていた香原さん……。(所谷)

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