聖徳太子が昔「十七条憲法」を定め、それは第一条「和を以て貴しとし、」で始まることは日本人なら誰でも知っているだろう。しかし、十七条憲法はいわゆる近代憲法ではないため、憲法(=国の基本法)とは見なせないと考えるのが一般的で、学校でもそのように教えているだろう。しかし、十七条憲法は立派な憲法だと私は思う。
そもそも憲法とは何か。7世紀(飛鳥時代)に聖徳太子が国の基本的なあり方として十七条憲法を定めた。19世紀になって明治の日本人が欧米先進国にはConstitutionがあることを知ったとき、昔聖徳太子が定めた十七条憲法がこれに当たると考え、Constitutionを憲法と呼んだのである。Constitutionはもともと構造、体質などを意味し、国の体質すなわち国のあり方を定める基本法の意味となる。
近代、世界をリードしてきたイギリスには、いわゆる近代的な「成文憲法」はない。それでイギリスには憲法がないかというとそんなとはない。13世紀に成立した『マグナ・カルタ』、17世紀に成立した『権利の章典』など歴史的に成立した国のあり方にかかわる重要な法典類をもってConstitutionとしている(これを「不成文憲法」という)。
憲法は近代的に成文化されているかどうかではなく、国のあり方に関する重要事項が定められ、それが生きていることを本質と考えるとき、十七条憲法は立派な日本の憲法だと思う。十七条憲法にも、立国の基本原理、為政の基本精神、独裁でなく衆議によって決めること、行政、裁判、徴税、官吏のあり方など、国家の基本に関することが明確に定められている。そして当時の人々も国家の制法がこれより始まったという認識だった。
十七条憲法には国のあり方として最初に「和」を置いている。和を貴しとするのが日本の国のありかただと定めた憲法の精神は、時代を超えて生きてきたのではなかろうか。和は和風、和歌、和服、和魂、和漢、和洋など、日本そのものを意味する言葉になっている。日本は和の国であり、和を日本のアイデンティティと考える日本人は多いのではなかろうか。
聖徳太子が十七条憲法で実現しようと思い描いたのは仏国浄土の国であった。国家の人的組織の君、臣、民は仏国浄土の仏、菩薩、衆生に対応する。君(天皇)は仏であり、臣(官吏、群卿百寮)は菩薩であり、民(国民)は衆生である。天皇は仏として民の平安を願い、官吏は菩薩として民の安寧と幸福の実現に努める国家。そのため、十七条憲法は官吏が菩薩行(民に奉仕し、民を慈しみ、利他行を行う)に励むことを求め、官吏に対する訓誡を多く定めている。
十七条憲法がそのまま現代日本の憲法とはならないことは確かである。しかし十七条憲法はなお現代に生きる、また生かすべき国家のあり方を含んでいると思う。その重要なものは、和の国家理念と、独裁を禁じ、衆議によって決めていくあり方と、そして官吏が民に奉仕し、利他行を行い、菩薩行に励むあり方である。
イギリスがマグナ・カルタを尊重するように、日本は十七条憲法を尊重したらよい。十七条憲法は達意の漢文で書かれたすばらしい古典である。孔子の『論語』を日本でも教えるように、聖徳太子の『十七条憲法』を日本の古典として中学高校の国語漢文で教えたらよいと常々思っている。
(令和5年9月15日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。 |