防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース 防衛ホーム新聞社 防衛ホーム新聞社
   2004年9月15日号
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<アテネ五輪>
井上選手、銅メダル
(レスリング フリー60kg級)に輝く
自衛官、3大会ぶりの快挙
可能性信じ つかんだ栄冠
 108年ぶりに近代五輪発祥の地に戻ったアテネオリンピックは世界に多くの夢と感動をもたらし、8月29日、戦いの幕を下ろした。今大会には史上最多の202の国と地域から1万人の選手が出場。日本は東京大会に並ぶ16個の金メダルを獲得し、総メダル数は過去最高の37個(金16、銀9、銅12)を記録した。
 自衛隊体育学校(校長・那須誠陸将補)の柳田勝3陸佐(34)、田澤修治3陸尉(36)、小西ゆかり3陸曹(25)(以上射撃班)、井上謙二2陸曹(27)(レスリング班)も各競技で熱戦を繰り広げ、なかでも井上選手は銅メダルを獲得、日本勢のメダルラッシュで沸く最後を飾り、体校としては木場良平選手(射撃)以来3大会ぶりのメダリストに輝いた。
〈井上選手に聞く〉
 大会最終日に行われた男子60s級フリースタイル決勝戦。井上選手は勝ちを意識して逃げきろうとした結果、逆転負け。
 「最後の試合、勝っても負けてもまず楽しもう、攻め抜こう」と気持ちを切り換えて臨んだ3位決定戦。試合はウクライナのフェドルイシン選手を相手に後半残り1分を切り1点リードを許す。しかし終了20秒を切ったところでタックルを決め、1点を奪い返すと、延長戦で相手選手の足にしがみついて再びタックル! 結果は5-6、持てる力すべてを振りしぼって掴み取った勝利。直後、思わずマットに飛び込んできたコーチと監督の祝福を体全体で浴びて喜びを噛み締めた。
 「どん底まで落ちても目標と、少なかったけど自分を信じてくれる人がいたからレスリングを続けてこられた。感謝−−」
 京都・網野高校時代は高校4冠を達成、日大でも学生王者となり活躍するが、シドニー大会予選で右肩を痛め、3年前は両ひざの靭帯を断裂して手術、翌年には再び肩を故障し、「その時には本当にもうダメか、やめようかと思った」と話す井上選手。ケガ続きのレスリング人生、これまで世界選手権の出場権もなければ、全日本選手権優勝もなかった。けれど今年2月、ついに五輪代表権が懸かった国際大会で努力が実り見事優勝、出場枠を獲得すると、代表権をものにし、その勢いのままアテネで結果を出した。
 負け試合が多かった中学生の頃、ロスで金、ソウルで銀を獲得したメダリスト宮原厚次監督(体校レスリング班)の講話を聞いた井上少年は、以来ずっと、自衛隊に入る意志を持ち続け、'99年念願の入隊を果たす。幼い頃の純粋さと謙虚さはそのままだった。
 「金メダルを取ろうと思い始めた高校、大学当時、夢は現実には程遠いように思えた。でも可能性はゼロではない。わずか1%、たとえ0.1%でもそれを増やしていくのは自分の努力や練習だと身をもって感じた」
 目標はあくまで世界チャンピオン。世界選手権での頂点を目指し、井上選手のチャレンジは続く。(塩田)

亀岡八幡宮御輿渡御に陸海空50隊員が派遣協力
<市ヶ谷駐屯地・基地>
 8月8日、市ヶ谷駐屯地・基地(司令:宮崎陸将補、寺田1海佐、古河1空佐)は、近隣町会の主催する市ヶ谷亀岡八幡宮神輿渡御に陸・海・空の隊員約50名を派遣し協力した。
 神輿渡御は、部隊の東側に所在する薬王寺町会から協力の依頼を受け、町会の人々と一緒に神輿を担いだ。初秋を迎えたまつりだったが、32度を超す真夏日となり隊員達の顔は汗でひかり、揃いの半被からは汗が滴り落ちていた。=写真
 神輿は昼過ぎから約3時間、担ぎ手の威勢の良い掛け声と見物客の声援や手拍子の中、街中を練り歩き最後に神輿を高々と持ち上げ宮入りした。
 駐屯地・基地は毎年、陸・海・空各部隊の隊員をもって、地域の行事に協力している。

HOME's English Class(防衛ホーム英語教室)
I'M FULL OF LEAD
アイム フル オブ レッド
身体がだるいんだよね
 Hi!皆さん。お元気ですか。沖縄は再び夏が戻ってきています。9月は十分海で泳げます。9月になると、天候がすこし穏やかになると共に、観光シーズンも一段落し、宿泊料金等が非常に割安になります。9月の連休に沖縄へ小旅行はいかがでしょうか。
 さて、今回の表現は、“I'm full of lead”「身体がだるいんだよね」です。夏ばてで体調が良くない人も多いと思いますが、使ってみてください。Full of〜は「〜でいっぱい」という意味です。Leadは、「リードする、導く」という意味ですが、ここでは、名詞で「鉛」という意味です。発音に注意してください。動詞のリードではなく「レッド」と発音します。直訳すれば、鉛をいっぱい背負っている(身体が重い)ということになります。なかなか面白い表現だと思います。なるほどねと納得してつかっていただくと覚えるのも早いのではないでしょうか。
 まだまだ残暑が続きます。連休を利用して、ゆっくりと静養して、冬までの体調を整えたいものですね。イラク復興支援、台風による災害派遣等御苦労様です。See ya !
 (陸幕防衛部=在沖縄米海兵隊司令部キャンプ・コートニー勤務)〈スワタケル〉

雪月花
 防衛庁・自衛隊五十年の記念式典があった。(1面)どんな関心を持つのか人民日報など中国のメディアが数社来ていた。そんな中、儀仗広場で小泉総理(最高指揮官)の巡閲・栄誉礼が行われた。台風余波の強い風で総理のライオンヘアが顔を隠す。カメラマンはちょっと困った。栄誉礼でも総理だけが胸を手に持っていかないから(別に規定があるわけではない)いつもの絵にはならない。これが小泉流なのかと記者たちが話している。講堂での石破長官のあいさつはご自分で書かれただけあって五十周年向きに格調が高かった。歴代長官などの来賓を代表して中曽根元総理があいさつされた。相変わらずのかくしゃくぶりで背筋もピンと伸びていた。「隠忍自重の五十年で愛される自衛隊になった。愛されて感謝されたその次は尊敬される自衛隊になって欲しい。自衛隊の活躍が評価されているから今がチャンスだ。」自衛隊誕生の頃、辻正信さんが(当時参議員、後にビルマで行方不明、旧陸軍中佐)文民統制のことでどなり込んできたというという裏話もあった。第二十五代防衛庁長官として、最高指揮官の総理として活躍された当時の中曽根さんと少しも変っていない。五十周年用に美辞麗句を並べたものではなかっただけに迫力があった。どんな立場にいてもやらなければならないことはやる、と締めた時には記者たちもシーンとなった。人間にはどうにもならない「格」というものがあることを教えられた。(所谷)

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