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自衛隊ニュース   1091号 (2023年1月15日発行)
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15名のレンジャー隊員誕生
連隊独自の教育は31年ぶり

<米子>
 11月22日、米子駐屯地(司令・堀田朗伸1陸佐)において、第26期部隊集合教育「レンジャー」帰還式が実施された。
 陸上自衛隊で最も厳しく過酷と言われるレンジャー教育を終了し、レンジャー隊員となった15名(連隊所属隊員11名)は、レンジャー隊員として必要な資質、特に強靭な体力及び精神力を育成する基礎訓練に始まり、各種状況における任務遂行要領の体得が目的の過酷を極める行動訓練等を通じて己の肉体的・精神的限界に挑戦し、与えられた全ての任務を完遂し、無事米子駐屯地に帰還した。
 帰還式において担任官である第8普通科連隊長・堀田1佐から立派に任務を完遂した隊員一人一人に、堅い意志を象徴するダイヤモンドと、勝者にのみ与えられる月桂樹をあしらったレンジャー徽章を授与された。その後堀田1佐は「今回のレンジャー養成教育の特性は、旅団レンジャーではなく、31年ぶりに実施する連隊独自の部隊レンジャーということである。ここにいる指導部を含め新たなレンジャー隊員15名が部隊レンジャーの歴史の第一歩を築いてくれた。ありがとう。そしてご苦労さま」と訓示を述べた。若きレンジャー隊員が久しぶりに家族や両親、部隊の隊員と再会する姿を目のあたりにし周囲は感動に包まれた。
 見事レンジャー徽章を授与された隊員からは、「辛いこともたくさんあったが、教官・助教・同期・家族の支えでここまで乗り越えられた。今後も更に精進し立派なレンジャー隊員になりたい」と抱負を述べた。
 帰還式終了後は家族を含めた記念会食が実施され、久しぶりに家族との再会で話に花が咲く様子が見られた。その後約3カ月を集約した動画が放映され帰還式を締めくくった。
 今回誕生したレンジャー隊員たちが、今後胸に輝くレンジャー徽章のようにそれぞれの部隊で活躍し、更に光輝くことを期待したい。
 今回新たに誕生したレンジャー隊員
小田川典也 (8普連本管)
野口 正志 (8普連本管)
花田 啓太 (8普連本管)
八尾 成也 (8普連本管)
森和樹 (8普連本管)
荒松 竜平 (8普連本管)
野々村和也 (8普連本管)
山本 瞬平 (8普連1中)
森下 尚彦 (8普連2中)
山田 洋輔 (8普連2中)
西村翼 (17普連)
徳永 秋司 (13偵察隊)
若床 拓哉 (13偵察隊)
竹内 隼人 (13施設隊)
白井良 (13後支隊)

陸幕長、東方総監、1師団長が入院患者を見舞う
<中央病院>
 自衛隊中央病院(病院長・福島功二防衛技官)は、12月13日から15日までの間、陸上幕僚長、東部方面総監及び第1師団長による入院患者見舞いを受け、患者の激励を支援した。入院患者の説明を受け、激励の言葉及び慰問品を手渡し、隊務への早期復帰を願った。
 陸上幕僚長は入院患者に対し、「君たちの仕事は、病気やけがを治して元気に部隊復帰することである。仕事のことは気にせず、しっかり治すことだけを考えてほしい」と声をかけられ、一様に感激した様子だった。
 自衛隊中央病院は、今後とも部隊の人的戦闘力の維持増進に最大限寄与し、部隊の隊務運営を支えていく所存である。

国道の滞留解消に全力
2普連
夜を徹して除排雪等を実施
 12月20日から22日にかけて、第2普通科連隊(連隊長・小段雄三1陸佐=高田)は、新潟県中越地方(柏崎、小千谷、長岡)を中心に降り続いた雪の影響による、大規模な車両の立ち往生に対応した。
 20日5時10分、新潟県知事から第12旅団長に対して災害派遣要請があり、出動を命ぜられた第2普通科連隊は同時刻をもって第3種非常勤務態勢に移行して派遣に向け行動を開始した。今回の特性として国道8号線、国道17号線等における車両の滞留が同時多発的に発生したことから、連隊は総力をもってそれぞれの現場へと前進した。
 現場に到着した隊員たちは、手分けをして轍にはまり身動きが取れなくなっている大型トラック・乗用車を人力や第5施設群から支援されたドーザ-等により逐次救出していった。また並行して自治体及び関係機関と連携して燃料及び食料の配布支援が夜を徹して行われた。派遣間、多くの隊員が作業にあたり車両の滞留解消のための道路除雪支援等、道路状況の復旧に寄与した2連隊は、22日9時30分、新潟県知事から撤収要請を受け、本派遣任務を終了した。

雪月花
 ことしの年賀状の中に「防衛ホーム発刊50年おめでとう」と書いて頂いたものが何通かありました。小紙の成り行きを見守って頂いたことは誠にありがたく嬉しいことです。1973年の発刊でアッと言う間に50年が経っていました。読者の皆さまや関係者の方々に心から感謝申し上げます。当時の自衛隊支持率は50%を切り自衛隊や家族に対する風当たりは誠にきついものがありました。自衛官は税金泥棒と罵倒され、通学する子供が父親の職業を隠すためにわざわざ官舎から離れたバス停を使っていました、糞尿を投げつけられた官舎もありました。そんな状況を憂えた人たちが立ち上がって自衛官と家族を勇気づけ感謝しようと「防衛ホーム」の発行に至りました。この企画にはお名前を挙げきれないほどの大勢の方々のご協力を得て発刊にこぎつけ、今こうして50年を迎えることが出来ました。発刊した第1号には時代小説の大家・村上元三さんと当時人気絶頂の評論家・草柳大蔵さんの原稿が載り大反響を呼びました。著名人から自衛隊員と家族を激励してもらう内容でした。続いて古賀政男さん、雪村いづみさん、川上哲治さん、大鵬さんなど当時の各界トップの人たちに寄稿して頂きました。しかも大半の方が「原稿料はいらない自衛隊さんに頑張って欲しいから」ということでした。このような自衛隊を愛する方々と読者の皆さまに支えられている「防衛ホーム」です、これからも初期の情熱を忘れずに読んで頂ける新聞を発行してまいります。今や自衛隊に対する国民の好感度は90%を超えています。もちろん、自衛官の皆さんや関係者の努力と真摯な行動が評価されたものです。50年前とは隔世の感を覚えます。

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