自衛隊ニュース

知恩報恩<6>
大樹生命保険株式会社顧問 鍜治雅和
私は、平成25年に、海上自衛隊第1術科学校、潜水艦隊司令官を最後に、自衛隊を去り、大樹生命保険株式会社(入社時は三井生命保険株式会社、その後社名変更)に入社しました。現下、保険会社を含む金融機関は、その垣根が低くなり、生命保険株式会社であっても、損害保険会社の商品を販売しております。保険と言うのは「晴れた日に傘を売る商売です」と入社当時に言われました。一方、「自衛隊も平時に戦争を考えて、その為の準備をしている組織であり、保険と言う意味では同業者です」と返答しました。
その損保の話については、本紙9月号のこの論壇上で、武内誠一氏(防衛大学校同期)が、そして生保については、11月号で吉田浩介氏(OB活動の仲間、親会社の顧問)がキチンと説明されておられますので、少し視点を変えた話をします。
話は、退職前に少し時計の針を戻したところから始めます。地方総監部の幕僚長であった当時、父親が亡くなった後の実家に戻って中を確認したところ、同じく海自OBで、その昔は壊れた自宅のテレビをオシロスコープを使って直す様な腕に自信のある父親が、様々な仮配線をしていました。「これは?」と思った私が調べましたところ、やはり違法でした。そこで、危なそうな部分を撤去した後、如何すれば父の遺構(?)を残せるかと考えた結果が電気工事士資格の取得でした。この資格取得に気を良くした私は、新たな資格取得の方向として、ファイナンシャルプランナーを選択しました。
私の海自での本業は、船乗りであり、当該配置の時は、どの様に艦や部隊を運用するかで頭が一杯であり、また陸上勤務の海幕でも他に意を払う余裕はありませんでした。更に、商家の出身で結婚前は銀行に勤めていた妻に「君臨すれども統治せず」とうそぶいて、家計は丸投げでした。その為、総監部幕僚長として、総監表敬に訪れられた方との懇談時、如何に自分が市井の経済用語の知識が無いかを痛感し、その知識取得のモチベーション維持の手段として、この資格取得を活用しました。ただし、現職の間は、電気工事士は自宅の天井灯の増設で使用しましたが、FPは資格としての出番はありませんでした。
しかし、生保業界の人間となり名刺にもFP資格を表記すると、自社の営業職員から「顧問、自衛隊の経験だけでなく、FPの資格まで持っているんですか?私未だ取れなくて…」と若い営業職員から尊敬(?)の目で見られ、相好を崩し「人間万事塞翁が馬だな」などと悦に入っておりまして、更に調子に乗って、「では、後輩の為に!」とFPに関連した雑誌等から自衛隊員向きの配布資料を勝手に作成しようとしたところ、社内の資料検閲部門から、自社クレジットの無い資料を配布することが社内コンプライアンス規定に抵触すること、出典資料の著作権に問題があるとの指摘とお叱りを受け、断念した経緯が有ります。
部隊へのライフプラン・セミナー実施時、担当の本社職員がいきなり経済やライフプランの話をするよりも、事前に聴講者の興味を惹起する為、当社海自顧問として講演の前払い、露払い役として、現職隊員の皆さんの前で話をする機会が多く有ります。話の内容は、その時の時事の状況や対象となる隊員各位の年齢、階級等で変えていますが、必ず入れているフレーズは、「国の為に全力で勤務して下さっている隊員の皆さんが、個々の将来に不安が有る様なことは、本来有ってはならないと思います。それが、一つでも二つでも改善される様に、政治家の方を始めとして様々な方にOBとして要望、努力します」ということです。世の中の人は、現職の方が思っている以上に自衛隊のことをご存じ有りません。従って、身近なところで営業職員や営業部長達に、部隊に向かった車内でも、自衛隊、自衛隊員の事を積極的に話します。どの様な生活か、どの様に考えて勤務しているか、災害派遣等が命じられた時の気持ちは…。
それを話すのは、勿論その様な知識によって営業活動がよりスムーズになる様にとのサポートとの意味ですが、また適切に隊員に接し、適切な保険商品を販売してもらいたいという思いからでもあります。人は金銭のみで動かされるものではありませんが、一方で、営業職員であれば、どの様な業種であれ、販売できたという成功体験も必要です。
若い営業職員の中には、「自衛隊の門をくぐるのが怖くて、何となく身が竦んでしまうのです」という人もいます。その様に心が後ろ向きでは、営業どころでありません。自衛隊というイカツイ勤務の特性から、また制服という均一化された外様が醸し出す威圧感からその様に感じさせることは、有る意味致し方の無いことです。その様な時に、制服の中身の自衛隊員は巷間の皆さんの相似形であり、同じように日々の悩みが有り、将来への不安を抱えていることを元自衛隊員として話してあげます。そして、その話は、経験者故に多少の説得力はあるとは思っています。また、当社の社長、役員等を自衛隊行事へ案内し、その様な場で可能な限り自衛隊に関する話をします。この様な活動を通じて、社内にそして自衛隊に貢献しているとの多少の自負は有り、そう、自衛隊と会社との橋渡し役が自分の最も 大切な現職務での役どころと思っています。
また、橋渡しという役目では、自衛隊OBとしての活動も多岐に渡っています。自衛隊家族会本部での役向き、水交会(海自OBの会)の慰霊顕彰の担当として靖國神社例会等のご案内、日米ネービー友好協会(JANAFA)の機関誌発行、木洋会(海自海将OB会)幹事、安全保障懇話会での機関誌評定、潜水艦殉国者慰霊顕彰会役員、某公益福祉法人の評議員、町内会の役員等、その一部は既に後任にお任せしておりますが、先輩が作り上げてこられたものを後輩に引き継ぐ、その橋渡し役も少なからず務めさせて頂いております。
一方で、自衛隊卒業後は、個々で様々な業種に就かれます。私の実弟も海自退職後は、損害保険料率算出機構に勤務しており、彼に話を聞くと、正に現業の勤務であり、横須賀から新宿への始発電車による早朝の出勤は大変そうでした。その様に私が慰労すると、弟からは、「それ程でも」という返答で、自分の生活パターンには合致しているということでした。その後勤務場所も横浜になり、兄の目には、現在淡々と勤務しているなと映っています。
しかし、時間がタイトな現業を有している方は、OB活動は中々大変です。勿論、会社の有給を使って献身的に当該活動に参加されている方もおられます。しかし、自衛隊卒業時に、子供が中学生という人もおられ、働き方にしてもOBの会との距離も人様々です。
従いまして、本稿で述べたことは、一人のOBの一つの勤務の状況説明です。自衛隊現役の皆さんには、こんなOBの勤務も有るのかと参考に、そして本紙を購読されているOBの皆様には「フーン」という感じで読んで頂けたらと思います。現在の句界の女王(失礼)夏井いつき先生であれば、「散文的」と喝破されそうな話にお付き合い頂きまして、有難う御座いました。
(著者略歴)
防大24期生・潜水艦「なつしお」艦長・第27護衛隊司令・海幕防衛課長・第3護衛隊群司令・防衛監察本部監察官・呉地方総監部幕僚長・第一術科学校長・潜水艦隊司令官などを歴任
読史随感
神田淳
<第96回>
外国の制度を学ぶ姿勢に関して
日本は明治以来、西欧文明を進んだ文明として学び、日本の社会、文化、制度を発展させて現代に至っている。令和の現代、なお欧米に学ぶ姿勢は生きている。平成における日本の改革も、欧米流を学び日本に導入したものが多くある。しかし、それが本当に良かったのか、疑問に思うものも多い。いくつか例を挙げる。
平成21年(2009)より、国民が裁判に参加する裁判員制度が始まった。この制度も英米の陪審員制度、独仏伊の参審制度といった先進国の裁判制度を見習い、同様の制度を日本に導入したものである。裁判員の参加によって裁判官、検察官、弁護人とも、国民にわかりやすく、迅速な裁判をするようになることを目的としているという。しかしそんな目的は、従来の制度の運用改善で十分達成できることと思われる。裁判に対する信頼は日本では十分確立しており、あえて制度を変える必要などなかったのではないか。裁判員に指名されると国民は原則拒否できず、一定期間裁判所に駆り出される。国家による国民の徴用ではなかろうか。国民は、こうした公共の役務に従事する専門の国家公務員を養い、そのための税金を払っているのである。
1980年代アメリカで新自由主義経済を標榜するレーガノミクスより、株主利益を最優先する企業経営思想が成立した。ノーベル経済学賞のフリードマンの「企業経営者の使命は株主利益の最大化」を理論的根拠とし、アメリカの主流の経営思想となった。先進国アメリカの経営思想は日本にも大きな影響を及ぼした。しかし、日本経済は、株主利益最優先経営思想が広がり始めた1990年代以降ほとんど成長せず、現在に至っている。株主利益最優先の経営が日本経済を興隆させたという評価は、現在まで得られていない。むしろ逆に、従業員の賃金が減少した、経営が短期視野となり、イノベーション投資が行われず、長期的な日本経済の凋落を招いたといったマイナスの評価になっているのではなかろうか。
最近になって(2019年)、アメリカの代表的企業経営者団体が、株主最優先経営を見直し、従業員、地域コミュニティなど、すべてのステークホルダーに価値をおく経営への転換を表明した。一方日本には、株主最優先といった経営思想はもともとなかった。信用を重んじる、「三方(売り手、買い手、世間)良し」の精神、お客様本位、従業員重視、自らを利するとともに社会・国家を利する、といった経営思想であった。日本の経営思想の方が先進的であったと私は思う。
企業の社会的責任(CSR)の思想も、欧米で1990年代後半頃から強く唱えられるようになり、日本にも導入された。しかし実際、企業の社会的責任や社会貢献は古くから日本企業の経営に存在している。従って、日本企業がCSRに取り組むとき、欧米に学ぶ視点よりも、日本の伝統からCSRを明確にするといった姿勢が重要だと思う。
また最近は、企業の実力者がCEOを退任したとき、後継者としてよく欧米人を招いたりするが、最高責任者を外国人に安易に頼る姿勢はいかがなものか。長期的には日本企業の力と、日本の国力の減退をもたらすように思われる。
最後に皇室について。日本のマスコミが、欧州の王室を見て日本の皇室を論じ、例えば、皇室は欧州の王室のようにもっとオープンにすべきだなどと軽薄なことを言う。日本の皇室は、欧州の王室などとは比べものにならない長い歴史と伝統をもった存在である。その在り方は、日本の伝統に沿い自信をもって独自に決めるべきものである。
(令和4年3月1日)
神田 淳(かんだすなお)
元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。