防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   1026号 (2020年5月1日発行)
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ノーサイド
北原巖男
今は、距離だけが思いやりの表現なのです

 「緊急事態の時こそお互いに近くにいたいと思うものです。私たちは、好意というものを身体的な近さやスキンシップとして理解しています。けれども、残念ながら現在は、その逆が正しいのです。これはみんなが本当に理解しなければなりません。今は、距離だけが思いやりの表現なのです。良かれと思ってする訪問や、不必要な旅行、こうしたこと全てが感染拡大を意味することがあるため、現在は本当に控えるべきです。
 …不必要な接触を避けることで、病院で日々増え続ける感染者の世話をしているすべての方々を助けることになります。
 …この状況は深刻であり、まだ見通しが立っていません。それはつまり、一人ひとりがどれだけきちんと規則を守って実行に移すかということにも事態が左右されるということです。たとえ今まで一度もこのようなことを経験したことが無くても、私たちは、思いやりを持って理性的に行動し、それによって命を救うことを示さなくてはなりません。それは、一人ひとり例外なく、つまり私たち全員にかかっているのです」(3月18日メルケル独首相の「ドイツに住んでいる皆さん」向けの演説より。林フーゼル美佳子さん試訳)
 「皆さんに改めてお願いいたします。どうか、外出を控えてください。出来る限り、人との接触を避けてください。そのことが医療現場を守り、多くの命を守ることになります。
 ひいては、皆さんや皆さんの愛する人たちを守ることにつながります。全ては、私たち一人ひとりの行動にかかっています。
 …間もなくゴールデンウイークを迎えますが、感染者が多い都市部から地方へ人の流れが生まれるようなことは絶対に避けなければならない。それは最も恐れるべき事態である全国的かつ急速なまん延を確実に引き起こすことになります」(4月17日安倍首相記者会見より)
 新型コロナウイルス感染者数は留まるところを知らず、死者も毎日増加の一途をたどっています。
 そうした中、最前線で、見えない強敵と厳しい戦を展開しているのが医療従事者の皆さんです。感染のリスクが高く、激務が連日続く現場からは、医療用マスクや手袋・防護服・フェースシールドやベッド、必要とする高度治療機器等、敵との戦いに必要不可欠な"防衛装備品"の不足を訴える悲壮な叫び声が続いています。医療従事者の皆さんに、十分な即応能力・抗堪性・継戦能力を付与して戦っていただくことは、最優先かつ大至急の国家施策です。それは、彼らに対する国民の感謝と思いやりの資源投入でもあります。
 私たちは、何としても感染の収束を実現しなければなりません。しかも速やかにです。
 これを可能にさせるかどうかは、私たちがその気になりさえすれば果たしうる私たちの責任を、目に見える形で100%果たして行くことにかかっています。
 その責任とは、既に皆さんもご承知の"人との接触の8割減を徹底する!"ことです。
 厚生労働省のクラスター対策班の西浦 博・北海道大学教授は、「接触の8割減を実現出来れば、流行を止めることが出来る」と指摘しています。(4月16日付け日本経済新聞)
 外出している人々がテレビのマイクに答えています。「ソーシャルディスタンスには十分気を付けている」、「ちょっとだけだから大丈夫だと思って」、「ここは3密(密集・密閉・密接)ではないでしょ」、「マスクもしているし手洗いもしっかり行っている」さらに公園で遊ぶ親子連れは「外に出られない子供のストレスが溜まって可哀そうだから」等々。
 ダメです!相手はしたたかな強敵です!
 何としても、8割減を実現しましょう!それこそが、あなた自身の思いやり、そして真の愛情の表現なのですから。

北原 巖男(きたはらいわお) 元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現(一社)日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事


読史随感
神田淳
<第52回>

ヤルタ会談の歴史的評価

 第43代アメリカ大統領ブッシュ(Jr)は2005年、ラトビアの首都リガで、「ヤルタでの合意は、安定という目的のために小国の自由を犠牲にし、欧州大陸に分断と不安定をもたらした。中欧・東欧の何百万という人々を囚われの身としたことは、歴史上最大の誤りの一つとして記憶されよう」と、ヤルタ協定を批判する注目すべき演説を行った。
 ヤルタ協定は、ルーズベルト大統領(米)、チャーチル首相(英)、スターリン元帥(ソ連)が、第二次大戦における連合国の勝利がほぼ確定した1945年2月、クリミヤ半島のヤルタで行った首脳会談での合意である。
 このヤルタ会談で、国際連合の設立、ドイツの分割、ポーランドの国境確定、バルト三国のソ連併合を含む中・東欧諸国の戦後処理などが取り決められた。大戦後、中・東欧諸国が共産化され、欧州が東西に二分される体制となって、冷戦が始まった。1991年ソ連が崩壊し、中・東欧諸国はソ連の支配から解放された。ブッシュは、中・東欧諸国の自由を束縛し、歴史上最悪の出来事をもたらしたとしてヤルタ協定を批判したのである。
 ブッシュ(Jr)は歴代アメリカ大統領の中で評価はきわめて低い。一方ヤルタ会談の当事者であったルーズベルト大統領の評価は非常に高い。しかし、私はヤルタ会談に関してはブッシュを大いに評価したい。
 大戦後の世界秩序を三人で決めたヤルタ会談であったが、ここではソ連スターリンの主張がほぼ貫徹された。その背景に、苛酷な独ソ戦を戦い抜き、最大の犠牲を払って(2,700万のロシア人が戦死したといわれる)ナチスドイツを破ったのはソ連だとの自負があったが、もう一つ、ルーズベルトの親ソ連、親スターリンの感情があった。チャーチルはソ連の勢力拡大を警戒したが、英国の力は米ソに及ばず、ルーズベルトとスターリン両巨頭の後塵を拝した。
 ルーズベルトはこのとき健康を悪化させており、体力、判断力が明らかに落ちていた。スターリンを信頼し、スターリンと争うことなくヤルタ会談を終え、二ヶ月後に死去した。ルーズベルトは容共の大統領だった。彼のニューディール政策は社会主義的だったし、ルーズベルト政権内には、スパイを含む共産主義者が少なからずいたことが知られている。
 人類は壮大な実験を経て、共産主義は人類に幸をもたらさないとの評価が確定している。ヤルタ会談は、アメリカがソ連と組んで共産主義を世界に広める結果をもたらしたとして、私は否定的な歴史評価を下したい。
 ヤルタ会談は日本にも大きな災厄をもたらした。ルーズベルトはヤルタで、日本の北方領土をソ連に献上する密約をスターリンと取り交わした。スターリンは対日参戦をするに当たって、千島列島のソ連への引き渡し、南樺太の返還、満州におけるソ連の優先的利益の保護などを要求したが、ソ連の参戦を急ぐルーズベルトはこれをすべて認めた。協定のこの部分は秘匿され、公開されたのは戦後の1946年2月だった。
 ロシア(ソ連)は、北方領土はソ連が第二次大戦の結果承認された正当な領土であるとするが、この主張の根拠にヤルタにおけるルーズベルトとの密約がある。しかしアメリカ国務省は1956年、ヤルタでの密約はルーズベルト個人の文書で、無効であるとの公式声明を出している。
 ソ連による北方領土の占領は、ポツダム宣言を受諾して停戦した後の日本に対して、一方的に行われた。日本は北方領土返還の主張を決してやめてはならない。(令和2年5月1日)

神田 淳(かんだすなお)
 高知工科大学客員教授
著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』など。


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