政府は昨年福島第一原発の処理水を海洋放出する方針を決定し、IAEAに放出計画の安全性に関する調査を要請した。IAEAは11カ国の専門家でつくる調査団を日本に派遣し、現地調査などを進めてきた。調査を終えたIAEAは、処理水の海洋放出が国際的な安全基準に合致しており、放出による人間や環境への放射性物質の影響は無視できるレベルと結論する包括報告書を公表した。来日したグロッシIAEA事務局長が7月4日岸田首相に報告書を手交した。
人間や環境への影響を無視できるほどの微量な放射能レベルになるとはいえ、処理水が放射能汚染水であることに変わりはないので、これを海洋放出することに対して根強い反対がある。以下、処理水の海洋放出計画を知り、安全上問題なく実行できることを確認したい。
廃炉作業中の福島第一原発の核燃料デブリを冷やすために水を注入しているが、これが放射能汚染水となる。また、地下水が原子炉建屋に流れ込み、汚染水に加わる。汚染水には多くの放射性核種が含まれるが、トリチウム以外の放射性核種はほぼ完全に(少なくとも安全基準を下回るレベルまで)多核種除去設備(ALPS)で除去することができる。トリチウムだけは原理的に除去することができないので、海水で希釈して海洋放出することになる。
現在福島第一原発の敷地内には、ALPSで浄化した汚染水を貯蔵した数多くのタンクが満杯になりつつあるが、ALPSで浄化したとはいえ、放射性物質が完全に除去しきれていない汚染水もタンク中に存在している。海洋放出にあたってはまず、こうした汚染水を二次処理施設で再浄化し、トリチウム以外の放射性物質を完全に安全基準以下のレベルになるまで除去する。このレベルまで再浄化処理した汚染水を処理水と呼んでいる。処理水にはなおALPSで除去されないトリチウムが存在しているが、これは放出基準を十分下回るまで希釈して海洋放出する。
ALPSで除去できない放射性核種トリチウムの安全性について理解が必要となるが、トリチウムは三重水素のことである。普通の水素のように安定的でなく、放射線(β線)を出しながら壊変し(半減期12・3年)、安定したヘリウムになる。トリチウムは自然界には普通の水素と同じように、酸素と結合した水として存在する。地球に降り注ぐ宇宙線が大気とぶつかってトリチウムが生成され、大気中の水蒸気、雨水、海水、河川水、水道水の一部として存在する。人間の体内にも数十ベクレルのトリチウムが存在している。トリチウムから人体は放射線被ばくを受けているが、あまりにも微量であるため健康影響など全くない。
放射能の影響を考えるとき、生物の体内に取り込まれた放射性物質が体内に蓄積する、いわゆる生物濃縮が問題となるが、トリチウムはトリチウム水として存在し、トリチウム水の化学的性質は普通の水と同じであるから、生物濃縮は起きない。
IAEAは包括報告書で、処理水放出を制御するシステムとプロセスは堅固であり、放出で見込まれる線量とリスクに対し十分適切であると評価した。そして、人に対する年間被ばく線量は0・05ミリシーベルトをさらに千分の1下回り、人間や環境への影響は無視できるレベルと結論した。
廃炉を進める福島第一原発の処理水の海洋放出は、環境・安全上問題ない。地元漁業者と国際社会の理解も得て、これが実行されることを念願してやまない。
(令和5年8月1日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |