自衛隊ニュース

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陸上自衛隊動画コンテスト

ムービー・オブ・ザ・イヤー

1月22日からYouTubeで応募作品を公開

 陸上自衛隊は、各部隊や機関等で部外広報用として作成された動画の中で優れた作品を表彰する「ムービー・オブ・ザ・イヤー(以降、MOTY)」の応募を1月12日に締め切った。

 陸自全体で行う動画のコンテストは今回が初めて。昨年4月に森下陸幕長の指示で陸幕広報室が検討を開始し、6月に全国の各部隊に開催が通知された。応募基準は、令和5年中に撮影したものを素材として使用すること、内容は「強靱な陸上自衛隊の創造」をテーマに陸自の取組みを2分30秒以内で紹介するものとした。陸幕広報室は「各部隊のアイデアが詰まった作品が集まってきています」と今回の企画に手応えを感じている。

 審査期間は1月22日から2月9日まで。審査員は陸幕長と動画制作に携わる部外有識者、そして一般視聴者だ。1月22日以降、応募動画が「Youtube陸上自衛隊広報チャンネル」に掲載され、一般視聴者の反応数が点数化され審査に反映されるという仕組みだ。ぜひ公式チャンネルを観に行ってほしい。

 表彰は、最優秀作品賞(各審査員の合計点数が最高点)、陸上幕僚長賞(陸幕長による最高点数作品と最優秀作品が異なる場合のみ)が選定され、受賞作品は2月22日に陸自の各SNSとホームページにて発表される。また3月下旬以降、広報誌「ARMY」第104号で受賞部隊コメント、審査員コメント、応募全作品が掲載される予定だ。

外務省主催WPSイベント

自衛官のWPSに係る素晴らしい行動に称賛の声

 12月13日、国連大学(東京都渋谷区)において外務省主催の「G7ジェンダー平等アドバイザリー評議会(GEAC)・国際女性会議WAW! フォローアップイベント」として、「国際平和と安全保障への女性の参画促進に日本はどう貢献できるか?」と題したパネルディスカッションが行われ、WPS(女性・平和・安全保障)について活発な議論が交わされた。

 初めに外務副大臣からのあいさつ(代読)があり、その後、外務省か日本のWPS行動計画の特徴についての説明と、日本が国際機関やJICA、NGOと連携しつつさまざまな国においてWPSの視点を取り入れた支援を行っていることの紹介があった。


元UNMISS司令部要員の有薗氏が発表


 続くWPSの現場からの報告では、政府や市民社会など各分野からの日本ならではのWPSの取り組みが報告された。その中で元国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)司令部要員の有薗光代さん(元3等陸佐)が登壇し、施設幕僚として勤務していた時の経験と成果について発表。会場の多くの方から、称賛の声が上がった。

 その功績は、UNMISSの施設幕僚として勤務中、実際にハラスメント現場に遭遇し、勇気を出して介入、阻止したことが模範的な行動として評価され、国際女性デーにおいてパネリストとして講演の機会を得るとともに、有薗さん自身が軍事部門司令官表彰を受賞。

 「ミリタリージェンダーアドボケイター(国連平和活動局により設立され、国連の全ミッションの中で最もジェンダーの視点を平和維持活動に反映した要員に贈られる賞)」の5名の選出にも選ばれ、さらに最終選考2名のうちの1名に選出されるなど、WPSの分野でも貢献した。

 加えて、女性の指揮官として現地の女性のエンパワメントにもなった行動であり、女性史月間に国連センターから紹介されている。

 この功績について、近々自衛隊を定年退官する予定の女性自衛官の教官の教えがあり、行動・成果に結びついたとのことであった。

 会場には大使、大使館職員、研究員、大学生、防衛省職員等の幅広い聴講者が参加しており、有薗さんの発表は「インスパイヤ-された」、「(泣きながら)励まされた」、「一番良かった。意義のある内容だった」など、これこそ、まさに素晴らしい女性の主体的な平和への関与の好事例、WPSの活動であると多数、称賛の声が上がった。

 また、会場からの「WPSを推進するために必要なもの」は何かの質問に対し、専門家のパネリストからは「リーダーシップ」、「男性のエンゲージメントが大事(女性だけではいけない)」、「人口の半分の男性と女性のそれぞれの意見の反映が必要」、「(今は男性だけの現状が多いことを踏まえ)意志決定プロセスに女性の視点を」、「女性だけの問題ではない、男性も同じように被害を受けているため、男性女性ともに参画が必要」、「ビジョンを示すだけではなく「実行」に移していくことが肝要」などの回答があった。


防衛省でも推進本部を設置


 今後は豪軍が進めているように『WPS(Women, peace and Security)』が女性・女児だけではなく、多様な視点による『GPS(Gender, peace and Security)』へと進化する可能性・潜在性を持っている、そんな明るい未来も垣間見られた。

 防衛省においては今年度、WPS推進本部が設置され、今年度末までにはWPSに係るコンセプトを作成するとしている。今後の防衛省における真のWPS/GPSの推進に期待したい。


極寒をのり超えろ!

8普連


 第8普通連隊(連隊長・岡部正昭1陸佐=米子)は、第13旅団管内で唯一の積雪寒冷地部隊に指定された冬季装備を保有する部隊である。

 毎年1月上旬から2月下旬頃までその練度を維持・向上するためスキー訓練を行っている。また、広大な地域を担任する積雪寒冷地部隊であることからその重要性は極めて高い。

 各中隊は部隊スキー指導官を中心として冬季訓練を行いスキー機動、積雪地における戦闘要領及び野外における宿営など様々な訓練を行い積雪寒冷地部隊としての練度向上に努めている。さらに、冬季戦技訓練隊を活動させ各種バイアスロンの競技に参加し国民体育大会等にも出場している。バイアスロンとは、ウインタースポーツにおける二種競技のことで、クロスカントリースキーとライフル射撃を組み合わせた競技であり冬季近代二種と呼ばれる。

 また、スキー指導者を育成する部隊スキー指導官養成訓練を毎年行い指導者の育成にも力を入れている。

 その他にも、移動してきたスキー未経験の隊員や昨年入隊した隊員を対象として新補職者訓練を行いスキー技術の基礎を教育している。

 連隊は積雪寒冷地部隊としていかなる任務にも対応すべくこれからも練度向上に努めていく。



3即機連


 第3即応機動連隊(連隊長・藤田明大1陸佐=名寄)は、12月11日から15日までの間、駐屯地グラウンド及び名寄演習場において「積雪寒冷地訓練」を実施した。

 本訓練は、第3普通科中隊(中隊長・永野智泰1陸尉)が計画し、各中隊のスキー指導官を主体に積雪地における災害対処能力の向上を図る目的で実施した。

 気温がマイナス5℃の中、山間部において雪崩が発生、遭難者が発生した想定で、当初、先発された捜索班は、約20kgの背のうを背負い、スキーを巧みに操作し、ソリ(アキオ)を曳航して、急斜面や沢を乗り越えて遭難現場に到着した。

 捜索訓練では急斜面において横一線に並び、全長2m70cmの捜索器具を使用し、捜索を実施するとともに、2次雪崩の発生からの回避行動、隊員が行方不明になった場合の対処要領を訓練した。患者救助後、応急処置を実施した後、ソリ(アキオ)による後送を実施して訓練は終了した。

 連隊は、日本最北に駐屯する積雪寒冷地部隊として本格的な冬季を迎えた隊区内での行方不明者捜索や遭難者救助に備え、日々訓練を重ね事態に即応できるよう態勢を確立して行く。

第21次派遣海賊対処行動支援隊

首席幕僚ら3名が陸幕長に出国報告

 1月11日、市ヶ谷駐屯地で、第21次派遣海賊対処行動支援隊(DGPE)の要員3名が、森下泰臣陸上幕僚長に対して出国報告を行った。自衛隊は、2009年から欧州とアジアを結ぶ航路の要衝であるソマリア沖アデン湾において海賊対処行動に参加しており、同隊はその拠点において、アフリカ東部のジブチ共和国の国際空港で警備や維持管理等の活動を行う。

 司令部首席幕僚の近藤昭二2陸佐(陸上総隊司令部)、警衛隊長の菅原龍平3陸佐(第32普通科連隊)、先任上級曹長の〓梨守陸曹長(同)がそれぞれ抱負を述べ、近藤2佐は「日本の代表として諸先輩方がこれまで築き上げた実績を積み上げられるよう、しっかりと頑張ってきます」と力強く述べた。

 森下陸幕長は「自衛官として日本人として、日の丸を背負っているという自覚を持ち、しっかりと任務を果たしてきて欲しい。頼むぞ」と激励し派遣隊員を送り出した。

 第21次同隊の第1波は昨年10月に出国、今回の第2波要員は、1月23日に成田空港から民航チャーター機で出国予定。

雪月花

 防衛ホーム新聞の創刊50周年に沢山の方々からお祝いのメッセージを頂戴いたしました。ご本人の了解を頂いて掲載させていただきます。(編集部)


 福田忠典樣(元陸将・第1師団長・富士学校長)

 防衛ホーム新聞が創刊して50年、おめでとうございます。私の行く先々には必ず防衛ホームが来ており楽しく読ませていただいています。同社の所谷尚武会長とは2000年のゴラン高原派遣隊で同行した時からのお付き合いで退官した今でも交流を続けています。当時私は第1師団長で第10次派遣隊45名がイスラエル・シリアの国境付近に派遣されることになりました。しかし、外務省から現地の情勢が厳しいので視察は取り止めたらとの横槍が入りました。危険な状況だからこそ師団長として現地激励が必要と頑張り、何とか実現の運びとなりました。ところがその危険な現地訪問に何と防術ホームの所谷尚武社長(当時)が加わる話になりました。所谷氏は、ぜひとも現地取材をして、その活躍状況を内外に広くPRしたいとのこと。当初は、民間人が外国の戦地・紛争地に入るなんてとても無理と思われましたが、ご本人の熱意と関係者の尽力でぎりぎりで実現しました。その成果が防衛ホームの2000年12月1日号にゴラン高原派遣特集号として沢山の写真入りで2面と3面に大きく掲載されたのです。第10次隊としての継続派遣ということで注目度が低下していたゴランPKO派遣でしたが所谷社長自らの精力的な現地取材、帰国後の大々的な広報で派遣隊員の士気も大いに高揚、約半年間の厳しい任務を立派に完遂し現地の他国軍人や国連関係者等から高い評価を受けました。危険な地だからこそその現場を取材してその様子を伝えるという素晴しい記者魂・心意気に私も感動し、爾来、所谷氏とは「戰友の仲」と認め合っています。これから55周年、60周年と現在のスタンスで防衛ホーム新聞が発展されることを衷心から期待しております。

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