防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   1039号 (2020年11月15日発行)
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USOジャパンからの表彰盾を贈呈
 10月14日、航空自衛隊連合准曹会は小松基地において、「2020年度USOジャパン(米軍慰問協会)顕彰」(在日米軍及び陸海空自衛隊において、他隊員の模範として地域への社会貢献と任務遂行に著しく功績した隊員への表彰)を受賞した第6航空団第306飛行隊の寺田大1空曹の功績を讃えるため、贈呈式を行った。
 この顕彰式は当初、9月5日に東京都港区ニュー山王ホテルで行われる予定であったが、新型コロナウイルスの影響により残念ながら中止となり、USOジャパンの代理として、連合准曹会会長の杉本孝哉准空尉並びに航空自衛隊准曹士先任の甲斐修准空尉から表彰盾等を贈呈することとなった。
 寺田1曹は、列線整備分隊長として、後輩指導を含めた飛行訓練支援に従事するとともに、日米共同訓練では米空軍との各種調整を積極的に行う等、同僚、後輩隊員からも厚い信頼を得ている。また、地域社会貢献として、少年野球チームのコーチとして、スポーツを通じた健全な青少年の育成に努める等、地元地域への自衛隊に対する相互理解と募集・広報活動にも大きく貢献・寄与をしていることから、その功績を讃えられ、受賞することとなった。
 なお、贈呈式にて会長の杉本准尉は、「寺田1曹のUSO顕彰受賞に敬意を表します。今後の更なる活躍に期待します」と称賛した。

第49回USOサービスサルート表彰式
 10月10日、那覇市内にあるシーメンズクラブにおいて、第49回USOサービスサルート(最優秀下士官表彰)表彰式が開催された。年に1回開催されるこの式典は、例年であればUSOが所在する米軍基地内において沖縄に勤務する隊員の中から米4軍(陸軍、海軍、空軍、海兵隊)及び陸・海・空の各自衛隊から1名ずつの代表が選出され、7名の隊員が表彰されるが、本年は、新型コロナウイルス感染拡大という諸般の事情を考慮し、米軍は各軍個別で、自衛隊は、陸海空各自衛隊関係者及びその支援団体の代表者のみの出席による表彰式という形での実施となった。
 今回選出された第5航空群司令部総務班の井上正之(いのうえまさゆき)3海曹は、司令部補給係として物品調達薬務業務等に日々取り組む傍ら、学生時代に行っていたサッカーを通じ地域社会活動に貢献してきた。この地域社会に貢献する真摯な態度は他隊員の模範であり、海上自衛隊にとって将来有望な隊員であるということで表彰された。
【受賞者井上3海曹からのコメント】この度、このような表彰をいただき感謝申し上げます。自分を支えてくれる妻や息子への感謝の気持ちを忘れることなく、上司や同僚からのご指導とご支援をいただきながら、これからも職務に邁進していきます。本当にありがとうございました。

初の女性学生隊学生長が誕生
<防衛医科大学校>
 防衛医科大学校では、10月20日、長谷和生(はせかずお)学校長による、学生隊学生長医学科第6学年 工藤美紀(くどうみき)及び大隊学生長3名(第1大隊学生長‥医学科第4学年 帰山祥(かえりやましょう)、第2大隊学生長‥医学科第6学年宅島潤一(たくしまじゅんいち)及び第3大隊学生長‥看護学科第4学年 武藤ひかる(むとうひかる))の指名行事が厳かに実施された。
 防衛医科大学校は、防衛省・自衛隊の医官・看護官を育成する大学校であり、卒業生は各自衛隊の衛生職種部隊や病院等で医官・看護官として勤務する他、大規模災害、国際緊急援助隊、海外派遣等の幅広い活動を国家の代表として行っており、最近では新型コロナウィルス対応でダイヤモンドプリンセス号における災害派遣でも確実な実績を残し、国内外において高い評価を得ている。
 防衛医科大学校の学生隊は、医学科6個学年及び看護学科自衛官コース(技官コースはなし)4個学年、併せて約760名をもって「自主自律」を原則とした公的な学生の自治組織として編成される。また、学生隊は※3個大隊に編成され、それぞれに大隊学生長を配し、その頂点にいるのが学生隊学生長であり、学生長を中心に学生相互の理解を深め、融和団結し、円滑かつ規律ある生活を送るため、日々、切磋琢磨している。
 学生長は一般的な立候補・選挙で選ばれるものではなく、他学生からの推薦、指導官等による平素の勤務態度・成績等が考慮され、最終的に学校長により半年毎(4月と10月)指名されるものであり、大変名誉かつ責任の大きい職務である。
 今回、特筆すべきは、防衛医科大学校に女性学生が第12期生として入校して以来35年が経過したが、初の女性学生の「学生隊学生長」が誕生したことである。工藤学生隊学生長は「学生の自主自律を確立するために学生同士助け合い、後輩の指導にも力を入れていきたい」と抱負を語り、ここ所沢の地に「新風を吹き込む」勢いであった。
 以下、工藤学生隊学生長以外の3名の抱負。
【第1学生隊学生長 医学科第4学年 帰山 祥】幹部自衛官・医者また上級生と下級生の役割と自覚を促し、リーダーシップの機会を作為したい
【第2学生隊学生長 医学科第6学年 宅島 潤一】自主自律・規律の確立のため、2大隊の5・6年生は下級生の指導的立場にあるので、特に6年生はリーダーシップを発揮したい
【第3学生隊学生長 看護学科第4学年 武藤ひかる】第3大隊は学生隊学生の学生長の方針に則り、自主自律を追求していきます。医看合わせた中での看護学科の使命、役割を考え、行動できる大隊を目指していきます
※参 考
・第1大隊 医学科第1年年〜第4学年をもって編成(約320名)し、その学生長は4年生を指名
・第2大隊 医学科第5学年〜第6学年をもって編成(約160名)し、その学生長は6年生を指名
・第3大隊 看護学科第1学年〜第4学年をもって編成(約280名)し、その学生長は4年生を指名

雪月花
 三島由紀夫さんが東部方面総監部の総監室で割腹自殺をして50年になる。昭和45年11月25日、空が抜けるほどに青い東京だった。筆者たちの世代の誰もが「えーっ、まさかそこまで」と絶句した、毎年この時期になると胸をえぐられる思いがする。筆者はこの事件の数か月前に三島さんに原稿を依頼していた。三島さんは日ごろから体力をつける必要を語っておりそのために以前から交流があり当時空手界の最高峰と言われた松濤館の中山正敏師範の空手道を選ばれた。時間がないので練習の合間に書いてもらうことになり、後楽園ホールの(今の東京ドーム)カフェでお会いした。「何枚ですか」「2枚半で」の後、三島さんは一分ほど窓の外を見ていたが構想がまとまったのか筆者からペンを受け取ると流れるように動かし始めた。10分もしないで一気に書き上げた、ぴったり原稿用紙2枚半。見直しもしない書き直しもしないで渡していただいた。まさに鬼才-天才の技。このあと筆者の名刺を見て、「しょうぶ」さんですか素晴らしい名前ですねと言っていただいた。自分では大時代がかった気がして好きではなかったが三島さんの一言で思いが変わり、それ以来名刺交換の時もフルネームで挨拶するようになった。三島さんの事件の直前出版された対談集の題名が「尚武のこころ」で対談相手の鶴田浩二、石原慎太郎、堤清二、林房雄、中山正敏さんらと「尚武の精神」を語っていたのであながち社交辞令で筆者の名前を褒めていただいたのではないようだ。以来何十年、初対面の時は相手の名刺を注意して見るようにしている。先般も久し振りに会った若い会社経営者が「以前自分の名前をあなたに褒められ、また父親としての思いも聞かせてもらって気恥ずかしさが無くなりました。」山本勘介さん。戦国時代の武将と同じ名前がいやだったらしい、期待されるプレッシャーもあったのかもしれない。女性でも自分の名前を気にする人が多い。30歳くらいの知り合いに「風子」さんがいる。子供のころ悪童たちからからかわれたのがいまだにトラウマになっていたらしい。「風の題名のついた文芸作品は世界に数えきれないほどある、名前を付けたお母さんは文学少女だったのでそれらを意識したのかな、風は自然界の帝王でオールマイテイだ、そんな風子さんにと気持ちをこめているんですよ、羨ましい名前です」と話した。今は明るく「ふーこでーす」と大きい声を出している。また「子」が付いた名前を嫌がる女性も多い、古い感じがするからだという。「子」は源頼朝の妻・政子など身分の高い人しか付けられない憧れの名前だった。江戸末期までこの流れは続き明治維新で「子」が解放された。だが明治の終わりになってもまだまだ遠慮がありユキとかトメとかが多く筆者のまわりには「子」のついたおばあちゃんは一人もいなかった。いわば「子」は文明開化の象徴でもある、誇れる名前ではないだろうか。親の付けた名前に悪いものはない、我が子の一生の幸せを念じて付けているのだから。自分の名前に自信を持ちたい。
(所谷尚武)

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