防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   1057号 (2021年8月15日発行)
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ノーサイド
北原巖男
心に火を点けた教師

 高校時代の級友。彼は、予備校界で唯一「寺子屋教育」を続けている受験予備校にて、44年間にわたり「小論文」の熱血指導を続けてきた名物講師である。
 彼は書いている。
 「私にとって、実に幸いだったことは、私の少年時代と似たような、様々な面で恵まれていない生徒、或いは最下層の成績の生徒が多く通ってくる予備校だった。しかも、苦学生のような、努力自体も目立たない生徒。私にとっては思わず愛さずにはいられない生徒達の学校であったことである」
 彼には、理想とする私塾があった。江戸時代に大分県日田に広瀬淡窓(ひろせ たんそう)が開いた「咸宜園」(かんぎえん)である。彼は、その理想に近い「寺子屋予備校」と巡り合い、教員資格がないのに先生となることが出来た。「不思議な奇縁」、逆に言えば、自分ににその「使命」があったとしか思えないと述懐している。
 淡窓が、どんな町民・農民であっても、また男女の別なく学問への情熱を有する者は公平に塾生として受け入れ、慈愛溢れる接し方をしたこと、学問、向学姿勢、道徳・倫理などについては、実に峻厳なあり方であったことを、彼は理想とし実践して来た。
 更に淡窓の「詩とは情を詠むものである。情が豊かであることこそが人間として最も大切なことである。情は学に優先する」との考えを自らの考えとして、指導に取り組んで来た。
 故郷を遠く離れ苦労や辛いことが多いと弱音を吐いたり孤独に落ち込みスランプになっている塾生に淡窓が贈った詩を、今度は彼が生徒達に授業で詠んで贈ったりもした。読んでいるうちに彼自身知らずに涙が溢れ、教室の生徒たちも泣いていたという。
 道ふを休めよ
 他郷苦辛多しと
 同袍友有り
 自ら相親しむ
 柴扉暁に出づれば
 霜雪の如し
 君は川流を汲め
 我は薪を拾はん
そんな彼からは、教え子たちが沢山育っている。こんなブログも偶然見つけた。
「そこで出会った小論文の先生が僕の人生を変えました。小論文の授業はいつも感動の嵐で、一番泣いているのは先生。泣くというのは、全人類が共通して持っている普遍的な "理" であるからで、それを独創的に伝えるのが小論文だと教えられました。情熱がすごい。
かなりの変人ですが、僕の恩師です。僕のブログなんか先生が添削したら、真っ赤になるだろうな〜 真っ赤な顔で怒って、情熱のペンで容赦なく指摘されて、悔しさで真っ赤になる僕。僕のことは覚えていないと思いますが、先生が生きているうちに会いに行こうと思います。そして、感謝の気持ちを伝えたいと思います」
 こんなこともあった。
「体を壊すことなど全く考えず、一心不乱、無我夢中、全魂投入で授業や生徒対応を続けてきた」彼が、腰部脊椎管狭窄症を発症。それまで、激痛をこらえ、杖を突いて板書を行い、講話を行ってきたが、とうとう一歩も歩けなくなり、入院・手術以外の選択肢はなくなった。
 そのとき、彼の約30年前の予備校での教え子達が見舞い面会に駆け付けた。
「佐渡島から直接ここに来た」とベッドの前に突然顔を見せたのは、かつて苦学の末に看護師となり保健師・助産師の資格も取って看護学校の先生になっている女性。弱気になっている彼を、涙をためて厳しく叱り、優しく励ましてくれたという。
 また、九州から単身上京し、仕事を掛け持ちして勉学に励み入試に挑んだ苦学生だった教え子は、九州から飛んで来た。そしてベッドで言った。
「恩返しがしたい。だから、絶対に復活せよ!」
 彼の、自著には、次のような記述がある。
「淡窓の詩・学教育から私が真に理解したことは、 "学問の目的" 、要するに "私塾(予備校)の目的" は、ひとえに "人材の育成" にありと。人材の育成とは何も有名人、偉人の育成を意味しない。無名の庶民の一人ひとりに、"教養溢れる気高い人間 "になって欲しいとの" 学問塾 "でありたいということである。私は、その考えにもとづいて、30歳の時、偶然にも、寺子屋的予備校の教師になったのである。まさに天啓であった。そして、私の教え子達の多くは、" 無名でも真に気高い人間に育ってくれた"と思うのである」
 彼が心に火を点けた多くの生徒たちは各方面で気高く飛翔している。
そして、これからも輝き続けて行くことだろう。
 そんな彼は、オリンピック開会式当日、新型コロナウイルスのため急逝した。
 本年4月26日、最期に彼から受け取った手紙。
 「君の思うところを真摯に100%自分の道を生き抜いて行ってください」

 北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事


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千の約束
ーあふれる愛の物語ー
松江護國神社 禰宜 工藤智恵 著

 本書「千の約束」。これは、内に秘めていた想いが溢れ出てくる書である。待っている者から出征する者へ、出征する者から待っている者への深い愛情が溢れている。
 戦時中の母として妻として兄弟としての振る舞い、想い、そして大切に保管していた宝物。それらを松江護國神社 禰宜 工藤智恵さんは伺い、大切な手紙や宝物を見せてもらい、その事実を淡々としかし愛に包まれた文章でまとめ上げている。工藤氏は戦争でご家族を亡くされたご遺族のお話を講演などでもされているが、その中から島根県東部・出雲地方・隠岐地方の14人のご遺族の思いを、出征する父親が小学2年生の娘に「守ってほしい約束を千個書いた。必ず帰るから、それまでこの約束を守りながらお母さんを助けてあげておくれ」と渡した手紙から『千の約束』と題し本にした。「戦後長い時が流れ、遺族さまの高齢化も進み、遺児の方々も80歳を超える方が多くなり、遺族さまの思いを形にするには今しかない」「戦争未亡人の皆様は、ご主人様を亡くされてから、大変な困難を超えて、家を守り、お子様を育て、生きてらっしゃった。奉職したての私は若く奥様方と言葉を交わすことさえ憚られるような思いをしたが、10年ほど経ち奥様方からお声をかけて下さるようにもなって来た」。そんな工藤氏の英霊の不滅の魂とご遺族様の深い永遠の愛を伝えたいという思いが文章に透けて見えてくる。コロナ禍で今までにない経験が多い昨今、改めて愛するものを護るため命を捧げた人々に思いを馳せたいと思わされる一冊である。

 監修 広島陸軍幼年学校48期 広島大学名誉教授
高崎 禎夫
 お問い合わせ 島根県松江護國神社まで。

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続 空包戦記
元陸将が切り拓いた波乱万丈-自衛官人生
福山 隆 著
 本書は、一人の自衛官の誕生から定年退官するまでを綴った自叙伝である。自衛隊発足以来65年以上になるが、自衛官OBが書いた自叙伝は寡聞である。これまで制服自衛官に対する事実上の言論統制により、自衛官は現役もOBも「ものを言わぬこと」が半ば習性化し、それが半世紀以上も続き、今日に至っている。そんな流れの中で、この度上梓された『続空包戦記』は、自衛隊の新たな時代の幕開けを告げる嚆矢(始まり)になるかもしれない。
 筆者の福山元陸将は、地下鉄サリン事件で除染作戦の指揮を執り、韓国における防衛駐在官時にはスパイ事件に巻き込まれるなど様々な事件・事故に遭遇するという波乱万丈・変転極まりない人生を経験している。
 しかし福山氏の本領は、「七転び八起き」の諺通り、何度も崖っぷちあるいは文字通り生死を分ける地獄の入り口から這い上がったことであろう。氏はそのことを「天意」と受け止めている。
 読者の中には、ご自身の今の境遇が思うに任せないと思われる向きもおられるかもしれないが、本書を読めば、必ずや自信と勇気が湧いてくることだろう。「あの福山元陸将の波乱万丈に比べれば今の俺の場合は "屁" のようなものだ」と。
 本書には、防衛駐在官として見た「韓国の状況」、連隊長として向き合った「地下鉄サリン事件」、富士教導団長として指揮した「富士総合火力演習の裏話」、情報本部・初代画像部長や陸幕調査2課長などの「インテリジェンス業務の実態」などが綴られている。
 本書には、実弾を撃ちあう戦闘はなかったものの、専守防衛の自衛隊でひたむきに訓練に励み、冷戦下の日本の平和を支えてきたという矜持ーー "空包" にかけた自衛官・筆者の誇りーーが一貫して書かれている。
 本書は、著者が大村市にある第16普通科連隊の小隊長の体験談を綴った『空包戦記』(潮書房光人新社2014年)の続編である。

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