自衛隊ニュース

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自衛官にとっての「人生100年時代」(16)

「人間性」を育てよう


「人間性」が合否を左右する!

 本シリーズは、年明け以降、退職後に様々な人生を歩んでいる諸先輩の体験談から「現役時代にやったことが役に立った」「やっておけばよかった、後悔している」などの本音トークを取り上げることを計画している。

 「人生100年時代」を迎え、退職後の「人生の後半戦」のために、現役時代から心がけて準備しておくことなどについて15回にわたり縷々述べてきたが、その最終回として、これまで幾度か触れた「人間性」という最も難しいテーマで締めくくりたいと思う。

 「人格」「人柄」「人望力」なども同様の概念と考えられるこのテーマについて、筆者に語る資格があるかどうか悩むところであるが、実際の面接などに立ち会い、「人柄がいいので」と当人の「人間性」が決め手になったケースとか、逆に、言葉巧みに断られた理由を尋ねると「人間性」を受け入れてもらえなかったケースを知っている。

 何歳になっても、瞬時に出てしまい、隠すことが出来ないのが「人間性」であり、人生の後半を生き抜くための重要な「武器」なのである。


「人間性」を育てる4つの手段

日常の些細なことも育てる力に

 前回の最後に「人は、己の『人間性』を高めるために一生努力する存在」との言葉を紹介したが、書籍を紐解くと「人間性」を育てる手段は簡単ではないが、次の4つに要約されよう。

 第1は、「自己啓発」である。知性や感性を磨くために日々あらゆる努力を惜しまないことであろう。学びの材料は周りに溢れているのである。

 第2は、飛躍のチャンスをしっかりつかむことである。チャンスは平等に与えられている。今がチャンスと知ったら、死に物狂いで立ち向かうことが飛躍に繋がるのである。

 第3は、失敗や挫折を活かすことである。誰しも長い人生のうち何度も失敗し挫折もするだろう。失敗は教師であり、挫折はチャンスの裏返しなので、この経験を次の飛躍の種にすることだ。

 第4には、「人間の肥やし」の活用である。つまり、よい師友や愛読書・座右書を持つことである。

 「人間性」を育てることは、波瀾万丈の人生で「人間として成長すること」そのものであり、その成長は決して一直線ではないのも事実だろう。

 さて、日常の些細なことの中にも「人間性」を磨く "砥石" が敷き詰められている。少し補足しておこう。

 まず、(1)「約束を守る」、「相手の立場を尊重する」という思いやりがあれば約束を破ったりできないものである。(2)「陰口を言わない」、苦手な相手でもよい所を見つける努力が大事である。(3)「私利私欲に走らない」、損得抜きで行動することである。(4)「明るく笑顔でいる」、自分自身の笑顔が周りを笑顔にできるのである。

 これら些細なことも心して日々実践することが大切なのである。

◇ ◇ ◇

 「人間性」とは、思いやりや気遣いの心、愛情など人間の内面のことを指す。本音を言えば、国防という国家や社会に対する愛情や思いやりの極地というべき精神を有する自衛官が今さら「人間性」を問われる筋合いのものではないだろう。

 一方、退職後にその「真価」が問われるのも現実である。「社会が悪い」などと決めつける前に、常に自省心をもって日々努力する中に、真の「人間性」が育つと断言したい。


 1回から16回の執筆担当は、「退職自衛官の再就職を応援する会」世話人の宗像久男(元東北方面総監)でした。詳細と問い合わせ、本シリーズのバックナンバーはこちら。https://www.saishushoku-ouen.com/

ノーサイド

北原巖男

鳥の歌


 世界中がコロナ禍と戦っている中、2月24日に生起したプーチン大統領の一方的な理屈によるウクライナ侵略。既に10か月を迎え、状況は全く予断を許しません。

 「プーチンは戦術家だ。しかし戦略は無い。私は彼のしていることから戦略を感じたことは一度もない」(ジャーナリスト‥ナタリヤ・ゲボルクヤンの言葉。朝日新聞国際報道部著 2015年10月30日朝日新聞出版刊「プーチンの実像 証言で暴く皇帝の素顔」より)

 ウクライナに平和な日常が一日も早く戻ることを願って止みません…。

 ふと、50年も前のことですが、ベトナム戦争当時の1971年10月、約40年間人前で演奏したことの無かった高齢のスペインのチェロ奏者パブロ・カザルス氏(1876年~1973年)が、国連にて「I have to play,today.」と述べてカタルーニャ民謡「鳥の歌(The Song of the Birds)」を演奏された際の、今も語り継がれている言葉が思い出されます。「The birds in the sky in the space,sing"peace,peace,peace."」(この後もベトナム戦争は続き、彼が1975年4月の終結を見ることはありませんでした。)

 平和を願わない人はいません。しかし、今のウクライナのみならず、冷徹な国際社会の歴史・現実は、自分たちの平和や生活を守り抜くことが、いかに難しいことかを示しています。

 我が国を取り巻く安全保障環境に目を転じますと、日々報道される中国・ロシア・北朝鮮の動向からも、更に戦闘領域の宇宙・サイバー・電磁波等の分野への拡大や、軍事技術の飛躍的向上、戦い方も大きく変化・複雑化していることなどからも、これまでにない厳しさ・深刻さを増していることが分かります。これらを敏感に感じ、「日本は大丈夫だろうか?」、そんな思いを抱いている国民の皆さんも多いことと思います。

 こうした中、政府は、5年以内に防衛力を抜本的強化するとの方針の下、年末までに、新たな「国家安全保障戦略」・「防衛大綱」・「中期防衛力整備計画」の策定に向けて大詰めの作業を進めています。

 平和を守り主権を守り、国民の生命を守り財産を守る。そのためには、自らの経済基盤を強固なものにし、自分たちの国は自分たちで守るという確固たる国民の決意・覚悟・それに伴う負担を前提に、したたかな外交努力、同盟国や同志国との強い信頼の絆・協力、相手をして侵略を思い留まらせる抑止力の確保・万一有事の際には専守防衛の下で国民の負託に応えうる防衛力を整備しておかなければなりません。

 9月30日に内閣官房に設置された「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」(座長‥佐々江元駐米大使 黒江元防衛事務次官等10名で構成。折木元統合幕僚長等の所見も聴取)は、4回にわたる総合的な防衛体制の強化や経済財政の在り方についての議論を経て、11月22日、岸田首相に「報告書」を提出しました。ここでは、さまざまな提言のうち4点のみ紹介してみます。( )内は筆者。

 (1)反撃能力について…「インド太平洋におけるパワーバランスが大きく変化し、周辺国等が核ミサイル能力を質・量の面で急速に増強し、特に変則軌道や極超音速のミサイルを配備しているなか、我が国の反撃能力の保有と増強が抑止力の維持・向上のため不可欠である。」

 (反撃能力の保有をめぐっては、憲法の下、専守防衛・自衛権発動の3要件や米軍との役割分担との関係等について、あらゆる機会をとらえて国民にしっかり説明し、理解を得て行かなければければなりません。)

 (2)財源について…「将来にわたって継続して安定して取り組む必要がある以上、安定した財源の確保が基本である。…防衛力の抜本的強化のための財源は、今を生きる世代全体で分かち合っていくべきである。…歳出改革の取り組みを継続的に行うことを前提として、なお足らざる部分については、国民全体で負担することを視野に入れなければならない。…国債発行が前提となることがあってはならない。…政府は、多角的な検討を速やかに行い、本年末に方針が決定される令和5年度予算編成・税制改正において成案を得て、具体的な措置を速やかに実行に移すべきである。」

 (岸田首相は、ここに来て浜田防衛大臣と鈴木財務大臣に対し、防衛力の抜本的強化のための防衛関係費について、2回にわたって指示を出しています。11月28日には、2027年度の防衛関係費をGDP比2%に増額することを。12月5日には、2023年度~2027年度までの5年間の防衛関係費を総額約43兆円(現中期防の約1・5倍超)とすることを。約43兆円の中身は、防衛力を抜本的に強化するために必要不可欠の内容をしっかり吟味して積み上げたものでなければなりません。さらにその財源を安定的に確保して行く方途を年末までに一体的に決定し、国民の理解を求めて行かなければなりません。今、政府債務発行残高はGDP比で250%を突破し、終戦直前の水準を上回っていると言われています。国債発行は短期的には負担が小さいように見えますが、結果的に経済力を落とし防衛力の低下を招きかねないとの指摘もあります。政府の慎重な検討・決断が求められます。もちろん国民の理解を得られるものでなければなりません。)

 (3)同志国等について…「地域の厳しい安全保障環境のなかで、我が国と地域の平和と安定を守るためには、我が国だけでなく、同志国等の抑止力を向上させることも効率的かつ効果的である。そのため同志国等との国際的協力の推進も不可欠である。」

 (唐突ですが、ここでは同志国の一つカナダとの協力関係について述べたいと思います。カナダは、11月27日に「インド太平洋戦略(Canada's Indo-Pacific Strategy)」を発表。自国を太平洋国家と位置づけ、中国を「破壊力を増しているグローバルパワー(China is an incleasinglydisruptive global power.)」と明記。今後この地域における日本、韓国、インドとの連携推進を掲げ、日本については、この地域で唯一のG7のパートナーであり安全保障や貿易等で緊密に連携して行く旨表明しています。

 これまで日本は、同盟国の米国とはもちろん、G7の英、仏、独との間で、双方の外務・防衛大臣による2+2を実施して来ています。更に、豪、インド、フィリピンとも行っています。しかし、僕の理解では、カナダとの間では未だ実施されていません。カナダが「インド太平洋戦略」を発表し、年末には我が国が「国家安全保障戦略」等を策定するこの機会を捉え、例えば2023年早々にもカナダとの間で2+2を対面にて開催することや、更には「ファイブアイズ」のメンバー国でもあるカナダとの間で「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」を締結することなどは、安全保障の観点から大きな意義があるのではないでしょうか。)

 (4)「報告書」が特に強調していることについて…「防衛力強化の目的を、国民に「我が事」として受け止め、理解していただけるよう、政府は国民に対して丁寧に説明していく必要がある。その際に重要なことは、なぜ防衛力を抜本的に強化する必要があるのか、国民生活の安全や経済活動の安定を守るために必要な措置はどのようなものか、それにどれくらいの負担が必要となるのかについて国民に理解してもらう努力であり、国民に丁寧に説明していくことである。」

 (国民の理解を得られずして、抜本的に強化された防衛力など存在しません。ひとり防衛省・自衛隊をはじめ政府の皆さんの努力のみならず、僕たち自衛隊OBもそれぞれに可能な範囲でしっかり勉強して、自分の周りの皆さんと話し合い理解を求めて行く草の根の努力も大切だと思います。)

 師走の朝、鳥たちの歌が聞こえて来ます。


北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事

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