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自衛隊ニュース   1043号 (2021年1月15日発行)
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雪月花
 例年だと12月に入ると太平洋戦争関係の出版が盛況で新聞にはこれらの広告が満載だった。だがこの12月はちょっと様子が違いこの種の広告はほとんど目につかなかった。昭和20年8月15日の終戦から75年にもなると戦争体験者は急減し戦火を受けた一般の国民からも記憶が薄れていくようだ。昨年の12月8日に小さな会合があり20人ほどが集まった。恒例で進行役さんの「今日は何の日?」から始まったが、係の人や筆者らが期待した回答は出でこない。赤穂浪士の討ち入り?という人もいた。進行役さんが、ニイタカヤマノボレから始まった太平洋戦争への道、南方での戦いなどをコンパクトに語った。特に硫黄島では日米合わせて20万人の死傷者を出したと語った時には静かな長い間合いがあった。事実、硫黄島では2万人の日本兵が亡くなったがまだ収集できてない遺骨が1万体あると言われている。朝鮮戦争の時米軍が爆撃機の滑走路を大急ぎで造ったため遺骨が滑走路の下に取り残されているのだ。1995年、終戦50年の日米合同の式典があり、大相撲硫黄島場所として曙や貴乃花らも参加して荘厳で賑やかな慰霊祭が行われた。空自のC-130で入間基地から同島に到着した筆者らが一番先に海自隊員から言われたのは「この島にはどこに英霊が眠られているか分からないので絶対に唾を吐いたり立ち小便をしないでください」だった。滑走路は強い日差しでアスハルトが流れているような所もあり、島のあちこちから今でも硫黄のガスが噴き出ている。このような暑く狭い島で戦った英霊を思い誰もが滑走路に立ちすくんだ。先日眼にしたフェイスブックに前統幕長の河野克俊さんの海幕長時代の話がアップされていた。硫黄島に安倍総理(当時)を案内したとき、滑走路の途中まで来ると安倍総理が突然膝を折り地面を撫で始めた、そして長い間手を合わせた。敵弾が襲いかかり追い詰められた洞窟の中で毒ガスに悩まされる苦しい戦況の下で戦い、若くして命を落としていった若者たちのことを思い、心から出た行動だったのではないか、決して政治家のよくやるパファーマンスではなかったと河野さんは話している。昭和16年12月8日から刻まれた歴史はここにもこのような形で残っている。(所谷)

有馬記念でファンファーレ演奏
空自中央音楽隊
 令和2年の最後を飾る日本中央競馬会主催の「第65回有馬記念競走」が千葉県船橋市にある「中山競馬場で」12月27日に開催された。
 そのファンファーレを演奏したのは、指揮者大石利勝2空尉以下航空中央音楽隊だ。管理要員を含む23名が、新女王となった「クロノジェネシス」の激闘を見守った。

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