防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
スペーサー
自衛隊ニュース   2010年12月1日号
-
1面 2面 3面 4面 5面 6面 8面 9面 10面 12面

ハイチPKOに参加
-
11施群356施中  1陸尉 土屋修作
-

 私は、孤児院の簡易宿泊施設の設計や倒壊建物の解体方法の検討が主な任務です。そうした活動等で孤児院や学校等の子供達と接触する機会が多いのですが、そこで感じるのは、ハイチの子供達は非常に勉強熱心であるということです。クレオール語だけでなく、仏語、英語も話せる子供もいます。
 しかしながら、文房具は不十分であり、授業も仮設テントで行っている学校も多く環境は良いとは言えません。活動を通じて、微力ながらそのような環境の改善、そしてハイチの復興の一助になりたいと考えています。
 また、日本で支えてくれている部隊、家族等に対する感謝を忘れず、自分の役割を果たし、無事帰国したいと思います。

-
9後支連1整大  1陸曹 南川千秋
-
 初めてのPKO活動をここハイチで通信整備班長として日々頑張っています。
 派遣される前から、以前PKO活動に参加した同僚等から情報を入手し気持ちの準備はしてきたつもりでしたが、空港に降りた瞬間から、この暑さで6ヶ月間やっていけるかとても不安になりました。今ではこの暑さにもだいぶ慣れ、通信整備員として、また、時には「町の電気屋さん」として無線機、家電等の修理に励んでいます。
 これからも、派遣隊員が宿営地内外での活動が円滑に出来るように、「縁の下の力持ち」として努力していきます。そして私を含め派遣隊員全員が任務を完了し無事日本に帰国出来ることと、ハイチ共和国が1日でも早く復興することを祈念します。
 また、帰国後この経験を残りの自衛隊生活に活かし後輩の指導に当たりたいと思います。
-
東北方衛生隊  2陸曹 浅野和之
-
 自衛隊に入隊して以来、今回初めてPKOに参加しました。期待と不安が入り混じるなか、出国前に佐々木隊長より「オレの手からこぼれるな」、「自分の役割を果たせ」と訓示をいただき、改めて身の引き締まる思いがしました。各人が違う特技・資格を持っていることから、誰か一人でも欠けてしまえば任務遂行が困難になってしまいます。
 我々衛生班は、全隊員が自分の役割を果たせるように常日頃から、医療面や防疫面でしっかりとバックアップをすることこそが、自分たちの役割・任務だと認識しています。
 まだ先は長いですが、全員無事に日本に帰るその日までMINUSTAHの一員として任務完遂のために尽力していきたいと思います。
-
2施団312ダンプ車中  3陸曹 遊佐伊緒
-
 8月29日、ハイチ国際救援隊第3次要員として、初めての海外勤務に期待と不安を抱えながら日本を出国しました。
 現地での私の職務は特大型ダンプ操縦陸曹であり、倒壊家屋等の瓦礫の運搬任務を主として活動しています。派遣期間中、自分の任務をしっかり果たすこと、そして、日本の文化とは異なるという事を常に忘れず任務を遂行していきます。
 今、ハイチで元気に活動出来るのも、日本に残っている部隊の方々、家族、友人等沢山の人に支えられている事を忘れず、感謝の気持ちをもって残された期間、任務を全うしていきたいと思います。
-
104施器隊特器中  3陸曹 高橋 篤
-
 私はいま、初めての海外派遣への参加でハイチへ来ています。
 派遣は、6ヶ月と長期間になり、派遣間、家族の全ての事を妻に任せっきりにさせてしまう状況に、当初不安の方が大きかったのですが、ハイチへ来て2ヶ月が過ぎ、家族とテレビ電話をしたところ、お喋りが一段と上手になった2歳の娘と、一回り大きくなった0歳の息子の姿がありました。妻も「お風呂が大変なくらいで、車の運転にも慣れたし、あなたがいなくても大丈夫」と少し寂しい気がしますが、頼もしい事を言っていました。残りの派遣期間、与えられた任務を完遂し、無事に家族の元へ帰りたいと思います。
-
9施大2中  3陸曹 藤本 士
-
 ハイチ入りした当初は、高温多湿で日差しも強く、私にとって過酷な環境でありましたが、今ではこの環境にも慣れ、毎日心地よい汗を流しています。
 私は現在、第1小隊第1分隊副分隊長として勤務しておりますが、本職の他にもう一つの任務があります。それは、小隊の作業現場における外国の警備支援部隊等との英語での業務調整です。当初は、調整した事項や時間を守ってもらえず、困惑の連続でしたが、粘り強く、誠意をもって調整を続けているうちに次第に打ち解けることができ、業務も上手くいくようになりました。
 残りの派遣間、精一杯頑張りたいと思います。
-
39普連本管中  3陸曹 吉田友幸
-
 2010年3月、我が家は妻の妊娠が判り、夫婦そろって感極まり涙したのを今でも鮮明に覚えています。ハイチ派遣が決定したのはそれから間もなくのことでありました。
 8月29日、妻の涙をしり目に後ろ髪を引かれる思いで出国、ハイチ到着後は隊長ドライバー兼ねて文書陸曹として、劣悪な交通状況と慣れない文書業務に苦戦しながら活動を続ける毎日の繰り返しとなりました。日本に残した身重な妻を想うこともあれば、職務に対するプレッシャーと葛藤し、自分自身を保つのが精一杯な時もありました。
 そんな状況を知ってか知らずか、10月27日(日本時間28日未明)妻から第1子長女誕生の吉報を受け、ピンと張りつめていた心境が一気に緩み、妻と電話で喜びをわかちあい抑えていた涙が溢れ出しました。遠くハイチの地において己を支えるものは任務に対する使命感や責務ですが、その根本には護るべき家族の存在があり、我が子の誕生を受けその事を強く意識する機会となりました。
 無事出産した妻を誇りに思うとともに、生まれてきた我が子 命名「芽友(めゆ)」との対面を励みに、常時注意を怠ることなく任務に邁進したいと思います。

ソマリア沖派遣海賊対処
5次水上部隊帰国
-

 10月15日、横須賀基地の逸見岸壁で、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動水上部隊第5次隊(派遣部隊指揮官第1護衛隊指令・篠村靖彦1海佐)、護衛艦「むらさめ」(艦長・管野正隆2海佐)、護衛艦「ゆうぎり」(艦長・鈴木亨2海佐)の帰国行事(執行者=横須賀地方総監・高嶋博視海将)が行われた。
 松本大輔防衛大臣政務官、自衛艦隊司令官(倉本憲一海将)をはじめ隊員家族及び関係者ら約580名が参列した。
 多くの関係者が見守る中、篠村派遣部隊指揮官が松本防衛大臣政務官に対し、任務の完遂を報告した。その後、第5次隊に対し、内閣総理大臣特別賞状と盾が授与され、松本防衛大臣政務官は「諸官が行った任務は、『人類共通の敵』である海賊と闘い、海上交通に安全をもたらし、我が国のみならず、この海域を利用する全ての国の繁栄の礎を築くという極めて重要かつ崇高なものであり、その完遂に心から感謝申し上げます」と訓示を述べ、派遣部隊の労を労った。
 引き続き、自衛艦隊司令官が「篠村隊司令の指揮の下、一致団結、厳しい環境条件の中、様々な困難を克服し、計34回護衛を実施、外国の商船を含め307隻の船舶を1隻の被害も出さず無事アデン湾を通航させた。国内の船舶運航事業者、商船乗組員のみならず、国際海事機関を始めとする世界各国の関係機関からも高い評価を受けている。更に精強な部隊の錬成に向けて精励すること並びに今回の行動で自らが果たしてきた役割と成果に大いなる誇りと自信を持ち、今後の勤務の資とすることを期待する」と訓示した。その後、来賓紹介が行われ帰国行事は終了した。
 現在は、8月23日に大湊基地から護衛艦「せとぎり」と、同26日に佐世保基地から護衛艦「まきなみ」がそれぞれ出港し、6次隊としてソマリア・アデン湾沖で護衛任務を遂行している。


5面へ
(ヘルプ)
Copyright (C) 2001-2014 Boueihome Shinbun Inc