イラク南部のサマーワで公共施設の復旧整備や医療支援活動にあたる、イラク復興業務支援隊第4次要員(隊長・斎藤剛1佐以下約100名=西部方面隊主力)が、1月29日午前、出国以来約半年ぶりに無事全員帰国した。 隊員たちを乗せた民間チャーター機は、予定通り羽田空港に到着。自衛隊関係者らによって出迎えられ、3台のバスに分乗し市ヶ谷駐屯地へ向かった。 駐屯地儀仗広場に到着した一行は防衛庁関係職員、自衛隊関係者、隊員の家族44世帯154人に出迎えられた。隊員たちはバスから降り立つと整列し、斎藤剛隊長が帰国の報告。続いて廣瀬誠陸幕副長が「長期にわたる厳しい環境の中での勤務ご苦労様。立派に任務を完遂し、大きな成果をあげて今帰った、隊長以下隊員の元気で爽やかな顔を見て誇りに思いました。今日はゆっくり家族の人たちと過ごしてください」と挨拶し解散した。 解散後隊員たちはそれぞれ家族と抱き合い、再会の喜びをかみしめた。ある隊員の家族は、「主人が留守の間、子供が病気にかかったり、帰国の不安などがありましたが、本人の顔を見てようやく安心しました」とほっとしていた。また、帰国した隊員は、「まだ日本に戻ったという実感がありませんが、家族に会えたのが何より嬉しい。サマーワの環境になれることには苦労しましたが、現地での復興が進んでいることが目に見えました。イラク、クウェートの子供たちの笑顔は日本の子供とかわらなく忘れられません」と話していた。斎藤隊長は記者会見に応じ次のように話した。 ―日本に帰っての感想は。 「富士山を目にしたとき、日本に無事帰ったと実感しました。一人の事故もなく安全に、それぞれ与えられた任務を完遂でき、喜びをかみしめています」 ―現地で苦労したことは。 「最初に現地入りしたのが去年7月の初めだったので、毎日50度以上の暑さの中、中には体重を20kgも落とした隊員もいました。最初の1、2カ月は体力的にも精神的にも相当きつかった。2、3カ月位から活動も軌道に乗ってきましたが、任務以外は外に出ることなく、毎日朝から晩まで淡々と勤務してきました。活動自体については、イラクの人たちに感謝されていたと実感しました。サマーワ当局やエンジニアの人たちは、勤勉で協力的でした」 ―現地で印象に残った活動は。 「活動的に一番大きかったのは、ワルカとルメイサの2カ所の浄水場の補修を完成させたこと。ムサンナ県の一日1万4000トン位の配水量が増加し、県民一人当たり一日23リットル分の水の供給量が増加し、イラクの人たちに感謝されました。また個人的には、ラマダン後喜捨するために、養護施設に行って、施設の子供全員にジャンパーをプレゼントして喜ばれたことが印象に残っています。そのときの子供の笑顔と、一緒に写真を撮った時のことが忘れられません」 ―現地の治安情況についてはどうか。 「ムサンナ県は比較的安定しています。反対勢力の動きや、宿営地近くでの砲撃など、決して油断はできませんでしたが、想定内のことで、訓練どおり対処し、安全を確保しました」 ―第5次要員への引継ぎにあたり何か。 「我々の成果を引き継ぎ、さらにいいものにして欲しい」