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スペーサー
自衛隊ニュース   1092号 (2023年2月1日発行)
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父に続く
小城龍之介1海尉
第201教育航空隊(小月)
 海上自衛隊操縦士・戦術航空士の登竜門である小月航空基地でこのほど、ひとりのパイロットがラストフライトを迎えました。2等海佐・小城信也。私の航空学生の大先輩であり、私の父です。
 物心ついた時から父と同じ「パイロット」になりたいと夢見ていた私は、海上自衛隊航空学生を目指しました。晴れて合格し、入隊した後も、海上自衛隊搭乗員の証である「ウイングマーク」の取得を目指す過程で多くの試練がありました。
 しかし、一つ一つ乗り越えるたびに、同じ試練を乗り越えてきた父への尊敬の念がより一層強くなりました。ウイングマーク取得後は、父と同じP-3C哨戒機を経て第201教育航空隊へ。現在はT-5初等練習機の飛行教官として学生教育に傾注する傍ら、飛行教官で構成された海上自衛隊唯一の曲技飛行チーム「ホワイトアローズ」の3番機副操縦士として養成中です。
 実は父もホワイトアローズの前身である「ブランエール」の同じく3番機の操縦士でした。ずっと憧れていた父と同じ道を歩むのは今でも夢のようですが、37年間のパイロット人生を飛行安全で、そのラストフライトに立ち会えたことは本当に光栄です。
 「お父さん、お疲れ様。夢をありがとう」ーー。学生教育、そしてホワイトアローズの活動を通じて、今度は私が誰かの「夢」となれるパイロットを目指していきます。

パパと餅つき
後藤陽翔ちゃん
(4陸曹教総務科・大津 後藤健太朗3曹長男)
 12月23日にパパの自衛隊であったお餅つきに参加しました。
 たくさんの迷彩服姿の人がいて、パパを中々見つけることができなかったです。パパと一緒にお餅をついて、自分でついて食べるお餅はいつもよりとてもおいしかったです。
 抽選会では名前を呼ばれると思っていたけど、全然呼ばれることがなくて悲しかったです。でもサンタさんからお菓子をもらえたので良かったです。来年の抽選会では景品をもらいたいです。
 お餅つきと抽選会に参加できて本当に良かったです。来年のお餅つきにも参加したいと思います。

うちの子は自衛官

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家族をJoint
田中芳江1海曹
 (統合幕僚監部総務部庶務室)
 私には、3人の息子がおります。長男は北海道帯広駐屯地の第1対戦車ヘリコプター隊で、二男は群馬県相馬原駐屯地の第12ヘリコプター隊で、それぞれ陸上自衛隊のパイロットとして勤務しています。また、三男は現在神奈川県武山駐屯地にある陸上自衛隊高等工科学校の3年生として、立派な自衛官になるべく、日々勉強、訓練及び体力練成に励んでいます。
 3人とも中学を卒業後、陸上自衛隊高等工科学校(長男の時は名称が少年工科学校でした)に入学したため、早くから私の元を離れ、それぞれの勤務地等で離れて生活しています。
 一方、母である私は海上自衛官として現在、東京都市ヶ谷の統合幕僚監部(Joint Staff)に勤務しております。統幕は陸、海、空の3自衛隊を繋ぎ、統合運用する大事なJointの中核です。統幕最先任を支え、日々充実して働いています。
 このように親子がみんな離れて暮らす中、昨年初頭以降、コロナウィルスが猛威をふるい始めました。いろいろ不安なことがありましたが、私たち親子はこれまでより頻繁に連絡を取り、会えなくてもお互いに支えあって、苦難を乗り越えてきました。
 その甲斐あってかこの度、長男が昨年8月、二男が1月に結婚し、それぞれ自分の家庭を営み始めました。三男も間もなく卒業です。そして新しく娘(息子の嫁)も増えました。力を合わせて素敵な家庭を築いてほしいと思います。今後はさらに新しい家族が増えていくでしょう。
○○
 田中家全体の統合運用がうまくいくように、私はどんなに忙しくても今まで通り毎日、子供達とSNS等で連絡を取り、近況を伝え、聞きとって、橋渡しをしていきます。それぞれの家庭を繋ぐJointの要になり、みんなが各々のやり方で活躍できるよう応援していきたいと思います。

機略縦横(49)
最先任上級曹長 准陸尉 藤田晃士
家族七割仕事三割
 題目のように言われると、「えっ、仕事三割で良いの?」「手を抜いても良いの?」となる方もおられるかと思いますが、そのような意味ではありません。では、どのようなことかと言えば、「任務に向き合うため」の家族七割です。
 後顧の憂いあって、果たして任務を全うできるでしょうか? 危険を顧みることなく行動できるでしょうか? そこは人間ですから鈍ることでしょう。であればこそ、普段から、しっかりと家族と向き合ってもらいたいのです。
 家族とは親兄弟、親類縁者に妻(夫)子供です。家庭を留守にする場合、実家を空けるそんな時、後ろ髪引かれること無く玄関を出られるよう、ご家族と十分に話し合ってもらいたいと思います。
 また、感謝の言葉はその時、その場で伝えて下さい。「次」は無いかも知れないからです。明日が平和の保証はありません。故に我々は不退転の決意で日々に臨むのです。
 隊員にはこのように伝えています、「備えよ、その時のために」と。

雪月花
 高知県の出身と言っただけで「じゃあお酒はいける口ですね」と何人の方に言われた事か。そう思われても仕方がないなと納得する新年会に出席してきた。コロナ禍で2年間自粛を強いられていた派手な宴会も今シーズンは多少緩和されてきた。昨年の忘年会、今年の新年会と全国的に賑わいが多少戻ってきたように見える。そんな中、高知県防衛協力10団体主催による新年互礼会が市内のホテルで行われた。式次第は日本のどの地域で行われるものと変わらず、国歌斉唱、主催者挨拶、来賓祝辞、乾杯等々から酒席になる。しかしここからが高知の宴会になる。約30のテーブル席でそれぞれの交歓が終わると猪口と銚子を持って他のテーブルに押し掛ける。
感染防止対策として、受付でワクチン接種済み証明書又は陰性確認できる書類の提示、マスクの着用、検温や消毒を出席の条件とするなど主催者側は神経を使っていたものの、3年前と何ら変わらない宴会高知の景色となった。国会議員や県会議員、市町村長のテーブルにも押し掛けて10年来の友人のように酌み交わす。押し掛けられた人たちも満面の笑みで楽しそうにお付き合いをしている。
 さすがに杯での献杯返杯は多くはなかったが宴が進むにつれて声も大きくなる。元気な女性を高知ではハチキンと言うが決して彼女たちも遠慮はしていない、ひときわ賑やかなのである。一回りして自分の元の席に戻ると、誰かが当然と言う顔で座っておりまた廊下トンビよろしくテーブルトンビとなって何人もが徘徊する、だから会場は誠に賑やかだ。これを「高知のお客」と言うのである。それでもこの日のコロナ感染者は全国で最少だった。しかしまだまだ油断はできない事は皆さん承知のことではあろう。

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