防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   1060号 (2021年10月1日発行)
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読史随感
神田淳
<第86回>

『徒然草』に見る兼好法師の深い人間観察

 「狂人の真似とて大路を走らば、すなわち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。驥(き)を学ぶは驥の類い、舜を学ぶは舜の徒(ともがら)なり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし」。これは『徒然草』第85段に述べる、兼好法師の恐るべき人間観である。
 ふざけて狂人や悪人の真似をしているだけで、世間は狂人、悪人と見るかもしれないが実際はそうではない、といった常識的な(?)人間観を兼好は否定している。真似をすればすでに狂人であり悪人なのだ。逆に、驥(すぐれた馬)を学ぶ(=真似する)のは、すでに驥と同類であり、聖人・舜を学ぶのはすでに聖人の徒であるという。
 兼好法師のこのような人間観の根底に、外に現れた事相と、目に見えぬ真理の理性とは互いに別々のものではなく、一体であるという仏教哲学がある。ゆえに、外に出る姿形、言動や動作が正しければ自然に内心も正しくなり、逆もまた真である。徒然草』第157段に、「筆をとれば物書かれ、楽器をとれば音を立てんと思う。(中略)心は必ずことに触れて来たる。かりにも不善の戯れをなすべからず。(中略)心さらに起こらずとも、仏前にありて数珠をとり、経をとらば、(中略)覚えずして禅定成るべし」と言う。
 私は若い頃『徒然草』のこうした人間観に接したとき、そうかな?と思った覚えがあるが、歳を経るにつれて、このような人間の行為と心との関係が正しいと思うようになった。
 以下の『徒然草』146段(現代語にしている)も兼好の人間観がうかがわれて面白い。
 比叡山の法王である天台座主、明雲僧正が、「ひょっとして私の人相から、戦場での弓矢の難が占えるだろうか」と尋ねたところ、人相の専門家といわれる人が「まことにおっしゃる通りの相でございます」と答えた。どういう卦が出ているのかと、問われたところ、「天台座主という傷害を受けるような立場にないお身の上でありますのに、かりそめにもそのような未来を心配されるお心持それ自体に、将来の危険が予想される兆しが感じられます」と答えた。そして明雲僧正はあるまいことか、69歳のとき、源義仲の軍勢が放った流れ矢に当たって死んだという。兼好法師は、人相見のこうした見方を否定していない。
 鎌倉時代、念仏すれば誰もが成仏できるという、革命的な教えを説いた高僧法然について記した『徒然草』第39段(現代語にしている)も、私の特に好きな段だ。
 ある人が、法然上人に、念仏のとき、眠気におそわれて、念仏を怠ることがよくありますが、どうしたらこの障りをふせげましょうか」とお尋ねしたところ、「目が醒めたときに、また念仏なさればよろしい」とお答えになった。まことに尊いことであった。(中略)また、「疑いながらも念仏すれば、往生できる」とも仰せられた。これもまた尊いことであった。
 この段は法然の浄土宗の神髄をずばりと表している、と私は思う。
 『徒然草』は鎌倉後期に兼好法師によって書かれた随筆で、清少納言の『枕草子』、鴨長明の『方丈記』と並ぶ日本三大随筆の一つとされる。江戸時代には身近な古典としてよく読まれ、江戸文化に大きな影響を与えた。昭和・平成時代の作家中野孝次は『徒然草』に親しみ、『徒然草』の言葉が人生の折々に自分の生き方を導く糸となった、と述べていた。
 私が『徒然草』を読んで強く感じるのは、兼好法師という七百年前の日本人の覚めた、深く、高い知性である。
(令和3年10月1日)

神田 淳(かんだすなお)
 元高知工科大学客員教授。著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』などがある。


知恩報恩
<2>
全国防衛協会連合会常任理事 小川 清史

自衛隊OBの役目

 陸上自衛隊では、指揮官、幕僚、研究員として勤務しました。また、自衛隊、米陸軍の学校で教育を受ける機会にも恵まれました。退官してからは、陸上自衛官OBとして、現役時代の経験で得た技能・識能を世の中に還元できることを探しつつ研究等を継続しています。
 しかし、私見ですが、現役の時に得た技能・識能は、そのままでは社会で使えないということを感じています。つまり、常に最新の知識を習得し、現役時代の知識・技能を進化・変換する努力をしなければならないことに気付きました。
 冷静に考えますと、当然ですが、現役時代の技能・識能は、現在の現役自衛官の仕事と重複するものであり、しかもそれは既に時代遅れのものでしかありません。現役自衛官の仕事と重複しない分野で、時代にマッチングしたもので、かつ現役時代の経験をベースにして、世の中に少しは役に立つ知識となるように研究努力しなければならないと痛感しました。
 そんなことを考えていた矢先、先輩からの誘いで全国防衛協会連合会や私的な研究所などでボランティア活動をするようになりました。全国防衛協会連合会の目的は、「防衛意識の高揚を図り、防衛基盤の育成強化に寄与する」ことです。研究所の目的もほぼ同様の趣旨です。こうしたボランティア活動は、防衛大学校の教育で受けた考え方に直結していると感じました。「国家防衛は自衛隊だけではできない。国民の協力なくしては絶対に成り立たない」ということです。日本の社会に対して、防衛意識の高揚を図ることは自衛官OBが行う役目の一つだと思います。
 OBとして、これまでに研究をしてきた内容が、「国民保護法」、「日本の核抑止のあり方」、「マルチドメイン作戦」などです。
 一つ目の「国民保護法」は、平成16年に施行された法律ですが、「災害対策基本法」ほどに理解・普及が進んでいないのが現状だと、現役時代から認識していました。そこで、この法律が理解・普及されることは国土防衛上極めて重要であること等を踏まえ、研究所の先輩方等と共同研究に取り組んでいます。この際、欧米諸国の有事における「民間防衛」が大いに参考になります。我が国の「国民保護法」は、この「民間防衛」に相当します。しかし、欧米諸国では有事の民間人保護が先に制度化され、これを主体にして災害時の住民保護を発展させてきた歴史的経緯があります。一方、我が国の現行法律の成立過程や制度はかなり異なっています。諸外国の例は、背景が大きく異なるためにそのまま取り入れることは難しいと思いますが、比較することで理解が進むと考えています。よって、我が国の「国民保護法」と諸外国の「民間防衛」とを比較提示するように研究発表や執筆活動等に取り組んでいます。
 次に「日本の核抑止のあり方」に関する研究です。日本は非核三原則を守りつつ、米国の拡大核抑止力が不可欠であるとの立場をとっています。現在の我が国は、INF全廃条約に縛られなかった中国や北朝鮮の地上発射型中距離核戦力の脅威下にあると言えます。こうした核脅威下にある我が国の核抑止力はいかにあるべきなのか、今後どのように取り組む選択肢があるのかなどを提示することは、重要であると思い研究活動に取り組んでいます。
 3つめの「マルチドメイン作戦」の研究に関しましては、まだまだ不明なことの多い分野ですが、可能な限り明らかにする努力が求められると思います。この分野は、国防のみならず、民間の企業活動においても対応が必要となるものです。実際、待ったなしの対応が求められている分野であると思います。宇宙戦分野、電磁波戦分野、サイバー戦分野およびテロ・ゲリラ戦分野のそれぞれに詳しい自衛隊OB、民間研究者と共に研究活動、シンポジウムによる情報発信などを継続しています。
 退官後間もない頃は、OB一人が頑張っても大した効果はないだろうという気持ちにもなりましたが、様々な活動を先輩や民間研究者とともに研究すると、学ぶことが多く、かつ研究進展とともに普及のための方法も色々と工夫を重ねています。
 私は、自衛隊勤務間、小隊長、中隊長、連隊長、師団長、学校長、方面総監と各級指揮官職を順次にさせていただき、組織の重さ、地方自治体との連携のより良いあり方、与えられた任務の遂行要領や計画策定要領などについて経験を積まして頂いたことが、現在の研究活動のベースになっていると思います。
 現役自衛官等から部隊運用についての質問を受けた際には、最新の作戦などについても研究していることで、少しは有益なアドバイスが出来ているかもしれません。OBの研究活動は、現役自衛官と異なり、明確な任務はありません。しかし、現役自衛官が研究に時間をなかなか割けないような分野において、間接的な貢献やアドバイスができることもあると思っています。
 更に、民間企業から組織管理やリーダーシップについての質問やレクチャーを求められた際にも、同様な貢献ができることもありました。
 後輩の現役自衛官に、このようなOBの役目もあることを理解していただけたら幸甚です。

(著者略歴)
 防大26期生・第36普通科連隊中隊長(伊丹)・第8普通科連隊長(米子)・東京地方協力本部長・第6師団長(神町)・陸上自衛隊幹部学校長(目黒)・西部方面総監(熊本)・統合任務部隊司令官(熊本震災)等を歴任


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