自衛隊ニュース

ゲッキーのイラスト

陸自、米陸軍と実動訓練

《ハワイ》
戦術・戦闘能力の向上図る

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 陸上自衛隊は10月24日から11月27日までの間、米国ハワイ州スコーフィールド・バラックスで米陸軍と実動訓練を実施した。

 この訓練は、多様な事態に即応するため、効果的な訓練施設などを備えている米国に部隊を派遣して、経験豊富な米軍からノウハウを吸収し、戦術・戦闘能力の向上を図ることを目的としたもので、担任官は東部方面総監の澤山正一陸将。実施部隊は、陸自が第1普通科連隊の1コ普通科中隊基幹、米陸軍が第29独立歩兵旅団第2―229大隊で、人員179名、装備・火器(▽5・56ミリ機関銃MINIMI▽89式5・56ミリ小銃▽9ミリ拳銃▽対人狙撃銃▽84ミリ無反動砲▽87式対戦車誘導弾発射装置▽81ミリ迫撃砲▽12・7ミリ重機関銃)、車両(▽高機動車▽73式小型トラック▽73式大型トラック)をもって、市街地を含む地域戦闘を演練した。(写真は全て居住区や屋外で、米陸軍とともに実戦さながらに敵の掃討作戦を実施する陸自隊員)





未来をひらく情熱」テーマに
自衛隊音楽まつり

久間長官「音楽を通じて諸外国との友好築く」
一般市民4万6千人が感動

 今年度の自衛隊記念日行事の最後を飾る自衛隊音楽まつり「マーチング・フェスティバル2006in武道館」が11月17、18の両日、東京・九段の日本武道館で行われた。計4回の公演で約4万6千人が集い、17日夜の招待公演では久間章生長官も訪れ、2日間にわたる魅力あふれるステージで聴衆を惹きつけた。テーマ「未来をひらく情熱」を掲げた国際色に富んだ音の祭典は、同時に2年半に及ぶイラク復興支援活動における自衛隊の活躍と、日本が今後の国際貢献に向かって歩み始めた新たな時代を感じさせる力強い内容となっていた。


全出演者がステージにそろい、観客と一体となったフィナーレ(日本武道館で)


 軽快なファンファーレでパート1のオープニングセレモニーが華やかに幕を開け、日本国国旗入場・国歌斉唱の後、全出演音楽隊が会場の拍手とともにマーチに合わせ勇ましく入場した。

 続くパート2では「わが愛する郷土」と題し、中部方面・東北方面音楽隊の迫力に満ちたドリル演奏が展開された。中部方面音楽隊は「DRUM SOLO(四国民謡入り)」を、切れのあるパーカッションのソロで出だしから会場を沸かせた。東北方面音楽隊の「ねぶたばやし」は威勢のよいかけ声で、郷土の魅力とねぶたの躍動感を東北方面フラッグ隊とともに表現した。

 パート3の「鼓動!湧きあがる魂の響き自衛太鼓」では、陸・海・空合わせて12の太鼓チームがステージに結集。女性チームの八戸華炎太鼓の凛としたかけ声を合図に、勢いに乗った迫力の太鼓パフォーマンスが次々と披露された。確かなバチさばきが導く力強い響きは、ステージと聴衆を一体にし、会場は熱気に包まれた。


フィナーレで心温まる挨拶をする久間長官


 そして今回注目されたプログラムの1つ、パート4「情熱・新たな時代への行進」ではイラク派遣部隊の活動を映像で綴りながら、陸自東部方面音楽隊の蓑毛美奈2陸曹が情熱を込めて「ジュピター」を歌いあげた。

 パート5ではゲストバンドが登場。初出場のインド陸軍軍楽隊は、印象的な赤い衣装で堂々としたドリル演奏を展開した。ステージは在日米陸軍軍楽隊、米国海軍第7艦隊軍楽隊、在沖海兵隊音楽隊と続いた。

 米国海軍第7艦隊軍楽隊は久びさの登場となり、女性ヴォーカリストの表情豊かな歌い方や、リズミカルなバンドの演奏は会場の手拍子を呼び盛り上げた。

 クライマックスは陸・海・空各自衛隊音楽隊のドリル演奏がステージに華を添えた。陸自中音は「栄光の旗の下に」を含む3曲を歌を交え堂々と演奏。海自東音は「錨を上げて」など2曲をフラッグ隊の颯爽とした動きと合わせて演奏した。最後に空中音が「サンダーバード」を女性自衛官演技隊とともにスピード感あふれるストーリー仕立ての演出で披露した。

 防衛大学儀仗隊のファンシードリルでは、若者たちの統制のとれた動きに未来への期待を込めた大きな拍手があがった。次いで、フィナーレを迎え、3国国旗を先頭に全出演部隊約1000人が「海を越える握手」の曲に乗って順次入場、ステージいっぱいに整列した。この公演を視察した久間長官は「音楽まつりの開催に対する国民の皆様のご理解とご協力に感謝するとともに、音楽を通じて諸外国との友好関係を築けたことに大変感動した」と挨拶した。


「威風堂々第1番」の曲が流れる中、第302保安中隊が日・米・インド国旗を掲げて入場


 グランドフィナーレでは、会場は感動のなか「ラデツキー行進曲」の大合唱でひとつになり、国際平和への気持ちを新たにした「自衛隊音楽まつり」のステージに幕をおろした。

 また、公演の最後に指揮をとった海自東京音楽隊・渡仲郁夫隊長は「東京音楽隊長として今回で最後の公演を迎え、フィナーレではこれまでの音楽まつりの練習風景や聴衆の笑顔などが思い出された。また、国民の自衛隊に対する期待の大きさを改めて実感した」と感想を語った。

観閲官に安倍首相
志気高買う迫真の訓練展示 自衛隊観艦式
精強艦艇・航空機部隊、相模湾に集う

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護衛艦「くらま」艦橋で久間長官、吉川海幕長らとともに受閲部隊を観閲する安倍首相



 平成18年度自衛隊記念日行事「2006自衛隊観艦式」が10月29日、安倍晋三首相を観閲官に迎え、相模湾で行われた。この観艦式には予行を含め一般市民ら約5万3千人が参加、艦艇・航空機の華麗なパレードや迫力ある訓練展示を見学した。また、同28日、中央行事の一環として殉職隊員追悼式(防衛庁慰霊碑地区)、防衛庁長官感謝状贈呈式(グランドヒル市ヶ谷)が行われた。(写真=先導艦「いかづち」から見た観閲艦「くらま」(左端)。右側は受閲部隊)


訓練展示でPのIRフレア(予行)



一般市民ら53,000人が見学


 この日午前9時すぎから久間章生長官、大前繁雄、北川イッセイ両政務官、守屋武昌事務次官、齋藤隆統幕長、森勉陸幕長、吉川榮治海幕長をはじめ防衛庁・自衛隊の高級幹部、衆参国会議員、関係機関の長、一般招待者ら約400人が観閲艦「くらま」(艦長・松浦正幸1佐)に順次乗艦、相模湾の観艦式実施海域へ向け、横須賀地方総監部吉倉桟橋を出港した。朝方からの雨も上がり、天候が徐々に回復、晴れ間ものぞき始めた午前11時すぎ、安倍首相が海自ヘリコプターで「くらま」の飛行甲板に着艦、海自儀仗隊による栄誉礼を受け、巡閲した。

 正午すぎ、早朝の天候不良のため航空機の参加は中止になったものの、受閲艦艇部隊の旗艦「たちかぜ」を先頭に海保庁の巡視船「やしま」を含む艦艇8群・24隻が整斉と航行、「くらま」観閲台の安倍首相から順次観閲を受けた。引き続き、訓練展示が始まり、護衛艦による祝砲発射、対潜ロケット弾(ボフォース)発射、ヘリコプター発艦、潜水艦の潜航・浮上(=写真)、洋上補給、甲板散水、IRフレアー発射、ミサイル艇・LCAC高速航行などが実戦さながらに披露された。

 観艦式終了後、「くらま」飛行甲板に整列する高級幹部や乗員を前に安倍首相が訓示に立ち、北朝鮮の弾道ミサイル発射と核実験を非難するとともに防衛庁の省移行など必要な体制整備を行うことを強調した。

第1空挺団、米陸軍が教導訓練
連携要領や相互運用性の向上図る
関山演習場、高田・相馬原駐屯地で

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ヘリコプター戦技訓練でリペリング降下した隊員が偵察行動を開始


陸上自衛隊は、平成18年度日米共同訓練(米陸軍との実動訓練)を10月16日から26日までの11日間にわたって関山演習場、高田駐屯地及び相馬原駐屯地(相馬原飛行場)で実施した。

これは、陸自と米陸軍の部隊がそれぞれの指揮系統に従い、共同して作戦を行う場合の連携要領を実行動により訓練し、相互運用性の向上を図ることを目的に実施されたもので、担任官は日本側が第1空挺団長の岡部俊哉陸将補、米側が在日米陸軍司令官のエルバートN・パーキンズ陸軍少将。


説明を聞く森陸幕長(中央右)、岡部空挺団長(中央左)


訓練実施部隊及び規模等は、陸自が第1空挺団第2普通科大隊を基幹(1コ中隊/第2普通科連隊を配属)に人員約350名、主要装備は小銃、機関銃、迫撃砲、狙撃銃など。また、米陸軍がオレゴン陸軍州兵第41歩兵旅団第2―162歩兵大隊(オレゴン州ユージン所在)を基幹に人員約240名、主要装備は小銃、機関銃、迫撃砲、狙撃銃などで、迫真の日米共同作戦が演練された。

90式戦車、AH-1Sなど参加
陸自平成18年度米国射撃訓練

陸自火力戦闘能力の向上図る
ワシントン州ヤキマ演習場で

《写真撮影》野亦義久
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広大な米国ヤキマ演習場で射撃訓練に向かう90式戦車。

土煙りを舞い上げながら走行する姿が頼もしい


ARS


対戦車誘導弾を発射した瞬間


 陸上自衛隊は9月7日から16日までの間、米国ワシントン州ヤキマ演習場で射撃訓練を実施した。この訓練は、陸上自衛隊の主力火器等の機能を組織的に連携させた射撃訓練などを米国内で実施し、陸自の火力戦闘能力の向上を図ることを目的としたもので、廣瀬誠北方総監を担任官に主要実施部隊は▽対戦車誘導弾部隊(北部方面隊第2師団の対戦車誘導弾部隊)▽戦車部隊(北部方面隊第7師団基幹の戦車部隊)▽対戦車ヘリコプター部隊(北部方面隊の対戦車ヘリコプター部隊)。射撃訓練部隊指揮官・田中達浩第2師団副師団長以下人員約220名、79式対舟艇対戦車誘導弾発射装置(HATM)4コセット、90式戦車5両、対戦車ヘリコプター(AH-1S)4機等が参加、戦闘射撃や連携射撃を演練した。

陸自イラク後送業務隊が帰国
空自は今なお支援活動続ける

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 クウェートで陸自イラク派遣部隊の撤収作業に従事していたイラク後送業務隊(隊長・加治屋裕一1陸佐以下約100名)が9月9日、任務を完遂し無事羽田空港に帰国した(=写真)。陸自幹部らの出迎えを受けた一行は、大型バスで市ヶ谷駐屯地へ移動、統幕や陸幕の高級幹部をはじめ留守家族約250名の盛大な出迎えを受けたあと、A棟前広場でお互いの再会を喜び合っていた。

 隊旗返還式は11日昼、防衛庁A棟講堂で行われた。開式の辞に続いて愛知治郎政務官が登壇、整列した派遣隊員から栄誉礼を受けたあと、加治屋隊長が力強く帰国報告した。愛知政務官は訓示の中で「陸自によるイラク復興支援活動は、諸官の帰国をもって本当の意味での終了を迎えた」と称えながら「貴重な経験を活かし、今後も我が国の平和と安全のため、また国際社会の平和と安定を確保するため、引き続き頑張るよう」要望した。部隊表彰に続いて、最後に、加治屋隊長が壇上の愛知政務官に隊旗を返還し、式を終了した。

 一方、航空自衛隊はクウェートのアリ・アルサレム基地を拠点に、現在もイラク復興支援活動を継続中で、9月6日にはアリ・アルサレム―バグダッド―エルビル間でC―130輸送機の運航を実施し、国連の人員・物資を空輸した。

政策方針の周知徹底図る

自衛隊高級幹部合同を開催
小泉首相「使命感、自信と誇り持て」

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 第42回自衛隊高級幹部合同が9月6日、自衛隊最高指揮官の小泉純一郎首相を迎え、防衛庁市ヶ谷庁舎A棟2階講堂で行われた。これは、防衛庁の政策方針を自衛隊の高級幹部に周知徹底させるとともに当面する自衛隊の重要課題について意見交換することを目的としたもので、額賀福志郎長官をはじめ木村太郎副長官、高木毅、愛知治郎両政務官、守屋武昌事務次官、齋藤隆統幕長、森勉陸、吉川榮治海、吉田正空の各幕長、北原巌男施設庁長官以下部隊・機関の将官クラス等多数が出席した。午前9時、小泉首相が防衛庁A棟正面玄関前に到着、第302保安中隊による特別儀仗を受け、額賀長官とともに巡閲した。次いで、A棟講堂内に整列する高級幹部を前に小泉首相が訓示を述べ、陸自イラク派遣部隊の任務完遂を称えるとともに今後とも「使命感、自信と誇りを持って自らの任務に邁進するよう」要望した(写真)。また、額賀長官は訓示の中で様々な課題について触れ「任務の重要性と責任の重さを自覚し職務に専念するよう」要望した。引き続き、守屋事務次官の説示、齋藤統幕長の挨拶、統幕・技本・装本・施設庁の報告などが行われ、最後に木村副長官が挨拶し、会同を終了した。

500ポンド爆弾2発を同時爆破
空自「滑走路復旧訓練」

 平成18年度「実爆を伴う滑走路被害復旧訓練」が8月9日、宮城県の王城寺原演習場で実施された。この訓練は毎年実施されているもので、今年は中部航空方面隊が担当した。航空施設隊の滑走路被害復旧能力の向上などを目的として、中部航空方面隊司令官の外薗健一朗空将を訓練部隊指揮官に中部航空施設隊(田口克己司令)を中心とした訓練で人員約220名が参加した。

 あらかじめ設置した45m×35mの模擬滑走路を500ポンド爆弾2発で爆破(=写真)、その後、重機を使用しての弾痕を復旧し、飛行場の運用を再開させるという内容で、この訓練の状況は、第1移動通信隊により全国の基地に衛星回線で中継された。

 爆撃されたとの想定のもと、弾痕状況を化学防護衣を着用しての調査、これは化学兵器が使用された可能性があるためで、弾痕の調査後、いち早く飛行場を再開するために、どのように普及するかが検討され、復旧活動が開始された。500ポンド爆弾2発の爆破により浮き上がったコンクリートを除去し、土砂により埋め戻し、表面を平にする。狭い滑走路上に多くの施設器材がぶつかることなく行き交う様子は正に圧巻であり、普段からの訓練の賜。そして滑走路復旧マットを展張、敷設、固定、最後に飛行場のマーキング、非常用滑走路灯が設置され、訓練は終了した。

 陸海空各自衛官、防衛施設庁職員や米軍関係者など200名以上の研修者、また、地元テレビ局による取材の中、訓練は整斉と行われ、最後に、外薗中空司令官から隊員に対するねぎらいの言葉があり、訓練を終了した。

空自イラク復興支援部隊、隊旗を返還
《朝霞》
2年半、5500隊員が任務果たす

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小泉首相が登壇、額賀長官とともにイラク派遣隊員から栄誉礼を受ける(7月29日)



 陸自第10次イラク復興支援群(群長・山中敏弘1佐以下約500名=12旅団主力)と陸自イラク復興業務支援隊(隊長・小瀬幹雄1佐以下約100名)が7月25日までに全員無事に帰国した。これに伴い、同29日、陸自朝霞駐屯地で隊旗返還式を実施し、約2年半にわたり延べ5500名が派遣された陸自イラク人道復興支援活動が終了した。(写真左=額賀長官に山中第10次群長が隊旗を返還した)

 隊旗返還式は29日午前、自衛隊最高指揮官の小泉純一郎首相を迎え、防衛庁側から額賀福志郎長官、愛知治郎政務官、守屋武昌事務次官、先崎一統幕長、森勉陸幕長、澤山正一東方総監、長谷部洋一12旅団長、榊枝宗男警務隊長、また、麻生太郎外務大臣、アルジュマイリ・イラク大使や国会議員、協力団体、隊員家族、自衛隊関係者ら約950人が出席して陸自朝霞駐屯地で行われた。(写真下=留守家族席の横を派遣隊員が次々に入場行進)



午前10時半すぎ、歴代イラク復興支援群・警務派遣隊・業務支援隊長との懇談を終えたばかりの小泉首相が式典会場の体育学校体育館に臨場、整列したイラク派遣約600隊員から額賀長官とともに栄誉礼を受けた。

 国旗に敬礼、国歌斉唱に続いて山中群長が壇上の額賀長官に「全ての任務を終了し帰国しました」と力強く帰国報告したあと、小泉首相がイラク派遣隊員の現地での活動実績を称えながら代表者の山中群長に内閣総理大臣特別賞状を授与した。

 引き続き行われたメインの隊旗返還式では、壇上の額賀長官に対して山中群長、小瀬業務支援隊長、鵜飼辰夫警務派遣隊長が順次色鮮やかな隊旗を返還するたびに、任務完了の安堵感を伴った大きな拍手が会場に響き渡った。

 真っ黒に日焼けし、イラクから帰国したばかりの精悍さ漂う派遣隊員を前に小泉首相が訓示に立ち「厳しい環境下で、困難な仕事を立派に果たし、無事帰国されたことに心から敬意を表します」と称えた。次いで、額賀長官は現地での労をねぎらいながら「イラクでの体験を今後とも国際協力活動に活かすよう」要望した。また、アルジュマイリ大使が「皆様方の任務は成功し、日本とイラクの間の友情と協力の基盤が構築されました」「皆様方の業績は全ての日本国民にとっての誇りです」とイラク国民と政府を代表して祝辞を述べたあと、小泉首相、額賀長官に感謝の意を表明しながら固く握手を交わした。

陸自イラク派遣部隊600名、無事帰国
額賀長官「2年半にわたる任務を見事完遂した」

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羽田空港に無事帰国、緊張の中にも一瞬安堵した表情を浮かべながら日本航空チャーター機のタラップを降りる陸自イラク派遣隊員(7月20日)


 額賀福志郎防衛庁長官の撤収命令を受け、イラク南部のサマーワ宿営地からクウェートのアリ・アルサーレム空軍基地に移動していた陸自第10次イラク人道復興支援群(群長・山中敏弘1佐以下約500名=12旅団主力)と陸自第5次イラク人道復興業務支援隊(隊長・小瀬幹雄1佐以下約100名)が7月20、23、25日の3派に分かれて日本航空のチャーター機で羽田空港に無事帰国した。同空港で、陸自隊員や関係者多数の出迎えを受けた派遣隊員一行は、相馬原駐屯地や市ヶ谷駐屯地などの各々の所属部隊に大型バスで移動、先崎一統幕長をはじめ防衛庁・自衛隊の高級幹部、留守家族らの盛大な出迎えを受け、無事の帰国をお互いに喜び合っていた。

 これに先立って、額賀長官は7月16日から19日までの4日間にわたってクウェートを訪問、イラクのサマーワ宿営地から移動してきた陸自派遣部隊を出迎えるとともに陸自イラク後送業務隊(隊長・加治屋裕一1佐以下約100名)と空自イラク復興支援派遣輸送航空隊(司令・西野厚1佐以下約200名)を視察、直接隊員に声をかけて激励した。額賀長官はアリ・アルサーレム基地で陸自、空自の派遣隊員が整列する中、訓示に立ち、2年半にわたる陸自派遣隊員の復興支援活動を称えながら「見事に国から与えられた任務を完遂した。この経験を糧として、今後も自らの人生、社会、国、世界のために活かすよう」要望した。また、引き続きイラク人道復興支援活動を継続していく空自派遣隊員に対して、安全確保を第一に任務に励み「最後の殿役としての目的を達成するよう」要望した。

 また、額賀長官はクウェート国防相や外相を表敬して会談したほか、米陸軍キャンプ・アリフジャン、キャンプ・バージニアを視察、精力的に意見交換した。


米陸軍キャンプ・アリフジャンに到着、ウィットコム中将との会談に向かう額賀長官(7月16日)


空自C―130でアリ・アルサーレム基地に到着した陸自派遣隊員を額賀長官が出迎え固く握手して労をねぎらった


北朝鮮、ミサイル7発連続発射

防衛庁・自衛隊総力あげて警戒態勢
国連安保理に制裁決議案提出

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 北朝鮮は7月5日午前3時30分頃から午後5時20分頃にかけて計7発の弾道ミサイル(飛翔体)を発射した。

 いずれもロシア沿海州南方の日本海に落下(図参照)、特に3発目のミサイルは「テポドン2号」(射程3500~6000km)で、発射に失敗した可能性が高い。他は、中・短距離型のノドンとスカッドミサイル。

 日本政府は、ミサイル発射後、直ちに首相官邸に対策室を設置し、情報の収集や分析にあたった。また、防衛庁ではミサイル発射直後から額賀長官をはじめ防衛庁・自衛隊の高級幹部が次々に登庁、米軍からの早期警戒情報や三陸沖、日本海に展開している海自イージス艦からの情報を細かく分析するとともに万全の警戒態勢をとった。額賀長官は8年前の1998年8月、北朝鮮が「テポドン1号」を発射した時の防衛庁長官でもあり、その時の自らの経験を活かしながら陣頭に立って的確に隊員を指揮している。

 政府は5日の安全保障会議で北朝鮮に対して(1)ミサイルの開発中止、廃棄、輸出停止、6カ国協議に早期かつ無条件に復帰(2)万景峰92号の入港禁止(3)北朝鮮当局の職員の入国を原則禁止(4)北朝鮮船籍の船舶の乗員の上陸を原則禁止(5)わが国の国家公務員の渡航を原則見合わせ(6)航空チャーター便の乗り入れ禁止、などの制裁措置を決定した。

 また、日米英仏の4カ国は緊密に連携をとりながら北朝鮮に対する制裁決議案を国連安全保障理事会に提出している。

イラク復興支援群、撤収開始

陸自
小泉首相「厳しい環境下、派遣隊員の活躍に心から感謝」

 政府は6月20日、安全保障会議を開いてイラク南部サマーワで人道復興支援活動に従事している陸上自衛隊の撤収を正式に決定した。小泉純一郎首相は記者会見で「イラク政府や住民から高い評価を受け、感謝のうちに撤収できることは大変喜ばしいこと。自衛隊が日本国民の善意を実行する部隊だという強い自覚を持って、汗を流し、厳しい環境の中で活躍してくれたお蔭であり、心から敬意と感謝を表明したい」と述べた。(日本に対するイラクの人々の感謝の言葉は2面に掲載)

 これを受けて額賀福志郎長官は同日、先崎一統幕長に対し陸自第10次イラク人道復興支援群(群長・山中敏弘1佐以下約500名=12旅団主力)の撤収命令と、撤収作業を支援するイラク後送業務隊(隊長・加治屋裕一1佐以下約100名)の編成命令を発出した。後送業務隊は日本を出国したあと、現地で活動を続けている第5次復興業務支援隊(隊長・小瀬幹雄1佐以下約100名)と交代し、装備品の梱包や輸送、洗浄作業などにあたる。


炎天下の厳しい環境の中、膨大な量の装備品をチェック


コンテナの中の物品をフォークリフトで慎重に運ぶ


サマーワ宿営地に並ぶコンテナを大型重機で順次移動


 一方、クウェートを拠点に復興支援物資の空輸にあたっている空自イラク復興支援派遣輸送航空隊(司令・西野厚1佐以下約200名)は活動を継続することが決まった。

 額賀長官は20日の記者会見で、平成15年1月のイラク派遣以来「この2年半、陸自隊員延べ5500名が無事に復興支援活動ができたことは大変良かった。自衛隊の活動に対して世界中から高い評価を受けたのも隊員一人ひとりが任務を完遂してきた成果」と派遣隊員を称えた。また、額賀長官は23日、防衛庁・自衛隊の高級幹部とともにサマーワ宿営地の隊員とテレビ電話を通じて懇談し、これまでの労をねぎらうとともに撤収の際の安全確保に十分配慮するよう指示した。

自衛隊国際緊隊が医療支援
ジャワ島中部地

援護所設置、巡回診療、防疫活動も
10師団、1輸空主力の200隊員

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プランバナン救護所で被災者の治療にあたる派遣隊員


 5月27日午前5時54分(日本時間午前7時54分)頃、インドネシア・ジャワ島中部でM6・3の強い直下型地震が発生、ジョグジャカルタ周辺で死者5500人を超える大きな被害をもたらした。

 インドネシア政府からの医療支援要請を受けた日本政府は29日、国際緊急援助法に基づく自衛隊の派遣を決定、額賀長官が先崎一統幕長に派遣準備を指示した。翌30日午前7時すぎ、統幕運用部の早渕昇1陸佐以下内局、統幕、陸・海・空幕など19隊員から成る先遣隊が出発。同日夕、被災地のジョグジャカルタに到着、調査を開始した。


大勢の被災者が避難している場所を巡回診療


 また、額賀長官からの派遣命令を受けた陸自は、国緊隊待機部隊の第10師団(守山)を主力に医療援助隊を編成。6月1日、陸自「インドネシア国際緊急医療援助隊」(上野栄1佐=第10後方支援連隊長兼春日井駐屯地司令)の第1派約50隊員に火箱芳文10師団長が隊旗を授与したあと、小牧基地の空自「インドネシア国際緊急援助空輸隊」(隊長・小林雅也3佐以下約35名)のC―130輸送機などに搭乗、翌2日に現地入りした。第2派の約100隊員は4日午前11時、中部国際空港から民航機で出発、翌5日にジョグジャカルタ空港に到着した。既に現地で医療活動を続けている第1派と合流、支援活動を本格化した。

 7日現在、医官14名、看護師18名、防疫班15名などで編成する医療隊を中心に、ブンダル村、プランバナン地区での救護所診療やブルバー地区の巡回診療を行い、医療実績の累計は外科472名、内科461名の合計933名にのぼっている。また、7日から防疫活動も開始している。

日本の図書など2万4千冊を輸送

陸自イラク復興支援群
イラクの子供たちとの架け橋に

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代表の子供が贈られた図書を手にして小野寺群長に謝辞を述べた(5月11日) 


 イラクで人道復興支援活動に従事している陸自派遣隊員は5月11日、サマーワ近郊のアル・アスマイ小学校(分校)で、アラビア語図書輸送完了式等を実施した。

 式には、陸自側から小野寺靖9次群長、外務省サマーワ事務所長代理、施設隊長、施設庁技官、また、イラク側からムサンナ県知事、県評議会議長、県建設復興委員長、県教育局長、サマーワ市長、サマーワ市評議会議長、ヒドル市長、ヒドル市評議会議長、アル・アスマイ学校長、アル・ダーヘラ学校長、施工業者代表が出席した。

 このアラビア語図書の贈呈は、日本政府のイラク人道復興支援事業の一環として国際交流基金が企画したもので、陸自が現地までの輸送を担った。陸自のイラク人道復興物資輸送事業は今回で12回目になる。


子供と一緒になってWACも絵本に見入る


ムサンナ県教育局長(左)へ図書を贈る外務省職員


 贈呈したアラビア語図書は総計2万4千冊(9種類)。内訳は、国際児童図書評議会(IBBY)の優秀作品リストをもとにスーザン・ムバラク児童文学賞受賞作品を選定したアラビア語圏の児童図書5種類と、日本の図書4種類で、外務省所長代理からムサンナ県教育局長へ供与された。今後、教育局を通じて328校の小学校、15の幼稚園、4つの福祉施設、子供文化センターなどに配分される。

 贈呈式後、小野寺群長は「陸上自衛隊は人道復興支援業務の一環として2万4千冊の輸送に携わりました。これによって多くの生徒が読書を楽しみ、夢を実現する助けとなれば我々としても大変喜ばしいことです」と語った。


日本の図書2冊の表紙


 【日本の図書4種類の概要】▽『はじめてのやまのぼり』皇后陛下が、御一家で山登りをされた時の思い出を基に書かれたもので、不安と期待の中で初めての山登りを成し遂げる一人の少女の姿が描かれている絵本▽『氷山ルリの大航海』氷山であるルリが北極から南極へ行く話を通じて、自然環境の豊かさと大切さを説いたもので、既にアラビア語版がエジプト・カイロの大手出版社から市販されている。ムサンナ県教育局が、日本の科学技術や環境問題などに関する取り組みに強い関心を持っていることから選定▽『折り紙セット』(2種類)日本の伝統文化で、海外でも高い評価を得ている折り紙を紹介するために選定。ムサンナ県教育局から小学校4年生以上の図工の授業に適するとの評価を得ている。

日米安保協議会を開催
海兵隊のグアム移転など決まる

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日米安全保障協議委員会(2プラス2)を終え、共同会見に臨む(右から)額賀長官、麻生外相、ライス国務長官、ラムズフェルド国防長官


 外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)が5月1日、米国ワシントンの国務省で行われた。協議には、日本側から麻生太郎外務大臣、額賀福志郎防衛庁長官、米国側からライス国務長官、ラムズフェルド国防長官が出席、日米同盟の重要性や世界地域の情勢などについて活発に意見交換した。この中で在沖海兵隊のグアムへの移転を含む在日米軍再編の最終報告も決定した。額賀長官は翌2日、ウォルター・リード陸軍病院を訪れ、イラクで負傷した兵士を見舞ったあと、国防総省でラムズフェルド長官と会談、今後の日米間の防衛協力の枠組みなどについて協議した。

観閲パレード、模擬戦闘、各種イベントを開催
創立32周年を祝う

<滝ケ原>


壇上の井上司令の前を精強部隊が堂々と観閲パレード


雨の中、迫真の戦闘訓練が繰り広げられた



 4月16日、春雨にけぶり、桜が満開の滝ヶ原駐屯地(司令・井上敏憲1佐)で創立32周年記念行事が盛大に行われた。

 午前10時、記念式典が始まり、国旗入場、国歌斉唱に続いて井上司令が車両に搭乗、整列した各部隊を順次巡閲した。井上司令は式辞の中で、滝ヶ原駐屯地の歴史、沿革について触れながら「今後とも国民の期待に応えていくこと」を強調した。

 来賓祝辞、祝電披露などに続いて観閲行進が始まり、所在各部隊が壇上の井上司令に敬礼しながら堂々と行進、観客から一段と大きな拍手が送られていた。

 AH1Sヘリコプターの観閲飛行に続いてオートバイドリルやヘリコプターによる救出活動が観客席前でスリリングに展開された。また、模擬戦闘訓練では全部隊が登場、戦車や高射砲の射撃など、実戦さながらの訓練を披露した。

 なお、雨にもかかわらず終日、大勢の家族づれが駐屯地を訪れ、模擬売店、レンジャー体験、南極の氷などの広報展示、ミニ鉄道、豚汁配布などのアトラクションを満喫していた。

(写真=スリル満点のレンジャー体験にチビッ子も大喜び)

自衛隊医官の道へ
防医大33期入校式

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満開の桜に迎えられ、防衛医大第33期生76名の入校式が盛大に行われた(4月7日、同校体育館で)


 満開の桜が咲きほこる中、防衛医科大学校医学科第33期学生の入校式が4月7日、埼玉県所沢市の同校体育館で行われた。式には、高木毅政務官をはじめ防衛庁・自衛隊の高級幹部、日本医師会などの関係者、地方自治体の長、父兄ら多数が出席した。

 午前10時すぎ、高木政務官が臨場、同校儀仗隊による栄誉礼を受けた。開式の辞に続いて、全員で国歌を斉唱したあと、鳥瀉親雄学校長が登壇、新入生76名を第33期学生に任命するとともに入校を命じた。これに対して、代表学生が力強く宣誓し、宣誓書を鳥 学校長に託した。

 鳥瀉学校長は式辞の中で、「防衛医大は、医師である幹部自衛官の育成を目的として設立されたこと」また、「学生は既に自衛隊員であり、集団生活の中で規律を保持し、秩序を重んじる学生生活を送ることが求められる」と強調、「自覚と誇りを持って学業に、訓練に、課外活動に励んで、将来、自衛隊衛生のためのみならず医療を通じて我が国の平和のため、国際平和のために貢献できる実力をつけ、国民の負託に応えることのできる立派な医師である幹部自衛官となるよう」要望した。

 また、高木政務官は日本を取り巻く世界情勢の変化や総合臨床医としての自衛隊医官の心構えについて触れ、「いかなる困難な状況においても対応できる柔軟性と幅広い国際感覚を養い、良識ある社会人として成長していくよう」訓示した。

 来賓を代表して、宝住与一・日本医師会副会長と荒川堯一海幕副長が祝辞を述べたあと、最後に、学生全員で声高らかに校歌を斉唱、入校式を終了した。


イラク派遣隊員から防大50期卒業生へ

 防大50期卒業生に対して、今なおイラクで活動を続ける第9次復興支援群長の小野寺靖1陸佐(25期)と、第5次復興業務支援隊の西村修2陸佐(35期)の両先輩からメッセージが寄せられましたのでご紹介します。



イラク復興支援群長 小野寺 靖

 ご卒業おめでとうございます。第9次イラク復興支援群長の1等陸佐小野寺靖です。

 ここイラクでは3月21日はナウルーズとよばれ、日本の「春分の日」にあたります。気温も上がってきましたが、湿度が低くすごしやすい今日この頃です。私たちが所在するサマーワ宿営地周辺では緑も多く見られ、羊が草を食べる風景は平穏そのものです。サマーワはイラク国内でも比較的治安が安定しており、いたるところで住宅が建設され、復興の息吹を感じます。

 私たち第9次復興支援群は、サマーワを中心とするムサンナ県において医療支援、学校等公共施設の復旧・整備を実施しています。特に外務省との密接な連携のもと、住民の皆様から要望の高い水、電気、雇用問題を焦点として取り組んでいます。

 活動にあたっては、「献身・友情・誠実」をスローガンに掲げています。「献身」とはイラクの人々の視点に立ち、現地に根ざした支援を尽くすこと、「友情」とは、イラクの人々に敬意を表し、これまで築かれた信頼関係を深めること、そして、「誠実」とはイラクの人々と礼節を持って接し、日本人の心を伝えることを意味しています。単に施設を建設・補修するだけではなく、日本の善意を伝えイラクの方々に受け入れられながら復興を支援する我々のやり方は、ムサンナ県で広く支持され、多国籍軍からも高く評価されています。私たちの活動はイラクの復興や中東の安定に貢献するばかりでなく、世界に日本の真摯な姿を示し、もって日本を取り巻く良好な環境を醸成するため寄与していると考えています。何よりも、イラクの子供達の純粋な笑顔に接するとき、一人の人間として、復興支援活動の意義と重要性を強く感じます。

 ここ数年、世界情勢の変化はめまぐるしく、自衛隊も急速に変化しています。国内においては弾道ミサイル防衛、ゲリラコマンドウ対処、国民保護など幅広く現実的な役割が自衛隊に課される一方、国際的な安全保障環境を改善するための積極的な取り組みとして自衛隊が海外で活動する場面も多くなってきました。イラク復興支援群やゴラン高原のPKOといった陸上自衛隊の活動はもちろん、クウェートに展開する航空自衛隊、インド洋で活動する海上自衛隊など、各自衛隊が中東の安定に貢献しています。

 防大卒業生の皆様は、4年間の修学を通じて多くの知識・技術を身につけ様々な経験を積まれたことと思います。今後は幹部候補生学校を経て各部隊に赴任し、活躍されることでしょうが、これからも、幅広い知識と国際感覚を養い、陸・海・空の絆を大切にして、国内外の幅広い分野で活躍されることを期待しております。




部隊の中で鍛える 西村 修2陸佐

 防衛大学校50期生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんは防大卒業後、陸海空それぞれの初級幹部として第一歩を踏み出すことになります。初級幹部時代の原隊における経験は、じ後の自衛隊勤務における柱となるべき重要な時期でもあります。新進気鋭の小隊長として、元気溌剌として陣頭に立ち、失敗することを恐れず、いろいろな経験を積んで部隊の中で鍛えられることが重要であると思います。

 皆さんの部隊への着任を今から楽しみにしております

T-1B、ラストフライト
空自第5術科学校

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最終フライトのセレモニーで放水を受けるパイロットも満足そう


新たな道へ

連続無事故飛行10万時間超える


 航空自衛隊第5術科学校(小牧)に配属されているT-1B型機のラストフライト行事が3月3日、同校飛行課前エプロン地区で行われた。

 午前9時、全基幹隊員が整列する中、開式の辞に続いて杉野隆久

飛行課長が双石芳則学校長に対して申告した。次いで、T-1型機4機が順次、離陸。飛行場上空でダイヤモンド隊形を組んで華麗に飛行しながら、3機は浜松基地へと向かった。1機は編隊離脱後、地上展示するため小牧基地に再び帰還、機長の楠本明彦3佐らにWAFから花束が贈られた。

 今回のラストフライト行事は、5術校飛行課が3月27日付をもって整理されることに伴うもので、T-1型機も3月までで用途廃止となる。輝かしい歴史を誇る飛行課は、これまでに795名の要撃管制幹部を養成するとともに10万時間を超える連続無事故飛行時間を記録、昨年5月10日に防衛庁長宮から第1級賞状を授与されている。

また、T-1型機は、初鷹の愛称で呼ばれ、A型機とB型機があり、過去に66機生産され、パイロット訓練生が初めて乗るジェット練習機として親しまれてきた。現在は岐阜基地に1機と小牧基地の5術校に4機の計5機のみとなっている。


T-1B型機とともに双石学校長をはじめ基幹隊員が一堂に

(3月3日、小牧飛行場で)

ゴランPKO 10周年の節目迎える

<第20次派遣輸送隊>
ジウアニ宿営地 盛大に記念式典
森陸幕長がテレビ電話で激励

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白川隊長が「国連の一員として地域の平和に貢献していることを誇りに思う」と関係者を前に式辞


 1996年2月1日に、第1次ゴラン高原派遣輸送隊がゴラン高原のUNDOFに展開、43名の派遣輸送隊員が後方支援大隊の輸送隊を引き継ぎ、2名の司令部要員が配置されて以来、10年目の節目を迎えた。これまでに、20コの輸送隊が派遣され、総勢約880名の隊員が平和協力業務に従事してきたことになる。

 第20次ゴラン高原輸送隊(隊長・白川訓通3陸佐以下約45名=12旅団主力)は1月25日、UNDOF関係者の賛同を得て、日本隊10周年記念式典をジウアニ宿営地で実施した。式には、シャルマUNDOF司令官をはじめイスラエル日本大使、陸幕防衛部長、後方支援大隊長、各派遣国代表、ローカルスタッフ等約50名が参加した。

 開式の辞に続いて、白川20次隊長が式辞に立ち、これまで10年間にわたる関係各位の尽力に感謝しながら「10年間で最も顕著な成果の一つは、各派遣国が異なる伝統・文化・言葉を越えて、一つの目標に向かって同じチームとして団結していることです」と述べた。

 駐イスラエル大使の祝辞に続いて、現地と陸幕会議室をつなぐテレビ電話が開始された。最初に、森陸幕長が大型スクリーンを見ながら派遣部隊に対して「中東和平を真剣に願う強い団結で結ばれた各派遣国の仲間のもと、『日の丸』の重みを次の部隊へと申し送るべく任務を継続するよう」訓示した。次いで、森陸幕長とシャルマ司令官が和やかに懇談、その中でシャルマ司令官は「日本隊のこれまでの10年間の活躍は本当に素晴しいものがあります。日本隊は全ての面においてプロフェッショナルであり、各国からもその仕事ぶりには高い評価を得ています。また、言語の問題をよく克服して各国との良好な関係を築いています」と称えた。

 先崎一統幕議長、齋藤隆海幕長、吉田正空幕長の電報紹介に続いて、関口陸幕防衛部長がシャルマ司令官に陸幕長感謝状を伝達した。引き続き、10周年記念派遣隊員銘板はめ込み式や武道、書道の各展示、日本食試食などの日本文化紹介が行われ、各国との友好親善を一層深めた。


迫真の武道・銃剣道の模範試合で日本の伝統文化を紹介


現地の派遣部隊をテレビ電話を通じて激励する森陸幕長

イラク派遣隊員が初のテレビ会議

市ヶ谷台ツアー参加 高校生30名の質問に答える

 2月7日、市ヶ谷台ツアー午前の部に参加するため防衛庁を訪れた西武台高校(埼玉県新座市)の生徒ら約30名が、イラクで活動を続けている派遣隊員と衛星回線によるテレビ会議を陸幕会議室で行った。会議には、防衛庁側から木村太郎副長官、愛知治郎政務官、辰己昌良内局広報課長、太田牧哉陸幕広報室長をはじめ広報幹部多数が同席した。


市ヶ谷台ツアーに参加した高校生が大型スクリーンを見ながら現地の隊員と質疑応答


生徒たちの質問に木村副長官⊥と愛知政務官が微笑む姿も


 最初に、木村副長官が「防衛庁で、高校生とイラク派遣隊員が衛星回線を使って会話するのは初めての試みでもあり、質疑応答を通じて現地で活動中の派遣隊員の気持を理解していただくとともに高校生活の良い思い出に」と挨拶。次いで、大型スクリーンに映し出されたサマーワ宿営地内の立花8次イラク復興支援群長が「日本の高校生とイラク派遣隊員が衛星テレビを通じて話し合える機会を与えていただき感謝します」と挨拶した。

 引き続き、班別に別れた高校生30名が大型スクリーンを見ながら順次礼儀正しく質問を始めると、サマーワ宿営地内の記者会見場に集合した立花8次群長、小野寺靖9次群長、小瀬幹雄5次支援隊長をはじめ代表派遣隊員8名が、これらの質問をそれぞれの任務に合致した内容に振り分けながら一つ一つ懇切丁寧に答えていった。高校生は、日頃から良く勉強しているようで質問の内容も「イラク派遣人員数」「任務の内容」「現地の復興状況」「イラクと日本の違い」「自衛隊に対するイラクの人々の反応」「現地でのストレス解消法」「留守家族との連絡方法」「高校生がイラクの人々のために出来ることは」など、的を射たものが多かった。

 これらの質問に対して、代表隊員がそれぞれ「イラクの人々は自衛隊の復興支援に感謝している」「良い伝統を持っている日本人を古い友人のようだと話している」「柔道、少林寺拳法などの武道を通じて日本の文化を紹介したい」「現地の子供たちが、笑顔で手を振ってくれるのが一番の幸せ」など、日焼けした凛々しい表情で、しかも時折り笑顔も見せながら質問に答えると、思わず「自衛隊に入隊するには、どうすればいいんですか?」という声も上がった。

 熱気に溢れ、予定時間を、かなりオーバーしながらも終始和やかな雰囲気の中でテレビ会議を終えた高校生30名は「こういう貴重な場面をセットしていただき大変ありがとうございました」「良い思い出になりました」と広報担当者に感謝しながら防衛庁をあとにした。

北日本を襲う大豪雪

3,600災派隊員が懸命に除雪活動

雪の重みで軒先が壊れかげた家屋を全倒壊させぬよう必死に雪下ろし作業する21普連隊員


 東北、北陸地方を中心に記録的な豪雪に見舞われ、家屋の倒壊や雪下ろし作業中の事故などで死者数も80名を超える被害が続出した。防衛庁・自衛隊は、長野県、新潟県、秋田県、群馬県、北海道の各知事の災害派遣要請を受け、13普連(松本)、12旅団(相馬原)、21普連(秋田)、11師団(真駒内)の各部隊が1月6日から20日までの15日間にわたって孤立予想世帯・高齢者世帯の除排雪、雪下ろし作業、緊急車両の通行確保のための除排雪などの災派活動にあたり、合計派遣規模は延べ人員3,600名、車両約840両、航空機8機にのぼった。

 〈21普連〉第21普通科連隊(連隊長・高木新二1佐)は1月9日から11日までの間、秋田県知事の要請により秋田市北部に部隊を災害派遣した。


3mを超える雪が積もった道路を2普連隊員が器材を使って除雪した


 記録的な豪雪で秋田市の依頼を受けた県知事は8日、自衛隊に対し災害派遣を要請。その内容は、秋田市北部の一人暮らしの高齢者宅家屋の雪下ろしなどで、9日午前6時30分から編成完結式が行われ、派遣隊員である高木連隊長が『自分たちのおじいさん、おばあさんと思って対応せよ』『指揮せよ、指揮されよ』『安全管理に万全を期せ』の3点について訓示した。次いで、秋田市長が「高齢者宅で危険な状態が多く見受けられるため、皆さんにお願いした。十分気をつけて任務を遂行してほしい」と挨拶した。

 編成完結後、直ちに隊員は『災害派遣』と幕の張られた車両に乗り込み、市の職員に先導され各世帯に向かった。現地に到着した隊員はすぐさま、はしごをかけ、シャベルを手に雪下ろしに取りかかった。中には、雪の重みで屋根の軒先が壊れている家もあり隊員達も驚きの表情だった。隊員が雪下ろしと除雪作業を終えた家屋のおばあさんは「雪が玄関の前と家の周囲を覆ったため、年を越してから外に出ることが出来なかった。コメ、みそ、ジャガイモだけで生活していた。ありがたくて胸がいっぱいです」と話していた。

 秋田駐屯地から、この3日間で災害派遣に出た人数は456名、作業をした家屋は111件にのぼる。作業を行った隊員から話を聞くと「お年寄りが本当にうれしそうに話かけてきた。連隊長の訓示にもあったように自分の家族のような気持ちで対応した。お役に立ててうれしいです」と話していた。秋田県では自衛隊が雪害で災害派遣したのは、昭和49年2月の『48豪雪』以来32年ぶりだった。

 〈12旅団〉高田駐屯地(司令・冨井稔1佐)は、12月中旬から降り続いた大雪が正月明けも降り止まず、行政も除雪が追いつかない状況となり、1月7日から16日まで、津南町をかわきりに、4市2町へ雪害派遣で出動した。

 県は当初、津南町と十日町市に、緊急車両の通行確保、孤立集落の道路確保や公共施設を緊急に除雪する必要があると判断、12旅団に災害派遣要請をした。

 7日10時半、2普連の先遣隊が、また、15時には2普練3中隊が津南町へ出動。翌8日は、2普連2中隊が十日町市へそれぞれ出動し、町営住宅、学校、病院の除雪と孤立集落の道路確保を行った。

 特に、孤立集落の道路確保のため国道405号線沿いの危険を伴う「雪ぴ」落としは、安全を確保しつつの作業となり、雲になれた隊員でも、作業が難航した。

 11日には、津南町穴藤地区等の道路確保、公共施設及び倒壊の恐れのある住宅の除雪のため、2普連本管中隊の20名が増援され、迅速に除雪を行った。

 また、この状況の中、県知事から妙高市、上越市、湯沢町、魚沼市への相い継ぐ派遣要請により、次々と部隊が派遣された。9日は、妙高市へ2普連1中隊が、翌10日には、湯沢町へ2普連本管中隊、上越市中郷区へ5施群308施設中隊を基幹に、309・353の各施設中隊と307施設隊が増援され、公共施設などの除雪を行った。

額賀長官『年頭の辞』
我が国の防衛に全身全霊で取り組む

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 新年明けましておめでとうございます。平成18年の新春に当たり、全国各地で任務に従事している隊員諸官、また、イラク、クウェート、インド洋、ゴラン高原を始め、遠く南極にある砕氷艦「しらせ」の乗組員や、防衛駐在官等、世界各地で活躍中の隊員諸官に、敬意を表し、一言御挨拶を申し上げる次第であります。

 さて、昨年は、一昨年末に策定された新防衛力計画の大綱、及び新中期防衛力整備計画が適用される初年度に当たり、我が国の安全保障政策の大きな転換点ともなりました。まず、国外においては、一昨年末のスマトラ沖大規模地震及びインド洋津波や、昨年10月のパキスタン等大規模地震に際しての国際緊急援助活動、国内においては、昨年3月の福岡県西方沖地震、大型台風等による大規模災害の発生等に際しての災害派遣など、防衛庁・自衛隊の活躍は、国民の皆さん方から大変注目をされました。

 今日の安全保障環境は、2001年に発生した米国の9・11テロに見られるとおり、従来のような国家間における軍事的対立を中心とした問題のみならず、国際テロの組織などの非国家主体が脅威の対象として大きく注目されるようになっております。大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散の進展、国際テロ組織の活動等、新たな脅威や、平和と安全に影響を与える多様な事態への対応が、今日の国際社会の差し迫った課題となっております。

 第一に、新たな安全保障環境の下に、米国との協力については、米国と共通の戦略目標を確認をし、抑止力の維持と、沖縄等の地元の負担の軽減の観点から、日米の役割・任務・能力、及び在日米軍の兵力構成見直しについて、米国と集中的に協議を進めて参りました。昨年10月末には、いわゆる「2+2」において、それまでの検討を取りまとめた共同文書を発表したところであります。これについて、昨年11月の閣議決定を受けたあとに、私は、全庁的な体制の下で、自ら先頭に立って関係地方公共団体を精力的に回り、理解と協力を得ることに全力を尽くしました。さらに、関係閣僚会議を設置し、政府を挙げて取り組むことにしております。今後は、本年3月の最終的な取りまとめに向けまして、日米協議を加速し、早急にその具体的内容を詰めるとともに、適時適切に、関係地方公共団体の皆様に御説明をし、誠心誠意理解を得る努力をしたいと思います。共同文書で示された個別の施設・区域に関連する施策が実現するように、最大の努力をしていかなければなりません。

 第二に、新たな安全保障環境の下で、国際社会との協力を重視し、安全保障環境の改善を図るとの観点から、国際平和協力活動に主体的、かつ積極的に取り組むことが重要であります。

 現在、自衛隊は、イラクの国家再建に向けた取組への協力を行っておりますけれども、先般、イラク人道復興支援特措法に基づく基本計画の派遣延長を1年間致しました。この派遣期間の延長に先立ちまして、私も昨年12月に、イラク及びクウェートを訪れ、隊員の活動を視察して参りました。隊員のみんなは、厳しい環境の中にもかかわりませず、高い士気と規律を保ち、活動に励んでおりました。イラクの人々をはじめ、広く内外から高い期待と評価を得ていることを確信を致しました。

 自衛隊は、このほかにも、インド洋におけるテロ対応のための活動や、ゴラン高原における国際平和協力業務など、国際的な安全保障環境の改善のための主体的・積極的な取組を行っております。新防衛大綱にも記述されておりますとおり、従来付属的な任務とされてきた国際平和協力活動を、いわゆる「本来の任務」とすべく、同活動の位置付けを含め所要の体制を整えることが不可欠であります。自衛隊による国際平和協力活動への取組は、我が国の国際平和に向けた取組を国際社会に対しまして、明確なメッセージとして伝え得るものであります。国際平和協力活動を行う隊員が、一層の自覚と誇りをもって職務に専念し得ることになると考えるのであります。

 同時に、防衛庁の省移行につきましても、昨年末に与党間において議論を開始させることができました。私としては、国防の重要性に鑑み、今後、政治の場で、この問題について国民の理解が一層深められる形で、早期に省移行の実現が図られるように、引き続き全力を尽くして参る所存でございます。

 第三に、新たな脅威や多様な事態に実効的に対応していくために、新防衛大綱の「多機能で弾力的な実効性のある防衛力」の体制を整備していくことが重要であります。本年3月には、統合幕僚監部、及び統合幕僚長を新設を致します。これにより、陸・海・空の自衛隊の一体的運用による、迅速かつ効果的な対応ができるよう、統合運用体制へ移行することとなります。この体制移行が円滑に実行され、統合運用をより実効性のあるものとすることが求められております。また、弾道ミサイル防衛につきましても、弾道ミサイル攻撃への対処に、より確実を期し得るように、将来の弾道ミサイルの脅威や、BMD関連技術の動向を踏まえながら、今後とも我が国のBMD能力の向上や、運用の在り方の検討に努めて参りたいと思います。

 第四に、防衛庁を、新たな時代の防衛を担う組織へと変換していくために、今年、内部部局をはじめとする防衛庁全般にわたる組織改編を行います。この改編は、防衛庁の歴史の中でも大規模な改編であります。新たな安全保障環境に対応し得るように、内部部局について、防衛政策、運用の企画、人材の育成、装備の取得、地方との協力など、幅広い観点から政策の立案及び実効機能などを強化し、まさに政策を担う政策官庁へと脱皮を図っていかなければなりません。装備品のライフサイクルを見据えた装備取得体制の構築をするために、契約、原価計算などの各機能を統合した装備本部を新設し、さらに、自衛隊地方連絡部に災害対策、国民保護など地方公共団体との協力関係をさらに構築していくための機能を追加し、その名称を自衛隊地方協力本部とすることなど、今まで以上に、防衛機能を果たし得る体制が整備されることと考えております。

 第五に、自衛隊医官が抱える早期退職問題に対応するために、今年、一部の自衛隊病院のオープン化や、防衛医学研究を開始いたします。自衛隊医官は、精強な自衛隊を支える要であるばかりでなく、イラクやインドネシアにおける活動、国内における災害派遣において、その主体となって活躍している一方で、医師としての技量の維持・向上に必要な臨床経験を得ることが困難であるという悩みを抱えております。自衛隊医官に「臨床」と「研究」の場を提供し、また、その活躍に相応しい高官ポストを創設する本年の事業は、自衛隊医官に対する自衛隊員全体からの期待の現れであります。

 最後になりますけれども、刻一刻と変化する国際情勢の中で、我が国が万全の防衛体制を保持するために、何よりも重要なことは、防衛の第一線にある諸官一人一人が、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つという任務の重要性と責任の重みを自覚し、厳正な規律を維持しながら、職務に精励することであります。諸官が、一丸となって本年も全力をもって職務を全うすべく努力されることを望みます。

 かつて、紀元前数百年も前に、時代の先駆者的な哲学者でありました孟子は、こういうことを言っております。「国、恒に亡ぶ。然る後に、憂患に生じて安楽に死するを知るなり」と。これは、内に代々規範を守る譜代の家臣や、君主を補佐する賢者がなく、外にも対抗する国や、外国からの脅威がない場合は、自ずと安逸に流れてついには必ず滅亡するというものであります。つまり、個人的にせよ、国家にせよ、憂慮の中にあってこそ初めて生き抜くことができ、安楽にふければ必ず死を招くということであります。私も、こうした先人の教えを胸に刻み、諸官とともに、我が国の防衛に全身全霊で取り組んで参りたいと考えます。

 全国及び世界各地の隊員の諸君、並びにご家族の皆様の益々の御発展、御健勝をお祈りするとともに、この一年が防衛庁・自衛隊の更なる飛躍の年となることを祈念し、年頭の辞と致します。(1月4日、全国放送で)


新年のメッセージ

3月末に新たな統合運用体制に移行

統合幕僚会議議長 先崎一陸将


 全国及び海外の各地で勤務している隊員諸君並びにご家族の皆様、明けましておめでとうございます。

 さて、昨今の国際情勢を見ますと、国際社会が各種協力体制を構築して、テロや大量破壊兵器等の拡散など新たな脅威に対応しているのが特徴であります。

 このような環境の中で、我が国は、陸上自衛隊、航空自衛隊のイラク・クウェート派遣、及び海上自衛隊のインド洋派遣を継続しております。また、ゴラン高原への輸送部隊の派遣、広範多岐にわたる災害派遣等に加え、スマトラ沖及びパキスタン等大地震に際しての国際緊急援助活動を実施してきました。

 これらの新たな脅威や多様な事態により迅速かつ効果的に対応するため、三月末に自衛隊は、新たな統合運用体制に移行します。陸海空自衛隊五十年の歴史、伝統、文化を継承しつつ、その持ち味を十分に発揮 し、心を一つにして国民の皆様の期待と信頼に応えていかなければなりません。

 一方、隊員にあっては、「国を守る」ための「武力集団」であるという自衛隊の原点を深く認識し、謙虚さを忘れず、国民と共にあって公に尽くす精神と、事に臨んでは危険を顧みない勇気をもって、プロとして日々練磨を重ねることが益々求められております。

 自衛隊の大きな変革期に当たり、ご家族の皆様方の更なるご理解とご支援をお願い申し上げ、また、隊員諸君とご家族皆様のご健勝とご多幸を祈念し、年頭のご挨拶といたします。