八月下旬の現在も新型コロナウイルスの猛威は衰えず、感染拡大が継続している。全国各地の病院でのクラスター発生や院内感染も多く報道されている。このような状況において、自衛隊中央病院(以下、中病)は、ダイヤモンド・プリンセス号の乗員等五百名を超える多くの患者を受け入れながらも、これまで一名の院内感染者も出していない。その実態について多数の報道番組が取り上げていた。その主たる内容は、ゾーニングと個人防護の具体的要領であった。これらを「徹底」できたことの背景に、実は平素の「備え」があったことはあまり報じられていない。以下、中病勤務者から聞き取った内容を紹介したい。
中病は、「第一種感染症指定医療機関」として、新型コロナウイルス(二類相当の指定感染症)よりはるかに厳しい状況(一類感染症)に対応できるよう訓練している。東京都、関係機関等と連携し、毎年一度「感染症患者受入訓練」を実動で行い、その能力を維持向上すると共に計画の見直しを行っている。また、首都直下地震やテロ・特殊災害等において多くの負傷者が出ることを想定し、「大量傷者受入訓練」も同様の枠組みにより実動で行っている。「感染症患者受入訓練」は、まさに今回の新型コロナウイルス患者受入に直結する訓練であった。この訓練は、対象が極めて重症な少数の患者受入の訓練であり、今回のような多くの患者の受入は、「大量傷者受入訓練」の応用により的確に実施することができた。特にゾーニングと感染症対応病床の拡張にその成果が活かされていた。一方、個人防護についても、全職員に対し「感染症に関する教育」を年二回実施していることに加え、関係看護師に対し「一類患者受入個人防護具着脱訓練」を毎週月曜日の勤務時間外に継続実施していることも平素の「備え」であった。
また、一月初旬に「中国で原因不明肺炎が発生」の報道を受け、情報収集を開始し院内で情報を共有すると共に、救急外来での患者受診対応や入院収容要領の検討を始めている。これらも(一月末の)受入要請がある前の極めて重要な「備え」であった。
更に、患者受入後のゾーニング及び個人防護等の「徹底」において、感染制御チーム(ICT)と医療安全評価官も大事な役割を担った。担当者達は、平素から「感染予防」と「医療安全」の視点から院内の全ての部署、全ての事業について問題点を把握し改善につなげる役割を果たしており、その機能が今回の受入においても十二分に発揮され、不安全事項を排除し院内感染を防止する一翼を担った。
「備え」は、危機管理の基本である。危機事態を想定し、対処計画を作成し、訓練を実施し、計画を見直す。また、常に情報を収集し、必要により計画を修正し、対応(初動)を準備する。これらを自衛隊の各部隊等は、それぞれ任務に応じて愚直に実行している。
精神面についても触れたい。病院長は、「病院職員は、自衛隊員として覚悟ができています。これも今回適切に対応できた大きな要因です」と精神面の重要性を強調されていた。また、中病が職員に対し行ったアンケート結果によると、厳しい任務を乗り越えられた要因は、家族に加え、使命感・同僚が上位であった。平素から自衛官としての自覚を持ち、常に有事を想定して勤務する中で「覚悟」を決める。これもまた忘れてはならない「備え」である。
最後に、中病実務担当者の言葉を紹介したい。
「普段やっていること、基本が全てでした。そして、それを徹底できたことが院内感染を一人も出さないことの要因でした」
武内 誠一
防衛大学校24期生。第4師団長、富士学校長等を歴任。東日本大震災時には、東北方面総監部内に発足した自衛隊最大規模の災統合任務部隊(JTF-TH)司令部幕僚長として手腕を発揮。現在は、東京海上日動火災保険(株)顧問。東京都防衛協会理事長 |