自衛隊ニュース

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大野長官がサマーワ、クウェートを視察

現地から「引き続き支援を」 の声あがる
派遣期間1年延長に

 大野功統防衛庁長官が12月5,6の両日、防衛庁長官としてはじめてイラク南部サマーワでイラク人道支援活動を行っている陸自復興支援群とクウェートのアリ・アルサレム基地を拠点に輸送支援活動を行っている空自派遣輸送航空隊を視察、隊員を直接激励した。

 イラク・サマーワの陸自宿営地では、松村五郎3次群長はじめ4次隊として7日に任務を引き継ぐ福田築群長、田浦正人業務支援隊長らの出迎えの中、派遣隊員の栄誉礼、儀じょうを受け巡閲した。


サマーワ宿営地で派遣隊員の儀仗を受ける大野長官 


 次いで、群本部での状況報告を受けたあと、宿泊施設、浄水施設など宿営地内の各施設を視察。午後には、軽装甲機動車でサマーワ市内へ移動して治安状況や付近の道路改修を視察した。

 また、宿営地でハッサニー・ムサンナ県知事、現地オランダ軍司令との懇談がそれぞれ行われ、大野長官は県知事にサマーワの治安維持と陸自部隊の安全協力を要請。県知事は「治安は以前よりも更に良くなっている、自衛隊をまもる事は私の義務」と述べ、自衛隊は住民から歓迎されているとした上で、感謝状と派遣延長を求める手紙が手渡された。


大野長官にムサンナ県知事から感謝状と派遣延長を求める嘆願書が手渡された。


 大野長官は整列する派遣隊員を前に訓示に立ち、まず、嵩高な使命のもとに、遠く日本を離れ、家族や仲間と離れて、異郷の地で活動している隊員たちに心からの敬意を表したあと、先日、長官宛てに送られた「日本の自衛隊は正に平和と安全の鳩、一つ一つの家庭の偉大な客人」とのサマーワ評議会からの手紙を紹介。重ねて中越地震の視察の際に聞いた一般の国民の自衛隊に対する感謝の言葉を引用しながら隊員たちを激励、さらに、「これまでの評価の上に新たな気概をもって、このイラク人道復興支援に邁進してほしい」と一層の任務遂行を要望した。

 また、「12月14日で期限切れとなる基本計画の問題をどのように国民に訴え、皆様に益々中東地区の、あるいは世界の平和のメッセンジャーになってもらおうかと考えている」と述べるとともに「現在は今まで付随的な任務だった国際協力活動を自衛隊の本来の任務にしていこうと議論している段階。中東の中央に位置するイラクの復興、民主主義国家になる道のりの一つ一つの大きな柱となるようお互いに心を一つにして、これから平和のメッセンジャーとして頑張ってください」と激励した。

 大野長官の帰国後、政府は臨時国会を開き9日、派遣期間を来年12月14日まで延長することを決めた。


防弾チョッキに身を包み宿営地に降り立つ大野長官ら


クウェートのアリ・アルサレム基地で空自派遣隊のC-130輸送機を視察する大野長官(右から2人目)

第4次イラク復興支援群
大野長官が隊旗授与

「日本から平和のメッセージを」

<神町駐屯地>

イラク人の目線に立った支援活動


野長官が福田隊長に隊旗を授与


 第4次イラク復興支援群(群長・福田筑1佐以下489名)隊旗授与式が11月13日、神町駐屯地・第20普通科連隊教場で行われた。

 式には、大野功統防衛庁長官はじめ森勉陸幕長、奥村快也北方総監、中村信悟6師団長、派遣隊員家族らが出席。支援群、警務派遣隊(隊長・平塚康咲3佐以下10名)、隊旗要員等約650名が整列する中、大野長官が福田群長に壇上で隊旗を授与した。

 大野長官は訓示の中で、世界情勢について触れ「テロに対して断固戦っていく」ことを強調、「日本としてできる範囲内で、イラク人道復興支援に携わっている」ことを明確に説明した。また、先日、自衛隊を支援するイラク人140名のデモ隊がサマーワ宿営地を訪れ「自衛隊の皆さん、ありがとう」と書かれたプラカードを掲げ、「サマーワでは自衛隊の皆さんを歓迎する。われわれは自衛隊に対する全てのテロ活動を拒否する。また、自衛隊の皆さんはムサンナ県民の記憶に永遠に残るであろう。毎日全ての各家庭で、老若男女を問わず、

自衛隊が我々の町のために何をしてくれていたのか。何をしてくれるのか。こういうことが話題にあがっています。どうか、自衛隊には我々の友人として、イラクの友人として、サマーワの友人として、このサマーワの地にとどまって下さることをお願いします」と書かれた手紙を派遣隊員に手渡したことを紹介しながら「イラク復興支援のために任務を完遂すること」「平和のメッセージを日本から届けてくれるメッセンジャーの役割」を要望した。

 引き続き、福田群長、橋本道夫2佐(本部管理担当部隊長)、藤堂康司3佐(施設担当部隊長)、野見山孝志3佐(給水担当部隊長)、安部眞里子1尉(女性自衛官代表)、佐々木一弘曹長(陸曹代表)が派遣隊員を代表してインタビューを受けたあと、第1派派遣隊員は関係者多数に見送られ、神町駐屯地から成田空港へと向かった。


隊旗授与式を終え、営庭に整列する派遣隊員

防衛庁・自衛隊50周年記念観閲式

威風堂々の観閲行進

<朝霞訓練場>

小泉首相「新たな50年へ国民とともに」


写真:観閲台上の最高指揮官・小泉純一郎内閣総理大臣と右に大野功統防衛庁長官


「防衛庁・自衛隊50周年記念観閲式」が11月7日、朝霞訓練場で行われた。観閲官に最高指揮官・小泉純一郎内閣総理大臣を迎え、東部方面総監・今村功陸将を執行者とし、車両・約250両、航空機・約65機、人員・約4200名がパレードした。観閲部隊指揮官を第1師団長・矢澤昌志陸将が、受閲飛行部隊指揮官を第1ヘリコプター団長・富本啓一陸将補が務めた。大野功統防衛庁長官、先崎一統合幕僚会議長、森勉陸上幕僚長、扇千景参議院議長、岡田克也民主党代表はじめ来賓や招待客、一般参観者あわせて2万7000人が半世紀の蓄積を誇らしく見守った。


オープンカーで観閲部隊を巡閲する小泉首相と矢澤1師団長


行進の前に、観閲官訓示に聞き入る空挺部隊


 朝霞訓練場に集結した徒歩部隊・3281名が中央に並んで指揮官を待つ。3万の観客が特設スタンドから見守る中で、まずは指揮官、執行者に栄誉礼が行われた。

 11月1日の自衛隊記念日を祝う中央観閲式を、今年は陸自が挙行。平成13年度観閲式が米国同時多発テロの影響で中止されたため、陸の観閲式は6年ぶり、24回目となった。

 観閲台の前を通り過ぎる陸の精鋭を目にして、観閲官は装備や士気など陸自の現状を視察、同時に50周年の記念日を祝った。 

【小泉首相、訓示】

 「引き続き高い規律を保持する自衛官に期待する──」。整列部隊の巡閲を終えて訓示に立った小泉首相は、まず中越地震やサマーワはじめ内外での自衛隊に対する感謝の声を紹介。「困難な中での任務遂行に国民を代表して感謝したい」と隊員を激励した。発足当初の不理解を乗り越えて今日に至ったことを「諸官の先輩方が半世紀の間、職務に励んだその姿が、期待と信頼を確実に高めてきた」と説明。活動が国際貢献へと発展した現状を踏まえ、「自衛隊は国民の善意を実行する部隊であり、今後も引き続き積極的な国際貢献が必要である」と強調した。

 従来の体制の見直しや、テロや大量破壊兵器の拡散などの「新たな脅威」への対応も着実に進めると表明し訓示とした。

【扇参議院議長】

 「重大崇高な負託に応える隊員の勇姿を目にして、まことに頼もしく感じる」との励ましは、扇千景参議院議長。来賓を代表して防衛庁・自衛隊50周年を祝福した。

 「新たな脅威」への対策には「日米安保」と「適切な装備」が必要であるとし、自衛隊が積極的な役割を果たせるよう大局的に国政を見守り、“唯一の立法機関である国会”の一翼を担う参議院を代表して、内外で活躍する自衛隊に深く敬意を表したいと述べた。

 「引き続き日本の平和と独立のための、一層の研鑚を積み、ますますの活躍を心から祈念する」と祝辞した。

 観閲官・小泉首相、大野長官に特別儀仗隊と観閲部隊が栄誉礼、“君が代”の演奏で晴天に高く掲げられた日の丸の下に終結した陸上の主要装備が力強くパレードした。(関連記事6面へ)

森陸幕長、サマーワ宿営地を視察

宿営地と陸幕広報室とを結ぶ初の記者会見も

 森勉陸幕長が10月7、8の両日、イラク・サマーワ宿営地を視察、直接派遣隊員に声をかけて激励した。

 7日正午過ぎにサマーワ宿営地入りした森陸幕長は松村3次群長の出迎えの中、整列する派遣隊員の栄誉礼、儀仗に臨んだ。

 次いで、訓示に立ち、各方面、留守家族等の暖かい支援に感謝しながら「今、陸上自衛隊はサマーワの地で、陸自創立以来50年の間に蓄えた力を試されようとしている」と一層の任務遂行を要望するとともに力強く激励した。

 引き続き、状況報告を受けたあと、宿営地内の浄水施設、警備施設、宿泊施設、医務室、トレーニングジム、売店などの各施設を順次視察、中でも、浄水施設の視察では森陸幕長自ら浄水した水の試飲やかき氷の試食も行った。

 また、オランダ軍大隊長との懇談では、森陸幕長が記念の楯を贈呈し、友好を深めた。

 宿営地内の管理施設で派遣隊員との会食が催され、ノンアルコールビールでの乾杯に続いて、森陸幕長は派遣隊員が集う各テーブルを回りながら直接隊員に声をかけ、激励した。この際、甘栗100キロなどの激励品を隊員に贈り、厳しい環境の中で任務に励む隊員の労をねぎらっていた。

 また、今回初めて、サマーワ宿営地プレスセンターと陸幕広報室とをテレビ画面で結び、マスコミ各社の質問に対して森陸幕長が答える臨時記者会見も実施された。


<サマーワ宿営地での森陸幕長訓示(要旨)>

 念願かなって、このサマーワの地に立つことができました。本当は、陸上幕僚長に8月30日に上番したので、次の日にでも行きたかったものです。

 さて、まず非常に暑いという印象をもちました。これを体感することが出来て、皆さんの苦労の一端を自ら味わうことが出来たと思っています。また、この壇上から大変明るく元気で頑張っている皆さんの顔を見て本当に安心し喜んでいます。

 サマーワにおける人道復興支援活動は、1次隊・2次隊が基盤を作りまたこれを継承し、3次隊がすばらしい活動をやってくれています。これは、勿論、ここにいる一人一人の隊員が献身的に努力してくれているその成果ではありますが、特に、我々と一緒に汗を流してくれている外務省の職員の人達の大変な暖かい支援があって我々の活動が成り立っていると思います。

 また、遠く離れた東北の地で、皆さんに毎日毎日暖かい声援を送り、そして毎日毎日無事を祈っている御家族の人の力があればこそ、今の活動が出来ていると思います。私は、全陸上自衛隊の隊員を代表して、派遣隊員の御家族に、このサマーワの地から感謝の言葉を贈りたいと思います。

 陸上自衛隊は創立以来50年を過ぎ、多くの先輩が、時には血のにじむような思いをしながら、この陸上自衛隊を育て、力を蓄えてきました。今、陸上自衛隊は、このサマーワの地で、その蓄えた力を試されようとしています。3次隊の隊員一人一人の一挙手一投足が、次の陸上自衛隊の50年を支える大きな役割を担っているとともに、この、イラクの地において、イラクの人達と日本との間に「友情」という立派な虹の懸け橋を造る原動力になっていると思います。

新防衛庁長官に大野功統衆院議員

今津寛副長官、北村誠吾政務官、柏村武昭政務官
統合運用に向けバトンタッチ

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第302保安中隊による栄誉礼を受け巡閲する大野功統新長官(A棟前儀仗広場で)


 小泉純一郎首相が閣僚任免権(憲法68条)に基づいて実施した閣僚の入れ替えにより「第2次小泉改造内閣」が9月27日、正式に発足した。同日午後に組閣本部を設置し、新閣僚を任命。皇居での認証式を経て、初閣議を開いた。第66代防衛庁長官には石破茂前長官に代わって、自民党国防部会長をつとめた大野功統(おおの・よしのり)衆議院議員(自民党、香川3区選出=当選6回、68歳)が就任した。(関連記事2面)


大臣室で事務引き継ぎを行う大野新長官(左)と石破前長官


儀仗隊を巡閲する浜田前副長官


 大野新長官は9月28日に初登庁、特別儀仗隊による栄誉礼、巡閲に続いてA棟講堂で着任の所信を述べた。

 「一般的な概念ではとらえることのできない新たな側面を加え、依然として不透明な国際情勢」にあって抑止力を最大限に発揮するために「防衛力のありかた・統合運用・国際貢献・日米安保体制」の4点について展望を表明。語気を強めて「諸官が流すその汗が国際平和を支えていることを自覚して任務を遂行していただきたい」と訓示した(全文は2面)。

 また、30日の臨時閣議までに副大臣、政務官がすべて決定し、新防衛庁副長官には、今津寛(いまず・ひろし)衆議院議員(北海道6区選出=当選3回、58歳)が、新防衛庁長官政務官には北村誠吾(きたむら・せいご)衆議院議員と柏村武昭(かしむら・たけあき)参議院議員がそれぞれ就任、翌日、翌六日に初登庁した。


 【充実729日、石破前長官】

 防衛庁内では10月4日までに離着任行事が順次行われた。石破茂前長官は729日の充実感を、「キャッチフレーズだけでなく常に具体的に運用すること」「今日があって明日になるのではない。今できることを全てやったか常に胸に手を当てていく」自身の信念と共に振り返った。

 防衛庁・自衛隊に対しては「国民と国際社会への説明責任をどの官庁よりも行う官庁であってほしい」と要望した。

 「共に2年間働けたことはこの上ない誇り。"自衛官の宣誓"に政治は応えているか。これから政治に戻って再び考えたい」と述べ、最後に「イラクや沖永良部島をはじめ視察に行けなかった部隊に心からお詫び申し上げる。今後とも日本の防衛のために従事していこうと思う」と訓示した。

 「平和ですばらしい国際社会を心から願い、自衛隊の精強を心から祈念したい」と述べ、28日に大野長官との事務引き継ぎを終え、花束を手に防衛庁を後にした。


拍手の中で石破前長官に花束が贈られた(正門前で)


見送りの拍手に笑顔で応える嘉数前政務官


中島前政務官

新時代の海幹部、帰港
第48回遠洋練習航海
「おかえり」「ただいま」

古庄幸一海幕長が、東郷行紀司令官以下すべての乗員の帰還を称えた


 修練151日。手土産は親善の絆--。南北アメリカ8力国・12寄港地を歴訪した第48回遠洋練習艦隊(司令官・東郷行紀海将補)が万全の航海を終えて帰港した。9月17日午前の帰国行事には、浜田靖一防衛庁副長官、古庄幸一海幕長、山中昭栄防衛施設庁長官をはじめ防衛庁・自衛隊の高級幹部、各関係機関からの来賓、乗組員家族など約300人が列席。東京港晴海埠頭で艦隊を出迎えた。指導要員など総勢742名(女子16名)。うち、初級幹部168名(女子8名、タイ王国留学生2名)。波涛に鍛えぬかれ、専門知識と技能を体得し、泰然とした風格で上陸。家族と再会を祝った。訓示の中で古庄海幕長は、初級幹部に「無限の可能性」を鼓舞し、「一つの終わりは一つの始まりである。若さ溢れる諸君の部隊での活躍を待つ」。


練習艦から続々と上陸する初級幹部たち


 無事を祈った家族の思いが今、秋彼岸の晴天に届く。すでに検疫をすませた乗員を乗せて、艦隊はレインボーブリッジの下に船影を現した。練習艦「かしま」(艦長・林宏之1海佐)、護衛艦「はまぎり」(豊住太2海佐)、「うみぎり」(三浦昌伸2海佐)の順に手際よく接岸、埠頭に整列する乗員の下へ、古庄海幕長、浜田副長官が到着し、栄誉礼の後、記念式典が行われた。(写真=待ちわびた家族の出迎えに歓喜)

  ※ ※ ※

 日米交流150年目の今回は、アルゼンチン、ブラジル、コロンビア、メキシコ、パナマ、トリニダード・トバゴ、アメリカ、ウルグアイの南北アメリカ8カ国を歴訪。地球を1.3周、51,800キロの旅を予定通りの日程で達成した。

 リオデジャネイロとサントスでは艦隊が初めて分散寄港を経験。トバゴのポートオブ・スペインは初寄港となり、日本トバゴ友好40周年記念行事に参加した。

 また太平洋・大西洋上で10カ国17名の海軍若年士官が練習艦隊で乗艦実習を行ったほか、ブエノスアイレスで日露戦争100周年記念行事に参列するなど、各国で親善役を務めた。

 初級幹部168名は9月から各術科学校に入校し、新年から部隊で活躍する予定だ。

 【幹部としての誇りを】

 浜田副長官は訓示の中で、防衛の制度的基礎を確立すると同時に、運用面を検討する段階である現状を説明。実習幹部から初級幹部となったことを祝福しつつ「国民の期待が高まる中、幹部としての誇りを」と鞭撻した。

 「立派な成長は指導員のたまもの」と述べ、東郷司令以下全隊員を労うとともに、来賓には今後の支援協力を呼びかけた。

 【スマートさとユーモアを】

 古庄海幕長は「東郷司令以下、白い制服姿で立派に帰国し、喜びにたえない」と述べ、訪問国との親善、世界の海軍士宮との交流で国際感覚を養い、また精強な姿で国民の期待に応えた乗組員たちを激励した。

 さらに、年末に新しい「防衛計画の大綱」が策定され、安全保障政策の抜本的な見直しが進む現在、今次隊員は文字通り「新時代の幹部」であることを強調。

 「地球の4分の3をしめる海で活躍し、無限の可能性に挑む諸君に幹部として要求すること」それは「スマートさとユーモア」であると教示した。

 「1つの終わりは1つの始まりである」「自分で考え、各人のスマートさユーモアを確立し、部隊で若さ溢れる諸君の活躍を待つ」と締めくくった。

「尊敬される自衛隊へ」

創設50周年を祝う

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 防衛庁・自衛隊が50周年を迎え、記念行事が9月8日に庁内で開催された。記念式典の訓示で小泉純一郎首相は、「新たな安全保障環境に対応する柔軟な態勢を構築」し、国際社会の一員として「平和の確立に積極的に貢献することが求められる」と述べ、現在が安全保障政策を大きく見直すべき時期であると強調した(=写真)。石破防衛庁長官は「法制・運用・装備が最善かどうか検証」し、「脅威の相手に日本の防衛力を認識させる必要」を説いた。その上で「いかにすれば戦争を回避できるか」という自衛隊の本分が発揮されると述べ、テロへの対処や国際貢献など、機動的な運用に向けて防衛のあり方を検討する考えを示した。式典には、歴代の防衛庁長官も出席。来賓を代表し中曽根元首相が歴史を回顧し「愛される自衛隊から、尊敬される自衛隊へ」と激励した。午後には高級幹部会同、夕方からは祝賀レセプションも開催され、目前に新たなビジョンを実感する節目の一日となった。

統幕議長に先崎陸将

陸幕長に森陸将

得田北方総監、林西方総監、中島自衛隊司令官、田母神総隊司令官 (詳細は9/1号紙面をご覧ください)


井上防大幹事

 井上 廣司(いのうえ・ひろし)

 昭和23年生まれ、広島県

 昭和47 防大卒(16)陸自入隊

 平成 6 第6普通科連隊長

 平成 8 陸幕人事部厚生課長

 平成10 東方総監部幕僚副長

 平成13 北方総監部幕僚長

 平成15 陸将、第10師団長


先崎統幕議長

 先崎 一(まっさき・はじめ)

 昭和19年生まれ、鹿児島県

 昭和43 防大卒(12)陸自入隊

 平成 8 陸幕人事部長

 平成10 陸将、第3師団長

 平成11 陸幕副長

 平成13 北方総監

 平成14 陸幕長


香田統幕事務局長

 香田 洋二(こうだ・ようじ)

 昭和24年生まれ、徳島県

 昭和47 防大卒(16)海自入隊

 平成 8 海幕防衛部防衛課長

 平成 9 護衛艦隊司令部幕僚長

 平成11 第3護衛隊群司令

 平成13 海幕防衛部長

 平成15 海将、護衛艦隊司令官


高橋統幕学校長

 高橋 健才(たかはし・たけちか)

 昭和23年生まれ、東京都

 昭和47 防大卒(16)空自入隊

 平成 8 空幕人教部教育課長

 平成10 空自第2術科学校長

 平成12 南西航空混成団副司令

 平成14 第4補給処長

 平成15 空将、中空司令官


森陸幕長

 森 勉(もり・つとむ)

 昭和22年生まれ、岡山県

 昭和45 防大卒(14)陸自入隊

 平成10 陸幕監察官

 平成11 陸幕防衛部長

 平成13 陸将、第7師団長

 平成14 陸幕副長

 平成15 西方総監


折木陸幕副長

 折木 良一(おりき・りょういち)

 昭和25年生まれ、熊本県

 昭和47 防大卒(16)陸自入隊

 平成 7 第3特科群長

 平成 8 陸幕人事部補任課長

 平成10 中方総監部幕僚副長

 平成13 陸幕装備部長

 平成15 陸将、第9師団長


得田北方総監

 得田 憲司(とくだ・けんじ)

 昭和22年生まれ、北海道

 昭和46 防大卒(15)陸自入隊

 平成 8 陸幕防衛部研究課長

 平成 9 第1施設団長

 平成11 陸幕教育訓練部長

 平成14 陸将、第8師団長

 平成15 統幕事務局長


林西方総監

 林 直人(はやし・なおと)

 昭和23年生まれ、東京都

 昭和46 防大卒(15)陸自入隊

 平成 9 東北方総監部幕僚副長

 平成11 統幕事務局1室長

 平成13 統幕事務局3室長

 平成14 陸将、第3師団長

 平成15 陸幕副長


中村6師団長

 中村 信悟(なかむら・しんご)

 昭和23年生まれ、大阪府

 昭和48 防大卒(17)陸自入隊

 平成 7 第13施設群長

 平成 9 陸幕教訓部訓練課長

 平成10 第2施設団長

 平成13 東北方総監部幕僚副長

 平成14 東方総監部幕僚長


廣瀬9師団長

 廣瀬 誠(ひろせ・まこと)

 昭和26年生まれ、神奈川県

 昭和48 防大卒(17)陸自入隊

 平成 7 第26普通科連隊長

 平成 9 陸幕防衛部運用課長

 平成10 西方総監部幕僚副長

 平成12 第1混成団長

 平成14 陸幕教育訓練部長


廣瀬10師団長

 廣瀬 清一(ひろせ・せいいち)

 昭和22年生まれ、愛知県

 昭和48 防大卒(17)陸自入隊

 平成 8 第17普通科連隊長

 平成10 第9師団副師団長

 平成11 東北方総監部幕僚副長

 平成13 富土学校普通科部長

 平成14 陸幕人事部長


吉川富士学校長

 吉川 洋利(よしかわ・ひろとし)

 昭和23年生まれ、宮城県

 昭和45 防大卒(14)陸自入隊

 平成 9 大阪地連部長

 平成11 富士学校機甲科部長

 平成12 防衛研究所副所長

 平成13 陸将、第6師団長

 平成14 防衛大学校幹事


大久保補統本部長

 大久保 博一(おおくぼ・ひろかず)

 昭和22年生まれ、奈良県

 昭和46 防大卒(15)陸自入隊

 平成 8 陸幕人事部人計課長

 平成 9 西方総監部幕僚副長

 平成12 陸幕監理部長

 平成13 東方総監部幕僚長

 平成14 陸将、第6師団長


荒川海幕副長

 荒川 尭一(あらかわ・ぎょういち)

 昭和22年生まれ、神奈川県

 昭和47 防大卒(16)海自入隊

 平成 9 航空集団司令部幕僚長

 平成11 第4航空群司令

 平成13 第1航空群司令

 平成14 自衛艦隊司令部幕僚長

 平成15 海将、教空集団司令官


中島自艦隊司令官

 中島 榮一(なかしま・えいいち)

 昭和22年生まれ、埼玉県

 昭和46 防大卒(15)海自入隊

 平成 8 第5航空群司令

 平成10 第2航空群司令

 平成11 自衛艦隊司令部幕僚長

 平成14 海将、教空集団司令官

 平成15 海自幹部学校長


保井護艦隊司令官

 保井 信治(やすい・のぶはる)

 昭和24年生まれ、山口県

 昭和47 防大卒(16)海自入隊

 平成 9 護艦隊司令部作戦幕僚

 平成10 第63護衛隊司令

 平成11 第1護衛隊群司令

 平成13 練習艦隊司令官

 平成14 海自幹部候補生学校長


道家呉総監

 道家 一成(どうけ・かずなり)

 昭和23年生まれ、京都府

 昭和46 防大卒(15)海自入隊

 平成 9 佐世保総監部幕僚長

 平成10 第1護衛隊群司令

 平成11 海幕人事教育部長

 平成14 海将、護衛艦隊司令官

 平成15 海幕副長


加藤舞鶴総監
 加藤 保(かとう・たもつ)
 昭和24年生まれ、福岡県
 昭和48 防大卒(17)海自入隊
 平成 9 第1護衛隊司令 海幕防衛部防衛課長
 平成10 第2護衛隊群司令
 平成13 舞鶴総監部幕僚長
 平成15 統幕事務局1室長

半田教空団司令官
 半田 謙次郎(はんだ・けんじろう)
 昭和25年生まれ、栃木県
 昭和48 防大卒(17)海自入隊
 平成 8 第7航空隊司令
 平成 9 海幕人教部教育課長
 平成10 第5航空群司令
 平成13 海自幹部候補生学校長
 平成14 海幕人事教育部長

岡海幹校長
 岡 俊彦(おか・としひこ)
 昭和22年生まれ、山口県
 昭和45 防大卒(14)海自入隊
 平成 7 舞鶴総監部幕僚長
 平成 8 海幕監理部副部長
 平成10 統幕事務局5室長
 平成13 海将、海自補給本部長
 平成14 舞鶴総監

田母神総隊司令官
 田母神 俊雄(たもがみ・としお)
 昭和23年生まれ、福島県
 昭和46 防大卒(15)空自入隊
 平成 7 空幕人教部厚生課長
 平成 9 南混団司令部幕僚長
 平成10 第6航空団司令
 平成11 空幕装備部長
 平成14 空将、統幕学校長

永田中空司令官
 永田 久雄(ながた・ひさを)
 昭和24年生まれ、岡山県
 昭和48 防大卒(17)空自入隊
 平成 9 空幕防衛部防衛課長
 平成10 第8航空団司令
 平成12 中空警戒管制団司令
 平成14 統幕事務局1室長
 平成15 空幕人事教育部長

藤井空幹校長
 藤井 泰司(ふじい・たいじ)
 昭和25年生まれ、奈良県
 昭和48 防大卒(17)空自入隊
 平成 9 空幕調査部調査課長
 平成10 航空安全管理隊司令
 平成11 第83航空隊司令
 平成13 統幕学校副校長
 平成14 空幕調査部長

古賀技本開発官
 古賀 正則(こが・まさのり)
 昭和23年生まれ、東京都
 昭和46 防大卒(15)海自入隊
 平成 6 装備実験隊副隊長
 平成 8 調本長崎支部副支部長
 平成10 海幕技術部技術1課長
 平成12 技研本部副開発官
 平成15 海幕技術部長

奈良技本開発官
 奈良 信行(なら・のぶゆき)
 昭和22年生まれ、東京都
 昭和46 防大卒(15)空自入隊
 平成 7 空幕装備部装備課長
 平成 9 空自幹部学校副校長
 平成10 空自第3術科学校長
 平成11 調本東京支部長
 平成13 空自補給本部副本部長
 (詳細は9/1号紙面をご覧ください)

真夏の夜に広がる輪(和)

揃いの浴衣にチビッコ花火 高級幹部、在日米軍家族も参加

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写真:威勢のよい合いの手に誘われて我れも我れもと踊りの輪が広がった


<市ヶ谷駐屯地基地盆踊り大会>


 市ヶ谷駐屯地・基地(陸司令・宮崎将補、海司令・小林1佐、空司令・古河1佐)は、7月24日の夕方、市ヶ谷自衛隊友の会の共催、港区防衛親交会の協賛で盆踊り大会を開催した。

 このところ東京は記録的な猛暑が続き、当日も気温が35度を超す真夏日となったが、午前中から隊員は吹き出る玉のような汗をぬぐいながら、東儀仗広場に櫓を組みテントを張り模擬売店を開設し、正午過ぎには準備を完了した。夕方には会場の提灯に灯りが入り予定通りの開催となった。

 プログラムは、主催者等代表の挨拶のあと、各部隊対抗踊り・地元婦人部紹介踊り・チビッコ花火大会と、今年は練馬駐屯地「練武連」、朝霞駐屯地「振武連」、練馬北町商店街「ぽんぽこ連」合同の阿波踊り及び双里浜駐屯地「久里浜太鼓」が参加するなど盛りだくさん。参加者は、海江田万里衆議院議員や守屋武昌事務次官をはじめ、部内外合わせて約3,800名と昨年以上の賑わいを見せ、一般席は大会開始前から満席となった。

 盆踊りは、櫓を中心に踊りの輪が二重、三重に広がり在日米陸軍の家族や地元婦人部の揃いの浴衣、各部隊の半被が会場に華を添えていた。

 一方、正門大階段では、駐屯地曹友会が企画したチビッコ花火大会が催され、集まった大勢の子供達は大きな歓声をあげながら様々な花火を楽しんだ。また、会場周辺では、参加した人々が楽しく歓談したり、チャリティー模擬売店で買い物をするなど、恒例となった市ヶ谷台の盆踊り大会で真夏の夜のひとときを過ごした。

夏の定期異動

小林防研所長、西川人教局長、大古運用局長、野津管理局長

大古 和雄 (おおふるかずお)運用局長

昭和24年生まれ、東京都

東京大学法学部卒

48 長官官房総務課

8  防衛庁防衛政策課長

10 長官官房防衛審議官

13 防衛施設庁施設部長

15 管理局長


西川 徹矢 (にしかわてつや)人教局長

昭和22年生まれ、大阪府

京都大学法学部卒

47 警察庁警務局人事課

10 新潟県警察本部長

11 長官官房防衛審議官

12 防衛庁参事官

14 運用局長


野津 研二 (のづけんじ)管理局長

昭和25年生まれ、大阪府

京都大学法学部卒

48 長官官房総務課

11 調本副部長

12 国際平和協力本部次長

14 防衛参事官

15 防衛施設庁次長


河尻 融 (かわじりとおる)医大副校長

昭和24年生まれ、棟強と

慶応大学経済学部卒

48 長官官房総務課

10 長官官房防衛審議官

12 防衛施設庁施設部長

13 財務省名古屋税関長

15 防衛参事官


横山 文博 (よこやまふみひろ)参事官

昭和25年生まれ、香川県

関西学院大学法学部卒

50 長官官房総務課

9  運用局運用企画課長

11 装備局管理課長

12 長官官房防衛審議官

14 防衛医大副校長


西山 正徳 (にしやままさのり)参事官

昭和25年生まれ、東京都

慶応大学医学部卒

53 厚生省入省

7  厚生省大尽官房企画官

10 厚生省老人保健課長

13 社会保険基金審議役

14 厚生労働省医療課長


小林 誠一 (こばやしせいいち)防研所長

昭和23年生まれ、東京都

東京大学法学部卒

46 経理局会計課

10 防衛庁参事官

12 調本副本部長

14 防衛施設庁次長

15 人事教育局長


山崎 信之郎 (やまざきしんしろう)施設庁総務部長

昭和22年生まれ、東京都

東京大学経済学部卒

49 長官官房総務課

10 長官官房総務課長

11 広島防衛施設局長

12 那覇防衛施設局長

14 国際平和協力本部次長


清水 繁 (しみずしげる)福岡施設局長

昭和26年生まれ、埼玉県

中央大学法学部卒

49 長官官房総務課

10 防衛施設庁施設調査官

11 長官官房防衛審議官

12 広島防衛施設局長

14 契本副部長


上瀧 守 (こうたきまもる)技本副本部長

昭和26年生まれ、東京都

中央大学法学部卒

51 長官官房総務課

10 防衛施設庁会計課長

12 人事教育局人事1課長

14 広島防衛施設局長

15 契本副部長


渡部 厚 (わたなべあつし)契本副本部長

昭和27年生まれ、山形県

東京外国語大学卒

51 長官官房総務課

8  人事局人事3課長

9  青森県警察本部長

11 長官官房秘書課長

13 長官官房防衛審議官


岡崎 匠 (おかざきたくみ)契本副本部長

昭和27年生まれ、神奈川県

東京大学法学部卒

52 長官官房総務課

11 防衛施設庁主席連絡官

12 防衛施設庁総括調査官

13 運用局運用企画課長

14 那覇防衛施設局長


西 正典 (にしまさのり)那覇施設局長

昭和29年生まれ、東京都

東京大学法学部卒

53 経理局会計課

9  装備局艦船武器課長

10 防衛施設庁施企課長

12 長官官房広報課長

14 長官官房秘書課長


高見澤 将林 (たかみざわしげのぶ)官房審議官

昭和30年生まれ、長野県

東京大学法学部卒

53 防衛局防衛課

8  防衛局運用課長

9  内閣審議官

11 防衛局調査課長

14 防衛局防衛政策課長


草地 八寿郎 (くさちやすお)原計部長

昭和21年生まれ、岡山県

大阪大学大学院修了

47 調本原価計算3課

9  調本原価計算3課長

11 調本原価管理課長

13 契本長崎支部長

14 契本大阪支部長


右田 稔 (みぎたみのる)契本副本部長

昭和20年生まれ、神奈川県

早稲田大学高等学院卒

43 長官官房総務課

11 官房秘書課人事調整官

12 調本管理1課長

13 那覇防衛施設局総務部長

15 契本横浜支部長

盛大に創立50周年を祝う

航空自衛隊
津曲空幕長「行動の本質は”有事即応”の精神」

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写真:航空自衛隊隊員によって描かれた空自創立50周年を祝う人文字(入間基地で)


 航空自衛隊創立50周年を祝う中央式典が6月27日、石破茂防衛庁長官、浜田靖一副長官、嘉数知賢・中島啓雄両政務官、守屋武昌事務次官、石川亨統幕議長、陸海各幕僚長をはじめ高級幹部、機関の長、衆参国会議員、OBら来賓多数を迎え、空自入間基地で開催された。


記念式典で力強く式辞を述べる津曲空幕長(6月27日)


航空自衛隊儀仗隊を巡閲する石破長官


40個人・団体に感謝状を贈呈する津曲空幕長


 午前11時、入間基地隊員が描く空自創立50周年記念の人文字を見ながら、石破長官が大型ヘリコプターで到着。出迎えの津曲義光空幕長とともに空自儀仗隊の栄誉礼を受け、巡閲した。

 引き続き行われた中央式典では、まず航空中央音楽隊の伴奏に合わせて出席者約1000名全員で国歌を斉唱したあと、空自英霊395柱に対する黙祷を捧げた。次いで、津曲空幕長が力強く式辞(全文は2面に掲載)を述べ、空自創立50周年を期に一層の飛躍を誓った。また、石破長官は訓示に中で、日米安保の重要性を協調しながら「機能する自衛隊」目指して一層の任務遂行を要望した。来賓を代表して、白川元春氏(第11代空幕長、第8代統幕議長)が空自が創設された当時から今日までの出来事を振り返りながら「次の50年をどうするか、皆さんの今後の努力を期待します」と祝辞を述べた。また、トーマスC・ワスコー米第5空軍司令官は「空自は先頭に立って国際変化に対応してきた」ことを強調、「今後とも日米同盟の維持発展を」と祝辞した。最後に、政府要人やジョンP・ジャンパー米空軍参謀長の祝電が披露され、式典を終えた。

 なお、式典に先立って、修武台記念館事業着手式と感謝状贈呈式ではこれまで航空自衛隊に対して功績のあった16個人・24団体に津曲空幕長が労いの言葉をかけながら賞状を贈った。

 また、この日は滑走路周辺に、創立50周年を記念した特別塗装のC1輸送機など空自保有の航空機が地上展示された。

優秀広報官等 35名を招待

先崎陸幕長が記念品授与

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写真:行事終了後、先崎陸幕長夫妻∠が招待者家族を温かく見送った


 優秀広報官等招待行事が6月15日夕、グランドヒル市ヶ谷で開かれ、先崎陸幕長が優秀広報官等35名に記念品を授与した。

 優秀広報官等は次のとおり(氏名、階級、所属地連の順)。

 〈広報官〉▽小園眞1陸曹(札幌)▽上野秀喜1陸曹(函館)▽福田歩1陸曹(青森)▽香高憲一2陸曹(宮城)▽高田弘己空曹長(福島)▽平乙博2空曹(茨城)▽早乙女吉男空曹長(栃木)▽関根裕之2海曹(埼玉)▽新見浩一陸曹長(東京)▽大森達志3陸曹(神奈川)▽松村篤陸曹長(長野)▽畑直行1海曹(石川)▽青木一真2陸曹(愛知)▽山口明陸曹長(滋賀)▽江口尚之2陸曹(大阪)▽河野守2空曹(大阪)▽宇坪真一陸曹長(広島)▽井野光宏1陸曹(徳島)▽小島毅陸曹長(高知)▽遠藤正治2陸曹(長崎)▽宇田須明海曹長(宮崎)▽牧原浩二准海尉(鹿児島)▽宮園克弘2陸曹(沖縄)

 〈就職援護業務〉▽古川勝彦陸曹長(札幌)▽大谷小八陸曹長(山形)▽齊藤勇二1陸曹(東京)▽渡邉久雄陸曹長(新潟)▽奥田堅策1陸曹(大阪)▽小野幹男1陸曹(岡山)▽宇佐美武志事務官(愛媛)▽田川康浩1陸曹(長崎)▽川島博文1陸曹(熊本)

 〈予備自業務〉▽小森美明1陸曹(旭川)▽竹内一博事務官(千葉)▽高鳥毛武陸曹長(石川)

PKO任務終え順次帰国

東ティモール第4次施設派遣群
8カ月ぶり家族と再会

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写真:到着の隊員を待ちかねた家族らが盛大に出迎え(6月4日、熊本空港で)


 昨年10月から東ティモール国連平和維持活動(PKO)に派遣されている第4次東ティモール派遣施設群(群長・川又弘道1佐以下450名)のうち迫輝昌副群長以下約100名が6月4日、国連のチャーター機で熊本空港に帰国した。

 隊員たちはその足で健軍駐屯地(熊本市)へ移動。隊員、家族約500名の盛大な出迎えを受け、迫副群長が森勉西方総監に帰国報告を行った。

 4次隊は国連東ティモール支援団(UNMISET)が大幅に規模を縮小することに伴い、5月20日以降ディリ、マリアナ宿営地の撤収を始めており、残る隊員も今月下旬までに帰国する。

 派遣部隊の撤収後は、陸自OBらによる非営利組織(NPO)「日本地雷処理・復興支援センター」が施設器材の操作教育など業務の一部を引き継ぐ。〈関連記事10面〉

技術とともに器材を譲与

東チモール派遣施設群
過去最大規模PKOが終結

写真:川又群長からアマラル運輸通信公共事業大臣に器材の鍵を贈呈


現地住民と一体の国づくり支援


 第4次東チモール派遣施設群(群長・川又弘道1佐)がPKO(国連平和維持活動)に励む東チモールで5月19日、首都ディリの国連ヘリポートにおいてUNMISET(東チモール支援団)の現地任務終了式が行われた。

 式典には浜田靖一副長官、林直人陸幕副長、グスマン大統領はじめ歴代群長(小川祥一第1次群長、大坪義彦第2次群長、田邊揮司良第3次群長)ら多数の来賓が出席。翌20日の独立2周年を前に国防・治安維持の権限がUNMISETから東チモール側に全面移管され、4次隊も6月中にはすべての業務を終えて帰国する。

 それに伴い21日には、部隊が派遣中使用していた資器材の一部(車両、道路建設用器材、プレハブ式建物など)を東チモール民主共和国政府へ引き渡す資器材譲与式典がディリ市内デモクラシー広場で行われ、日本大使とボアビダ計画・財務大臣が調印を交わした。また、浜田副長官、アルカティリ首相がそれぞれ挨拶。譲与器材が会場をパレードし、川又群長からアマラル運輸通信・公共事業大臣に資器材の鍵が贈呈された。


写真:譲与式に出席する左から川又群長、林陸幕副長


写真:東チモール政府に贈られる器材が会場内をパレード


 東チモール派遣施設群は平成14年3月以来、1・2次隊が各680名、3次隊が522名、4次隊が405名、合計2287名が派遣され自衛隊PKO活動の中で最大規模に。PKO初参加の25名の女性自衛官は医官、通信、搬送、広報など多分野に及ぶ職種も注目された。

 現地ではディリ、マリアナ、スアイ、西チモールに点在したオクシの4ヶ所に分散して、道路、橋等の維持補修、給水所の維持、管理等の任務につき、オクシでは初めて韓国の部隊と共に活動した。また、民生支援として実施された現地住民に対しての設器材操作教育、ボランティア活動を通しても国づくりの一端を担った。

 記者は約1年前2次隊を取材。地元の若者が隊員から修得した技術を誇りにしながら自国への夢を語る力強いまなざしや、子供たちとのたわいのない触れ合いで過酷な任務の疲れがみるみる癒されていく隊員の姿が印象的だった。

イラク復興支援2次隊が出発

浜田副長官、隊旗を授与

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小泉首相も激励


第2次イラク復興支援群(隊長・今浦勇紀1陸佐以下約460名、北部方面隊11師団主力)の隊旗授与式が5月8日、真駒内駐屯地で行われた。午前11時30分すぎ、派遣隊員など550名が出席する中、浜田靖一副長官から今浦群長に隊旗が手渡され(=写真)、引き続き群長はじめ代表隊員の記者会見、次いで出国報告等が行われた。同日夕刻、今浦群長を含む第1派約140名が空自千歳基地から政府専用機でクウェートに向け出発。搭乗の際には北海道を視察中だった小泉純一郎首相が見送りにかけつけ、隊員一人ひとりと握手を交わし激励した。2次隊は クウェートでの訓練を終えた後、サマワ入りして今月中には1次隊の業務を引き継ぐ予定。

「かしま」「はまぎり」「うみぎり」出発、
「しらせ」は帰国

海自第48回遠洋練習航海
8ヵ国12寄港地歴訪へ

写真:出航行事を終えて次々に乗艦する約740名の派遣隊員

(4月20日、東京港晴海埠頭)


<晴海埠頭>


 汽笛一声、南米航路──。 海上自衛隊は4月20日、東京港晴海埠頭で平成16年度遠洋練習航海に旅立つ練習艦隊(司令官・東郷行紀海将補)の出発式を行った。嘉数知賢防衛庁政務官、古庄幸一海幕長、横須賀総監・齋藤隆海将をはじめ防衛庁・自衛隊の高級幹部、訪問国や各関係機関からの来賓、乗組員の家族など約500人が列席して練習艦隊を見送った。

 HK岸壁では400人の家族らが、船影が見えなくなるまで手を振って無事を祈り、甲板の乗組員は「帽振れ」で応えた。海自東京音楽隊の「軍艦マーチ」にのって艦隊は埠頭を滑り出し、まずは一路、ハワイを目指す。

 日米交流150年目の今回、訪問国はアルゼンチン、ブラジル、コロンビア、メキシコ、パナマ、トリニダード・トバゴ、アメリカ、ウルグアイの南北アメリカ8カ国。

 遠洋練習航海は昭和32年から毎年実施され、今年で48回目。初級幹部にとって最初のビッグタスクとなる。乗員は第54期一般幹部候補生課程を修了した約170名の新任3尉、指導要員など総勢約740名。練習艦「かしま」(艦長・林宏之1海佐)と護衛艦「はまぎり」(豊住太2海佐)「うみぎり」(三浦昌伸2海佐)の3艦で艦隊を構成する。

 午前9時20分に嘉数政務官への栄誉礼に始まった式典では、政務官が副長官の訓示を代読。外務大臣に代わり外務省中南米局・坂場三男局長が訓示を読み上げ隊員を督励した。


乗員、一致団結

 続いて古庄海幕長が、現在1100名の隊員が海外で活躍していることを踏まえて「国際感覚を養い」さらに「カリブ海、大西洋と変化のある航海は訓練に絶好、海を好きになり、時に千変万化の大自然の力を知り、司令官の下に一致団結して立派な士官に成長してほしい」と要望を述べた。結びに、隊員家族には今後とも理解を呼びかけた。

 東郷司令と各艦長および実習生代表が支援団体の代表から花束の贈呈を受け、決意の敬礼を岸壁に残して艦隊に乗り込んだ。乗艦者の列に拍手と声援が贈られた。

 遠洋航海を通して海に慣れ、幹部自衛官として必要な知識と技能を体得した初級幹部たちは、諸外国との友好親善の絆を手土産とし151日後、再び晴海に姿を現す。一回り大きくなった一群を乗せ9月17日、練習艦隊の汽笛が秋空に響くはずだ。


(写真・手前に練習艦隊、奥に砕氷艦・晴海埠頭)


 総航程は地球を半周。砕氷艦「しらせ」が「第45次南極地域観測協力」を完遂し、無事に帰国した。艦長・原口一之1海佐以下、乗員171名の胸には青の防衛徽章。海外で活躍した者の証だ。一層逞しくなった隊員を家族が出迎え、151日ぶりの再会を祝った。後部飛行甲板で行われた帰国式典では海幕長・古庄幸一海将から労いの言葉があり、留守を預かった家族の方を振り向いて「無事に艦長以下、総員帰って参りました。今後もよろしくお願いします。今日はありがとうございました」(4月12日、東京港晴海埠頭HI岸壁)


 お台場の高層ビルを背に、ゆっくりと現れたオレンジの艦体。3月上旬から快調に氷を割り北上し、3月26日に67人の観測隊員をシドニーに届けて、以降も順調に航海を続けてきた。

甲板に整列した隊員の輪郭が晴天に浮かび上がった時、それまで穏やかだった岸壁の一隅が色めき立つ。

 10時には予定通り入港。練習艦隊音楽隊のマーチ演奏が「しらせ」に届く距離になると一転して、子供達も静かに接岸作業見守る。    

だが来賓の乗が済むと、再び目に見えてせわしく、300人の隊員家族は堰を切って「しらせ」艦内に吸い込まれた。

 飛行甲板には儀仗隊が整列し古庄海幕長に対し栄誉礼。横須賀総監・齋藤隆海将、防衛部長・倉本憲一海将補、文部科学省の幹部が列席し帰国式典が行われた。原口艦長と隊員の職務精励に対し、2級表彰が贈られた。


写真:「しらせ」飛行甲板で古庄海幕長に栄誉礼


英気は家庭から

 今次は天候に恵まれたものの、基地周辺では係留地点をたびたび変更し、臨機応変に物資の陸揚げを行った。

 これに対し古庄海幕長は「貴重な体験を今後の任務に活かし、更なる活躍を期待」しつつ「引き続き良き伝統を継承し、いかなる困難も克服しうる努力と精進を希望する」と訓示した。「留守を預かったご家族に心から感謝し、引き続きご理解支援を」と呼びかけ、「久しぶりに家族共に過ごし、大いに英気を養い次の任務に備えることを期待する」と隊員を鼓舞した。

 結びに、東京港ポートガイドの脇田久美さんが原口艦長に花束を贈呈した。



科学史に父の足跡

 99日間にわたる南極圏での行動は実に広範囲。 とりわけ野外観測に必要な人員や機材などの輸送では、隊員たちは厳寒の中で4.5キロの防寒衣を着て連日の作業に奮闘した。

 巨大気球実験や観測拠点での深層コア掘削など。観測の成果は宇宙と地球の成り立ちや、3万年以上も昔の南極がどのような姿だったかを解明する。大発見を「お父さんが手伝ったんだよ」と言える日が来るかも知れない。(写真・2月に生まれた第1子と甲板で初対面)



68名が医官目指す 防医大

 防衛医科大学校(鳥潟親雄校長)医学科第31期学生の入校式が4月8日、浜田靖一防衛庁副長官はじめ防衛庁、自衛隊の高級幹部、来賓、父兄ら関係者多数を迎えて埼玉県所沢市の同校体育館で行われた。

 真新しい制服に身を包んだ入校生68名(女子21名)と在校生が整列する中、浜田副長官が臨場、同校儀じょう隊の栄誉礼を受けたあと全員で国家斉唱。次いで鳥潟校長が登壇、入校者に対して任命を行い、代表の石坂隆博学生(東京都出身)が力強く宣誓した。


写真:代表学生が鳥潟校長に宣誓書を手渡した


 鳥潟校長は式辞において、医師たる幹部自衛官を目指すという道を選んだことを讃え、「防衛医科大学校の学生として自覚と誇りを持ち、調和のとれた豊かな社会性を身につけるよう」要望した。

 続いて訓示に立った浜田副長官は、近年の国際情勢で自衛隊をとりまく環境が大きく変化していることについてふれると「働く自衛官、行動できる自衛官へ変わっていく必要がある」とし、現在イラクに派遣されている卒業生を紹介しながら、将来の幹部自衛官として「こころを一つにして緊張感をもって任務に尽くすよう」要望。今後6年間の学校生活の中で、研鑽を積み、豊かな人間性を養い、総合臨床医としての能力を磨くよう期待した。

 来賓を代表して得田憲司統幕事務局長と宮崎秀樹日本医師会副会長が祝辞を述べたあと学生が校歌を斉唱。志し高き若者の強い意志がみなぎる歌声が会場に響きわたった。

 引き続き会場を移して祝賀会が催され、来賓、父兄、今期入校生らが栄えある門出を祝った。(塩田愛子)

小泉首相「国際社会に貢献する幹部自衛官に」

防大48期卒業式
理工学部研究科 後期課程から初の卒業生誕生

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写真:第48期卒業生が一斉に帽子を投げた(3月21日、防大50周年記念講堂で)


 文武両道の日々、起床から消灯まで真勇、廉恥、礼節を貫いた青春、ここに卒業──。3月21日の防衛大学校第48期卒業式には、小泉純一郎内閣総理大臣、石破茂防衛庁長官はじめ、衆参国会議員、防衛庁・自衛隊の高級幹部、内外来賓、父兄等関係者が多数列席し門出を祝った。陸上競技場で行われた観閲式では、曹長の襟章をつけた卒業生が陸海空に分かれて整列。留学生も各国の軍服で並んだ。

439名の本科学生と81名の研究科学生は、「朝に勇智を磨き、夕に平和を祈り」、新たな時代のために「築いた礎」を胸に、小原台の学舎を巣立つ。


写真:卒業生代表が小泉首相に宣誓書を渡し固く握手


 歴史の瞬間に立ち会ったかの印象を受ける。正しくは可能性の萌芽だ。卒業生は未来、重大な事態に臨み主役となって決断し、歴史を作るかもしれない。

 本科生から陸自193名・海自109名・空自101名が曹長に任命され、幹部候補生学校に入校する。

 また、大学院課程に相当する研究科の卒業生は、任務遂行に必要とされる高度な理論を修め、それぞれの専門分野で引き続き自衛隊に貢献する。

 理工学研究科前期課程第41期生、総合安全保障研究科第6期生が修士号を取得。理工学研究科後期課程では5名の第1期生が誕生し、卒論の博士認定に期待が集まる。

【日本と世界のために】

 午前10時、50周年記念講堂に小泉首相が臨場し、防大儀仗隊による栄誉礼を受けた。会場には厳しかった学生生活の緊張感がそのままみなぎる。引き締まった空気に隙はない。荘厳な「君が代」が場内に響いた。

 壇上には21名の留学生の祖国、タイ、韓国、ベトナム、モンゴル、シンガポール、ルーマニア、インドネシア、7つの国旗が掲げられた。

 西原正校長が本科学生全員と、研究科学生の代表3名に卒業証書を手渡した後、校旗と日の丸を背に式辞を述べた。

 「習得した知識を活かし精神面をさらに深化させ、国防に当たること」また「任務は予期せぬ時に予期せぬところで求められる」そのための柔軟な思考と洞察力の下地として「歴史書、古典文学に親しみ、海外を旅行して異文化に接すること」「沈着さと自制心と共に、高い道義観を持った指揮官に」と希求した。


【首相、活躍と発展を】

 小泉首相は訓辞でまず、平成3年以来の国際貢献活動の成果に触れ、イラクで活躍中の第27期卒業生・佐藤正久先遣隊長の「日本国民の善意の代表者、実行者として、精一杯人道復興支援に取り組まねばならない」というメッセージを紹介した。さらに36名の女子卒業生には、女性自衛官の活躍範囲の拡大に期待し、21名の留学生には「各国防衛当局の間の強い信頼の絆」となって欲しいと述べた。

 最後に「過去半世紀、2万人を越える先輩達が積み重ねた実績を受け継ぎ、一層の努力により国民と共にある自衛隊、国際社会の平和と安全に貢献する自衛隊の実現を」と呼びかけ、祝いの言葉を結んだ。


写真:陸上競技場で観閲官の石破長官に在校生が栄誉礼


 【長官、新しい時代に】

 「水がほしい、学校に行きたい、医者にかかりたい、そのような願いに真剣に応える義務が我が国にはある」。イラク国民が復興の期待を託す機関の筆頭に日本を挙げていることを踏まえて、石破長官は「国民同士の信頼こそが条約の基礎であり国益」と訓示した。

 第24期卒業生・番匠幸一郎群長はじめ海外で活躍する先輩自衛官の活動が「国民の理解を着実に高め」「世界の人々から高く信頼され評価されるに至った」ことに続けて、シビリアンコントロールに関しての持論を展開。「専門的な知見を有する自衛官が意見を申し述べることは権利であり責務だ」と重ねた。

 結びに「我々は大きな時代の変わり目に生きている。新しい歴史を作っていけることを心より期待し、関係者全員に心より敬意を表したい」と締めくくった。

 【ゆくてに波さかまくも】

 来賓を代表して岡崎久彦元駐タイ大使が、過去400年の世界史を振り返り、50年後の未来に思いを馳せ「日米同盟さえ維持、強化していれば日本の国益は守れる。現在重要なことは集団的自衛権の行使を認めることだ」と祝辞を述べた。

 卒業生代表の齋藤真吾学生が答辞し、力強い決意表明で祝福に応じると、全学生が学生歌斉唱で続いた。一般幹部候補生任命・宣誓では、陸海空の各幕僚長から曹長の任命を受け、自衛官としての決意を「宣誓書」として小泉首相に手渡した。

 祝賀のフィナーレに、「ともに頑張ろう!」と学生長が一喝、一同がいっせいに帽子を宙高く放り投げた。

会場を揺るがす歓喜の叫びを残して、全員が駆け出し、一陣の嵐となって講堂を後にした。


写真:仲間を代表して宣誓を読みあげる齋藤学生

サマワ~防衛庁
テレビ電話で現況報告 イラク支援郡

警備施設など宿営地完成も間近

第1次イラク復興支援群の本隊第1波(番匠幸一郎群長以下約140名)は、2月22日のクウェート到着後より行っていた米陸軍キャンプでの訓練を終え27日朝、軽装甲機動車などでイラクに移動。午後にはサマワの仮宿営地に到着し先遣隊、本隊先発隊と合流した。

 翌28日の朝礼時には初めてイラク国旗及び日本国旗が掲げられ、番匠群長以下全隊員は両国旗に敬意を表して捧げ銃を響かせた。

この日、番匠郡長は佐藤正久業務支援隊長らとオランダ軍司令官、ムサンナ県知事、サマワ市評議会を相次いで表敬、3月1日はキッダ市評議会を、2日はCPA代表のソリアーノ氏をそれぞれ表敬した。ソリアーノ代表は懇談の中であたたかい歓迎とともに自衛隊の活動に理解と協力を示し、これまで築いた相互の良き協力関係を維持することで合意がなされた。

 また、MNDSE師団長が自衛隊宿営地に表敬に訪れるなど、番匠郡長はサマワ到着以来、精力的に現地の他機関関係者らと意見交換しながら活動の準備を進めている。

 4日の午前(日本時間午後)には、宿営地プレスルームと防衛庁をつないでのテレビ電話会談が行われ、郡長が石破茂長官に直接現地の様子を報告した。

 浜田靖一副長官、嘉数知賢、中島啓雄両政務官、守屋武昌事務次官も隣席する中、会談ではまず、番匠郡長が全員が元気にそれぞれの職務を遂行していると報告し、これまでの活動や生活ぶり、さらに本格化する復興支援業務に対する抱負などが伝えられた。

 長官はモニターに写しだされる郡長の姿を前に隊員の健康、生活環境などを質問。安全確保と体調管理に努め復興支援業務に邁進するよう激励した。

 午後は宗教指導者との会談や空自輸送機で到着した人道支援物資等の車両運搬、受け入れ作業が行われた。

 また現在、宿営地の拡張工事は8割がたが完成。壕、外壁などの警戒施設の整備が急ピッチで進められ、浄水作業も開始されるなど着々と準備が整えられている。復興支援活動を行う本隊前部隊がそろう3月末までには完成の予定。

輸送艦「おおすみ」、護衛艦「むらさめ」が出港

イラク復興支援に陸海空自衛隊そろう

1-2

「おおすみ」甲板に陸自の車両約70台を搭載しクウェートへ向かう

(写真提供=海幕広報室)



 イラク人道復興支援特措法に基づき、海上自衛隊派遣海上輸送部隊(第1輸送隊司令・椋尾康広1佐)の大型輸送艦「おおすみ」(艦長・阪上広治1佐以下乗組員150名、8,900トン)は、イラク南部のサマワで活動中の陸自派遣本隊が使用する車両約70台を搭載し、隊員、家族ら約150人が見送る中、2月20日午前9時前、同艦を護衛する護衛艦「むらさめ」(艦長・地蔵謙介2佐以下180名、4,600トン)に続いて北海道・室蘭港の祝津埠頭をクウェートに向け出港した。2艦は3月中旬に到着する予定。航空、陸上につづくこの派遣で、イラク復興支援活動は3自衛隊がはじめてそろう国際貢献となる。なお、翌日の21日には陸自本隊第1波(群長・番匠幸一郎1佐)約140名が北海道の新千歳空港から政府専用機でクウェートへ出発した。(関連記事2面)

 2月14日、母港の呉基地Fバースで行われた輸送艦「おおすみ」の激励行事には石破茂防衛庁長官はじめ嘉数知賢政務官、石川亨統幕議長、古庄幸一海幕長ら防衛庁自衛隊幹部、来賓、隊員家族ら400名が出席した。

 石破長官は訓辞に立ち「任務に従事する自衛官諸君の真剣さが国民の支持を高めている。助けを待ち望むイラクの人々の期待に応え、日本の責任を果たせるのは自衛隊のほかにはない」と述べ、現在テロ対策特措法に基づき、インド洋で給油活動を行う海上自衛隊の責任感、正確さを賞賛しながら「崇高な任務に敬意を表し立派に任務を遂げることを確信している」と激励した。

 出港の際には、派遣隊員を代表して椋尾司令が「桜の咲くころには、総員元気に帰港します」と述べ、次々と乗組員が乗艦した。「おおすみ」は4日後の18日、午前9時ごろ北海道・室蘭港へ到着し、イラク・サマワで浄水、給水などの復興支援を行う陸自の車両約70台等が積み込まれた。

 護衛艦「むらさめ」は16日、浜田防衛庁副長官、古庄海幕長、玉沢元・中谷前防衛庁長官や横須賀地区の隊員、派遣隊員家族ら約700名に見送られ、母港の横須賀を北海道・室蘭に向け出港した。

 出港を前に甲板では幼い我が子を抱いてしばしの別れを惜しんだり、家族の激励をかみしめる隊員たちの姿があちこちで見られた。

 セレモニーは同港の吉倉桟橋で行われ、国歌吹奏のあと、浜田副長官が「厳しい訓練を経て団結心を養い準備は万全と確信している。イラクと世界と日本のために頑張ってほしい」と訓辞。また、来賓を代表して中谷前長官の挨拶では「廉恥・恥を知る心、真勇・本当の勇気、礼節・人間としての礼儀作法を肝に命じ、自衛官としての誇りをもって任務に邁進してほしい」と激励の言葉が贈られた。

 午後4時前、音楽隊が演奏する「軍艦マーチ」を背に隊員が次々と乗艦。岸壁から遠のく「むらさめ」を家族は精一杯手を振って見送っていた。

第1次イラク復興支援群出発

小泉首相が激励

1-1

旭川駐屯地北体育館で行われた隊旗授与式で陸自本隊退院600名に小泉首相が訓辞を述べた


「武士道の国の自衛官らしく」

陸自本隊に待機授与式

<北海道旭川駐屯地>


 「武士道を誇りとし、誠実に規律正しく堂々と」──。北海道旭川市の陸上自衛隊旭川駐屯地内で2月1日、イラクを復興支援するための陸自本隊が「編成完結式」を行った。式には本隊隊員や予備要員ら約600人が参加。約800人の家族や来賓が見守る中で「隊旗授与式」が行われた。「第1次イラク復興支援群」群長・番匠幸一郎1陸佐は、胸中を「武士道」と表現し、任務完遂の決意を記者会見で語った。「大変な名誉として受け止めイラク復興に尽くす」ことを宣言するとともに「1人でも多くの国民に自衛隊を応援してほしい」と訴えた。日本の使者として自衛隊にしかできない貢献がある。国民の期待を一身に、2月3日には第1陣約80名の隊員が千歳空港から政府専用機でクウェートへ飛び立った。(関連2・6・12面)



 石破長官から手渡された白い隊旗のもとに集う600人の隊員たち。誇り高きサムライの志で「心をこめて任務を果たす」。日本人を代表して陸自本隊がいよいよサマワに派遣される。

 午前11時32分。フラッシュを反射して輝く国旗を背負い、派遣隊員たちが駐屯地内の北体育館に颯爽と入場した。曇りない眼差しの我が子、我が夫の横顔に、家族たちは万感の思いで声援を贈った。

 式典には小泉純一郎総理大臣、石破茂防衛庁長官、川口順子外務大臣、中川昭一経済産業大臣ら閣僚が列席。安倍晋三幹事長や神崎武法公明党代表ら政府・与党幹部をはじめ、中島啓雄政務官、石川亨統幕議長、先崎一陸幕長、北原巖男内局官房長、西川徹矢運用局長など防衛庁・自衛隊の高級幹部が出席した。菅原功一旭川市長や関係自治体首長、衆参国会議員も応援に駆けつけた。黄色いリボンを胸につけ、隊員が無事に任務を完遂して帰国すること祈念した。

 群長の入場後、12時までに来賓が着席。開式の辞に続いて総理と長官に栄誉礼が行われた。登壇した石破長官から番匠群長に隊旗が手渡されると、群長の手により高々と掲げられた部隊の象徴が誇らしげにひるがえった。

第1陣の隊員はクウェートの米陸軍キャンプに到着後、気候に適応するための訓練などを行い、装輪装甲車などで国境を越えサマワへ。先遣隊と合流し宿営地を建造する。

3月下旬までに本隊の主力が3回にわたってサマワに入り、イラク復興支援特別措置法に基づきインフラの復興や医療活動などの人道支援を行う。(写真=石破防衛庁長官が第1次イラク復興支援群長・番匠1陸佐に隊旗を授与した)


【首相・イラクと世界と日本のために】

日米同盟がいかに大事であるか。戦いではなく人道支援を行い、そして隊員の家族を万全にサポート──

小泉首相と石破長官はそれぞれの訓辞で従来の主張を熱弁した。

 「政治で最も大事なのは日本の平和を守り、生活を豊かにしていくことである」。そのために重要な国際協調の意義を訴えた小泉首相は、「口だけでなく行動で日米同盟に貢献」し、「戦争に行くのではない。イラク人が国を再建する手伝いに行く」という点を改めて強調した。「諸官の働きで最も喜ぶのはイラク国民でなくてはならない」また「イラクが安定して利益を受けるのはイラク周辺国、世界各国と日本である」ことを踏まえ、「復興支援の失敗は許されない。日本のおかげで復興できたと言われるようにがんばって欲しい」と隊員たちを激励した。また「家族は心配と同時に誇らしく思っているはず。イラク派遣に反対の人々も、心で声援を送っていると信じている」と述べ「厳しい訓練に耐えた成果を発揮し、多くの国々とともに任務を完遂して無事帰国してくれることを祈念する」と訓辞した。


【長官・みえない努力が市民を幸せに】

 「苦しいことは他国がやって、利益だけは日本が得るというのは許されない」。石破長官は「日本は国連の要請に協力する義務がある。この任務ができるのは諸官をおいてほかにない」と隊員を激励した。日本を必ず守ると言っている国はアメリカだけであり、「そのアメリカに協力、人道支援すらしないでいいのか」と叱咤。また「冬まつりのために諸官が創った雪像を市民は喜んでいる。人が見ていないところでの自衛隊の努力が市民を幸せにしている」と訓辞した。今後も政府として最大限努力し、安全に最大限配慮することを約束し、また「黄色いハンカチ運動」について触れ、「自分達に何ができるか」という市民の問いかけを紹介した。さらに「群長は私の長年の友人だ。信頼している」「日本を代表する使者として様々な支援をし、立派に期待に応えて任務を果たしてほしい。帰りを待つ家族のもとへ必ず帰還することを祈念し、諸官の任務完遂を確信する」と述べた。

石破長官、隊旗を授与

イラク復興業務支援隊


日本人としての義務を果たせるのは自衛隊しかない」

イラク南部サマワで支援活動


 イラク復興支援業務隊の編成完結・隊旗授与式が1月16日、防衛庁で行われ、先遣隊(隊長・佐藤正久1陸佐以下30名)が成田空港から民航機で出発した。クウェートの米軍基地に滞在した後、20日からイラク南部のサマワ入りした先遣隊は、現地の要人との会談や宿営予定地、給水施設、病院などを精力的に視察している。防衛庁では、先遣隊2名の帰国報告を受け、石破長官が26日、イラク復興支援特別措置法に基づき陸上自衛隊本隊と陸自装備品を輸送する海上自衛隊に部隊編成命令と派遣命令を発出した。


隊旗が授与され、壇上の石破長官に栄誉礼(1月16日、防衛庁講堂)


 イラク復興業務支援隊の編成完結式、隊旗授与式が1月16日、防衛庁A棟講堂で行われた。

 編成完結式では、先遣隊(隊長・佐藤正久1陸佐以下30名)を含む派遣要員約100名を前に、先崎一陸幕長が「イラクの長い歴史と文化伝統を持つ人たちの心を理解し、尊重し、焦ることなくじっくりと、また最後まで油断することなく任務を全うして、そして君らと再会できることを楽しみにしている」と訓示、力強く激励した。

 引き続き行われた隊旗授与式には、石破茂長官をはじめ防衛庁・自衛隊の高級幹部、衆参国会議員、隊員家族ら多数が出席した。式が始まるまでの一時、講堂中央に整列した派遣隊員に向けて、その家族や子供たちがカメラ付き携帯電話で写真を撮るなど、ほほえましい光景も見られた。

 開式の辞に続いて派遣要員全員が石破長官に対して栄誉礼を行ったあと、佐藤先遣隊長が登壇、石破長官から隊旗を授与された。また、佐藤隊長が準備完了を報告した。

 石破長官は訓示の中で「憲法前文の意味をかみしめ、イラクに温かい手を差しのべるよう」、また「イラク南部は危険はゼロではないが、そのような中で日本人としての義務を果たせるのは自衛隊しかない」ことを強調した。


見送り行事で石破長官と佐藤隊長が固く握手を交わした


 引き続き、場所をA棟前儀仗広場に移して見送り行事が行われた。石破長官をはじめ来賓や各部署ごとに整列した防衛庁職員ら多数が整列する中、陸自中央音楽隊が演奏する「凱旋」の曲に乗って派遣隊員が行進、周囲から励ましの声がかけられた。

 佐藤隊長が「気負うことなく、イラク復興支援業務に邁進します。行って来ます」と挨拶し、順次大型バスに乗り込んだ。バスの中の隊員に、子供たちが名残り惜しそうにバスが見えなくなるまで手を振る姿が印象的だった。

 派遣隊員は同日夜、民航機でクウェートへ向け出発。クウェートの米軍基地に滞在した後、20日にイラク・ムサンナ県のサマワに到着。県知事、部族長らとの会談や宿営予定地、給水施設、病院、学校などを精力的に視察している。

石破防衛庁長官『年頭の辞』
国民の行く末を決定づける節目の年

 石破茂防衛庁長官は1月5日、防衛庁A棟講堂で防衛庁・自衛隊の高級幹部約1,000名を前に「年頭の辞」を述べ、その内容は全国各地の隊員に向けても放送された。石破長官は昨年、有事関連三法やイラク復興支援特措法の成立など、精力的にその任をこなしている。年頭の辞の全文は次のとおり。


高級幹部を前に「年頭の辞」を述べる石破大臣(1月5日、防衛庁A棟講堂で)


 平成十六年の新春に当たりまして、一言ご挨拶を申し述べます。この場にお集いの皆さん、そして全国各地で任務に就いておられる皆さん、あるいはPKO法に基づきまして遠くゴラン高原、そして東ティモールで任に当たっておられる方々、テロ特措法に基づきましてインド洋において任に当たっておられる皆さん、そしてイラク特措法に基づきましてクウェートで活動しておられる諸君、遠く南極にあって任務についておられる「しらせ」の皆さん、明けましておめでとうございます。旧年中は皆さん方の献身的な活動により、この国の独立と平和、そして国民の生命と財産、脅かされることなく過ごすことができました。昨年私はイザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」という本のお話をしたように記憶をいたしております。それは、「日本人は、水と安全はただだと思っているが、決してそうではないのだ」というお話であります。皆さん方の絶え間ない努力があって、国民は当たり前のように思っているかもしれないけれど、国の独立ということ、そして平和ということ、それが守られております。年頭に当たり心から感謝を申し上げる次第であります。

 本年は、防衛庁・自衛隊が創設されて半世紀、五十年という節目の年を迎えます。昨年、考えてみれば、私共は多くのことをなしてまいりました。ある意味で、何年分もの仕事をしたのかもしれません。有事法制、有事関連三法というものが、多くの賛同を国会でも得て成立をいたしました。テロ特措法を延長いたしました。そしてイラク特措法を成立させ、年末には、小牧において、隊旗授与式を行いました。

 多くの新しい問題に我々は直面をしております。要は、冷戦が終わったということはどういうことなのか、冷戦が終わってこれで世界は平和になる、そう思った人は多かったけれども、実際は決してそうではなかった。冷戦が終わったということは、ある意味で、バランスが崩れ、あちらこちらで民族や宗教や領土や政治体制や経済間格差や、そのことに起因する紛争が多発するようになる、それが冷戦後の時代なのだ、ということを認識したときに起こったのが9・11でありました。テロというのは何も二十一世紀の新発明でも何でもない、おそらく有史以来、恐怖を連鎖させることによって自分の目的を達成するというテロは、あったのだと思います。世に言う多くの革命というのは、テロによって起こされた、成就した、そういうものが多かったということも歴史の教えるところであります。しかしながら、今の時代のテロというのは、それが大量破壊兵器とそしてその運搬手段である弾道ミサイルの拡散、それに結びついたところに大きな特徴があり、ある意味で変質をきたしたのだと思います。



 常日頃から、防衛力というのは抑止力だということを申してまいりました。皆様方からそのことを私共は学んでまいりました。しかし、その抑止力が効かないとするならば、我々はどうして国の独立と平和、国民の生命・財産、世界の平和を守っていくことができるのだろうか、そのことにきちんとした答えを出さないと、我々はその責めを果たしたことにはなりません。どうすれば戦争が起こらないか、どうすれば無事の民が傷つかなくてすむか、それはきれいごとを言っていれば済むというものではないと私は信じております。

 イラクに自衛隊を派遣することができる、というのがイラク特措法でありました。そして、その派遣の決断がなされました。基本計画が策定をされました。周辺事態法を作る、それは日本の平和と独立、それが脅かされるような事態になったらどうするか、そのまま放置すれば国の独立と平和が脅かされるかもしれない、そういうものに対応するためでありました。PKO法は国連下の活動そのものであります。テロ特措法、そしてまたイラク特措法、それぞれ性格は違いますが、全ては日本国憲法の趣旨を体言したものだと私は思います。自国のことのみに専心してはならない、自分のことだけ考えればよいのではない、平和は自分たちが作り出すものであって、与えられるものではない、憲法の前文にはそのことが記されておる。そして憲法九条、それは侵略戦争を行ってはならない、そのことが記されている。正しく憲法が問うているもの、それを活かしていかねばならない、そういう時代に我々は生きております。

 今年は国民保護法制、この成立を図っていかねばなりません。この成立を見なければ、有事法制はほとんど機能しないと言っても過言ではありません。なぜ、前の大戦で、多くの罪もない人々が死んでいかねばならなかったのか、そのことに思いを致すときに、国民保護法制というのはどうしても成立をさせていかねばならない。その場にあって、我々自衛隊はどのように活動するべきか、ということをきちんと確立をしておかねばならない、法律さえ作ればいいというものではなくて、それをどうやって実効性あるものにするか、我々に課せられた課題であります。

 もう一つは「在り方検討」というものに、今年はきちんとした答えを出していかねばなりません。我々にとって、今年最も大きな課題の一つは、この「在り方検討」であり、新しい大綱の考え方を作っていくことであります。

 「力の空白論」というものがありました。それは冷戦期においては、誠に正しい理論であったし、そのことによって平和と独立が保たれたことも事実であります。しかし、周囲の環境がこれだけ変わったときに、その考え方がそのまま維持できるものなのかどうか、その検証はきちんと行っていかねばなりません。いつも申し上げることでございますが、検証というものをきちんと行っていかねばならない、これでもいいんだということではなくて、これでなければならないのだという、そのぎりぎりのことを求めていかなければ我々は仕事をしたことにはならないと思っています。これでもいいんだではなくて、これでなくてはならないのだというものを作っていくことが、国民に対する、そしてまた世界に対する我々の責任である、このように信じております。それは納税者に対する責任でもあります。ともすれば、安全保障の議論というのは、しない方がいいのかもしれない、そういう風潮が長くあったのかもしれません。そういう議論をすることすら、一種のタブーであったのかもしれません。それが、正しい時代もあったと思います。しかし我々は今、そのような時代に生きておりません。私共は、決して自己保身を図ってはならないと思っております。自己保身を図るために、議論を避けるということは、決して国家のためにも国民のためにもなりません。

 「事に臨んでは身の危険を顧みず、身を挺して国民の負託に応える」、私は自衛隊とは何かと聞かれたときに必ずそのような宣誓をした人たちの集団が自衛隊である、という風にお答えをするようにいたしております。ここが私共の、他の官庁と決定的に異なる点だと思っています。誓いというのは言葉だけのものではない、私自身は自衛隊員ではありませんけれども、そういう誓いをなした皆様方と共に働くという責めを与えられている自分を思うときに、いつもその言葉を繰り返し自分の胸の中に問いかけるようにいたしております。真の意味における文民統制とは、そのような誓いをした皆様方に応えられる存在で我々はあるかどうか、その一点に掛かっていると思います。その誓いをなした皆様方が、今ここに、そして全国各地に、世界各地におられます。そういう皆様方に応える存在であるのかどうか、私も、副長官も、そして政務官も常に自らに問いかけ、自らを律してまいりたい、そのように考えております。

 国民の皆様方は、聞く耳を持っておられます。年末に基本計画を策定をした、総理が記者会見で、「自衛隊でなければならないこと、自衛隊でなければできないことだから、自衛隊がやるのだ」ということを仰いました。そして、「危険がないとは言わない、危険があるからこそそれを避けることができる能力を持った自衛隊がやらねばならないのだ」ということをはっきり仰いました。小牧で式典がありました。格納庫の中で式典を行いました。決してすばらしい天気というわけではありませんでしたが、たなびく雲の中から夕日が一葉の光を差しました。新しい時代が来るのだ、と思いました。イラクの困難な人々に、何としても救いの手を差し延べていかねばならない、イラクの人一人一人に、日本があってほんとによかった、そういう風に思ってもらいたい。決して戦争しに行くわけでもなく、我々のやるべき事はあの地の人々に、高い能力を持った、高い潜在力を持ったあの地の人々に、我々の体験を通じて得たことを共に分かち合っていただき、一人でも多くの人々に幸せを与えることだ。そして我が国の独立と平和は我が国のみによってなし得るものではありません。間違いなく日米安全保障条約の存在があって、我々の存在と相俟って、我が国の平和と独立が守られております。イラクに行かなくても日米の安全保障体制は微動だにしない、そういって反対される方もいます。しかし私は、そのような功利的な考え方だけに立てばいいというものだとは思っていません。お互いの信頼関係とは単なる条約の一条一条によって作られるものではない、共に苦しいとき辛いときに共に目的を同じくし、活動する、それが我が国の平和と独立に資するものである、私はそのように信じて疑わないのであります。

 色々と雑駁なことを申し述べましたが、今年は本当に我々にとって大きな節目の年となります。それは単に我々にとってだけではありません。この国家の、そして国民の行く末をある意味決定づけるものになります。我々が今年どのように活動するかが、まだ見ない我々の次の時代の人々の幸せも決めていくのかむしれません。好むと好まざるとに関わらず、我々は歴史の変わり目に今生きています。歴史を作っていくというそういう任務を与えられています。新しい時代の世界の平和も、日本の平和も、世界の人々の幸せも、国民の幸せも我々が作っていくのだという誇りを持ちたいと思っています。防衛庁でなければ、自衛隊でなければできない、そういう仕事を今年一年したいと思っています。今年一年、誠心誠意私共四名働いてまいるつもりであります。誠心誠意、そして全力を尽くしてこの一年を生きてまいりたいと思います。皆さん方の努力によって、今年一年、世界が少しでも平和に近づきますように、そして我が国が独立を保って平和でありますように、皆様方とそしてご家族の方々、この一年のご健勝、心から祈念をいたしまして、私のご挨拶を終わります。本年もどうぞよろしくお願いいたします。(1~2面)


新年のメッセージ

1-1

統合幕僚会議議長  石川 亨 海将



統合運用はまさに「時代の要請」


 全国各地及び海外で勤務している隊員諸君並びにご家族の皆様、明けましておめでとうございます。

 さて、最近の国際情勢を見ますと、二〇〇一年の米国における同時多発テロ以降、国際的なテロリズムおよび大量破壊兵器・ミサイルの拡散等の問題が顕在化しております。

 このような情勢下、昨年六月には、武力攻撃事態対処関連三法が成立いたしました。国際平和協力業務では、ゴラン高原及び東ティモールへの派遣を継続しております。また、テロ対策特措法に基づき艦艇をインド洋に派遣し、協力支援活動を実施しております。さらには、弾道ミサイルの脅威に対処する防衛態勢の構築が必要になってまいります。

 十二月に自衛隊をイラクに派遣する基本計画が閣議決定されたことを受け、この重要な任務に対し、陸海空自衛隊は相互に協力してこの課題に取り組み、期待にお応えする所存であります。

 これらに応ずるためには、統合運用が不可欠であり、これはまさに「時代の要請」であると考えます。

 今こそ、隊員と部隊が「真心を尽くす」気持ちをもって事に当たることが求められていると感じております。「真心を尽くす」とは、自己の利益のためではなく、常に相手のこと、そして公のことに心を砕き、いかなる職務に対しても誠心誠意自己の真の心をもって対応することと考えます。

 本年もご家族の皆様方の自衛隊に対するご理解とご支援をお願い申し上げると共に、隊員諸君とご家族の皆様のご健勝とご多幸を祈念いたしまして新年のご挨拶といたします。