2022年2月24日、突如開始されたロシアのウクライナ「特別軍事作戦」(=侵略)は、解決の見通しが全く立たないままに早や1年。連日、悲惨な映像が報道され、益々混迷の度合いを高めています。
「日本はウクライナと共にあります」(外務省HP)。G7広島サミット(5月19日〜21日)に向けて、ウクライナとG7諸国等との結束強化や支援の継続・強化等、これまでに無く日本のリーダーシップの真価が問われます。
ひるがえって、我が国周辺でもウクライナのような事態が生起する可能性を否定することはできません。冷徹な国際安全保障環境に鑑み、したたかな外交力の展開と相俟って防衛力の抜本的強化、米国との同盟強化、同志国等との連携強化等は、焦眉の急です。
ウクライナ侵略直前に、プーチン大統領が国営テレビを通じてロシア国民に語った演説でのフレーズが、改めて思い出されます。(2022年3月4日付けNHK プーチン大統領演説全文より筆者抜粋)
〇NATOが軍備をさらに拡大し、ウクライナの領土を軍事的に開発し始めることは、私たちにとって受け入れがたいことだ。
〇「特別軍事作戦」を実施する決定を下した。その目的は、8年間、ウクライナ政府によって虐げられ、ジェノサイドにさらされてきた人々を保護することだ。そしてそのために、私たちはウクライナの非軍事化と非ナチ化を目指していく。
〇私たちの行動は、我々に対して作り上げられた脅威、今起きていることよりも大きな災難に対する、自己防衛である。
僕の手元にある文庫版「戦争プロパガンダ10の法則」(アンヌ・モレリ著 永田千奈訳 草思社刊 2020年1月31日発行)には、こんな記述があります。今回のロシアのウクライナ侵略と第二次大戦当時のドイツのポーランド侵略等をそのまま同列で考えることは出来ませんが・・・。
「つまり、戦争が始まったすべての責任は敵国にあるのだ。さらに、当の敵国側の当時の資料を眺めれば、ドイツ、そして日本の側でも、「連合国側に戦争の責任がある」という論理が用いられていたことがわかるだろう。」
「ヒトラーは、ポーランド侵攻直前にイギリス外務省に以下のように書き送り、ポーランド国内のドイツ系住民に対する不当な扱いを告発している。
"ポーランドにおいてドイツ系住民の多くは迫害を受け、強制連行されたうえ、非常に残虐な手段で殺される者も出ている。この状況は、主権国家として容認しがたいことである。かくして、これまで中立的な立場をとってきた我が国ドイツも、正当な利権を守るため、必要な措置をとらざるをえないことになった" 」
「ヒトラーも国会で演説し、・・・ポーランド侵攻は正当防衛であると弁明している。
"ダンツィヒは、もともとドイツの町である。回廊も、もともとはドイツの領土である。これらの地域は、ドイツ人によって文化的な発展を遂げたのだ。ダンツィヒはドイツから切り離され、回廊も奪われた。別の地域では、ドイツ系住民が迫害を受け、100万人が住居を追われている" 」
このような中、映画「ヒトラーのための虐殺会議」を観ました。2022年、ドイツ人のマッテイ・ゲショネック監督作品。製作には、ドイツの公共放送ZDFが参画しテレビ放送もされた由。
ナチスによる欧州における1,100万人ものユダヤ人絶滅計画を決定した「ヴァンゼ-会議」について、記録係であったアイヒマンが残した議事録を基にした衝撃的な再現ドラマ。BGMは一切無し。僕自身、その場に出席しているような臨場感と緊張感に巻き込まれました。
同会議は、1942年1月20日開催。議題:「ユダヤ人問題の最終的解決」 参加者:国家保安本部長官ハイドリヒ(議長)・ナチス親衛隊・各省事務次官等15名と秘書1名 所要時間:90分。
会議の論点は、ユダヤ人の「特別処理」(=大量虐殺)の是非ではありません。いかに効率的に「特別処理」を実施するか、ユダヤ人に対する「人道的特別処理」ではなく直接「特別処理」に携わる現場隊員の精神的負担を軽減するための「人道的特別処理」の方途は何か等、真におぞましい内容が淡々と進んで行きました。
2月13日に亡くなられた漫画家 松本零士さんがいつもおっしゃっていた言葉が湧き上がって参ります。
「人間は本来、生きるために生まれてくる。死ぬために生まれてくる命はひとつもない」
休日の東京・新宿の上映館は、満席でした。しかも、若い世代の男性、女性の皆さんがいっぱい。瞬間、僕は、この映画に対する若い人たちの関心は薄いだろうと決めつけていたことを恥じ入るばかりでした。
「人間はここまで整然と異常な議論ができ、理知的に恐ろしいことを考える。これも確かに人の真の姿だ。だが、彼らにショックを受ける人道的な愛と正義感を持つ、観客のあなたたちがいる限り、人は報われると信じたい」(映画評論家 真魚八重子さん 本映画のプログラムより)
北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事 |