フランスの詩人、劇作家で外交官だったポール・クローデルは、「私がどうしても亡びてほしくない民族がある。それが日本だ。あれほど古くからの歴史があり、そのまま今に伝えている国はない。彼らは貧しい、しかし、高貴である」と言った。ポール・クローデルは、駐日フランス大使として1921〜1927年日本に住んだ。この言葉は、帰国後、第二次世界大戦中の1943年、パリの夜会での彼の発言である。
私は年とともに、こういった日本評価が正鵠を得ており、我々の先祖、先輩が築きあげてきた日本が立派な国であることがわかるようになった。
クローデルは「貧しいが高貴である」と言ったが、日本には善悪を美しいか否かで判断する「美の倫理」が存在している。日本には火事場泥棒を最も恥ずべきとする倫理が定着しており、被災地に略奪は起こらない。しかし世界的にはそうでない。戦国時代に来日した宣教師ザビエルは、「日本人は驚くほど名誉心が強く、武士もそうでない人も貧しいことを不名誉だと思っていない」と記している。日本人は正直と誠実を最も好み、術策を嫌い、人を信じようとする。日本の倫理における正直と誠は、神から見て曇りのない清らかな心のあり方といった宗教的な高みに達している。日本が長い歴史の中で培い、クローデルが高貴だと感じた日本の美の倫理は、明治の開国後も存続し、令和となった現在も消えていない。
1945年、太平洋戦争における敗戦が日本の伝統的倫理に衝撃を与えた。一民族が戦争に敗れて、他民族に支配されると致命的ともいえる大きな影響を受ける。日本人は敗戦後日本という国に、そして伝統的な倫理道徳に自信を失った。GHQは占領政策として「ウォー・ギルト・インフォメーションプログラム」という、日本人に戦争の贖罪意識を植えつける教育プログラムを実施した。修身や歴史の教育が禁止され、日本は侵略戦争した悪い国だという観念を身につけさせた。そして日本の子供は日本の国に対する誇りがもてなくなった。中江藤樹、上杉鷹山、二宮尊徳などの偉人伝も学校教育から消えた。
チャーチルは日本の戦後を見て、日本は敗戦の影響を百年受けるだろうと予言したが、戦後74年経った今なお日本は敗戦の精神的影響を清算できていない。マスメディア、教育界、左翼政党において、戦後を支配した精神的傾向はなお色濃く見られる。「愛国心」、「国家」、「国防」といった言葉に否定的に反応し、国の安全保障に関する議論がまともに行われない。倫理道徳といったことがらに対して、虚無的に反応し、真面目な議論を避ける。戦後の教育空間で、子供は日本をよい国だと思ってはいけないといった考えを身につけて社会人となった。
歴史家が言うように、国が誇りを失うと亡国の道を歩むだろう。日本が誇るに値する国だと思わないのは、日本を知らないこと、日本の歴史に対する無知からくると私は思う。日本の歴史を素直に知れば、日本が誇るに足る国であることがわかってくる。日本をつくりあげてきた先祖、先輩に感謝の気持ちがわいてくる。我々は国に誇りをもち、日本の伝統と文化を若い人に伝えつつ、自信をもって世界の中で生きていきたい。(令和元年7月1日)
神田 淳(かんだすなお)
高知工科大学客員教授
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』(https://utsukushii-nihon.themedia.jp/)など。 |