フランシスコ・ザビエル(1506-1552)は、日本に初めてキリスト教を伝えた人である。ナバラ王国(現スペイン領)の貴族として生まれ、イグナチオ・ロヨラらと共にイエズス会を結成(1534)、キリスト教の世界宣教を目指した。インドのゴアで日本人アンジローを知り、日本への宣教を決意した。
1549年、鹿児島に到着、宣教活動を開始した。以後、山口を中心に、平戸、京都、大分にも足を伸ばした。日本の宗教がシナ(中国)由来で、日本人のシナへの敬意を知ったザビエルは、シナへの布教を決意。1552年日本を去り、広東近くの上川島に到着して入国の機会を待ったが、病を得てここで没した。
ザビエルはローマのイグナチオ・ロヨラを始め、ポルトガルやゴアにいるイエズス会神父らに、布教の様子を克明に知らせる書簡を多く送っている。書簡にはザビエルが当時の日本人をどう見ていたか、日本人がキリスト教をどうとらえたか、などが記されており、それを読むと日本人は470年前とほとんど変わっていないこと、キリスト教と日本人との接点において生じる本質的な問題は、全く変わっていないことがわかる。
ザビエルは、日本人が知識欲旺盛なこと、盗みを極度に嫌うこと、道理(理性)に従うこと、名誉心が非常に強く、貧乏だが武士も平民も貧乏を恥辱だと思っていないこと、武を重んじること、たいていの日本人は字が読めること、自分が遭遇した国民の中では日本人が一番傑出している、などと記している。
特に理性に従うことについては、「日本人は驚くほど理性に従います。ここの国民は、恥知らずの行いをしていることを知りつつ罪を犯す他の国々の者と違い、理性に反して手に負えない悪徳にふけるようなことはしません」、などと記している。理性は愛と並び、西洋で非常に重視される精神である。ザビエルは当時の日本人を理性に従う人々と見た。また、異常なくらい名誉心が強い、貧乏だがそれを恥辱と思わない、なども強い印象だったのだろう。
ザビエルは、宇宙にはたった一人の創造主(神)がおられ、天、地、海などの自然、及び人間を含む万物をその方が創造したのだというキリスト教の教えを聞いて日本人が驚いている、なぜなら日本人はそういうものは自然に生まれてきたものだと思っているから、と書いている。そして、創造主は至高の善であり、悪はみじんもない、という教えに多くの日本人は納得しなかったと記す。日本人は、至高の善なる神がすべての創造主だとすればなぜ悪が存在するのか、なぜ人間をこれほど弱く、罪から逃れられないように創造したのかと言い、人間が救いのない地獄に投げ込まれることもあるという考えに納得しなかった。
また、ザビエルは信者になった日本人が大きく悲しむことの中に、地獄に落ちた人はもはや全く救われないと知ったことがあると書いている。キリスト教を知らずに、すでに死者となった自分の両親や祖先が地獄に落ちている場合、神はこれを救えないのかと聞き、救える方法はないと言うザビエルの答えに信者は泣いて悲嘆した、と記している。
日本人がキリスト教に接したとき感じる最大の問題点が、ザビエルが布教を始めた時点で、すでに表れている。私は当時の日本人に健全な理性を感じている。
(令和2年6月15日)
神田 淳(かんだすなお)
高知工科大学客員教授
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |