防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   2012年1月1日号
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寄せ書き
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妻と息子に感謝
第6施設大隊(神町) 3陸尉 風間裕一郎

 昨年1月に待望の長男「優月」が誕生しました。現在まで特に病気や怪我もなく、元気にスクスク育っており、今月で無事1年を迎えることができました。
 普段出勤前は寝ていることが多いので、帰宅してからの3時間ほどが優月との触れ合う時間になります。帰宅後は一緒にお風呂に入ったり、遊具で遊んだりと、たった3時間のあいだではありますが、毎日楽しい日を送っております。ハイハイに続き、つかまり立ちも覚え、毎日の成長が本当に楽しみです。
 しかしその反面、色々と動き回るようになり、だんだん目が離せなくなりました。普段は短い時間なので、大変さより楽しさのほうが勝っていますが、週末は一日中一緒にいますので、普段の妻の大変さが身にしみてわかります。家事をしながら、一人で子供をみるのは予想以上に大変なことです。
 優月が生まれてからも、今までと変わりなく仕事に集中できるのは、見えないところで頑張ってくれている妻のおかげです。日々の妻の頑張り、そして毎日癒される優月の笑顔に本当に感謝です。

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家庭菜園は初心者
第12普通科連隊(国分) 陸曹長 新地良文

 始めました家庭菜園。きっかけは知人から「市民農園を無料で借りられるよ」と聞いたからです。軽い気持ちで早速、市役所に連絡したところ、順番待ちで畑が空いていなくて約1年待ちとのこと。そして昨年ようやく念願の畑を借りることができました。しかし自宅から遠く不便な場所で、おまけに手入れが行き届いていなくて「こんな荒地で作物ができるかな」と思うほどでした。
 それでも休みの日は草むしりと畑耕しに精を出し「なんとか植えることができるかな」というところまできて、苗と種を買って植えました。しかし隣の畑の野菜はすくすく育つのに私の野菜は…と疑問を抱き、隣人に聞いてみたところ、肥料のやり方が悪いらしいのです。
 そうこうしながら悪戦苦闘の試みをして、野菜の採れたてを食し、その旨味を味わい「駆け出したばかりで初心者だけど、今後も暇をみつけてがんばろう」と思っています。

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優しさと力をくれた音楽まつり
福島県南相馬市 梅田幸子(63歳)

 日本武道館に轟く太鼓の音。一斉に振り上げ、振り下ろすばちの美しい流れ—。
 20年程前、ふるさと創生事業の一環として、民話に基づく創作「大悲山物語」がありました。語りと琵琶・横笛・和太鼓そして大蛇踊りを地元の老若男女が演じ、私は太鼓を打ちました。素人の成せるものでしたが、あの時の光景がありありと甦りました。
 今は、原発による警戒区域の指定で、いつ戻れるのかさえ分からないふるさとです。
 でも、「そんな弱気でどうする。みんなが力を合わせれば心の底まで揺り動かす何かを作り出せるんだ」、太鼓の押し寄せる力強い音がそう言っているような気がしました。
 会場を出ると、色とりどりの傘が周辺を埋め尽くしています。いつもなら、こんなどしゃ降りの雨を疎ましく思うでしょうが、今聴いた感動のリズムを刻むように、柔らかに波打ちながら傘が移動しています。音楽まつりの余韻が、人の心を優しく包んでいたのでしょう。
 すばらしいひとときを下さいました皆様に、感謝申し上げます。

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 梅田さんは原発から20km圏内の警戒区域内にある南相馬市小高区で震災に遭う。震災前は小学校の介助員として勤務のかたわら農業をしていたが、いつ戻れるかわからないという。現在、千葉県柏市の借家に家族3人で避難生活を続けられている(編集部)

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長女を授かる
岩中妙子(第15普通科連隊=善通寺 岩中博和3陸曹夫人)

 昨年6月、長女を授かりました。妊娠が判ったとき隣で、はしゃいでいる夫、目に涙を浮かべて喜ぶ両親とは違って、私は自分の中に新しい命が息づいているという驚きと、母親という新しいステージに立つ期待と戸惑いを感じました。現実感が湧かないまま、予定日を過ぎたある日、先輩ママたちから聞いていた出産までのステップが始まりました。懸命に私を支えようとする夫に感謝する余裕もなく、これまでの人生最高の痛みが早く終わって欲しいと願うばかり。産後、感動して泣いている夫に温度差を感じ、「母親として失格かも」と自責の念にかられました。
 しかし数時間後、我が子と対面し小さな手で私の指をつかみ精一杯、乳首を探している様子を見て、この子も一生懸命に生まれてきてくれたんだという愛おしさや、これまでのことが思い出されて涙が出ました。「美海(みう)」と名付け、夫婦で出産後の様々な手続きをしながら社会的にも親になったことへの自覚が徐々に芽生えてきています。
 現在、生後7ヵ月になりますが、娘の日々の成長が頼もしく、また私自身、家族はもちろん周りの方々に感謝することが多くなりました。
 「美海へ。生まれてきてくれてありがとう。いつも一番の味方だからね」。まだまだ新米ですが、私たちのもう一つの命を大切にしていきたいと思います。

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予備自衛官招集訓練に参加
予備陸士長・民主党参議院議員秘書 高沢一基

■周辺諸国の状況
 我が国の予備自衛官は、平成21年度の現員で陸海空合わせて3万3159名、即応予備自衛官は同じく5815名が任用されている。因みに、予備自衛官は各地方協力本部に所属し年間5日間の訓練招集が義務づけられているのに対し、即応予備自衛官は年間30日の訓練で所属の部隊があらかじめ決まっているという違いがある。
 我が国周辺諸国の予備兵力は、米国が正規兵力158万名に対して予備兵力86万名。ロシアが正規103万・予備2000万。中国は正規229万・予備51万。韓国は正規69万・予備450万。北朝鮮は正規111万・予備470万(いずれも平成22年防衛白書より)であり、こうした数字を見ると我が国の予備自衛官はまだまだ少なく、その充実が必要と感じる。予備役は費用対効果から考えても有効であるし、いざ有事の際、現役部隊を支える意味でも不可欠な存在といえるであろう。
 筆者は現在、予備陸士長の階級を指定されている。現役経験はないのだが、一般国民から予備自衛官を養成する予備自衛官補の第一期生として採用された。予備自衛官補は、平成14年に創設された新制度で、一般は3年以内に50日間の訓練をした後、予備2等陸士に指定される。各種技術を有する者は、10日間の訓練で陸曹以上に指定されている。

■朝霞で訓練実施
 昨年11月11日から5日間、筆者は朝霞駐屯地へ招集され訓練を実施してきた(東京地本第9回予備自衛官5日間招集訓練・東京地本では本年度13回を予定している)。予備自衛官としては8回目の訓練であったが、昨年から初めて新迷彩の戦闘服と89式小銃が貸与され、気分一新しての訓練であった。訓練初日は、着隊後、被服を受領し階級章を戦闘服に縫い付けたりしながら過ごし、その後、身体検査、隊旗授与式・編成申告式などを行った。予備自衛官訓練では、その都度、訓練招集を担任する現役部隊が変わるが、今回は第1後方支援連隊の第1整備大隊にお世話になった。2日目は、「気をつけ」「敬礼」などの基本教練を実施後、射撃予習、体力検定を行った。3日目は、89式小銃を使った実弾射撃を実施。伏せ撃ち・膝撃ち(しゃがんで撃つ)の検定射撃を行った結果は、ギリギリの合格であった。4日目は、分隊に号令をかけ行進させる移動間の基本教練、敵を警戒・監視する歩哨訓練、銃の分解結合などを行った。最終日は、東京地方協力本部長の訓話、被服返納、隊舎の清掃などをした後、隊旗返納式・編成解組式を行い、あっという間に5日間の訓練が終了した。以上の様に招集訓練では、自衛官として部隊行動ができるよう練度の維持向上をはかるために各種訓練が実施されるが、課業外でも色々な職業をもつ予備自衛官同士の交流があり、有意義な時間を過ごすことができた。

■大震災の災害派遣
 未曾有の災害となった東日本大震災では、自衛隊も過去最大の災害派遣を行い、陸海空の統合運用についても、大規模な運用を実施することができた。そして、大きく評価できることは、初めて予備自衛官の災害招集が実施されたこと。しかし、当初は1万名規模といった報道もなされたが、実際は数百名程度の招集しかされなかったのが実状である。発災後、筆者のもとにも東京地方協力本部から安否確認とともに災害招集に応じられるかといった連絡があり、是非ともお役に立ちたいと思っていたが、最終的に招集されなかった。予備自衛官の招集に当たっては、予備自衛官の体力や受け入れる現役部隊の準備などの問題もあろう。しかし、こうした問題点を洗い出し解決するためにも、今回の災害派遣では積極的な招集をするべきであったと考える。大規模な災害派遣にあたり、現役部隊を支えるのが予備自衛官の役目であり、実際に被災地に入らなくても、派遣された現役部隊の駐屯地の留守番位はできたのではないか。約3万9000名の即応も含む予備自衛官は、ただ定数をそろえる頭数だけであってはならない。本当に活用できる予備自衛官制度を築くためには、更に積極的な運用が必要であろう。そして、このことは災害派遣だけでなく、防衛出動についてもいえる。不安定な東アジア情勢をながめつつ、予備自衛官の抑止力としての機能を再認識しなければならないと、強く実感するものである。


「頑張っています」新しい職場
活躍するOBシリーズ
弘済企業(株)釧路保険出張所 落合誠二
進歩するため「素直」になる
落合氏は平成20年8月、釧路駐屯地業務隊を2陸佐で定年退職。57歳

 不況による厳しい雇用状況の中での再就職を迎えようとしていた時、弘済企業釧路保険出張所の前所長が定年を迎えられ、その後任の話を援護センターから頂きました。
 弘済企業株式会社は、防衛省職員・家族の福利厚生、自衛隊の戦力維持及び退職隊員の福祉に寄与する経営理念の基、団体傷害保険を主軸として生命保険を含む保険事業などを行っています。自衛隊で育ててもらい無事定年退職が迎えられた恩返しもできる職であることから迷いもなく、ここに再就職しました。
 しかし、保険に対する知識は全くと言っていいほどなく不安ではありましたが、自衛隊で培ったチャレンジ精神と努力があれば道は開けると信じ保険の道を歩み始めました。
 入社当初は、保険業務が行える4つの資格を取得したものの、最小限の業務がこなせる知識を修得するのに大変苦労しました。また、お客様にはさまざまなニーズがあり、それに対応するためには幅広い知識が必要であることを痛感させられ、再就職から2年半が経ちますが、日々勉強中です。
 その中において、お客様には「誠意」をもって接すること、進歩するためには「素直」になること、自信を持つためには「知識」を身につけることの3つを常に心がけながら業務を行っております。
 近く退職される皆様、隊務は大変忙しいとは思いますが、退職後の将来像を早期に確立され、それに必要な準備をされますことをお勧めします。再就職にはタイミングもありますが、選択肢を広げることも大切かと思います。
 また、50歳を過ぎますと身体の弱い部分が現れ易くなりますので、健康管理に十分気を付けられ、無事の退官と充実した第2の人生が迎えられますことをOBとして願っております。


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