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   2007年6月15日号
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寄せ書き
大村駐屯地での自衛隊研修所感
十八銀行 石川 洋行
 3日間の自衛隊研修を通じて、多くのことを学びました。まず最初に感じたことは、規律を守ることの大切さです。団体行動を行うに当たって、最も大切なことであると感じました。時間厳守に始まり「気を付け」や「休め」などの基本教練、行進の練習など、全員で合わせることの難しさを学びました。最初はなかなかできませんでしたが、練習を重ねることで全員の気持ちが一つになり、上手く合わせることができるようになったと思います。
 2日目の体力テストでは、自衛隊の方々が受けられるテストを受けました。私の場合は大学生活4年間で運動をあまりしていなかったこともあり、体が鈍っているのを感じたのが正直な感想です。約13キロの徒歩行進では、背のうを背負い、山道を歩きました。初めて背負った背のうは非常に重かったです。また山道を歩いた際に足にまめができる者も多く、自衛隊の方に治療して頂きました。山道を歩いている最中、非常にきつい場面もありましたが「大丈夫か」や「頑張れ」などの励ましの言葉を隊員の方や同期の仲間たちにかけてもらい、何とか完歩することができました。
 夜に行われた懇親会では、自衛隊の方の仕事の話などをはじめ楽しく話ができ、有意義な時間を過ごすことができました。
 3日目の体験搭乗では、普段の生活では決して乗ることのできない装甲車に乗ることができ、とても貴重な体験ができました。この3日間で学んだ体験を、これから職場で活かしていきたいと思います。本当にありがとうございました。
大村駐屯地での自衛隊研修所感
十八銀行 前冨 秀介
 何気ない気持ちでバスに乗り、駐屯地に向かいました。「自衛隊」と言われても何をするか全く予想もつかず、心構えもなく来てしまいました。到着して自衛隊独特の空気に圧倒されてしまいました。そこから気合を入れ直し、訓練に臨むことにしました。
 1日目は主に基本教練を行いました。まずは声を出すことから、そして徐々に動作を覚えていきました。今まで習ってきた体育のレベルとは全く異なり、機敏な動作、団体としての協調性が問われ、また自衛隊独特の動作もあって、非常に難しかったです。しかし班で動きが揃った時などは、チームワークを肌で感じることができました。
 2日目の体力測定と行軍はとてもハードでした。体力測定では特に3000m走が印象に残っています。コース沿いでたくさんの自衛隊員の方たちが応援して下さり、本当に心強かったです。コース沿いの景色も励みになりました。午後の行軍は、10数キロの道程を慣れない半長靴で歩きました。足の筋肉痛との格闘でした。まめを作っている人もいたようですが、私は無事行程を終了することができました。私たちを担当してくれた方たちは、私たちにとても気遣い、質問に対しても優しく教えて下さいました。
 今回の研修を通じて感じたことは「体得する」ことの重要性です。その時々に応じて頭で考えるだけでなく、体で覚えることの大切さを学びました。またチームワークも養うことができ、今後の合宿にも役立つことと思います。お世話になった全ての人に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
晴海〜パールハーバー訓練所感
遠航部隊実習幹部 3海尉 山根 弘慎
 今年の遠洋練習航海には練習艦「かしま」「しまゆき」護衛艦隊から派出されている「さわぎり」の3隻が参加しており、私は「さわぎり」に乗艦している。「さわぎり」は護衛艦隊所属であり、他の練習艦とは違い、普段は一線で任務についている艦であるので、より実践的な訓練を行っている。また実習幹部の数が少ないため実習機会が多く、訓練の予習や申し継ぎ等、目まぐるしい毎日である。
 日本を出てから約2週間、本当に連日多くの訓練、実習があり、きつく、つらいことの方が多い航海であったが、個艦の幹部から指導を受け、その道のプロである乗員と毎日一緒に訓練し生活していると、改めて私はこの海上自衛隊に勤務しているという「職業意識」と「任務遂行の重要性」を強く感じた。
 日々の生活もきついことだけではなく、楽しいことももちろんある。例えば私は走ることが好きなので、艦上体育でランニングをして身体を動かすのもストレス解消法の一つである。他にも多くあるが、特に楽しみなのが食事である。どんなに疲れていても辛いときでも、食堂に行き給養員の人たちが作ってくれる食事を食べるととても元気が出て「さあ頑張ろう」と力が湧く。「さわぎり」の食事は本当に美味しくメニューも豊富で、しかも入口の所に本日のメニューの看板を置くなど、毎日食堂に行くのが楽しみである。私は毎食たくさん食べていたので、訓練がきつくても体調を崩すことなくやってこれたと思う。またいろいろな乗員と出会えて話ができたのも印象に残っている。艦のことだけでなく今回遠洋練習航海で訪れる国のことや自分の経験談など、いろいろな人の考えを聞くことができ、非常にいい機会となっている。また乗員はこちらが元気よくあいさつするとみんな絶対にあいさつを返してくれるので、とても気持ちが良い。あいさつすることは人と人が接していく上でとても重要なことであると思う。「たくさんの人と様々な話をすること」「元気よくあいさつをすること」この2つは遠洋練習航海中、他の外国に寄港しその国の人々と接する機会はもちろんのこと今後部隊に行っても続けて行く。
 この2週間を経て、多くのことを学んだ。これからも一日一日を無駄にせず、元気よく積極的に実習に臨んでいきたい。
シャッターは引き金の如く
第9施設大隊第1中隊=八戸駐屯地 陸士長 石田 勇介
 私の趣味は風景写真の撮影です。主に花や鳥、虫や人工物を撮り歩いています。
 近寄れないものを被写体とした場合、望遠レンズを使う場面が出てくるのですが、これがなかなか難しいのです。遠くのものになればなるほど手ブレを起こしやすく、また被写体を見失いやすくなり、更にシャッターをきる瞬間に緊張をします。例えるのならば、まるで射撃をしているような感じなのです。背の高い花を撮影する場合など、少しでも風があると花はゆらゆらと揺れ、また自分も風に煽られてしまい、花がファインダーの中にじっとしていてくれることはありません。自分の動きを止めようとすると、自然と息を止めてしまうこともあります。
 シャッターボタンの半押しで焦点を合わせて、更に押し込むことで風景が切り取られるわけなのですが、これも射撃と同じです。写真を写す際でもがく引きをしてしまうと、狙っていたものが写っていなかったりします。一段落し、二段目もゆっくりと圧する。恐らくどんなにカメラ自身の性能が高くなっても、この動作は無くならないのだと思います。それは銃にも同じことが言えるのではないでしょうか?指先に神経を集中させ、息を止め体の揺れを安定させて、狙ったものを写す…。
 このように趣味の中でもある種の精神統一の瞬間を待つという大切さを考え、これからも大事にしていきたいと思いました。

人物紹介
「野球を通じて子供たちから学ぶ」
《信太山駐屯地》
准陸尉 松浦 正弘  陸曹長 青山 幹生
 信太山駐屯地最先任上級曹長室で勤務する二人を紹介します。
 松浦正弘准陸尉は、最先任上級曹長として、青山幹生陸曹長は、最先任上級曹長付陸曹、兼ねて駐屯地曹友会会長として職務につき、また二人は余暇を利用し、松浦准尉はリーグ代表として、青山曹長はコーチとして地元和泉市内の小学生に対し、硬式野球を教えています。
 チーム名は「和泉北リトルリーグ」で、和泉市内で唯一のリトル硬式野球チームでもあります。和泉北リトルリーグは「はい」という素直な心、「よーし」という立ち向かう勇気、「何くそー」と挑戦する精神力の育成を方針としています。信太山駐屯地隊員の家族も多数所属しており、またこのチームから育ち、現在信太山駐屯地で活躍している隊員も多数います。
 松浦准尉は「野球というスポーツを通じて、学校教育で学ぶことのできない上下関係、努力、根性、忍耐などを学んでほしい。そして何よりも仲間の大切さを知ってほしい。まずは技術より青少年の育成として、健全な肉体と精神力の育成を第一の目標としています」と子供達に対する熱い気持ちを語り、また青山曹長は「親が共に練習や試合に参加することで、共に喜び、共に泣き、共に新たな目標に立ち向かっています」と親子間における共通の話題の重要性を語っています。
 少年達の夢は「将来プロ野球選手か自衛官になりたい!」とのこと。日頃接しているリーグ代表やコーチの自衛官としての姿は、時として厳しく、また身近で頼もしい存在であるようです。
 駐屯地での曹士育成において、この野球チームの子供たちから学んだことが生かされる場面が多々あり、いかにして気持ちを理解するか、親身になるとはどういうことか、真の愛情ある指導とは何かと、常に子供たちから答えをもらっているそうです。
 松浦准尉と青山曹長を軸とし、追いつけ追い越せの精神で団結、士気を高め、信太山駐屯地曹士一同はこれからも邁進していきます!
 なお和泉北リトルリーグは、平成19年2月25日に行われた、全日本リトル野球協会リトルリーグ関西連盟南部ブロック大会で準優勝し、3月21日には2007年度第22回SSK旗争奪リトルリーグ野球関西連盟春季大会において、第3位の成績を収め、今年度の全日本予選大会のシード権を獲得しました。目指すは全国大会、親子共に夢を現実にしてください。

「頑張っています」新しい職場
活躍するOBシリーズ
求められるのは誠実さ
日本興亜損害保険株式会社宮崎サービスセンター 東 高士
東氏は平成17年12月、空自春日基地の幕僚勤務を最後に2空佐で定年退職。56歳。
 新田原基地援護室のお陰で「日本興亜損害保険株式会社宮崎サービスセンター」で賠償業務をしています東(ひがし)です。
 約37年間、航空自衛官として生活してきた自分が果たして上手くやって行けるのだろうかという不安と、まだまだ50代半ばだし、十分やれるのではないかという淡い夢を抱いて再就職致しました。
 常時有効求人倍率の低い宮崎県では、定年後の再就職は大企業を抱える大都市の他府県とは比べようもないくらい厳しいものがあります。そのなかで損保各社には定年退職自衛官を多数採用頂いており、心から感謝を申し上げたいと思います。これも損保業界において、今日までに勤務された諸先輩達が、与えられた業務を確実かつ誠実に勤められた証左ではないかと考えます。私もこの仕事を終えるその日までは、諸先輩同様真面目に勤め、後に続く後輩に確実にバトンタッチをしたいと考えています。
 宮崎サービスセンターでは、賠償を担当する中に元自衛官が4名もおり、その中でも航空自衛官が私を含め3名と気心が知れた者同志、大変勤務しやすい環境にあります。従ってそういう意味においては、恵まれた職場といえるのではないかと考えられます。
 一般社会での経験が浅い私が言うのも甚だ僭越ではありますが、やはりどの職場でも「真面目で誠実に勤める人を求めている」のではないでしょうか。どんな人でも過去の自分を引きずることなく、過去は過去として、大切な想い出としてプラス思考で前向きに生きられる人を求めているように感じられます。
 これから定年を迎える皆さん、何も恐れることはないと思います。伊達に30数年間自衛隊で生活をしてきたのではありません。ある面だけで言えば、自衛隊の方が厳しいと思われる点が多々あります。きっと自衛隊での数々の経験が色々な場で生かすことができますし、応用することができます。皆さんのお越しを心から待っています。

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