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   2004年1月15日号
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空自先遣隊要員が出発
イラク復興支援派遣輸送航空隊
イラク平和復興めざす
出発する隊員一人一人を握手で激励する小泉総理大臣
 いざ紺碧の隊旗のもとに−−。支援集団司令官・香川清治空将、輸送航空隊司令・新田明之1佐以下、2百数十名。研ぎ澄まされた空気のなかで勇ましく整列。激励を受けていよいよ出陣。

 イラク復興支援特別措置法にもとづく派遣命令を受けて24日、「イラク復興支援派遣輸送航空隊」が第1輸送航空隊を中心に編成を完結。愛知県の小牧基地第1格納庫で派遣部隊の「編成完結式」を行った。26日からクウェートに向けて出発、到着後は人道支援活動の調整作業を開始した。
 小牧には地対空ミサイル対策でブルーグレーに塗られたC-130輸送機が待機。小泉純一郎首相、石破茂防衛庁長官、川口順子州相ら政府要人、石川亨統合幕僚会議議長、津曲義光航空幕僚長らが臨席した。隊員の家族たち45人も見守るなか、香川清治司令が石破長官に編成完結を報告し、隊旗を授与された。自衛隊の最高指揮官である首相が、海外に派遣される自衛隊の部隊編成完結式に出席したのは初めて。
 【首相、期待と激励】
 隊員一人一人と握手してまわった小泉首相は、日本の発展と繁栄は「世界の平和と安定があってこそ成し遂げられる」ことを踏まえ、「他国の平和復興のために力を尽くして」「厳しい状況を想定し、訓練に耐えてきた努力に心から敬意を表し」「日ごろの訓練によって鍛えられた平常心、勇気と自信をもって、立派に任務を果たすことを確信して」心から祈念し激励する、と訓示した。
 【長官、信じて万全期す】
 「廃墟の中から立ち上がり世界主要国の一員となったわが国が、イラク国民に手を差し伸べるのは、ほかの国にはなしえない意義を有する」と訓示したのは石破茂防衛庁長官。国益の観点からも歴史上の意味においても「極めて重要な意義がある」と強調した。
 テロ行為に対し、「わが国として毅然たる姿勢を具体的に示す」こと。そして国連決議に応え、「自由と民主主義そして人権の尊重という共通の価値観を有する国々とともに立ち向かう」ことは、国連の主要な加盟国である我が国の「果たすべき責務だ」と述べた。
 中東地域に石油を依存する日本が、「中東地域の安定は諸国の努力によって達成してもらいたい、安定したあとの利益は日本が享受するなどという姿勢が国際社会において決して通用するものでない」との認識を力説した。また日本にとって唯一の同盟国である米国に「出来る範囲で協力するのは同盟と安保体制をより強固なものとする」との考えを述べると同時に、「隊員の安全に配慮」し、「文民や民間人であれば危険を避けることができなくても、日夜訓練に励んだ諸官であれば立派に危険を避け任務を完遂することができる」「リスクを賭けてでも守らねばならないものがこの世の中にはあると信じる。諸官が任務を全うすることを信じ、そして愛する家族のためにも政治としてできる限り全てのことを果たす」と派遣部隊を励ました。


<論陣>
祈りのトップはイラク派遣隊員の無事故
ことしはどんな年?
 「ことしは、どんな年になるのでしょうか?」。よく聞かれる問いかけだが、ことしのそれは、いつもの年に比べて感じがちょっと違う。新春の浮ついた質問ではなく、聞く人の"目の光り"が違うのである。
 「国民みんなが、平和で明るい暮らしが過ごせるように祈りたい」などとの月並みな答えができないのが、2004年の祈りである。
 祈りの一番は、すでにイラク方面に派遣され、現地で活動している航空自衛隊員。そして、次にイラク入りする陸上自衛隊、海上自衛隊の隊員諸君が、無事故で任務を遂行されることである。最近の情報だと、旧イラク政権軍部の残党か、イスラム過激派かは知らぬが、そのテロ行為は、相手がイラク国民だろうが、外国人だろうが、全く差別がない。とにかく、自分たち以外の者は全部敵だと見なしているようにしか思えない。戦火で荒廃したイラクを復興するために"私"を捨ててまで、イラク各地に駆け付けてくれてきている人達だとは見えないのだ。話し合いの余地などを見出すのは不可能である。となると世界の機関、軍隊、自衛隊などの奉仕集団も、任務遂行のための手段としての自衛(自救)行為を避けることはできない。
 無差別なテロ行為の犠牲にだけはならないでもらいたい。いま、隊員諸君の安全と健在を祈る気持ちでいっぱいである。
 国民が生活しやすくなる年になるでしょうか?。いまの政治の方向を見る限り、そんなに"良い暮らしの日々"がやってくるはずはない。国の財政は赤字だらけ。医療、税金、公共料金など、安くなる話はない。老人が唯一、生活の頼りにしている年金の減額、若い人たちの年金負担額の増加話も出ている。
 7月には参議院選挙がある。これまでは参院選のある年には政治をはじめ各方面から、いろいろ「政策的においしい話」や「甘い話」があった。ところが、こんどは、選挙がらみの「おいしい話」、例えば大減税とか、補助金増などの話は一切なし。すなわち、国民の気嫌をとるための政策への資金(財源)的裏付けがないのである。言葉を替えると「わたしたち国民は、もう、これからは老後(定年後)の自分の暮らしは自分の手で守っていかなければならない」ことになる。独立独歩。自力更正、いい言葉だが「もう、社会では各自が単独の力で生活していく」ことにほかならないのである。
 世の中は建て前だけがまかり通っている。本音は個人の心の隅に押し込まれ、時折り、家族や友人に「グチ」の形でしか姿を現わさない。もう、先送りや言い訳、建て前論などは聞きたくないというのが国民、それも地位も名誉もない普通の国民の本音である。
 イラク復興支援、地球人にとって大切なことなのかも知れないし、国際協調は大切なことである。しかし、その裏で超大国によるイラク石油利権うんぬんという話を耳にしたり、復興建設にからむ土建業界の暗躍話も飛び交っている。純粋に「イラク復興」を願い、働いている人達にとっては、耳をふさぎたくなる話である。戦争と利権が"国益うんぬん"論にすり替えられて論じられるのならば、21世紀の人類の頭は、第2次世界大戦以前とひとつも変わっていない。かなしく、さみしい気持ちである。
 私的なことだが、昨年暮れ、2回、救急車で救急病院に運ばれた。意識皆無、身体硬直血糖値16。幸い医師の処置が迅速、適切だったため一命を2度とりとめた。原因は、本人はあまり意識していなかったが、生まれつき、そうした体質だったのが、75歳になって少々、無理をしたのが発病の原因だったようだ。
 そこでいいたいのは、倒れた瞬間から、医療的処置で意識が戻るまで「透」であったということ。何ひとつ判らず、何ひとつ考えず、何ひとつしゃべることができない。頭の中が、完全に「透」であった。これまで、気が遠くなるような目には、なんどか会ってきたが「透」の経験はなかった。この経験は個人としては「現在までの最高の経験」であった。それは、これまでの"物の見方"に「透」という哲学的な考え方がプラスされそうな気がするからである。良い年を願う。

瓦礫の古都に一条の希望
空自輸送隊 物資を空輸
イラン東南部地震
C-130Hでケルマン空港に到着した救援物資
 被災者に届いたのは物資だけではない。一瞬にして瓦礫の町と化した古都バムに、緊急援助活動に駆けつけた航空自衛隊から善意が届けられた。12月26日の未明、イラン東南部のルート砂漠で発生したマグニチュード6.3の大地震により、震源地に近いケルマン州の町は約90パーセントの建物が崩壊、損傷した。多数の人が生き埋めになり歴史遺産にも壊滅的な被害が出た。
 「国際緊急援助隊派遣法」に基づき2機の自衛隊機が、愛知県の小牧基地を出発。テントや毛布、プラスチックシートなどを、最も被害が大きかったバムの町へ迅速に輸送した。
空白としては3回目の出動
 自衛隊はこれまで、ホンジュラスでのハリケーン(1998年)、トルコでの地震(99年)、インドでの地震(2001年)の際、援助隊を派遣している。空自としては、ホンジュラス、インドについで3回目の国際緊急援助活動となった。
 救援・復旧活動を支援するために27日、小泉首相から自衛隊派遣を検討するよう指示を受けた防衛庁は、空自の輸送機で被災者向けのテントなど物資輸送を決定した。2機のC-130Hと40名の人員が、空輸隊長・林忠良2空佐の指揮のもとで、通常、4、5日かかる空路を2日間で輸送。余震が続くなか、被災者の心の新たな恐怖を少しでも減らしたい一心で、1日も早く救援物資を届けるための強行軍だった。約12トンの物資は空港に待機していたイラン軍兵士の手でトラックへと積み込まれた。
 イランまでの日程は12月30日、小牧から那覇、シンガポールのパヤレバ基地を経由して、31日にはモルジブのマレ空港。UAEのアブダビ空港に着いて後、1月1日より被災地に近いケルマン空港との間を往復輸送した。1機目は1日午前11時50分に到着し、在イラン日本大使館や現地の関係者らが空港で出迎えた。5日の11時30分頃には2番機が到着。引き続き緊急援助物資が被災者のもとへと運ばれた。
アルゲ・バムの城塞都市
 砂漠地帯の「土の文化」を代表する歴史遺産。
 町の起源は紀元前にまで遡り3世紀から7世紀半ばに城塞都市として確立。征服略奪のたびに再建され、現在のオールド・バムには16〜18世紀の都市の構成が完全に保存されている。人々が暮らすニュー・バムの町は少し離れており、近世になって作られた。地下水に恵まれたオアシスで農業都市でもある。

陸海空幹校生を合同教育
統幕校で統合マインド醸成
 統合運用の在り方検討が進捗している中、統合幕僚学校(校長・田母神俊雄空将)は、11月17日から12月11日の間、陸・海・空自衛隊の幹部学校「幹部高級課程学生」(タイ・韓国留学生2名を含む。)別名に対して合同統合教育を実施した(写真)。本教育は、昭和55年から実施されており、今回で24回目を迎えた。
 教育課目は「防衛一般」「統合運用一般」「統合作戦全般」で、「防衛一般」として、各自衛隊の防衛構想、防衛庁の統合史及び統連合戦史に関する教育が実施された。また、「統合運用一般」では、統合運用の現状及び問題点について教育が行われ、「統合作戦全般」においては、これまでの教育内容を踏まえた上で、我が国の統合運用の在り方に関して、学生に討議させ、統合運用に関する学生の理解を促進した。
 教育終了後、ほとんどの学生から、「統合運用の在り方に関する検討が進捗している中、時機を踏まえた教育だった」「各自衛隊の特性、考え方の相違点について認識でき、各自衛隊を相互に理解する上で大変参考になった。また、統合マインドを醸成できた」「統合運用の現状、問題点及び重要性を理解でき、自分なりに統合運用の在り方に関する一案を得ることができた」という声が聞かれた。
 また、各学生から異口同音に「本教育は、今後、勤務する上で参考になり、非常に有益であった」という感想が述べられた。

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