自衛隊ニュース

ゲッキーのイラスト

睦空パキスタン国緊隊、任務果たし無事帰国

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盛大な出迎えを受け、帯広駐屯地に帰隊する派遣隊員


 約40日間にわたって大地震被災者の救援活動を続けていた陸空パキスタン国際緊急援助隊が任務を完遂、順次、帯広、市ヶ谷駐屯地、小牧基地などへ帰国した。

 12月1日、帯広空港で得田憲司北方総監、井岡久5旅団長をはじめ幹部、留守家族多数が出迎える中、派遣隊員が到着。お互いに労いの言葉をかけながら固く握手を交わした。引き続き、帯広駐屯地へ移動、駐屯地隊員の盛大な出迎えを受けたあと、帰国報告や堀井克哉体調の記者会見、家族との懇談などが行われた。

 また、翌2日には、市ヶ谷駐屯地でも帰国行事が行われ、防衛庁A棟玄関に到着した派遣隊員を森勉陸幕長をはじめ陸幕高級幹部、職員多数が出迎えた。

 今回のパキスタン国緊隊は、初めて1輸空(小牧基地)のC-130輸送機にUH-1多用途ヘリコプターを搭載、陸自航空部隊が現地で40トンを超える援助物資や負傷者ら約720名の空輸にあたった。

「統合・日本を愛し 世界を愛す」テーマに
自衛隊音楽まつり

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1,000名の総出演者が壇上に揃い、観客と一体となってグランドフィナーレを迎えた


観客4万2千人に感動与える


 11月18、19の両日、自衛隊音楽まつり「マーチング・フェスティバル2005 in武道館」が東京・日本武道館で開催され、18日の招待公演では額賀福志郎長官をはじめ、防衛庁・自衛隊高級幹部が訪れた。今年のテーマを「統合 日本を愛し世界を愛す」とし、新設される統合幕僚監部で足並みをそろえる陸・海・空自衛隊の調和や、国民と自衛隊、世界と日本の一体感を息の合った音楽と躍動感あふれる動きで表現した。(関連記事7面)

 一般公演は、2日間にわたって行われ、観客は約4万2千人、初日18日には額賀福志郎長官をはじめ、防衛庁・自衛隊高級幹部が訪れた。陸・海・空自衛隊音楽隊、第302保安中隊、防衛大学校儀仗隊、在日米陸軍軍楽隊、米国空軍合同軍楽隊、在沖海兵隊音楽隊など総勢約1,000名が出演した。

 今年の音楽まつりのテーマは「統合 日本を愛し世界を愛す」。平成17年度末の統合幕僚監部発足をふまえ、陸・海・空自衛隊の統合をイメージするとともに、国民と自衛隊、世界と日本が一つになる事の素晴らしさをテーマ「統合」として表している。

 ワンステージは約90分で、パート1からパート5までの五部構成。

 パート1は「オープニング大行進」。海上自衛隊東京音楽隊隊長・渡仲郁夫2海佐の指揮で、陸・海・空自衛隊音楽隊、第302保安隊中隊による日本国国旗入場・国歌斉唱でオープニングセレモニー、力強くドラマは幕を開けた。続くオープニング大行進では「マーチメドレー」に合わせて全出演音楽隊が勇ましく行進、整列した。


第302保安中隊が日・米両国国旗を掲げて入場、フェスティバルの幕が上がる


 パート2「日本を愛し世界を愛す」では、「世界への貢献」をサブタイトルに北部・東部方面隊音楽隊合同のドリル演奏で始まり、北部方面音楽隊ドリル演奏、東部方面音楽隊ドリル演奏へと流れていく。北部方面音楽隊のドリル演奏「知床旅情」では、ソロとコーラスが見事なハーモニーを奏でていた。東部方面音楽隊のドリル演奏では、女性ヴォーカルをメインにした「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」などおなじみの坂本九ちゃんの歌や、「月の砂漠」が披露された。

 パート3は「自然の統合・大河の流れ」。陸自の「朝霞振武太鼓」「船岡さくら太鼓」など11団体が登場、海自WAVEも「八戸華炎太鼓」と書かれた白い幟を掲げて独特のバチさばきを披露。地鳴りのような太鼓の音が、館内を響き渡らせた。

 パート4は「パワー・オブ・ミュージック」。陸・海・空自衛隊音楽隊、北部・東部方面音楽隊合同のマーチングで「シング・シング・シング」など、豪快なパワーを見せた。

 ラスト、パート5「世界はひとつ」では、世界の友好のために、在日米陸軍軍楽隊、米国空軍合同軍楽隊、在沖海兵隊音楽隊の3つのゲストバンドが登場。在日米陸軍軍楽隊の演奏では、男性ヴォーカリストが、「マイ・ガール」を歌いあげ、会場は大きな拍手で一杯になった。このラストパートでは引き続き、陸・海・空の各自衛隊が各ドリル演奏を、さらに陸・海・空自衛隊合同で「リヴァティ・ファンファーレ」を演奏。締めくくりは防衛大学儀仗隊のファンシードリル。


フィナーレで挨拶をする額賀長官


 2005・自衛隊音楽まつり・マーチングフェスティバルは「統合」のテーマが見事に表現されていた。また、全国の海・空部隊から選抜された女性自衛官の大胆かつ華麗な演技が目立った。額賀長官がフィナーレで「自衛隊がさらに国民の皆様に信頼され、統合した形で一層活躍されることを期待します」と挨拶。まつりは退場マーチ「海を越える握手」の演奏で幕を閉じた。(田中宏範・大類なぎさ)

飛行部隊の勇姿集う

航空観閲式
小泉首相「内外の環境整備に全力を傾注」

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航空観閲式の冒頭、小泉首相をはじめ防衛庁・自衛隊の高級幹部が壇上で国旗に正対


 平成17年度自衛隊記念日航空観閲式が10月30日、小泉純一郎首相を観閲官に迎え、空自百里基地で行われた。

 午前10時、航空中央立音楽隊の演奏に続いて陸海空隊員約1,200名から成る観閲地上部隊が式典会場のエプロン地区に入場を開始、各装備品の前に整列した。次いで、観閲部隊指揮官の外薗健一朗申空司令官と観閲式執行者の田母神俊雄総隊司令官が相次いで入場、栄誉礼を受けた。

 防衛庁・自衛隊の高級幹部をはじめ衆参国会議員、外国武官、来賓招待者ら約7,000人が見守る中、自衛隊最高指揮官の小泉首相が臨場、特別儀仗隊の栄誉礼を受けた。次いで、小泉首相は防衛庁・自衛隊の高級幹部とともに観閲台上にあがり、田母神執行者の開式宣言に続いて全観閲部隊約1,200名から壮大な栄誉礼を受けた。


イラクやパキスタンなどで現在も活動中のC-130輸送機が次々に物料を投下


ブルーインパルスが妙技を披露


広いエプロンを通って観閲式場に向かう特別儀仗隊の一糸乱れぬ行進


航空自衛隊を代表するF-15の前で整列する空自隊員



 国旗掲揚、F-15戦闘機4機による慰霊飛行のあと、観閲飛行が始まり、多少雲に覆われた上空を、AH-1S,0H-1,SH-60J,P-3C,US-1A,RF-4E、E-767,UH-60J,CH-47J,U-125A,C-130H,B-747、F-2Bなど、陸海空自衛隊の航空機が整斉と編隊を組み、相次いで航過して行った。

 引き続き、小泉首相は外薗観閲部隊指揮官を伴ない、オープンカーに乗車、地上に整列する陸海空隊員を順次巡閲したあと、訓示に立ち、多様化する自衛隊の任務などについて触れ「私は、自衛隊の最高指揮官として諸君と心を一つにし、今後とも自衛隊の任務が立派に遂行されるよう、内外の環境整備に全力を傾注します」と述べた。

 小泉首相が観閲台上で、スクランブルのボタンを押すと同時にF-15Jが緊急発進、飛行展示が始まった。各機種による機動飛行、対地攻撃(模擬射撃)、捜索救助、戦術空輸(物料投下)などが観閲台前方で行われ、実戦さながらの訓練にスタンドから大きなどよめきの声があがった。最後に、ブルーインパルスが登場、スモークをたなびかせながらダイヤモンド体形や背面飛行、連続3回ひねりなどの高度な戦技を披露する度に大きな拍手と歓声が会場を包んだ。(写真=救難ヘリコプターを使って負傷者を救出する迫真のシーンを展示)

パキスタン北部大地震 陸空国緊隊が出発
初めてC-130(1輸空)に多用途ヘリ搭載
陸自5旅団150名主力に現地で空輸救援活動開始

イスラマバードでC-130輸送機から多用途ヘリを却下する陸空派遣隊員


 パキスタン北東部で10月8日、マグニチュード(M)7.7の大地震が発生、同国を中心にインド、アフガニスタンでも多数の建物が倒壊し死者は5万2千人(邦人父子2名含む)、被災者は300万人を超えている。

 政府の国際緊急救助隊派遣決定を受けて大野功統防衛庁長官は11日、陸、空幕長に派遣準備命令を発出するとともに翌12日、陸自北方総監等と空自支援集団司令官等にそれぞれ「パキスタン国際緊急航空援助隊」と「パキスタン国際緊急援助空輸隊」の編成を命令した。また、現地の情報収集などのため、菅原隆内局国協室長、海田英昭1陸佐ら先遣隊約20名が成田空港からパキスタンに向け、出発した。


 13日、空自第1輸送航空隊(小牧)のC-130輸送機2機に陸自航空援助隊(堀井克哉1佐以下約130名=第5旅団主力)の多用途ヘリコプター(UH-1)2機を初めて搭載して千歳基地を出発した。翌14日、陸自航空援助隊の多用途ヘリ1機と電源車などを搭載したC-130輸送機2機が千歳基地を出発。また、空自特別航空輸送隊の政府専用機2機に陸自派遣隊員の主力約100名と補給品などを搭乗、搭載し、千歳基地を出発、同日夜、イスラマバードに到着した。


誘導員の指示をうけながら救援物資を搭載した多用途ヘリ2機が被災地へ向け離陸


 15日以降、イスラマバードでC-130輸送機から却下した多用途ヘリを陸自隊員が組み立て、テストフライトや慣熟飛行後、イスラマバードとバタグラム間で、援助物資などの空輸を開始した。余震が断続的に発生する中、19日までに援助物資などの空輸累計は1.3トンに達している。また、22日には、パキスタン北部のバダグラムからイスラマバードまで地震で重傷を負った女性2名を多用途ヘリで搬送するなど、派遣隊員は寒さが厳しくなる現地で懸命に救助活動を続けている。

 なお、防衛庁は20日、現地の要望を受け、多用途ヘリ3機を追加派遣するとともに派遣隊員も約20名増員することを決定した。


陸空派遣隊員が現地でお互いに情報交換


多用途ヘリに救援物資を搭載する陸自隊員


救援物資を搭載する陸自隊員

盛大に創立50周年を祝う
講演、コンサート、開校祭、観閲式など記念行事実施

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記念式典で少工校生徒が堂々の観閲パレード(10月2日)


<少工校>


 少年工科学校(学校長・別所利通陸将補)は9月30日から10月2日の間、「伝統・感謝・飛翔」をテーマに創立50周年記念行事を盛大に挙行した。

 昭和30年4月、生徒教育制度の発足により施設・通信・武器の各学校で開始された生徒教育は、昭和34年9月、武山駐屯地の生徒教育隊に集約、昭和38年8月、現在の少年工科学校に引き継がれ、第1期生入校から数えて50年の節目を迎えた。

 創立50周年記念行事に先立ち、9月29日に大相撲解説者・舞の海秀平氏による「決してあきらめない」を演題とした創立50周年記念講演が駐屯地体育館で行われた。舞の海氏は、幼少時からの相撲に関する体験や角界引退後、ドラマ・映画に出演した際のエピソードなどを交え、「決してあきらめないで望みを持ち、色々な角度から方策を追求することの大切さと勝っても奢るな、負けても僻むな、挑戦してみよう」と生徒・職員に熱く語りかけ、感動の中、講演は盛会裡に終了した。

 30日の前日祭では、近年若者達に人気急上昇中のレゲエサウンズグループ「湘南乃風」による創立記念行事芸能人コンサートが駐屯地体育館で開催された。開演と同時に生徒達のボルテージは最高潮に達し、約1時間半のコンサートは熱狂のうちにフィナーレとなった。


観閲官の別所校長が壇上で行進部隊と敬礼を交わす


 翌10月1日、50周年記念開校祭が実施され、文化クラブによる発表会、体育クラブによる武道展示、訓練展示を披露した。文化クラブ発表では、7コのクラブ(英会話・落語研究・尺八・吟詠剣詩舞・合唱・隊歌・ギター)の発表が行われ、今年度設立された落語研究部の大喜利では、生徒・職員が爆笑の渦に巻き込まれた。続く武道展示では、各武道部が気合い溢れる型や演武を披露した。また訓練展示では、最上級生の3年生が中心となり、普段の訓練成果を十二分に発揮した戦闘訓練を展示した。


舞の海氏が「決してあきらめない」をテーマに記念講演


 2日は創立50周年記念行事が実施され、部内外招待者、生徒職員家族、一般来校者約1,300名が来校し記念式典を挙行した。式辞の中で別所校長は「今一度、生徒教育の原点に立ち返り、将来の技術陸曹として伸展性ある生徒の育成に、全力を傾注する所存であります」と述べた。

 今回の行事を滞りなく終えた少工校では、伝統・感謝・飛翔を胸に新たな未来に向かい、生徒・職員一丸となり努力することを誓った。

155日間、総航程5万5千kmを終え帰国
海自遠洋航海部隊

ロシア、ポーツマスなど13カ国14寄港地を歴訪、
友好親善に努める

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 海自遠洋練習航海部隊(司令官・柴田雅裕海将補以下実習幹部約180名を含む約750名)が9月20日、東京港晴海埠頭に帰国した。今回の遠洋航海は、155日間にわたって約5万5千kmを航行し、13カ国14寄港地を親善訪問した。特に、ロシアを初めて訪問した際、サンクトペテルブルクで日露通好条約150周年行事に参加、また、英国ポーツマスではトラファルガー海戦200周年記念観艦式に参加するなど、各国で友好親善を深めた。(関係者多数の出迎えを受け、晴海埠頭に接岸する練習艦「かしま」)





 午前9時半すぎ、練習艦「かしま」、護衛艦「むらさめ」「ゆうぎり」が相次いで晴海埠頭HKバースに到着、遠洋航海を終えた柴田司令官をはじめ部隊幹部、実習幹部らが帰国行事会場に整列した。式典は10時半から始まり、防衛庁・自衛隊の高級幹部、衆参国会議員、関係団体の長、乗組員の家族ら多数が見守る中、今津寛副長官に柴田司令官が「平成17年度遠洋航海を終了し、ただいま帰国しました」と力強く報告した。今津副長官は訓示の中で、航海中に国内で起きた様々な出来事について触れながら「自衛隊に対する期待に応えるべく、幹部自衛官としての誇りと自覚を持ち、不断の努力を積み重ねるよう」要望した。

 次いで、齋藤隆海幕長が航海中の乗組員の実績を称えながら今後とも「前向きで失敗を恐れず、はつらつと部隊隊員を率い、先頭に立って国民の負託に応えるよう」訓示した。

 引き続き、来賓紹介、花束贈呈、退艦式などが順次行われたあと、実習幹部は約5カ月ぶりに家族と対面、それぞれの思い出話に花を咲かせていた。

迫真の実弾演習
実戦さながらの戦闘に一般市民等7万人が感動

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<富士総火演>


 年々倍率が高まる抽選の当選者や招待客等延べ7万人を魅了した「平成17年度富士総合火力演習」が8月25、27の両日、東富士演習場で華々しく実施された。参加人員約2,000人、戦車装甲車約60両、各種火砲40門、航空機約20機、その他車両400両による陸上自衛隊の主要装備の紹介をする前段、後段は諸職種協同の戦闘様相を展開。避雷針より高くなるので国旗掲揚がなかったりと台風を気にしながらも迫真の実弾演習は無事終了した。(写真は74式戦車が轟音とともに実弾を射撃した瞬間)

護衛艦しらね P-3C 
PSI海上阻止訓練に参加
シンガポール

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想定容疑船上で立入検査訓練を実施する「しらね」乗組員(シンガポール沖で)


 8月15日から19日までの5日間、シンガポール主催による「大量破壊兵器などの輸送・拡散を防止するための安全保障構想(PSI)」海上阻止訓練が行われ、海上自衛隊の護衛艦1隻と対潜哨戒機P-3C・2機が参加した。海外での訓練にP-3Cが参加するのは、今回が初めて。訓練には、シンガポール、日本、米国、英国、オーストラリア、ニュージーランドの6カ国艦艇が参加、また、ロシア、フランス、ドイツ、オランダ、スペインなどの各国がオブザーバーを派遣した。訓練内容は、▽机上訓練▽シナリオに基づく海上阻止訓練▽乗船・立入検査に関する技量を相互に展示する乗船訓練で、海上自衛隊の護衛艦「しらね」(艦長・寺嶌榮治1佐以下人員約300名)と航空部隊(指揮官・瀬戸慶、第4飛行隊長以下人員約40名、P-3C・2機)が参加各国とともに高度な訓練を演練した。

大野長官、隊旗を授与
第7次イラク復興支援群

緊褌一番、イラク・サマーワへ向け出国
日本国民の善意をイラクの人々に伝える架け橋に

 第7次イラク復興支援群(群長・岡崎勝司1陸佐以下約500名=第4師団主力)の隊旗授与式が7月30日、大野功統長官、森勉陸幕長、林直人西方総監、澤山正一4師団長、榊枝宗男警務隊長、大古和雄運用局長をはじめ防衛庁・自衛隊の高級幹部、衆参国会議員、関係団体の招待者、留守家族ら約1900名を迎え、福岡駐屯地で盛大に行われた。九州の部隊が復興支援群としてイラクに赴くのは初めてのこととあってか、この日は、7次群のシンボルマーク「菊と龍」の中の“龍”が実際に現れたかのような突然の雷雨に見舞われ、雷鳴とともに空には巨大な稲妻が走った。隊旗授与式、出国報告などの行事を終えた派遣隊員第1派約200名は午後7時すぎ、福岡空港に到着。派遣隊員は家族の声援を背に受け、スポットライトに照らされたチャーター機に搭乗、午後8時すぎ、緊褌一番、イラク・サマーワに向け出発した。


岡崎群長に色鮮やかな7次群隊旗を授与する大野長官

(左後方は林西方総監)


 隊旗授与式は午前11時すぎから始まり、音楽隊を先頭に全派遣隊員が堂々の入場行進、順次グラウンドに整列した。壇上には、森陸幕長、大古運用局長、林西方総監、澤山4師団長、榊枝警務隊長が陪列する中、大野長官が登壇、栄誉礼を受けた。国旗入場、敬礼に続いて大野長官が岡崎群長に色鮮やかな7次群の隊旗を授与し、お互いに固く握手を交わした。次いで、大野長官は川村次郎警務派遣隊長にも同様に隊旗を授与した。

 大野長官は訓示の中で、「イラク復興支援活動の重要性を自覚し、日本国民の善意を実行する部隊として任務を完遂し全員無事帰国されることを祈っている」旨の小泉純一郎首相のメッセージを紹介しながら「イラクと日本の架け橋となるよう」、また「安全確保に細心の注意を払うよう」要望した。

 隊旗授与式後、場所を移して岡崎群長の記者会見が行われた。冒頭、岡崎群長が7次群幹部4名を順次紹介したあと、会見に臨み、「1次群から6次群までの1年半に及ぶ活動の成果を現地で更に拡充すべく、7次群としての持てる力を十分に発揮したい。また、イラクの方々と共に現地に根ざした活動を行い、日本国民の善意をイラクの人々に伝えたい」と抱負を語った。


7次群のシンボルマーク。日本、イラク両国国旗や九州の図柄などとともに菊と龍が描かれている(写真撮影したもので、実物はより鮮明に描かれている)


 7次群のシンボルマークは颯爽の文字などとともに描かれた「菊と龍」。“龍”が現れると雷鳴が轟くとの言い伝えどおり、この日の福岡駐屯地は午後3時前後、一時的な雷雨に見舞われた。龍神が舞い降りたかのように空には稲妻が走り、豪雨が地上をたたきつける。そのような状況の中、派遣隊員はただ出国準備を続けていた。


雷雨のあと、第1派200隊員が颯爽と出国報告に臨む


大勢の家族や関係者に見送られ、大型バスで駐屯地を出発


福岡空港でチャーター機をバックに家族と束の間の団らん


 午後5時すぎ、雨も上がり、時折り夕日が差し込むグラウンド派遣隊員が整列雷雨に打たれ、龍の魂が派遣隊員に宿ったのだろうか、一段と元気よく颯爽と出国報告に臨んでいた。出国報告では、来賓、留守家族多数が見守る中、岡崎群長が壇上の林西方総監に「第1派出国します」と力強く報告。林西方総監は「日頃の訓練の成果をいかんなく発揮して任務を遂行するよう」激励した。

引き続き、派遣隊員第1派約200名はグラウンド脇に停車中の大型バス5台にそれぞれ分乗、関係者や留守家族多数の打ち振る日の丸や黄色い小旗に送られ、約3ヵ月間の別れを惜しむ間もなく疾風迅雷のごとく駐屯地をあとにした。

空自イラク復興支援派遣部隊第7期要員が出国
初の女性パイロットも参加

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 昨年1月から始まった空自イラク復興支援派遣輸送航空隊の活動は、派遣隊員の強い使命感により、これまで順調に160回を超える任務運行を継続している。7月11日には派遣部隊第7期要員約100名の出国行事が関係者多数を迎え、小牧基地(司令・上田益三1佐)で盛大に実施された。また、翌12日、女性パイロットとして初めてイラク復興支援に赴く鞭馬奈美(むちま・なみ)2尉の記者会見が行われ、同2尉は「環境が異なるので体調に気を配り、一所懸命に頑張ってきます」と決意を語った。次いで、雨の降りしきる中、派遣隊員15名は格納庫内で大勢の関係者や家族の見送りを受けたあと、淡いブルーに塗装されたC-130に搭乗、クウェートへ向け出発した。なお、同夕にはチャーター機で85隊員も小牧基地から出国した。


C-130の出発を見送る基地隊員と留守家族

遠洋練習艦航海部隊
「かしま」「むらさめ」「ゆうぎり」参加

35カ国160隻が集結 英国・ポーツマス沖
トラファルガー海戦200周年『国際観艦式』

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前方を航行する観閲艦「エンデュランス」へ海自隊員が登舷礼


 トラファルガー海戦200周年を記念する国際観艦式が6月28日、英国南部のポーツマス沖で行われた。

 35カ国から160隻以上が集結し、日本からは、遠洋航海中の海自練習艦隊「かしま」「むらさめ」「ゆうぎり」の3艦が参加した。

 観艦式では、洋上に整然と並ぶ各国受閲艦艇の間を、エリザベス女王が乗艦した英国観閲艦「エンデュランス」が航行、順次観閲した。

 陪閲した齋藤?海幕長は「ポーツマス沖に約160隻もの艦艇がアンカリングする光景は非常に感動的ですばらしかった」「参加した海自練習艦隊3艦の登舷礼を各国司令官クラスから称賛された」と国際観艦式の様子を帰国後に語っている。

 トラファルガー海戦は1805年10月21日、ネルソン提督が指揮する英海軍がフランス・スペイン連合艦隊を撃破した戦いで、以後、ナポレオンの英国上陸が不可能となった。


英国マスコミのインタビューに答える海自代表隊


順調に遠航続ける


 海自遠洋練習航海部隊(指揮官・柴田雅裕海将補以下実習幹部約180名を含む約750名、練習艦かしま、護衛艦むらさめ、同ゆうぎり)は4月19日に東京晴海を出港後、パールハーバー、マンサニーヨ、バルボア、ノーフォークに寄港、現地で歓迎行事や記念式典などの任務に従事しながら6月25日、英国ポーツマスに入港した。

 国際観艦式に参加した遠航部隊は、ポーツマス出港後、「かしま」はロシアのサンクトペテルブルクへ、また、「むらさめ」「ゆうぎり」はノルウェーのオスロへと2派に分かれて訪問した。特に、サンクトペテルブルクに海自艦艇が入港するのは初めてのことで、7月5日から8日までの4日間、日ロの国交樹立150周年を記念した行事に参加するとともにロシア海軍大学生とのサッカー交歓会や「かしま」の一般公開なども実施した。

 2派にわかれた遠航部隊は再び合流、7月12日に次の訪問国ドイツ・ハンブルグに入港した。


優秀広報官等35名を招待
森陸幕長が記念品贈る

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森陸幕長夫妻(右)が招待者家族と固く握手し、その労をねぎらった


 優秀広報官等招待行事が6月14日夕、防衛庁A棟18階で開かれ、森陸幕長が優秀広報官等35名に記念品を授与した。

(優秀広報官の氏名、階級、所属地連は2面に掲載)

「全隊員を無事に家族のもとへ」
第5次イラク復興支援群 隊旗返還式

真っ黒に日焼けした隊員達に
今津副長官「頼もしく思う」とねぎらい

 第5次イラク復興支援群(群長・太田清彦1陸佐以下約500隊員=10師団主力)の隊旗返還式が6月5日、守山駐屯地で行われ、式典には、今津寛防衛庁副長官をはじめ守屋武昌事務次官、森勉陸幕長、渡邊元旦中方総監、廣瀬清一10師団長、関係団体の長、隊員家族ら約1300名が出席した。


今津副長官(左)に太田群長が隊旗を返還


慰労会で森陸幕長(左)が派遣隊員(狭間3曹=14普連・金沢)の労をねぎらいながら固く握手


 前日、イラクから政府専用機で名古屋空港に帰国したばかりの第3派約150名を含む約500隊員がベレー帽に迷彩服姿で営庭に整列する中、太田群長が「任務を完遂し、全員無事に帰国しました」と報告。次いで、壇上に上がり、今津副長官に隊旗を返還した。

 今津副長官は、真っ黒に日焼けした派遣隊員を前に「約3カ月間にわたる厳しい環境の中で任務を滞りなく達成した諸官を頼もしく思う」と、その労をねぎらいながら「この貴重な体験を誇りに思い、更に研鑽を重ねて我が国と国際社会の発展のために寄与するよう」訓示した。

 式典後、場所を移して各マスコミのインタビューが行われ、太田群長は「全隊員を無事に家族のもとへ帰すことが重要な任務の一つだったので正直ほっとしている」と安堵の表情を浮かべながら「派遣期間中は、サマーワの治安情勢も安定し、住民の生活環境の向上に貢献できたと思う」「5次群の任務は今日で終了したが、6次群が今なおイラクで任務遂行中なので、今後は6次群を一所懸命支援していきたい」と感想を述べた。

 引き続き、慰労会や合同コンサートなども開催され、幹部や家族とともに派遣隊員の無事帰国を祝った。

 

 ※第5次群は、今年2月からイラク南部のサマーワに派遣され、主に▽病院への医療支援、救急車搭乗員教育、ムサンナ県の医薬品倉庫に対する在庫管理指導等▽サマーワ市内水道管補修、ワルカ浄水場補修、アル・イザハラ女子中学校、アル・ミサック中学校等の学校・公共施設の復旧・整備▽消防車引き渡し式、スポーツ器材署名式、救急車供与式等、多種にわたる任務を遂行した。 

一体感を醸成した静浜航空ショー

5万人が熱狂
家族づれやファンが殺到

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美技の数々


 年1回行われ毎年多くの家族連れや航空ファンを魅了する『静浜基地一般公開』が5月15日実施され、県内外から5万人の人々が訪れた。主会場となった滑走路脇のエプロンでは目の前で繰り広げられる航空自衛隊の戦闘機や、練習機・ブルーインパルスなどが連続で繰り出す美技の数々に大空を見つめる人々からは思わず「ウォー!」という歓声や拍手が沸き起こっていた。特に突然の集中豪雨で、一時は「中止もやむなし」と覚悟された午後のブルーインパルス飛行。その後、一転して晴天を取り戻した会場では例年より多種多彩なブルーインパルスの華麗な演舞が立て続けに目の前展開された。突然のどしゃ降り雨に一度はあきらめかけた分もあってか、観衆の感動は例年にないほどの大きな歓声となって場内にとどろいていた。


今年度から導入のT-7


大勢の人々がエプロンに押しよせた


 「ずっげー楽しいよ♪」携帯電話で若者が話している、家族連れの顔も一様にニコやか。肩車で子供に最高のシートを用意する父親、長い望遠レンズを構える航空ファン――好天のもと静浜基地には早朝から多くの人々が集まった。

 自衛隊への理解を深めてもらう目的で毎年開催され恒例行事となっている静浜基地航空祭が5月15日行われた。今年度国内で最初となる自衛隊の大型航空ショーは「いつも通り」ではなく「これまで以上の」盛り上がりをみせる催しとなった。


想定外?でも観衆の心一つに

 開催にあたっては「想定外」の出来事がいくつか起こった。

 一つは、記憶にも新しい去る5月3日の静岡県警ヘリコプターの遭難事故。静浜飛行場発の同県警機が静岡市内で墜落5人が殉職した。航空自衛隊静浜基地(司令・柳原考重1等空佐)では、この事故を重くとらえ今回は通常の「静浜基地航空祭」ではなく「静浜基地一般公開」と名称を改める配慮、イベント開催中には殉職者の冥福を願う黙祷も行った。

 もう一つは、昼時の突然の豪雨。朝から晴天に恵まれた会場に突然、バケツをひっくり返したような雨が数十分にわたって降り注ぎ、雨具を持参していなかった多数の観衆は屋根のある場所へ一時回避、午後の演目中止を予想して会場を後にする人がでる程の豪雨に見舞われた。来場者はハプニングを共に体験したこともあって、雨上がりの午後には航空ショーを心から楽しむ気持ちが一つとなりサッカー観戦のサポーターさながらの興奮が会場を包んでいた。


ニューフェイスが国内外から見参

 恒例イベントだが、今年の静浜航空ショーは一味も二味も違った。アメリカ空軍所属の公式アクロバットチームによる「F-16C戦闘機」の飛行展示。アフターバーナーを用いた力強い機動力をみせつけた。また静浜基地に今年度から導入された新型練習機T-7もお目見え。排気音が静かな上、ターボエンジン装備により高性能な操縦性をもつ練習機の魅力を披露した。昭和53年から使用されてきたT-3との共演は、静浜基地の実力向上をアピールするとともに航空ショーに一段の彩りを添えた。

 ショーのプログラムは、T-3型・T-7型練習機共演に続きT-4練習機の飛行展示、F-15戦闘機・米軍F-16C戦闘機の飛行へ。UH-60救難ヘリコプター機が高度を保ちホバリングしながらの隊員垂直降下と救難者引き上げなども行われた。青天の霹靂ならぬ、どしゃ降りの雨による中断後は天候も一気に快晴へ回復、午後から予定されていたメインイベントであるブルーインパルスの演技はフルバージョンで行われた。

 航空自衛隊唯一のアクロバットチームである第11飛行隊の通称「ブルーインパルス」は様々な編隊や単独飛行を行ない、長野オリンピックで披露した美技や、スモークで巨大なハート型を描く〝キューピット〟などを次々に繰り出す。頭上を縦横無尽に駆け巡る迫力満点の機体飛行、描き出すスモークを使った妙技に、雨天中断から再開を待ち望んでいた多くの観衆は、妙技がきまる度に歓喜の声をとどろかせた。飛行展示の最終演目となったブルーインパルスの演技が終了した後も、地上に展示されている航空機やヘリコプターを見学。各機が帰還へ飛び立つ際には、手を振って見送るたくさんの人々、それに操縦士が応えて機体を振る姿も。魅(観)せる側と魅(観)せられた観衆のコミュニケーションが感じとれた一幕でもあった。

大野長官フィリピン・オーストラリアを訪問
歴代長官で初 現地でアロヨ大統領と会

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フィリピン国軍儀仗隊を巡閲する大野長官


 大野功統防衛庁長官が5月1日から4日間にわたって、フィリピン、オーストラリアを訪問、国防関係者等と意見交換した。フィリピン訪問は歴代防衛庁長官としては初めてのことで、大野長官は1日、フィリピン到着後、バターン半島、コレヒドール島に向かい、慰霊碑への献花や戦跡を視察した。翌2日には、リサール公園での献花に引き続き、アロヨ大統領、クルス国防長官と会談した。この会談は、経済、貿易という限られた分野でなく、国対国、全体としてのセキュリティや安全保障を議論していく絶好の機会となった。また、今後毎年、防衛首脳会議を開催していくことも決定した。次いで、大野長官はオーストラリアに移動、ヒル国防大臣との会談では、イラク情勢や国際的な災害救援、海上交通の安全などについて活発に意見交換した。最後に、クッタバル海軍基地を視察、献花などを行った。

初のサンクトペテルブルク経由
総航程5万5千kmへ出港

第49回 遠洋練習航海
実習幹部らが世界14都市を訪問

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実習幹部、乗組員を前に「諸君の健康と艦隊の安全なる航海を祈る」と齋藤海幕長が壮行の辞(4月19日、晴海埠頭で)


 平成17年度海上自衛隊遠洋練習航海部隊の出国行事が4月19日、北村誠吾政務官をはじめ防衛庁・自衛隊の高級幹部、衆参国会議員、乗組員の家族ら関係者多数が出席して晴海埠頭HK岸壁で行われた。派遣部隊は、練習艦隊司令官の柴田雅裕海将補を指揮官に第55期一般幹部候補生課程修了者約180名(うちタイ王国、シンガポール共和国留学生各1名)を含む約750名で、艦艇は練習艦「かしま」、護衛艦「むらさめ」「ゆうぎり」の3艦。155日間にわたって約5万5千kmを航行し、13ヵ国14寄港地を親善訪問する。特に、今回ロシアを初訪問、サンクトペテルブルクで日露通好条約150周年記念行事に参加する。また、カンボジアのシアヌールビルに初寄港するほか、英国ポーツマスではトラファルガー海戦200周年記念観艦式に参加する。 


関係者の見送りに応え「帽振れ」を行いながら155日間の遠航に出発


 午前9時すぎ、北村政務官が会場に到着、栄誉礼・巡閲に続いて壮行会が始まり、北村政務官は実習幹部に対して遠洋練習航海の意義を強調しながら「これまでの訓練の成果を十分発揮し、これを克服し、指揮官に必要とされる人格の修養と技量の錬磨に全力であたるよう」、また「各国との友好親善に努めるとともに異なる文化、歴史に直接触れ、将来の糧とするよう、更に、自由で平和な我が国を外から見つめ直し、国防の、そして国際貢献のあるべき姿について認識と理解を深めてもらいたい」と訓示した。来賓を代表して外務大臣官房長が祝辞を述べたあと、齋藤隆海幕長が登壇、壮行の辞の中で「この遠洋航海は教育訓練の総仕上げ。総員が教官の心構えで任務を完遂するよう」激励した。

 次いで、来賓の訪問国の各大使や国会議員が順次紹介されたあと、練艦隊司令官、各艦長、実習幹部等各代表に関係団体の女性からそれぞれ花束が贈られた。


 柴田練艦隊司令官が北村政務官に「練習航海に出発します」と力強く挨拶し、壮行会が終了。引き続き、柴田司令官を先頭に乗組員全員が一列になって「かしま」「むらさめ」「ゆうぎり」に乗艦、甲板等に整列した。午前10時すぎ、帽振れの中、来賓、家族ら大勢の関係者に見送られながら艦は、最初の寄港地ハワイへと出発した。

今津副長官が激励
「一生をかけるにふさわしい道」
防大53期入校式 新・幹部候補生472名

「全力を尽くして学業に励むことを誓います! 平成17年4月5日反橋寛之、ほか472名!」──若々しく張りのある声が記念講堂に響きわたる――防衛大学校・本科入校生代表の宣誓。受け入れる西原防大校長は式辞の最後に心から「諸君、入校おめでとう!」の言葉を返した。つい半月前には、恒例の"帽子投げ"で、たくましく育った卒業生を見送った記念講堂が、今度はフレッシュな顔ぶれを迎え入れた。


厳かな雰囲気のなか訓示を行う今津防衛副長官


 幹部自衛官を養成する防衛大学校(神奈川県横須賀市・西原正校長)では4月5日、入校式典が行われた。今年度の入校生は、本科第53期=472人(うち女子37人)、理工学研究科前期課程第44期=59人(同9人)、理工学研究科後期課程第5期=1人、総合安全保障研究科第9期=16人(同1人)。朝から晴れわたったこの日の式典は入校式・観閲式・午餐会の3部構成となっており、全国から多くの父兄・関係者が集った。

 入校式は記念講堂において、栄誉礼、国家斉唱、任命・宣誓・申告と厳かに進行。式辞において西原正防衛大学校長は、学生の「崇高な使命達成の道を進む決意」に敬意を表し、本科生に対しては慣れない学生舎生活に配慮しつつも「意欲と努力をもった心身の成長」を促した。研究科生には「国際平和への寄与できる研究成果」を要望した。また、訓示に立った今津寛防衛庁副長官は「将来の幹部自衛官として第一線に立つ姿に思いが至り限りない心強さと頼もしさを感じている」と感慨を深め、「諸君がこれから進まれる国防の道は国家存立の基盤、一生をかけるにふさわしい道」と激励。さらに、来賓代表として祝辞を行った小鹿勝見航空幕僚副長は「見事入校の難関を突破」した栄誉を讃え「切磋琢磨し強い同期の絆を築く」ことの大切さを自らのかつての経験を通して語った。

 観閲式では、今津副長官による巡閲、観閲行進、ドリル演技、ブルーインパルスによる祝賀飛行が順次、晴天下の陸上競技場で行われた。


ブルーインパルスの祝賀飛行


 一連の式典を終えた学生と父兄が記念撮影をする姿が散見され、思い思いに別れを惜しんでいる。父兄に話を聞くと、「息子は小学校5年生の時に航空ショーに魅了され以来、防大志望を公言し初志貫徹を果たした」という。「最初は冗談かと思っていたのですよ」と微笑む母親。今後の学生生活では「健康に注意し、初心を忘れず、もうひと回り大人になって欲しい」と。また、女子新入生の母親は「現代は女性も国際平和に貢献する時代、女子学生も多く見うけられ不安は全くありません」と誇らく話してくれた。「まず生活に慣れること!」「まだ先が見えていないが、先輩との関係を大切にしていきたい」と語ったのは男子新入生、「とても厳粛な感じを受けた」という入校式を終え意気揚揚とした面持ちが印象的だった。

 今年は例年より桜の開花が遅く、小原台でもこの日"満開"には至らなかった。これから大輪の花開く入校生の姿と重なってみえた。

第49期防大卒業式
「今日がスタート」
研鑽続け国民とともに

 立ち会ったものに、何か新しい勇気を与えてくれる清涼感、帽子投げ、昨日を吹っ切り、あらたな挑戦へ──。防衛大学校(神奈川県横須賀市)では3月21日、平成16年度の卒業式典が行われ、小泉純一郎内閣総理大臣、大野功統防衛庁長官、扇千影参議院議長はじめ衆参国会議員、防衛庁・自衛隊の高級幹部および、内外来賓や関係者の列席のもと、本科と研究科の学生に卒業証書が授与された。式典後は陸上競技場で在校生による観閲行進が行われ、新自衛官となった卒業生が陸海空制服で後輩の前に整列。留学生も各国の軍服姿で颯爽と並び、行進を見守った。また卒業生パイロットによる祝賀飛行が上空を通過し、後輩の門出にエールを送った。


 日本一おごそかな卒業式典、それは内閣総理大臣の臨場と、防大儀仗隊による栄誉礼で始まった。

 防大50周年記念講には日の丸、学校旗、そして留学生の祖国の旗が掲げられ、赤絨毯の祭壇に神事の趣がある。

 この日、小原台を巣立ったのは、本科学生・337名(女子29名、留学生12名)と研究科学生・79名(理工学研究科前期課程54名、後期課程5名、総合安全保障研究科20名)。

 本科学生のうち、陸上要員143名(女子9名)・海上要員82名(8名)・航空要員78名(7名)が曹長に任命され、幹部候補生となった。自衛隊の将来を担う若き指揮官がキャリアに一歩を踏み出した。

 大学院課程に相当する研究科では、理工学研究科・前期課程の第42期生が、総合安全保障研究科の第7期生が、それぞれ修士号を取得。理工学研究科・後期課程では5名の第2期生が卒業し、博士認定が期待される。専門分野の高度な理論を修め、引き続き自衛隊の発展に貢献する。

【今日がスタート】

 「本日は、鍛えた知力、精神力、体力を崇高な国防の任務に捧げるためのスタートの日である」。西原学校長が、本科学生全員と研究科学生の代表に卒業証書を手渡した。

 「柔軟な思考力をもった指揮官になれるよう、古典や歴史書に親しみ、洞察力と高い倫理観を磨き、勇気と忠誠、正義と責任感を尊ぶ武士道精神を涵養してくれることを要望します」と本科生に訓示した。

 また7カ国21名の留学生には「国際平和のために国境を越えた武人になって、友情が国際平和活動などで活かされることを祈ります」と将来を期待した。

【国民とともに】

 「学ぶことに終わりはない」すなわち「防大卒業はひとつの課程を乗り越えたこと。これから第一線の部隊に出て、文武両道、自ら研鑚を続けるよう願ってやみません」。

このように訓示した小泉首相は、内外での自衛官の活躍と、世界情勢の変化に言及、法制の整備など、着実に進めているが、まず「自衛隊に対する国民の理解と信頼があってこそ、自衛隊は日本の防衛という大任をまっとうできる」と述べた。「諸君には常に国民とともにある、という自衛隊の原点を守り続けて活躍していただきたい」とはなむけの言葉を贈った。

【平和の架け橋として】

 大野長官は「諸君の道は『崇高な道』『世界平和へ通じる道』である。防衛力を支える柱として、研鑚を重ねてほしい」と述べ、中越、インドネシア、またイラクでの自衛隊に対する感謝の言葉とふれあいを列に、「自衛隊のソフトパワーが各国の人々の共感を呼んでいる」と説明。また“未来からの大使”である留学生に「わが国との末永い架け橋として活躍してほしい」と希望した。

【礎ここに築かん】

 卒業生を代表して、学生長・永田恵学生が答辞に立ち、全学生が歌詞に思いを込めて、巣立ちの学生歌を高らかに斉唱した。各幕僚長から一般幹部候補生の任命を与えられ、卒業生たちは自衛官となった。陸海空を代表して納谷和希陸曹長、永田恵海曹長、松本直空曹長が自衛官の「宣誓書」を小泉首相に手渡した。交わした握手は固い。

 永田学生長の澄んだ声が抱負を一喝、全員が学生帽を高く投げ捨て、会場を揺るがす歓喜の突風となり、武人の道へ駆け出した。

邦人不明者遺体を鑑定
歯科医官2名も帰国

 インドネシア・スマトラ沖地震で被害にあった邦人身元不明者の遺体鑑定を行うため、タイ・プーケットに派遣されていた歯科医官の高田英記3陸佐(高射学校衛生課)と染田英利3空佐(航空医学実験隊)が1ヵ月の任務を終え、2月28日、帰国した。

 この派遣は外務省の要請を受けて実施されたもので、自衛隊の医官が海外における身元確認作業に携わるのは今回がはじめて。

 高田3佐と柴田3佐は派遣の間、15名の邦人行方不明者の特定を目的に、1日約20件の歯型写真及びレントゲンの照合を行うとともに生存情報と不明情報のデータベースを作成。約1ヵ月で3500名の遺体の中から5名の邦人を特定した。

 現在、歯型鑑定は身元不明者の確認手段として最も有効とされており、生存時の歯型や口の中の写真等が揃っていれば最短1週間での鑑定が可能。今災害の被害者もこれまで身元確認がされた500体のうち、9割が歯型鑑定による成果だった。

また遺族への遺体引渡しの際には、二人が直接家族に鑑定結果を告げ、見つかった経緯、一致の状況等を説明した。高田3佐はその時のことを、「どこかで生きていると信じる家族への説明はしんどかった」と振り返る一方、「ありがとうと言われてよかった。今後この分野で自衛隊として国緊隊と一緒に任務に就ければ」と話していた。


第19次ゴラン高原派遣輸送隊
たゆまず継続まもなく10年

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第19次ゴラン高原派遣輸送隊の43名は、成田空港で民航機に搭乗しゴラン高原へ向かった。現地到着後は18次隊から10年の伝統を引き継ぐ。左は隊長・佐藤和之3陸佐


 カンボジア、ホンジュラス、スマトラそしてイラク…。平和を育てながら、自衛隊も着実に成長してきたが、特にこれまで10年間、19次にわたって途切れることなく、誠実に、規律正しく、地道に、黙々と、中東の安定を下から支え続けたゴランPKO活動こそが、真に自衛隊らしい偉業ではないだろうか。2月18日に出国の「第19次ゴラン高原派遣輸送隊」(隊長・佐藤和之3陸佐、陸上要員35名、海上4名、航空4名、第1師団主力)が2月13日、練馬駐屯地体育館で編成完結報告と隊旗授与式を行った。これから半年間、砂漠を見下ろす標高1000メートルの高原地帯で輸送業務を行う。和の精神で平和を守るサムライの旅立ちにスポットを当てる。


 出発を目前に明るいニュースも飛び込んできた。2月8日にイスラエルとパレスチナが停戦合意。中東和平の成果にゴラン隊員のモチベーションも高まる。

 しかし一方で、2月16日にはシリアとイランが結束して米国に対抗する強硬姿勢を示すなど、情勢は日々刻々と変化する。

 1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領したゴラン高原返還問題をめぐり「全面返還」を要求するシリアに対し、「レバノンからのシリア軍撤退」を要求するイスラエルの、和平交渉は2000年1月以降中断したままだ。

 「なにゆえにゴランへ行くか──すべては日本のため、世界のためである」。編成監理官の第1師団長・矢澤昌志陸将は、練馬体育館内で編成完結報告に応えて、「ゴランの大地と風を体感すれば、大いなる意義を見出し、それぞれに人生の糧となる」「誇り高い思い出のために、隊長のもとで全員無事に任務完遂して帰国してほしい」と訓示した。

 1師団としては、第3次(平成9年2月から半年)第10次(12年7月から半年)についで3回目の派遣となる。



ゴランPKOはナンバー・ワン


 ゴランのPKO活動はナンバー・ワンである。去年で開始から30年、国連でもっとも古く長い歴史あるPKO活動だ。これまでに8カ国、5万人が参加。49名の尊い犠牲を出したが、武力衝突などの重大な事態はいっさい起きていない。

 その中で、無事故・無傷を誇るのが日本の自衛隊だ。10年という期間は、自衛隊の国際貢献のなかでも最長、しかも参加国のなかで、活動する地域の広さは自衛隊がナンバー・ワンだ。

 日本隊の活動は43名(と司令部要員2名)の少数だが、輸送、道路、宿営地の整備、重器材などの整備と改修、燃料など補給品の受領配分、補給倉庫保管物の管理、そして冬季にはヘルモン山の10メートルにおよぶ除雪を日本隊のみで実施する。その各種能力の高さは外国軍から「日本隊は200名くらいの規模だと思っていた」と言わしめたそうだ。

 東部方面総監・今村功陸将は「厳しい環境でも、これまでの実績に誇りと自信を持ち」、常に情勢に気を配って「最善の安全確保」を、さらに多忙であっても「家族との連絡をしっかりと」、以上の3点が訓示。「第19次ゴラン高原派遣輸送隊」の看板を佐藤隊長に授与した。


 青い帽子、青いマフラー、白い国連マーク。胸にはUNDOFの盾を模したバッジ。日本国旗と、日本隊を意味する「J‐CON」、今次「19th」の文字が刻まれている。佐藤隊長が自前で製作、全員に配った。


 ゴラン高原派遣輸送隊は長官直轄部隊となる。約100名の家族が見守る体育館で、柏村武昭政務官が激励の言葉をもって「隊旗」を授与した。ゴランに到着後は、各国軍人・文民たちとともに国連の管理下に入る。(写真=約100人の家族が見守る中、練馬駐屯地体育館で柏村武昭政務官が19次隊長・佐藤3佐に「隊旗」を手渡した)



インド洋大津波 被災者を救援

陸海空国緊隊、活動範囲広げる
今津副長官、先崎統幕議長も現地視察

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車載噴霧器で町中の水たまりにスミチオン殺虫剤をまく防疫救助隊(3日、アチェ市内で)


 陸海空3自衛隊でスマトラ沖地震被災者支援にあたっているインドネシア国際緊急援助隊は2月に入り、各部隊で活動の範囲を広げている。

 陸自の医療援助隊は2月3日、パンダ・アチェから空路で約1時間離れた西海岸地区・テノムでのワクチン・キャンペーンに参加。国連児童基金(ユニセフ)と共同で行った支援ではユニセフ親善大使の黒柳徹子さんらと子供たち約270名へのワクチン接種やビタミン投与を行った。また、1月29日からは感染症防止のための防疫活動をアチェ市内で開始。6日までに39,800?にわたりスミチオン殺虫剤を散布、この日までに予防接種した人数は1,948名、医療施設での診察患者はのべ2,300名以上にのぼった。

 一方、タイのウタパオ海軍基地を拠点に活動する空自の空輸隊では3日、NGOや企業からの救援物資等9.3トンをC-130輸送機でアチェまで空輸した。民間の物資を被災地等に輸送するのは国際協力活動の中でも今回がはじめてで「官民連携輸送」第1便となった。

 また先崎一統幕議長が2日から5日の間、インドネシア、タイに派遣されている各部隊を視察に訪れ隊員を激励、国軍司令官スタルト大将、米軍CSF司令官ブラックマン中将などを表敬した。


「くにさき」搭載のLCAC陸自車両や資材を陸揚げ


民間企業等から提供された支援物資を空自C130輸送機がはじめて被災地に輸送した(2日、アチェで)


先崎統幕議長(左から2人目)は統合連絡調整所(JCC)を視察し、派遣要員として関係各国との調整をはかる高田1佐?から現況報告を受けた(4日、ウタパオ海軍基地で)


陸海空自衛隊統合1,000人規模で
<インドネシア国際緊急援助隊>

インド洋大津波被害者を救援
応急医療チーム20隊員がアチェ州で活動開始

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 インドネシア国際緊急援助隊で救援物資の輸送や医療・防疫活動を行う陸上自衛隊派遣部隊本隊の約170名を乗せた海上自衛隊輸送艦「くにさき」はじめ護衛艦「くらま」補給艦「ときわ」が1月24日、インドネシア・バンダアチェ沖に到着、艦艇に積載したヘリの組み立て作業を行うなど支援活動への準備を整えた。海自派遣隊の3艦は12日に横須賀、佐世保をそれぞれ出港、24日にシンガポールのチャンギ港に寄港して陸自本隊と合流、今後も陸自部隊の支援活動に協力する。

 また、16日にはC-130輸送機など空自航空機で陸自応急医療チームがバンダアチェに到着。空港や市内に医療施設を開設し診療や予防接種など医療活動が実施されている。

 インドネシア国緊隊は陸海空、統幕あわせて約1,000名の規模で編成、3自衛隊統合体制でスマトラ沖地震とインド洋津波の被災者救援にあたる。


大野長官『年頭の辞』
「新しい時代に挑戦し、大活躍を」

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大野大臣が年頭にあたって高級幹部を前に訓示

(1月4日、防衛庁A棟講堂で)


 大野功統防衛庁長官は1月4日、防衛庁A棟講堂で防衛庁・自衛隊の高級幹部約1000名を前に「年頭の辞」を分りやすい言葉で述べた。内容は全国各地の隊員に向けても放送された。大野長官は酉年にちなんで「鶏鳴暁を告ぐ」ように心を合わせ「新時代へ向けて第一歩を踏み出そう」と呼びかけた。年頭の辞の要旨は次のとおり。


 明けましておめでとうございます。新しい年を皆様にはお元気でお迎え頂いたことと存じます。

 昨年は自衛隊の諸君におきましては、イラクの人道復興支援活動、そしてテロ特措法に基づくインド洋での活動、さらに南極観測船の「しらせ」での活躍、それから年末押し迫って急にスマトラ沖の地震がありました。急遽、テロ特措法の業務を終えて帰国途中の海上自衛隊の皆様に大活躍をしていただきました。実は昨日の夕方でございますけども、タイの国防大臣サン・ポン将軍から私のところへ直接電話がありまして、自衛隊、海上自衛隊の活動に対し、大きな大きな賞賛と感謝の言葉がございました。そして、私の方から、自衛隊は国際協力のために頑張っていくんだ、こういう話を致しました。電話の向こうからは、本当に弾んだ声が聞こえて参りました。

 また、長い間ゴラン高原でも活動いただいております。世界各国で駐在武官がいろいろな意味で活躍をしてくれています。そういう意味で、本当に自衛隊員の活動は国際的に大きく大きく評価されておる次第でございます。

 国内では、新潟県中越地方で災害派遣を致しました。それから台風被害地に災害派遣を致しております。国内からも、自衛隊の皆さんありがとう、こういう声がわき起ってきておるところであります。

 政策的に言いましても、新しい時代を先取りするような新しい防衛大綱を作成致しました。その他数々の仕事を政策面で新しい時代に向けて頑張ってくれております。私は今、新しい時代へ向けての第一歩を踏み出しているんだな、こんな感じで皆様と一緒に仕事をさせていただいていることを誇りに思っている次第であります。今年はご存じのように干支で言いますと酉年であります。酉年と言いますと、ときの声をあげる、こういうことが言われます。鶏鳴暁を告げる、こういうことも言われております。ときの声をあげる、頑張ろうという意味であります。鶏鳴暁を告ぐ、この言葉は、暗闇を破って、そして朝日を呼び起こそう、こういう意味でございます。どうぞ皆さん、心を合わせて新しい時代に挑戦していこうではありませんか。

 また、いろんな意味で総合性が大事であります。統合性と言っていいかもしれません。あるいは即応性、弾力性ということも大事であります。簡単に申し上げますけれども、今あらゆる意味で仕事の境界線が無くなってきているんではないか。外交と防衛の境界線も無くなってきております。そして自衛隊と警察、あるいは海上保安庁との境界線も次第に無くなりつつあります。どうか皆さん、セクショナリズムを廃していこうではありませんか。いろんな意味で考え直すべき点は考え直していかなくてはいけません。我々は新しい時代のシステムを基本的に長期的にそして国際的視野の中で考え直す、これが新しい時代を迎える新しい夜明けを迎える今年の我々の重大な責務ではないか、私はこのように思っておる次第であります。

 新しい年の課題はたくさんございます。どうか力を合わせて頑張って参りましょう。特に今申しあげましたような、新しい防衛大綱の下での防衛力作り、そしてまた今年はトランスフォーメーションの問題もあります。それから、国際協力業務の本来任務化というシステムを作っていかなければなりません。あるいはBMDの問題もこれからきちっとその手続きを論じていかなければなりません。シビリアンコントロールをきちっと守りながら、この即応性、弾力性、こういうことをかんがえなければなりません。そして、我々が長年期待し願望しておりました、いよいよ省昇格、防衛庁ではなくて防衛省としての昇格問題も出て参ります。今年は先程申し上げましたとおり、酉年であります。この酉がですね、大きな声で、変えようではないか防衛省に、こういうふうに鳴いてくれることを期待しておるものでございます。今年もどうぞ自衛隊の諸官、そして防衛庁の諸君、皆様心を合わせて新しい時代に挑戦する、そしてどうか今年は皆様にとりまして幸多き年となりますように、またご健康に十分注意をされて大活躍をされますように、心からお祈りする次第でございます。



隊員の安全や健勝を願って「大だるま」に目入れする大野大臣

新年のメッセージ

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三自衛隊を一元的に運用する統合の推進



統合幕僚会議議長

先崎一陸将

 国内外で勤務している隊員諸君並びにご家族の皆様、明けましておめでとうございます。

 さて、昨今の国際情勢は、テロへの取り組み、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散問題等、複雑で多様な脅威が顕在化しているのが特徴であります。このような情勢下、我が国は、イラク人道復興支援のためのイラク派遣やテロ対策のためのインド洋派遣を継続しております。また、UNDOFへの派遣、広範多岐にわたる災害派遣等を適切に実施してきました。

 こうした新たな安全保障環境に対応すべく、防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画が先般策定されました。

 この新たな脅威や多様な事態に即応して実効性ある措置を講ずるという時代の要請に応えるべく、今年は、三自衛隊を一元的に運用する統合の態勢のための準備を推進して参ります。また、引き続き国民の皆様の期待と信頼に応えていくためには、隊員一人一人が自信と誇りをもって任務や訓練に邁進できる環境を整備していくことが重要と考えています。

 隊員諸君には、謙虚さを忘れず、国民と共にあって公に尽くす精神と、事に臨んでは危険を顧みない勇気をもって、日々プロとしての実力の練磨を重ねることが益々求められてきております。

 本年もご家族の皆様方の自衛隊に対するご理解とご支援をお願い申し上げますと共に、隊員諸君とご家族皆様のご健勝とご多幸を祈念いたしまして新年の挨拶といたします。