10月12日、東ティモールを訪問中の河野太郎外務大臣は、同日の日程を終えた後、冒頭次のように述べて臨時記者会見に臨みました。
「日本の外務大臣として、独立回復以来、初めて東ティモールを訪問しました。独立直前の2000年に河野洋平外務大臣が訪問して以来ということになります。私も、2001年に選挙監視団の一員として東ティモールを訪問して以来、実に17年ぶり2度目の訪問であります。車の窓から見たディリの街の景色は全く違っていて、発展の様子を目の当たりにすることができて、大変うれしく思います」
2002年5月20日、インドネシアとの厳しい武力闘争を経て独立を回復した21世紀最初の独立国・アジアで一番新しい国、東ティモール。我が国外務大臣の同国訪問の動きはこれまでもありました。しかし、いずれも実現するには至りませんでした。
独立回復から16年、ついに迎えたこの日の訪問。筆者も感慨深く受け止めている一人です。
東ティモールサイドも、歴史的訪問であるとして大歓迎。これまでの我が国による一貫した国づくり支援に改めて感謝を表明すると共に、今後一層の関係強化・発展に期待を表明しています。
河野外務大臣は、アジオ・ペレイラ上級国務大臣兼閣議議長(外務・協力大臣代行)と日本・東ティモール外相会談を実施したほか、ル・オロ大統領表敬、タウル・マタン・ルアク首相表敬を精力的にこなしました。またディリ郊外と市街地を分かつコモロ川に、日本のODAで完成した「日の出橋」(PONTE HINODE)の竣工式にもルアク首相と出席されました。
これらの会談・表敬を通じて、両国は、政治・安全保障、経済・インフラ、観光、人的交流・人材育成、海洋・漁業・水産、防衛など様々な分野での二国間協力、地域・国際的課題に関する連携を強化していくことで一致しました。
この中には、最大8名の東ティモールの若手行政官等が日本の大学院にて修士の学位を取得することを支援するため、1億5900万円の無償資金協力について交換公文の署名もあります。国づくりは、人づくり。東ティモールにとって焦眉の急である人材育成に大きく資する日本らしい支援です。
また、特記すべき事項があります。かつて独立回復をめぐって激しく対立した東ティモールとインドネシアは、今や最も身近な隣人として、未来志向の緊密な友好関係を確立しています。今回、この両国と日本の3ヶ国協議の枠組みで、海洋分野での具体的協力を進めることで一致したことです。
河野外務大臣は、臨時記者会見を次のような発言で締めくくっています。
「東ティモールは自由ですとか、民主主義、基本的人権といった価値観を日本と共有する大切なパートナーでありますし、この東ティモールが海上法執行能力を強化して、しっかりと海賊対策、あるいは様々自由で開かれた海上秩序を守るためのパートナーとして成長してくれることは、この地域の安定と繁栄にも資することになろうかと思っております。そのためにも日本は様々な人材育成、人的貢献、そして連結性の強化と言った意味で東ティモールに貢献をしていきたいと思っています」
筆者が承知する限り、我が国外務大臣が東ティモールを日本の大切なパートナーであると位置づけ、明言したことは、これまでありません。
二国間関係の新しい段階の幕開けと捉え、これを心から歓迎し、緊密な協力関係の発展を期待したいと思います。
(ひとくちメモ)
東ティモールの皆さんは、自国のことをティモール・ロロサエ(TIMOR LOROSA'E)とも呼びます。現地の言葉でロロ(LORO)は太陽、サエ(SA'E)は昇るを意味します。日本と同じ「日の出」の国。「日の出橋」(PONTE HINODE)誕生秘話?
北原 巖男
(きたはらいわお)
元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現(一社)日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事 |