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1059号 (2021年9月15日発行) |
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エッセンシャル・ワーカー
全国防衛協会連合会常任理事 吉田浩介 |
昨年3月、感染者が約20万人と急増したニューヨーク州では外出制限が発令され、自宅勤務が義務付けられました。新型コロナが猛威をふるう中でも、医療、治安維持、公共交通機関、食品販売など12分野の人々は社会生活を維持するため、例外として職場で働くことが認められました。これらの人々がエッセンシャル・ワーカーと呼ばれています。そしてコロナに感染するエッセンシャル・ワーカーが更に増加し、その機能を維持することが困難となる状況に陥りました。そのためワクチンが開発されると、最前線で働くエッセンシャル・ワーカーを優先してワクチン接種が開始されました。
日本では、小池東京都知事が、本年4月15日の記者会見で、「毎日300万人が通勤や通学で都内との往来がある。特に都外に住む皆さんは、エッセンシャルワーカーなど、どうしても出勤が必要な人以外は、可能なかぎり東京に来ないでください」と呼びかけ、エッセンシャル・ワーカーに注目が集まりました。そして、5月21日には、都が独自に設置するワクチン大規模接種会場を築地市場跡地とすると共に、「警視庁や(東京)消防庁といった社会の安全を守る方々に、都として接種を行っていく」ことを公表しました。これは、地方公務員である警察官、消防職員に対して、厳しい状況にあっても任務を命令する都知事としての責任を自覚した熱い気持ちの現れだと思います。
日本において、どの業種の従事者をエッセンシャル・ワーカーとして位置付けているのか、これはワクチン接種の優先順位として示されています。本年2月9日に内閣官房及び厚生労働省が公表した「新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの接種について」によると、次のとおりとなっています。
『新型コロナワクチンは、当面、確保できるワクチンの量に限りがあり、その供給も順次行われる見通しであることから、優先順位を決めて接種を行うこととしています。死亡者や重症者の発生をできるだけ減らすという接種目的に照らして、重症化のリスクが高い方を優先するという基本的な考え方に加え、医療提供体制の確保の必要性も考慮して、優先順位は先ずは医療従事者等、次に高齢者、その次に基礎疾患を有する者、高齢者施設等の従事者』
国民の安全と安心を担う、そして『最後の砦』として様々な役割が期待されている自衛隊員はワクチンの優先接種対象者に入っていないのです。
本年7月3日、静岡県熱海市伊豆山地区で発生した土石流災害において、災害派遣活動を行った自衛隊員は、猛暑に加え、雨が降りしきる中、全員、マスクを装着していました。危害予防の観点からマスクを装着することもあるでしょうが、厳しい暑さの中で熱中症のリスクがあっても、コロナ感染防止のためマスクを外すことができないのでしょう。7月6日(火)の岸防衛大臣記者会見によれば、災害派遣活動に従事していた360名の自衛隊員のうち、2回目の接種を終えていた隊員は無く、1回目の接種を終えている隊員がわずか40名だったそうです。
自衛隊員に対するワクチン接種について、ファイザー社製ワクチンに次いで、モデルナ社製およびアストラゼネカ社製のワクチンが本年5月21日に薬事承認され、モデルナ社製ワクチンは5月24日から先行接種を開始することとされました。先行接種は副反応等の健康への影響を調べるものであり、医療従事者が適任であると判断されていましたが、既にファイザー社製ワクチンの先行接種を行っているため、先行接種の対象とすることができず、厚生労働省は防衛省に対し1万人の自衛隊員を先行接種の対象とするように依頼し、防衛省はこの依頼を受け入れ、一部の自衛官へのワクチン接種が開始されました。
また、5月24日から東京と大阪の2か所で大規模接種会場を運営することになり、6月14日からは予約に空き枠が生じた場合、緊急時の対処を担う自衛隊、警察、消防、海上保安庁の職員を対象に余剰ワクチンを有効に活用する目的で接種が行われることになりました。しかしながら、予約がすぐに埋まる状態となったので、それほど多くの自衛隊員が接種できなかったと推察されます。そして、6月21日から全国の企業や大学で職域接種が開始され、職域接種の中で6月29日から自衛隊員へのワクチン接種が本格的に開始されたのです。
例年、この時期は台風による風水害が予期されると共に、今年は東京オリンピックやパラリンピックに際して警戒監視、不測事態対処等の重要な役割が防衛省・自衛隊に期待されていました。自衛隊員が職務に専念できる環境を整備することは地方自治体にはできない、国としての責務です。
公表あるいは報道によれば、米国以外で、カナダ、ドイツ、スペイン、韓国、インドネシアが医療従事者及び高齢者の次に軍人を優先してワクチンを接種しています。ロシアでは、医療従事者よりも優先して軍人及びその家族にワクチンを接種したと報じられています。
ワクチンを接種したとしても感染の可能性がなくなるわけではありませんが、感染及び重症化を抑止するとされています。今後、様々な感染症との闘いに備えて、厳しい状況にあっても『最後の砦』として役割を期待するのであれば、自衛隊員をエッセンシャル・ワーカーとして位置付け、ワクチンの優先接種に関する考え方が改められることを強く願います。
【著者紹介】
防衛大学校25期生、在ロシア防衛駐在武官、第5航空団司令(新田原)、統幕首席後方補給官、空幕技術部長、幹部学校長、航空総隊副司令官、補給本部長を歴任し平成28年に退官。現在、日本生命顧問 |
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